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閑話 少年騎士と春祭りの少女 その1。


 温かな春の日差しが降り注ぎ、エリューシオン王国は一年の中で最も色鮮やかに彩られる季節を迎えた。


 その中でも王都は春の大祭のため、より一層華やいでいた。そんな春の大祭で賑わう王都を見回る騎士団員達の中に、一際眼を引く人物がいた。

 その人物は、この国の騎士団の紺色の制服に身を包んだ、十代半ば頃の年齢に見える青年と言うにはまだ幼さと可愛らしさが残る顔立ちをしている少年だった。彼の容姿で特に目が奪われるのは燃え上がるような深紅の襟足まである髪と同じ名を冠する咲き誇る花のように鮮やかな山吹色の瞳をだ。 

 彼は整ったその顔に年の割には落ち着いた真面目そうな表情を浮かべながらも、口元には周囲へ優しい印象を与えるような柔らかな微笑を湛えている。

 そんな成人ともなれば縁談が山のようにに届き、女性達の心を射止めて離さなくなりそうな彼は、容姿だけでなくその身分も一級品であった。このエリューシオン王国の5大公爵家が一つが彼の生家であり、その跡継ぎでもあるからだ。そんな容姿にも、家柄的にも恵まれている彼の名は"アスラン・フォン・クラリスロ"といった。



《アスラン・フォン・クラリスロ》


 春の大祭が開幕して大勢の人々で賑わう王都において、忠実に己の役割を果たす一団があった。彼らはこの王国の騎士団の一員達であり、大勢の人々で賑わう事で起こる数々の問題や犯罪を処理する役割を持っていた。そんな騎士団員達の中には、未だ10代半ば程度の年齢の少年達も混ざっていた。少年達は王国内にあるダンフィールド騎士養成学園に通う生徒達で、騎士団に付き従っているのは研修の一環としての事であった。 


 まったく、面倒な事このうえないな。こんな事をいつまで続けねばならないんだ。毎年の事とはいえ、大祭の時くらい純粋に楽しませて欲しい物だ。


「隊長、例年の事とはいえ凄い賑わいですね。」

「そうだな、そして毎年人攫いなどの犯罪も増える。

 祭りの喧噪に隠れ卑劣な犯罪を犯す奴らを我らは決して見逃してはならん。

 皆一様に気を引き締めて、巡回を続けるように。」

『はいっ!』

 

 隊長達の会話を聴きながら、真面目そうな表情で素直に返事をする口とは真逆の事を俺は考える。

 何で公爵家の跡取りである俺が、こんな目に遭っているかというと全ては糞爺に起因する。俺の祖父であり、現クラリスロ公爵である祖父は俺の事をたびたび、いや結構の頻度で"馬鹿孫"と呼ぶ。まあ、それに対して俺も"糞爺"と返すがな。

 そんな糞爺はこの国の元大将軍を勤めるほどの武を誇っていた人物であり、現在もその実力は陰りを見せる事はなかった。 

 糞爺が俺をこの学園に叩き込んだ張本人であり、理由を聞いても「貴族の本分を理解していない」「捻くれた性分を叩き直してこい」との事だった。はっきり言って、要らぬ世話だ。

 貴族の役割など分かっている。そんなもの、自身の領地とそこに住む民衆を治め、王に仕えることだ。貴族としての振るまい方や領地運営の方法など、幼い頃から教師を付け指導させたのは他ならぬ糞爺だ。


 まあいい、学園に通う事自体には文句は無い。面白い友人達も出来たうえに、武術自体は爺の血が流れているためか、自分自身を鍛え強くなる事は俺も好きだからな。



「きゃぁぁぁぁーーーっっ!!!!

 誰かっ、助けてっっ!!この人に誘拐されるぅぅっっ!!!!!」

 そんな時だった、人が多い広場の端の方から幼い少女の声であろう悲鳴が聞こえたのは。その声に反応した俺たち騎士団は、隊長を筆頭に悲鳴の上がった場所へ一目散に駆けつけ始める。

 駆けつける先には周囲の人々がざわめき、注目するその中心で黒髪の少女を無理矢理黙らせようとする男の姿が有った。

 俺は鬱憤を解消す、・・・男に押さえつけられようとしている少女を助けるために駆け寄る騎士団員の中からさらに走る速度を上げ、一番最初に現場に到着した。俺は、あの爺に鍛えられていたおかげとは絶対に言わないが、騎士学園の中でも一、二を争う俊足を持っている。


 そんな俺は、少女を無理矢理押さえつけようとする男を短い動作で、地面に押し倒し、動けないように押さえ込んだ。


「やれやれ、小さくても女を無理強いしようなんざ男の風上にもおけないな。」


 思わず素の言葉使いで小さく呟いた俺の言葉は、辺りの喧噪に紛れ誰にも届くことなく消えていった。



 ・・・往生際の悪い誘拐犯だな、この野郎は。

 少女を誘拐しようとしていた男は、その事実を否定し続ける。隊長達も、俺たちも分かっている。この男は、少女を薄暗い路地裏に連れ込もうとしていた。その先で、待っているのは親ではなく誘拐犯の仲間だろうな。一部の団員達が、路地裏の方へ誘拐犯の仲間を捜すように隊長から静かに指示受け、走り出す。

 しかし、この誘拐犯の人の良さそうな外見や父親に頼まれたと叫ぶその言葉に、周囲の人々から同情の視線が送られ始める。確たる証拠も、この男の言葉を否定する術もないため、どうした物かと隊長も考え始めていた時に、それまで大人しく静観していた少女が動いた。

 その少女は黒髪に紫の瞳を持っていた。容姿は整っている方だとは思うが貴族の着飾った少女達ほどの美しさでは無い。しかし、その年頃に似合わぬ理知と強い意志を宿した少女の姿は人を引きつける何かを持っていた。


 その少女が動いた事であっさりと、この事件は解決した。男の言い分には、事実との食い違いがあったからだ。誘拐犯の男が連行されていく姿を見送り、少女の親を捜す事を誰かに命令しようとしている隊長へ俺は立候補の声を上げた。

 俺にとって、つまらない巡回をこのまま続けるよりも、この面白い少女との会話の方が何かと楽しめそうだしな。それに、むさい男どもに囲まれ行動するより少女とはいえ、女と動く方が楽しい時間になりそうだ。


「初めまして、お嬢さん。私は、アスラン・フォン・クラリスロ。貴女の名前をお聞かせください。」

 隊長達が、姿を消した後に俺は少女へ向かって自己紹介をした。この年頃の少女であれば、憧れ、夢見ているはずのまるで物語の中の貴公子のような仕草で跪き完璧な笑顔を浮かべて見せる。

「・・・すみません。知らない方に名前は教えてはいけないと言われています。」

 だが、帰ってきた少女の反応は予想に反する物だった。眉間にやや眉を寄せ警戒している雰囲気が伝わってくる。

「親御さんの言うことをちゃんと守るのは良いことですね。

 ですが、このような状況であれば親御さんも許して下さいますよ。

 それにお嬢さん、私も名乗りましたから知らない人では有りませんよね?」

 さらに今まで会った女達が顔を赤く染めた笑顔を向けながら、安心させるように声を掛ける。まあ、誘拐されそうになったんだからな。多少は警戒心が強くなっても可笑しくはない。

「いいえ、まったく知らない赤の他人です。」

 ・・・少女の強い否定の言葉に、笑顔が自分でも固まったのが分かった。この笑顔で警戒を解かない女なんぞいなかったぞ。

「そ、そうですか。

 では、もっと知って頂ければ問題ないと言うことですね。

 私はこのエリューシオン王国の5大公爵家が一つクラリスロ家の跡取りであり、栄えあるダンフィールド騎士学園に席をおいています。

 未来の騎士団長、将軍候補であると自負しております。」

 先ほどの自己紹介に加えて俺自身の立場を説明してやり、さらに力を込めた笑顔を少女へ向ける。これで、この少女も気がつくだろうな。目の前に立っている人物が、いかに敬い、丁寧な態度を示さなければいけない相手かを。

「そうですか。」

 俺の説明に対し、少女は真顔で短く返してきた。

 ・・・は?それだけか?普通はもっと驚くとか、言わなければならない事があるだろう!

「・・・・・お嬢さんには、まだ難しい内容だったのかな?」

 ・・・そうだ、10歳になるかどうかの年齢なんだ。しかも、おそらく貴族ではない少女では教育の程度が俺たちとは違うんだ。だから、理解できていないだけだな。まったく、親も貴族へ対する態度くらい教えておくべきだろうに。

「先に言っておきますが、貴男が公爵家の跡取りで、未来の騎士団長か将軍候補であるという話しであれば理解しています。」

 一人納得している俺に対し、少女は挑むような視線で俺を見上げ言葉を発した。

「ですが、貴男は今この場所に公爵家の跡取りとして立っている訳ではないのでしょう?

 まして、今はまだ騎士団長でも無ければ将軍でもない。

 ただの騎士学院に通っている少年でしょう?」

 少女は痛快なまでに俺の立場を否定して見せ、身分など関係のない俺自身へ言っているのだとその瞳が語っている。

「私の知る騎士とは、謙虚さと誠実さを知り、弱き者と慈しむべき民を護る盾となる者の事です。

 貴男のように子どもへ偽りの笑顔を向け、己の肩書きを持って己の立場を分からせようとする者ではありません。」

 その上で、騎士団へ属している俺への忠告と、たかが民衆の教育も満足に受けていない少女だと侮っていた俺へお前の偽りなど理解していると告げて見せた。


--これは、"何"だ?

  

 初めての事だった、爺以外の誰かに面と向かって否定されたことは初めてだったのだ。女であれば誰もが見とれたこの笑顔を偽りだと見抜いた者も、友人達以外にはいなかった。 

 俺の心の中で、侮辱された事への怒りよりも興味深く、面白いこの少女への好奇心が勝り、痛快なまでに否定して見せた彼女の言動に面白さを感じずにはいられなかった。



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