見習い少女と環境調整。
「・・・覚えておきなさい。
貴女は、私たちの言葉に従わず身勝手な行動を取りました。
それ故に、伯爵様担当を外された時点で貴女には、この救護院を即刻辞めてもらいます。」
「はい、ありがとうございます。」
クラピウス夫妻との長い話し合いの末、リクは伯爵の母親の看護を他の仕事よりも優先して行うことを許された。
「伯爵様、未熟者ではありますが全力を尽くします。」
「ああ、任せる。どうか、母を頼む。」
「・・・はい。」
リクは、母親の病室にいるカロナーク伯爵とお付きの侍女へ挨拶をする。伯爵の重い期待を感じ、気合いを入れ直しカロナーク伯爵婦人へ向き合う。
「初めまして、カロナーク伯爵婦人様。
私は、リクと申します。精一杯看護いたしますので、よろしくお願いします。」
「・・・。」
婦人はリクの言葉に微かに頷いて見せた。そんな元気のない伯爵婦人の様子を見ながら、リクは観察を開始する。
伯爵婦人は話しに聞いていたとおりに、確かに発熱がありぐったりとされていた。
熱の上昇に伴い寒気を訴えたのか数枚の分厚い布団を着ていて、部屋の中には魔道具のストーブに似たものが置かれていた。
身体を拭いてはいたようだが、慣れない侍女達だけでは難しかったのか着替えやシーツは交換していない様子だった。起き上がりもきついために、歯磨きもしていないのか口の中は乾燥し唇は血が滲んでいる部分もあった。
そんな様々な要因が重なり、部屋の中に立ち込める臭いと淀んだ空気をを誤魔化すためにかなりきつい香りが焚かれていた。
リクは、伯爵夫人の容体も気にはなったがそれよりも、まずは部屋の中の環境を整える必要があると判断した。
「・・・伯爵様、まずはこの部屋の中の環境を整えることから初めても宜しいでしょうか?」
「整えるとは?
一体何をするつもりなのかね?」
「はい、病を患った者にとって環境を整えることはとても大切なことです。
その中でも、新鮮な空気、適切な温度と湿度、光りを整えることが必要となります。」
リクの言葉を聞いても伯爵や侍女には、よく分からない様子だった。
「簡単に言えば、窓を開けて換気をすること。
部屋の空気を出来るだけ一定の暖かさを湿り気を保つこと。
朝と夜が分かるように光りを取り入れることです。」
「だが、母は寒いと言っている。
そのような状態で窓を開ければ部屋が冷えてしまうではないか。」
伯爵は、リクアの言葉に納得できないのか眉間に眉を寄せて反論する。
「確かに、部屋の温度は下がってしまうでしょう。
ですが、伯爵様はこの部屋に入ってきた時に外の空気との違いを感じませんでしたか?」
「!」
「この部屋は確かに暖かいです。
でも、私はこの部屋に入ってきた時に、あまりのお香の匂いの強さと淀んだ空気に驚きました。」
「・・・確かに私も部屋に入った時にそれは感じていた。
換気の必要性も分かるが、・・・このお香は焚いておくしかないのだ。」
伯爵がお香を焚くことにこだわる理由は、リクにも理解は出来た。発熱に伴い発汗し、十分に清潔を保てなければ多くの女性は臭いが気になってしまうものだからだ。
「伯爵様、お香のことは置いておいて、まずは一度換気をする前に伯爵婦人様の身体を整えます。
そのために、侍女の皆様にもお手伝いをお願いしたいのです。」
「・・・良いだろう。」
伯爵の許可を得て、リクは伯爵婦人の清潔ケアを開始した。
「私はマリーよ、よろしくね。」
「はい、よろしくお願いします。」
この日の担当の侍女は、マリーという名の大人しそうな十代後半の少女だった。彼女は、伯爵婦人付きの侍女として働き続け、婦人にはとても可愛がって頂いていたのだと嬉しそうに話す笑顔が印象的だった。
「では、マリーさん。
今から伯爵婦人様の髪と手足を洗って、身体を拭こうと思います。
その時にシーツ交換まで終わらせます。」
「えっ?!
そんなに沢山のことを一度に出来るはずがないわっ!」
マリーはリクの言葉に驚きの声を上げる。身体を起こす事もきつい伯爵婦人へ一度に沢山のことをしてしまえば疲れてしまうし、たった二人で出来るはずもないからだ。
「大丈夫ですよ。
伯爵婦人様は横になって頂いておけば良いんです。
確かに、多少は疲れるとは思いますが今までよりは伯爵婦人様も疲れずに出来るはずです。
そういった方法があるんですよ。」
「そうなの・・・?」
半信半疑なマリーの様子にリクは笑顔で頷いた。
リクは、まず横になったままでの着替え方や身体の拭き方、シーツ交換の方法について説明する。婦人の身体を順番に横に向け、片袖ずつ脱いだ服やシーツを身体の下に敷き込み、反対に横にすれば下に敷き込んだ服やシーツを取り出すことが出来る。服を着せたり、新しいシーツを敷くのも同じ方法ですれば良く、脱がせた時に一度に行うことも出来るため最小限の動きで着替えやシーツ交換が終わってしまうのである。
「そっか、その方法ですれば確かにセレナ様も横になったままで可能だわっ!
そんな方法があったなんて、リクは物知りなのね。」
「ふふ、ありがとうございます。
では、早速始めましょう。」
二人はリクの説明したように、身体拭きなどを同時進行で行っていく。
今までは、着替えや身体拭きなど婦人に座って貰って行っていたことで、途中で力尽き倒れ込むように横になっていた事が短時間で全てを終わらせることが出来てしまった。
「・・・もう終わってしまったわ。
いつもだったら、セレナ様は体調が優れなくなるのに・・・。」
「次にこのまま、頭と手足を洗いましょう。」
「頭も洗うの?でも、どうやって?」
「ベッドに横になったまましますよ。」
「・・・?」
マリーには、横になったまま頭を洗う方法が思いつかない様子だった。
ベッドの上で頭を洗う場合、まずは水がベッドを濡らさないように皮の敷物を敷く。皮の大きめな袋を持ってきて、皮袋の中に丸めた布を防波堤を作るイメージで輪っかの形にしていけばベッドの上でも髪が洗える"ケリーパッド"の代用品になる。日本では、ケリーパッドがない場合に皮の袋ではなくビニール袋で作ることもあったものだった。
二人は、髪にはそれを使い、手足は桶を使って綺麗に洗っていった。婦人の身体からは、汚れや垢が落ち清潔さを取り戻していった。
マリーに全てが終わったことを告げられ、部屋に戻ったカロナーク伯爵はあまりの変わりように心の底より驚いた。
部屋の中の淀んだ空気は換気にされ、湿度を保つためか魔導ストーブの上には水の入ったやかんが置かれている。暖かな太陽の光りを取り込むために、分厚いカーテンは全て開けられて直射日光を避けるためのレースのカーテンだけとなっていた。
伯爵婦人も身体だけでなく、髪や手足も清潔にされて整えられていた。乾燥により荒れて、血が出ていた唇も丁寧にガーゼで拭いたのか、多少の潤いが戻っていた。
何よりも、きつい臭いのお香が無くとも気にしていた臭いを感じることはなかった。
あまりの変わりように伯爵は、絶句すると同時に心からリクに看病を依頼したことは正解だったのだと感じるのだった。




