閑話 少年騎士と春祭りの少女 その3。
少女の思いがけない言葉の数々に、様々な意味合いで驚かせられた。
しかし、そんな俺達が座っていたベンチの周囲は、少女と話し込んでいた間に人気が無くなっていた。今の時間帯ならば、主要会場で大きな出し物があったはずだ。歓声も上がっているようだしな。
しかし、こういう奴らは何処にでも湧いて出てくるものだ。周囲の歓声から取り残された場所にいる俺達の周りには、あの連行された男の仲間かもしれない破落戸のような連中が取り囲んでいた。
「・・・お知り合いですか?」
「・・・そんな訳がないだろう。こんな下品な連中に心当たりなど全くないな。」
さすがに、怯えるだろうかと思い少女を見ると、いかにも面倒くさいといった様子を隠すことなく俺に軽口を叩いてくる少女。そんな少女の様子に再び笑いがこみ上げてくる。本当に規格外な少女だっ!
俺達の会話に連中が反応して、濁声で叫んでいるのは聞こえる。まったく、楽しい一時を邪魔するなど無粋な連中だ。
「はっ!
余裕じゃねえか、糞ガキどもが。
用があるのはそっちの騎士の兄ちゃん、お前だよ。」
「指名されてますよ?騎士のお兄ちゃん?」
「全く持って、心躍らないお誘いだな。」
「っの!馬鹿にしやがってっっ!!
てめえ、さっきそのお嬢ちゃんに言ってたよな?
貴族の跡取り様なんだろう?てめえを誘拐すりゃあ、ガキを何人も売り払うよりも金になる。
大人しく付いてきて貰うぜっ!」
破落戸の中でリーダー格の男が長々と自分たちの目的を話しているが、俺が目的ならば後日出直してくればいいものを。
・・・少女から視線を感じる。"私を巻き込むな"と言ったところか?
少しは、心配なり、不安げな顔をするなりしてくれても良いと思うんだが・・・。少女にそれを正直に言えば、再び呆れた視線を向けられる事になるだろうな。
そんな少女の姿を思い浮かべるだけで、表情が緩んでしまいそうになる俺はもうお手上げだ。
「悪いな、お嬢さん。
巻き込んでしまったな。だがまあ、この程度ならば大丈夫だ。
大人しく其処に座って待っててくれるか?」
「分かっています。
私は邪魔にならないように、このベンチより動くつもりはありません。」
「良い子だ、お嬢さん。」
俺は座っていたベンチより立ち上がり、鞘より剣を抜き構えながら少女へ短く告げる。帰ってきた少女の返答は、自身の立場を理解したもので何よりだった。
気になる女性との会話の途中だというのに、破落戸の一人が邪魔するつもりか俺に斬りかかってきた。
「女性との会話の最中に、剣を向けてくるとは礼儀がなっていないな?」
躊躇うことなく俺に向かって振り下ろした剣を軽くいなし、背中がガラ空きの破落戸へ剣の鞘でもって鋭い一撃を叩き込む。
バキイィィッッ!!!
痛みでしばらくは動けないだろう。しかし、その音を合図に破落戸達が一斉にそれぞれの武器で攻撃を繰り出して来た。俺は生温いとしか感じない全ての攻撃を避け続け、一人ずつ確実に仕留めていく。
破落戸どもを剣の練習台にもなりはしないと心の何処かで侮っていた事は認める。
俺の剣術の前に、残されたのは地面に倒れ痛みに呻く破落戸達とリーダー格の破落戸、両脇を固める2人だけだった。
俺は、俺の自身の優位を疑っていなかった。
「へへっ、動くなよう?お嬢ちゃん。
お前もだぜぇ?騎士の坊ちゃんよぉ?」
一番最初に倒したはずの破落戸が少女の細く、白い首筋に刃物を当てたその姿を見るまでは・・・。
「っ?! 貴様っっ!!」
それを見て俺は、破落戸を取るに足りない相手と決めつけ、自身の力を過信するあまり周囲が見えていなかった事を悟る。
「良くやったぜ!はんっ、剣を捨てなっ!!
さもなきゃ、あのお嬢ちゃんの顔に消えない傷跡が残るだけじゃあすまねえぜ?」
「・・・くそっ!
その顔に似合った汚い真似をするんだな。」
・・・最初の破落戸は背中に何か仕掛けを事前に仕込み、わざと背中を俺に向けて打たせたのだろう。
挑発の言葉を吐き、隙を伺うものの優位なのは破落戸どもだ。そんな安い挑発には乗りそうにない。
「いいから、さっさと剣を捨てな!
てめえには、アジトに着いたらゆっくりと暴れた分のお礼はして貰うぜ?
お嬢ちゃんはそうだなあ、可愛い顔をしてるしよぉ、きっと高値で売れるだろうなあ?」
にやにやと少女に気持ち悪い視線を送る破落戸どもに怒りを覚える。
しかし、それ以上に耳を疑ったのは少女を売ると言う言葉だった。
--奴らの狙いは俺のはずだっ!何故、少女を巻き込まなければならないっ。
「まてっ!
その子は関係ないだろうっ!お前達が必要なのは俺だけのはずだっ!!」
「ふんっ、こいつはお前の人質でもあるんだ。そう簡単に解放は出来ねえな。」
未熟すぎた己の判断に、俺は悔しくてもどうする事も出来ずに唇を噛みしめるしかない。助けを呼ぼうにも、俺がこの場を離れれば少女がどうなるかなど火を見るよりも明らかだ。どうしようも無い状況に、せめて俺は今すぐに少女に危害が及ぶ事がないように剣を捨てる選択肢だけしか選べなかった。
「ねえ、騎士のお兄さん。
私は、大丈夫ですよ。だから、剣を捨てる必要は無いんです。」
予想外の言動を取ったのは、やはりというか人質となっている少女だった。少女は、首元に剣を当てられているというのに怯えた様子も見せることなく普段と変わらないとばかりにのほほんと微笑んでいた。まるで、絶対に大丈夫だという自信が有るかのように。
そんな微笑みを浮かべている少女に現状が理解できていないのかとばかりに、俺も、破落戸達も訝しげな視線を送ってしまう。
「何を言ってやがる?
おじょーちゃんにはこの剣が見えねえのか?」
「っ!
リクっっ!!挑発するんじゃないっ!!!」
「あれ?私の名前覚えていたんですね。」
俺の言葉に少女はキョトンとした表情を見せ、さも以外だと言わんばかりに返答をよこす。
「そんな問題ではないだろうっ!」
怒鳴るように俺は言葉を返すが、それさえも可笑しいとばかりに笑顔を深める少女。そんな姿に、俺は苛立ちが募る。
「大丈夫ですよ。
だって、私の危機にはいつだって駆けつけてくれる強い味方が居ますもの。
・・・そうでしょう?シオンさん、ジェダ?」
俺の知らない名前を少女は呼んだ。俺と二人で話していた時は浮かべる事の無かった、心より信頼している、大切な名前だと言わんばかりの愛しげな顔をして・・・。
・・・その笑顔を見た時、心の奥がちくりと痛んだ。
バキイィッッ!!ガッッ、グシャアァァッッ!!!
静かに瞳を閉じる少女の言葉が終わる前に一陣の銀色の風が走り抜けた。俺が視線で追うのがやっとの俊足を誇った銀色の人物は、少女を拘束する破落戸の刃物を持った腕を掴み捻り上げ、少女にぶつからないように蹴り上げた。背中に仕込んでいただろう物体が割れるような音が響き、地面に落ちるが銀色の人物と一緒に現れていた黒猫が破落戸に向かって風の塊を放つ。その風の塊の中には細かい風の刃が有ったのか、全身をズタボロにして悲鳴を上げることなく頭から破落戸は地面に着地した。・・・凄い勢いで地面にめり込みながら。
破落戸を瞬殺した人物は、まるでガラス細工を扱うように優しく少女を抱き上げる。その人物は、一言で言えば麗人でだった。
人形を思わせる作り物めいた美しい中性的な顔立ち、銀糸を集めたように輝く銀色の髪、その髪の間からは同色の"犬"のような動物の耳が生えている。細身だがしっかりと筋肉の付いたしなやかな身体、腰より少し下の辺りに髪と同色のふさふさとした尻尾が生えている青年だった。
青年は宝石のようなアイスブルーの瞳に少女への愛しさを隠しもせずに、腕の中に少女を閉じ込めている。少女が再び瞳を開けると、青年が自分を腕に閉じ込めているのは当然とばかりに微笑み返す。
青年の登場に唖然としていた残りの破落戸を始末する。すぐに、少女へ向けた視線の先にあったその光景を見てしまった時、俺の心には鋭い痛みが走った。
--何故、少女は俺には向ける事の無かった"表情"をあいつには向けるんだ?
--何故、あの男は少女を当然のように腕に抱きしめているんだ?
「リク、怪我はないか?
助けに入るのが遅くなってすまない。」
「シオンさん、ジェダ、ごめんなさい。
はぐれてしまった上に心配を掛けてしまいました。」
「僕もすまなかった。今度からは、こんな風に抱えて移動した方が良さそうだな。」
二人の会話を聴きながら、俺は今まで生きてきた中で初めて異性にに対し独占欲や執着心を抱いていた。
「・・・其処のお嬢さん、俺を無視しないで欲しいんだが。」
「あ、忘れてました。」
身体の奥底で執着心と独占欲が渦巻いているのを感じながらも押し殺し、悟られないように今まで通りに声を掛けるが、それでも彼らの様子が面白くなくて俺は少女をジト眼で睨んでしまう。
「はあ、本当に不思議なお嬢さんだな。」
俺が少女へ近寄って行こうとするが、少女をを抱いている銀髪の男が俺が近づいた分だけしっかりと距離を取る。
・・・この男は、気がついているのだ。俺が、少女に"リク"に向け始めているこの"感情"に。
「・・・お前、お嬢さんとはどういった関係だ?」
「貴様に話す必要性を感じない。」
『・・・・・。』
少女を挟んで、俺達の間で火花が散っている。そんな様子を見て、俺達の間に剣呑な雰囲気が流れ始めている事に気がついた少女が銀髪に話しかける。
「シオンさん、一度下ろしてくれませんか?」
「駄目だ。」
「・・・。
すみません、こんな格好で失礼します。
今日は、助けてくれてありがとうございました。
おかげでシオンさんと合流する事も出来ました。」
銀色に意見をにべもなく却下された少女は、しょうがないといった様子で嘆息し俺に話しかけてきた。
--・・・もし、俺が相手だったら絶対に諦めずに下ろすまで抗議する癖に、何故その銀髪だと素直に従うんだ。
少女の態度に形作り始めたこの"感情"を抱え込む俺は不満を抱かずにはいられない。
「・・・あー、その、俺もすまなかった。
お嬢さんを巻き込む形になってしまったからな。
そうだな、迷惑を掛けてしまった謝罪の意味を込めて一緒に食事にでも・・・」
その"感情"を押し殺し、少女へ悟らせないように注意して言葉を選ぶ。少女と会話を楽しみたいと思い、誘いの言葉を掛けてみるが再び邪魔者が入った。
「その必要は無い。今すぐ帰宅するからな。」
「・・・本当に何なんだ、貴様は!
あ、待てっ!!お嬢さんは、置いていかないかっ!!!」
俺の言葉を遮り、少女をを抱いた"シオン"と呼ばれた男は、俺の抗議の言葉を無視してそのまま走り出す。
その移動速度は、今の俺では到底叶わない物だった。追いかけて見るも、すぐに引き離され、その後ろ姿は見えなくなった。
「・・・・・。」
俺は消えていった彼らを追いかける事を諦め、少女との会話を思い返す。
"リク"と"シオン"、そしてゴーレムの黒猫。リクはともかく、後者に関しては公爵家の情報網で探せば、すぐに身元が分かるだろう。あれほどの実力を持った獣人は目立つ。その上、精霊石を用いたゴーレムを作り出し、強い力を持った守護者を子どもに付けるだけの財力を持った家柄も、制作者も限られる。
--・・・今は見逃す。けれど、必ず見つけ出して、次こそは逃がさない。
--そうだな、まずは名前を呼ばせ、次にあの男の立場に俺が成り代わろう。
悪役じみた己の思考回路に低い笑い声を上げながら、時が来るのを楽しみに待つ事とする。けれど、次に出会うまでにやらねばならない事もある。あの男に負けないほどの力と知識を蓄え無ければならない。そして、何よりも少女に"リク"に呆れられる事がないように己の精神も鍛え直さなければいけないな。
空を仰げば太陽が沈みかけ、紫色に染まり始めた大空が広がる。その色は、少女の瞳の色を思い出させる。
少女は、他国の貴族なのかもしれない。例え、そうでなくても適当な貴族の養子としてしまえば妻に迎える事も出来るだろう。周囲の人間が何か言うならば、それを黙らせる事が出来るだけの人物へと俺がなっておけばいい。
--"リク"、待っているがいい。俺は、必ずお前を見つけ出し、手に入れる。・・・それまで、良い子で待っていろ。
不敵な笑みを湛えた少年は、すぐにその表情を消し去り、普段の彼が浮かべている柔和な笑みを作り出す。その心に、隠しきれない独占欲と執着心を押し殺しながら・・・。




