見習い少女と小さな一歩。
いつも通りの朝、食事が終わり患者さんが目を覚ます頃に全ての部屋を回り笑顔で挨拶を交わします。そのまま、部屋の窓のカーテンを開け、夜の間によどんだ空気を外の気温を考慮しながら換気のために窓を開きます。
最低限の部屋の掃除しかできないことを申し訳なく思いながら行えば、患者さん達の朝食の時間となります。食事の時間がきても、自分で食べる事がなかなか出来ないのに放置されていた患者さんがいましたので食事の介助を行います。
先輩の指示を受けながらも、掃除・洗濯と雑務をこなしていきます。少しでも時間が空けば、毎日できない事を申し訳なく思いながらも熱いお湯を準備して、その熱いお湯で絞った布で患者さんの身体を拭き上げます。
そして、今までは家族に言われた時や汚れた時しか変えていなかったシーツも、最低でも5日1回はシーツ交換できるように順番を決めて動き始めてみました。
トイレや廊下など、掃除が終われば目に付く場所へ季節の花を飾ります。患者さんの側に置かないのは感染の原因になる可能性があるからです。少しでも、季節を感じ気分転換に繋がると良いのですが・・・。
雑務に追われていれば一日などあっという間に終わってしまいます。昼食、夕食と食事の介助を行った後は、消灯の時間になる前に、全ての部屋を回り、カーテンが閉まっている事を確認します。朝にも出来れば配りたいのですが、時間が足りずに配る事が出来ない熱いタオル代わりの布を全員に配り、顔を拭いて貰います。そうして、就寝の挨拶をすれば私の一日は終わるのです。
本当は、私以外の"見習い"では無い看護師を名乗る方々の協力が欲しい所です。でも、それは今はまだ難しいでしょうね。夫人でさえも私の行動を見て見ぬ振りをしている現状で協力してくれる方などいません。まして、シオンさんに頼るなど以ての外です。これは、ある意味私の"闘い"なのですから。
《救護院にいる老人 サイラス・アンダーソン》
この救護院に入ってどれくらいが経つじゃろうか・・・。
病に倒れ死を待つだけの儂に、家族は諦めるなとこの公爵様が経営するという救護院へと入れてくれた。その救護院の"医者"は信頼に値するのだとか言っての。
しかし、救護院なぞ何処も大して変わる事はないのじゃなあ。儂らの世話を嫌そうにする看護師どもは、儂が熱や咳に苦しんでおっても無視しておる。
食事をうまく食べることができぬ儂を馬鹿にしながら、隠れもせずに嗤っている事は知っておった。
じゃが、せっかくこの救護院に入れてくれた家族には申し訳なくて何も言えぬ。信頼できるという医者も、看護師どもの事など放置しておる。そんな医者の何処が信頼できるというのじゃろうな?
・・・おそらく儂はこのまま死ぬじゃろう。この腐りきった看護師どもに見下されながら・・・。
そんな状況が変わり始めたのは、何時の頃からじゃったかのう?
そうじゃ、"あの子"が見習いとしてこの救護院にやって来てからじゃった。
「失礼します。おはようございます、アンダーソンさん。
今日は天気が良いですよ。カーテンと窓を開けても大丈夫ですか?」
「おはよう、リク。いつもすまんのう、今日も頼めるかい?」
腐った看護師どもに仕事を押しつけれ、可哀想なくらいに忙しく走り回るこの少女の存在は知っておった。それでもこの少女、リクは泣き言も漏らさずに仕事をしておった。
じゃが、この子は数日前から儂ら救護院に入っている者達の部屋を一つずつ周り、朝の挨拶と碌にカーテンを開けて貰う事もなど今まで無かったというのに部屋の換気と掃除までしてくれておる。それなのに、最低限しかできないと申し訳なく謝ってくるなど・・・、何故こんな良い子がこのような場所におるのじゃろうな?
「アンダーソンさん、今日も宜しければお邪魔しても宜しいですか。」
「いつもすまんのう、頼んでもいいかい?」
「はい、任せて下さい。」
朝食の時間になれば自分がどんなに忙しくとも、リクは必ずやってきて儂の食事を介助してくれた。筋力が落ち震えてしまう、痩せ細った儂の腕を支えてくれたのじゃ。うまく食べる事が出来ぬ儂を嘲笑うことなど決して無かった。
「何してんのよっ、この愚図っ!さっさと洗濯物をしなさいよっ!!」
「はい!すみませんっ!すぐにやりますっ!!」
「・・・すまんのう、儂のせいでまた怒鳴られてしまった。」
「アンダーソンさんの所為ではありませんよ。
私は、看護師としての役割を果たしているだけですもの。
それに、私はもう怒鳴られちゃう事には慣れたので平気なんですよ。」
儂が食べ終わるまでに時間が掛かるせいで、いつも腐った看護師どもにこの子は怒鳴られる。謝る儂を決して儂の所為ではないのだと笑顔で言ってくれるリク。
「アンダーソンさん、熱いお湯を用意したので身体を拭きませんか?
出来れば一緒にシーツも交換しましょうか?」
身体を拭く事など、この救護院に入ってから家族が準備してくれた以外はした覚えは無いのう。腐った奴らは何か頼むたびに嫌な顔を隠しもしないからのう。シーツの交換だって、儂が食事を溢した時に変える事が・・・あったかのう?
小さな手を熱い湯のせいで可哀想なくらいに真っ赤にさせながら、この子は儂に熱いお湯で濡れた布を絞って渡してくれた。そして、背中を拭きましょう、と声を掛けてくれるんじゃ。
儂の孫娘とたいして年は変わらんじゃろうに、何故ここまで出来るのじゃろうな・・・。
重い身体を引きずり、リクに支えて貰いながらトイレへ行けば、廊下もトイレも綺麗に掃除がされておる。今までが嘘のようじゃ。トイレなんぞアヤツラは見向きもしないから、汚れきっておった。それが今では、花まで飾られておる。
昼食・夕食とやはり介助に必ずリクは現れる。そして、消灯時間の前に必ず儂らの部屋を再び回り、カーテンを閉め、洗面のお湯を用意できないからと熱く絞った布を配って回るのじゃ。
「お休みなさい、アンダーソンさん。ゆっくりと休んで下さいね。」
就寝の挨拶を笑顔で贈ってくれるリク。
儂には分かった事がある。あんな腐った奴らは、この子と同じ存在なはずがないのじゃ。
この子こそ、リクこそ本当の"看護師"なのじゃ。
・・・このリクは、決してこのような場所に埋もれさせてはならぬ人物じゃ。この子だけが、本物の"看護師"を体現しておるのじゃからな!
この子の持つ"看護師"としての考えを、覚悟をこの世界は求めておったのじゃっっ!
じゃから、この儂をここに導いたに違いないっ!そうと決まれば病なぞに倒れておる暇はないわっっ!!
この老骨に鞭打ち最後の仕事をせねばならんっ!
無く子も黙るっ、大商人サイラス・アンダーソンの名にかけてのっ!!!
いつも読んで頂きありがとうございます。
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