閑話 春祭りと深紅の少年騎士 その3。
私が言葉を告げ終わっても、なかなか反応を返さない少年。
面倒ごとになる前に私は、この場を去るべきか、それとも素直に謝罪だけはした方が良いのか迷ってしまいました。
そんな私の迷いとは裏腹に、突然目の前の少年は人目も憚らず大きな笑い声を上げ始めました。
「ふ、ふははは、くくっ、わっ、悪いな。
女に俺のこの笑顔を見てっ、そんな事を言われたのは初めてだっっ!くっ、ふははっ!!」
・・・よし、最初から赤の他人なんですし、もう会う事はないでしょうから放置しましょう。ええ、そうしましょう。
そろり、そろりと少年を刺激しないように徐々に距離をとります。
私の歩幅でですが、数歩分の距離を取ることに成功し、そのまま背を向け走り出そうとした私。
・・・ですが、走り出すことは叶いませんでした。
「・・・離して頂きたいのですが。」
「嫌だね。」
「・・・。」
短く私の言葉を却下した少年に対して、思わずじと目になってしまいます。
「くっ、そんなに睨むなって。」
「睨んでいません。」
ああ。全くもう。本当に、面倒なことになりました。・・・これだから、貴族のぼんぼんは嫌なんですよ。
「・・・なあ、名前をいい加減教えてくれないか?これでは、満足に話すことも出来ないだろう?」
「・・・・・。」
「それとも、助けた相手に名乗ることすらしないのか?」
「っっ!
どうも助けて頂きありがとうございました 。私はリクと言いますっ!」
少年の挑発に乗って自己紹介をするのは癪ですが、少年の言い分も確かにその通りです。
「ふはっ、く、くく。本当に面白いな。」
少年は再び笑い始めたことで、お腹の辺りに両手を添えています。これは、今こそ好機です!
「名前はちゃんと名乗りましたし、私はこれから人を探さなければいけません。
ですので、これで失礼します!」
そう言って、くるりと後ろを向き走り出します。
「あ、おい!」
私を呼び止めようと急いで片手を伸ばす少年の声など、私には聞こえません!
少年より逃げようと走り出した私でしたが、数分もせずに力尽きました・・・。全力疾走など私の体力では、長時間走り続ける事は出来るはずがなかったのです。
走る事を諦め、王都の春祭りの主要会場を歩く私の後ろをにこにこと笑顔を振りまきながら少年がついてきます。
・・・考えなくても分かることだったんです。だって、鍛えている少年に多少の走り込み等しているだけの私が走りで勝てるはずが無いんですから。
せっかくの初めての春祭りなんですし、ムキになって少年を撒いてしまいたい感情を押さえ込みます。
そう、落ち着くのよ、私。あれは目と鼻が付いたニオンオ(赤いタマネギ)なんだからっ!
それに、余りうろうろしていては、シオンさんに見付けて貰うことは困難でしょう。
「お、諦めたのか?」
私が一番盛り上がっている主要会場を出て、人の姿が少ない場所にあったベンチに腰掛ける姿を見た少年は早速にやにやと笑いながら話しかけてきました。
「・・・違います。人の余りの多さに疲れてしまっただけです。」
「ふーん、そうか・・・。」
同じベンチの私の隣に勝手に座り、少年はぼぅっと空を眺め始めました。
そんな微妙な距離感を取っている私たちの間を、春の優しい風が町中に飾られた花々の薫りを纏いながら通りすぎていきます。
「・・・なぁ」
空を見上げたまま、少年は静かに語りかけてきました。
「何故、お前は俺にあんな言葉を言えたんだ?
ある程度の年齢の子どもは、いや大人は特にだな。
公爵家の跡取りだとか、貴族なんて自己紹介した奴に敬意を払う事はあっても喧嘩を売るような真似しないだろう、普通の奴は。
お前だって、貴族に対する態度くらい分かっているだろう。
何で、俺へあんな態度を取ったんだ?」
少年は言葉を一端区切り、空を仰いでいた視線を私に向けます。
「それと俺は今まで女に笑顔を偽りだとかも言われたことはないんたが。」
「・・・。」
私が答えるのを渋っていると、煙に巻くのは許さないとばかりに見つめてきます。そんな少年の視線を、面倒な事に引っかかったと数十分前の自身の対応に後悔しました。しかし、後悔してもしょうがありません。後になって悔いるからこそ、後悔なんですから。私は、ため息混じりに少年の疑問に答えはじめました。
「・・・貴方があの場所に貴族として立ち、同じ態度を貴族として行っていたならば、私は歯牙にも掛けずに終わりです。」
「・・・何故だ?」
そんな私の言葉が意外だったのでしょう、すぐに少年は問い返してきます。
「厳しい話かも知れませんが、どんなに幼くても貴族が民衆の面前であのように振る舞えば己が無能であると言っているだけだと私は思いますから。」
「なっ?!」
私の言葉に抗議の声をあげようとする少年を黙殺して言葉を続けます。
「王侯貴族は様々な特権を持っています。それは、一見華々しく、華麗な世界に見える事でしょう。
ですが、だからこそ高貴な身分であると言う事は、同時に誰よりも先頭に立ち危険と向き合い、戦う事が求められると思います。
もし、行動を誤れば民衆からの支持を、権威を失う事になってしまいますよね?
それを思えば、貴方がしたことは客観的に見れば幼い少女に権力を振りかざし、己の意のままにしようとしたことになりませんか?・・・まあ、規模は小さいですけど。
その行動は、己がその年齢になるまでにその程度の教育しか受けていない、ただ権力を使う事しか知らない愚か者だと証明しているとは思いませんか?
・・・本物の王侯貴族は、その高い地位にふさわしい義務を負い、民衆よりも多くの規範に従い、その責任を担うからこそ尊敬されるとは思いませんか?そして、幼いうちにそれを学ぶんです。
これは騎士でも、貴族でも、ただの貴男でも同じだと思いませんか?」
説明する私の言葉に衝撃を受けてしまっている少年には理解してもらえるでしょうか・・・?
「多分ですけど、根本は同じなんです。その大きさが違うだけの話なんですよね。
重い荷物を持って困っている人を助ける、飢饉で食べ物が無くて困っている人を助ける。
どちらも、誰かの事を思いやって、行動する。
ほら、大きさが違うだけでしょう?みんなが大きさにあった事をしているだけですよ。
だからこそ、権力や地位だけを見て、それに伴う責任も、重さも分かってないアホが振りかざしている姿なんて滑稽を通り越して失笑物ですよ。」
そう、この考え方こそが前世の世界で亡き祖父から学んだ事でした。歴史が大好きだった祖父。いつも、日本の歴史だけでなく西洋などの歴史についても語ってくれていました。そんな祖父が言っていたのが、"ノブレス・オブリージュ"という言葉です。訳せば"高貴な者の義務"だったでしょうか・・・?
「私も命は大事です。ですが、間違っていると思ったことはちゃんと伝えたいと思います。
・・・ただし、それは言葉の通じる相手だけです。」
「!」
続ける私の言葉に少しだけ衝撃が和らいだ様子の少年。なんだか元気がなくなっている気がします。・・・ちょっと、偉そうに言いすぎたでしょうか・・・。
「えーっと、あとは、顔でしたね。これは簡単明快です。
ただ、単に貴方が相手をして来た方々は内面ではなく顔面しか見てなかったんでしょう。
だって、見るからにあの笑顔は嘘っぽいですよ。」
・・・止めを刺す気持ちはないんですよ?でも、聞かれた事にはちゃんと答えておこうという気持ちがあってデスね・・・。
・・・心の中で謝っておく事にします、・・・少年、ごめんなさい。野良犬に噛まれたと思ってさっさと忘れる事をお薦めします。
「・・・お前本当に遠慮も、容赦もないな。」
私へ苦笑混じりの呆れた視線を送ってくる少年。
・・・自覚はありますけど、いつもはもっとオブラートに包んだ言い方を私はしています。でも、この少年へはおそらくはっきりと言った方が良いのだと会話をしている中で、女の感ですがそう思ったんです。嘘や言い繕った言葉で告げても、少年は納得などしなかったでしょう。
「褒め言葉として受け取っておきますよ。」
にっこりと微笑みを返した私に、何かを告げようとした少年の言葉を遮り、面倒ごとは向こうからやって来たのでした。
ですが、私の心境としてはこれ以上何があっても問題は無いだろうなと思っていました。だって、私の視界の片隅には翡翠の瞳を持った黒猫が背を向けて走っていくのが見えたんですもの。
だから、きっと大丈夫ですよ。




