見習い少女と動き出した悪意。
「あの子、何なの?良い子ちゃんぶってさ。」
「媚びを売りまくる暇があるなら、あたし達の仕事をもっとすればいいのよ。」
「愚図の癖に、生意気よね。」
3人の10代後半の少女達が集まり、一人の年下の少女の事を嘲笑う。
「それに最近警備員として入ってきたあの獣人だけど、格好良い人とも知り合いなんでしょう?」
「うっわ、生意気通り越して最悪なんだけど!」
「あはは、これはもうやっちゃう?」
「やっちゃうしかないわよね!」
少女達にとっては軽い気持ちで向けられた悪意は、受け取る側にとっては大きな悪意へと形を変えていった。
--どうして、こんな事が出来るのでしょう・・・?
明るく晴れ渡った空の美しい初冬のある日、救護院の見習いであるリクは思い悩み、悲しんでいた。
リクの目の前には、綺麗に洗って干していたはずのシーツや洗濯物がわざとグシャグシャに倒されて、泥で汚されていた。
「あーら、まだ洗濯すらも終わってないの?本当に愚図ね!」
「ほんと、媚びを売る暇があればさっさと仕事をしなさいよっ!」
「あんたの尻ぬぐいをしてあげている私達の迷惑も考えて欲しいわ!」
汚された洗濯物を前に、唇を噛みしめていたリクへ嘲笑い、貶めるような言葉と笑い声が響く。彼女たちは、リクよりも数ヶ月早くこの救護院で働き始めていた年上の少女達だった。
--貴方達がした癖に!
この三人は働き始めたリクにいつも仕事を押しつけて、怒鳴り散らしていた。そんな少女達を見ておきながら、注意すらしないクラピウス夫人、我関せずなクラピウス先生。そんな二人の態度も、この三人の少女達の行動により拍車を掛けていた。
「すみません。すぐにやり直します。」
リクは、悔しさを胸に押し込めて少女達に向かって頭を下げる。
「・・・ふんっ!さっさとしなさいよ!」
「そうよっ!まだまだ、あんたの仕事は残ってんのよ!」
「本当に愚図の癖に生意気ね!」
リクの態度に最初は鼻白んだものの、それぞれ捨て台詞を残しその場を後にする。
「・・・せっかく綺麗にしたのにね。」
三人の少女達が立ち去った後、辛そうに顔を歪めながらも洗濯を再開するリクの姿が有った。
「リク。」
「シオンさん・・・。」
洗濯物を続けるリクの名前を呼ぶ声があった。いつの間に近づいたのか、それはこの救護院で警備員として一緒に働き始めたシオンの姿だった。顔を上げたリクの陰りを帯びていながらも、笑顔を浮かべようとする顔を見て、シオンはその美貌を歪める。
「リク、僕も手伝う。」
「・・・ダメですよ。これは、私の仕事です。」
「だがっ!」
「心配してくれてありがとうございます。
でも、本当に大丈夫なんですよ。」
リクはシオンの手伝うという申し出に対し力なく首を振り、拒絶する。自分は大丈夫なのだと、普段の彼女から見れば空元気だと分かってしまう笑顔を見て、シオンは唇を噛みしめる。
「・・・冷たい水のせいで手は赤くなっているし、こんなに荒れている。」
救護院で働き始めたリクの手は、荒れてあかぎれが目立ち、指先は赤く痛々しい。シオンは、リクの両手を少しでも自身の体温で暖めようと手の平で包み込む。そして、再び手伝いを申し出ようとした時に割ってはいる声があった。
「そこで、何をしているのかしら?」
その人物は笑顔を浮かべているが、冷たい色を宿した瞳を隠そうともしていないクラピウス夫人だった。
「・・・偶然、会った彼女に話しかけたいただけだ。」
「あら、そうなの。
仕事中にお喋りする暇があるなんて、とっても余裕があるのね?
だったら、全ての窓を今日中に拭き上げてちょうだいね。
余裕のある貴方なら出来るわよねえ、リク?」
「・・・はい、分かりました。」
クラピウス夫人は、リクを見下すようにさらなる仕事を命じた。救護院中の窓を拭き上げるなど、夜中まで掛かっても終わるか分からない量である。
「待てっ!
何故っ、リクだけに命ずる!
一緒に話していた僕も同罪のはずだ!」
「貴方は、私の管轄ではありませんもの。
それと言っておきますが、今後再びこの子の仕事を手伝うような真似をすれば、今以上に仕事を命じます。」
「なっっ!!」
クラピウス夫人の言葉に憤慨し、言い募ろうとするシオンをリクが制止する。
「シオンさん、私は大丈夫です。
夫人、申し訳ありません。すぐに仕事に戻ります。」
「あらあら、最初からさっさとすればいいのにね?」
「すみません。」
クスリと嘲笑を残し、二人に背を向け夫人は歩き出す。その背中を悔しそうにシオンは睨み付け、拳を握りしめる。これ以上、リクに話しかけ、仕事を手伝おうとすればさらに仕事は増やされるだけだという事が分かっていても、何も出来ぬ己への悔しさは変わらない。
しかし、リクとシオンへ背を向けたクラピウス夫人の瞳には二人への嘲りではなく、心配するような不安げな色が宿っていた。




