閑話 少年騎士と春祭りの少女 その2。
「ふ、ふははは、くくっ、わっ、悪いな。
女に俺のこの笑顔を見てっ、そんな事を言われたのは初めてだっっ!くっ、ふははっ!!」
少女の言葉や態度は俺にとって、とても新鮮で面白い物だった。そして、腹を抱えるように笑い始めた俺に向ける訝しげな視線やおかしな物を見るような表情は余計に俺の笑いを誘う物だった。未だかつて、糞爺以外に、ここまで俺を虚仮にして、否定して見せた者は何処にもいなかった!
笑い続けている俺に対し、関わりたくないと思ったのか少女はそろり、そろりと俺から距離を置き始めた。まあ、普通突然笑い始めるような奴とは関わりたくないと思うからな。
俺にとっては1、2歩の距離を取った少女は、くるりと俺に背を向け走り出そうとする。だがな、俺がこんなにも面白い物を逃がすはずがないだろう?
背中を向けた少女の服を掴んで逃走を阻止してみる。そのおかげで、走り出す事が叶わなかった少女は改めて俺に視線を向けた。
「・・・離して頂きたいのですが。」
「嫌だね。」
「・・・。」
短く返した俺の言葉に少女はジトッとした視線を俺に向けてくる。その視線に再び笑いを刺激されそうになりながらも、なんとか笑いを押さえ込み我慢する。
「くっ、そんなに睨むなって。」
「睨んでいません。」
可愛いその顔に、はっきりと俺への不満や嫌そうな感情を表した表情を浮かべる少女。
だが、そうだな。万が一逃がしてしまった時のために興味深い少女の名前くらいは知っておきたい。こんなにも面白い物を逃がす気は俺には無いけどな。
「・・・なあ、名前をいい加減教えてくれないか?これでは、満足に話すことも出来ないだろう?」
「・・・・・。」
名前を教える事に対して、とても嫌そうな雰囲気を放つ少女を挑発してみる。
「それとも、助けた相手に名乗ることすらしないのか?」
「っっ!
どうも助けて頂きありがとうございました 。私はリクと言いますっ!」
俺の挑発に乗っている事は分かっていても、礼儀を失う事は性格的に出来なかったんだろうな。しょうがなく名乗ったのだと、意志に反するのだという感情は言動の節々から感じ、隠す事が出来ていない。その様子に、再び押さえ込んだはずの笑いが蘇ってくる。
「ふはっ、く、くく。本当に面白いな。」
俺は再び笑い始めたことで、少女の服より手を離してしまった。それを好機と捉えて少女は再び逃げの体勢に入る。
「名前はちゃんと名乗りましたし、私はこれから人を探さなければいけません。
ですので、これで失礼します!」
そう言って、くるりと後ろを振り向き走り出した少女。
「あ、おい!」
呼び止めようと片手を伸ばすが届く事はなかった。
例え、逃げようとしたところで騎士を志す者であり、相応の訓練もしている俺が子どもの走る速度や持久力に負ける事は無いんだがな?
案の定、数メートルも追いかければ少女の体力は底を突き、すぐに走れなくなってしまった。
おそらく俺を振り切る事を諦めてしまった少女。俺は、王都の春祭りの主要会場を歩く少女の後ろについて歩いてみる。一番盛り上がっている主要会場を出て、人の姿が少ない場所に設置されているベンチに腰掛ける少女に対し、俺は早速にやにやと笑いながら話しかけてみた。
「お、諦めたのか?」
「・・・違います。人の余りの多さに疲れてしまっただけです。」
「ふーん、そうか・・・。」
俺の言葉に対し素っ気なく返す少女を尻目に、同じベンチの少女の隣へと俺も座り、ぼぅっと空を眺め始める。
そんな微妙な距離感を取っている俺たちの間を、春の優しい風が町中に飾られた花々の薫りを纏いながら通りすぎた。
「・・・なぁ」
空を見上げたまま、考えるのはこの少女の行動についてだ。
「何故、お前は俺にあんな言葉を言えたんだ?
ある程度の年齢の子どもは、いや大人は特にだな。
公爵家の跡取りだとか、貴族なんて自己紹介した奴に敬意を払う事はあっても喧嘩を売るような真似しないだろう、普通の奴は。
お前だって、貴族に対する態度くらい分かっているだろう。
何で、俺へあんな態度を取ったんだ?」
あの時は笑いに気を取られていたが、よく考えれば分からなくなった。この少女は決して愚かではないだろう。自分の言葉が貴族相手にどんな事になるかくらい分かっていたはずだ。
「それと俺は今まで女に笑顔を偽りだとかも言われたことはないんたが。」
他の奴は、鼻で笑うかも知れないが俺は女からの俺に対する評価には自信が有ったんだからな。
「・・・。」
少女は俺に対して答える事を渋っている様子だった。少女は俺への態度を反省してと言うよりは、面倒だと感じている気がする。・・・絶対にこれは正解だと俺にも分かった。
そんな少女へ煙に巻くのは許さないとばかりに強く眼差しに力を込める。俺の視線に観念したのか、ため息混じりに俺の疑問に答えはじめた。
「・・・貴方があの場所に貴族として立ち、同じ態度を貴族として行っていたならば、私は歯牙にも掛けずに終わりです。」
「・・・何故だ?」
少女の言葉は意外な物だった。もしも、俺が騎士の少年ではなく貴族として立っていたならば言い返さなかったのだと少女は言った。この少女ならばたとえ貴族が相手でも、同じ反応を返すと思っていたのだが・・・。
自分勝手な反応だが、少女の言葉に俺の中にあった少女への興味が薄れていく。
「厳しい話かも知れませんが、どんなに幼くても貴族が民衆の面前であのように振る舞えば己が無能であると言っているだけだと私は思いますから。」
「なっ?!」
だが、続けて語った少女の言葉は俺の自尊心を傷つけるには十分だった。薄れたはずの興味が怒りに変わる。その思いのままに少女へ抗議の言葉を発しようとすると、俺の言葉は少女に黙殺されてしまった。
「王侯貴族は様々な特権を持っています。それは、一見華々しく、華麗な世界に見える事でしょう。
ですが、だからこそ高貴な身分であると言う事は、同時に誰よりも先頭に立ち危険と向き合い、戦う事が求められると思います。
もし、行動を誤れば民衆からの支持を、権威を失う事になってしまいますよね?
それを思えば、貴方がしたことは客観的に見れば幼い少女に権力を振りかざし、己の意のままにしようとしたことになりませんか?・・・まあ、規模は小さいですけど。
その行動は、己がその年齢になるまでにその程度の教育しか受けていない、ただ権力を使う事しか知らない愚か者だと証明しているとは思いませんか?
・・・本物の王侯貴族は、その高い地位にふさわしい義務を負い、民衆よりも多くの規範に従い、その責任を担うからこそ尊敬されるとは思いませんか?そして、幼いうちにそれを学ぶんです。
これは騎士でも、貴族でも、ただの貴男でも同じだと思いませんか?」
少女から俺に向けてかたられた言葉は、俺の驕り高ぶった"心"に罅を入れ、打ち砕くには十分すぎる威力を秘めていた。
「多分ですけど、根本は同じなんです。その大きさが違うだけの話なんですよね。
重い荷物を持って困っている人を助ける、飢饉で食べ物が無くて困っている人を助ける。
どちらも、誰かの事を思いやって、行動する。
ほら、大きさが違うだけでしょう?みんなが大きさにあった事をしているだけですよ。
だからこそ、権力や地位だけを見て、それに伴う責任も、重さも分かってないアホが振りかざしている姿なんて滑稽を通り越して失笑物ですよ。」
貴族ではない、俺よりも年下の少女は、俺よりも貴族のいや、心ある者として高い矜恃と強い魂を持っていた。
・・・いつの頃だったろうか、幼い頃に糞爺に教えて貰ったのは。そして、"高貴な者の義務"という言葉を忘れてしまったのは・・・。
それは、貴族として産まれ持った者が背負うべき定めと言える物なのかも知れない。俺はいつの間にかそれを忘れ、民衆を見下す愚かな貴族の一人に成り下がっていた。
・・・糞爺に"馬鹿孫"と言われて当然だったな。まったく、愚かすぎる俺自身に笑う事すら出来ないな。これでは、この少女に侮られても文句は言えない。
「私も命は大事です。ですが、間違っていると思ったことはちゃんと伝えたいと思います。
・・・ただし、それは言葉の通じる相手だけです。」
「!」
愚かだった俺の言動を静かに恥じていると、少女が続けた言葉は俺を擁護する物だった。少女は、まだ俺は言葉が通じる相手だったのだと、おずおずと言葉を付け足した。
「えーっと、あとは、顔でしたね。これは簡単明快です。
ただ、単に貴方が相手をして来た方々は内面ではなく顔面しか見てなかったんでしょう。
だって、見るからにあの笑顔は嘘っぽいですよ。」
・・・最後の言葉で止めは刺されたが。
「・・・お前本当に遠慮も、容赦もないな。」
ここまで言われ、己の愚かさも指摘されてしまえば怒りなど抱けるはずもない。しかし、容赦なく指摘してくる少女へ苦笑混じりの呆れた視線を送ってしまう。言い過ぎている自覚は有るのであろう少女も、気まずそうに視線を横にそらしてしまうが再び俺へ視線を戻しにっこりと微笑みを返す。
「褒め言葉として受け取っておきますよ。」
まあ、あれくらいはっきりと言われなければ俺は納得しなかっただろうしな。それに、気が強く、意志をはっきりと持った女も悪くはない物だ。




