8歳児と狼さんの願い。
あの大乱闘の末、決着は付くことなく私の一人で家に帰るという一言で闘いは終了しました。キースさんには、多少恨みがましい視線を投げられましたが私は知りません。・・・からかおうとした罰が下ったんだと思います。
4人で家に帰り着き、まずはリオの様子を確認して、面倒を見てくれていたジェダに感謝を伝えます。ジェダは、柔らかな長いその尻尾で私の頭を叩いてきます。心配してくれていたのでしょう、素直に謝るとまるでしょうがないなというように、そっぽを向きながらも私の頬を尻尾で撫でてくれます。そんなジェダに抱きついて私は癒されます。心に受けた痛手を癒され、多少の元気が戻りましたので改めて話し合いを開始します。
リビングにある机に座り、話し合いの体勢を整えます。ちなみに4人掛けのこのテーブルは四角く、お誕生日席に私が座り、私の右手側にお師匠様とキースさん、左手側にシオンさんがそれぞれ座っています。
もちろん議題は、シオンさんの今後についてです。
「僕の考えはもう決まっている。
僕は、リクの側にあると決めた。」
「勝手なこと言ってんじゃないわよ、糞ガキ風情が。」
「貴女には関係ないことだと思うが?」
「関係有るに決まってるでしょう?リクは私のものなんだから。」
「・・・・・・貴様とはやはり決着をつけるべきようだな。」
「返り討ちにしてあげるわ。」
「二人とも、私の意志を無視して人を物扱いしたりする人は嫌いです。
第一、私は私の物です。
くだらない喧嘩を続けるような方々は問答無用で知らない人扱いしますよ?」
「ごめんなさい、リク。」「すまなかった。」
話し合いを始めようとした側から、喧嘩腰に議論を交わす熱心な二人組がいます。誰とは言いませんが、他人の振りをしたくなりますね。そんな気持ちを笑顔に込めて、二人組を諫めます。
「・・・・・結局、リクの嫌い攻撃には勝てなねえんだよな。あの二人は。」
「何か問題でもありますか。キースさん?」
「全く持って問題ねえよ。」
「(自分だって十分に弱いじゃない。)」
「(十分にあの男も弱いだろう。)」
小声でぼそっと、言葉を溢したキースさんへも突っ込みを入れて、さっさと本題に入ります。
「シオンさん、私はシオンさんみたいに強い方に守って貰うほどの存在ではありませんよ。
第一、私の活動範囲はこのお師匠様が張っている結界の中だけです。
今回の魔物に襲われそうになるなんてことは、例外と言っていいほどのことなんですよ?」
私の側にあると言ったシオンさんの言葉の意味が今ひとつ、私には分かりません。少し困った顔になっていることを自覚しながら、シオンさんへその必要は無いことを説明します。
シオンさんのように強い方をこんな狭い森の一軒家に縛り付けるのはどうかと思うんです。きっと、シオンさんのように才能溢れる方はもっと広い世界で活躍できるのではないでしょうか・・・?
魔物に襲われたという私の言葉に、お師匠様とキースさんが色めき立ちますがそれを制して言葉を続けます。
「シオンさんに助けて頂いたことは、本当に感謝しているんです。
でも、もしも、シオンさんが私に怪我をしていたところを助けられたからというような理由で言われているのでしたら、お断りしたいと思います。
シオンさんは、外の広い世界で大きな事を成し遂げるような方だと私は思っていますから。」
私の言葉を静かに聞いていたシオンさんは、私を強い意志が宿った瞳で見つめ、己の意志を語り始めました。
「僕は、今まで両親以外の誰かを信じることもなく、慈しむこともなく、守ることもなく生きてきた。
僕は他者に認められたい癖に、誰よりも他者を認めることなど無かったんだ。
そんな僕の生きてきた道の末路が、あの怪我だ。」
シオンさんの語る言葉を私たちは静かに聴きます。
「僕は、最初貴女を利用するつもりだった。」
「私を利用ですか?」
「ああ。」
シオンさんは顔をしかめて、過去の己に怒りを覚えているかのように言葉を続けます。
「その二人にも迷惑をかけた。あの時の僕は何一つ分かってなどいなかった。
貴女がどれほど僕のために心を砕いてくれていたのかすら、本当に分かっていなかったんだ。」
「そうね、あの時に比べればだいぶマシな顔になった事は認めてあげるわ。」
お師匠様のシオンさんを肯定する言葉にシオンさんは目を瞬かせ、お師匠様を見つめてしまっている。
「何よ?別に本当のことを言っただけで、お前を擁護した訳では無いわ。」
「いや、二人にも僕は感謝している。
二人のおかげで僕は気が付くことが出来たんだ。」
「・・・・・フン。」
「あぁ、まあ、どーいたしまして、か?」
シオンさんの感謝の言葉に二人は照れくさいのでしょうか、素直ではありませんね。
「・・・リク、僕は貴女と出会ったことで変わることが出来たんだ。
もし、僕が貴女と出会わなければ、たとえこの背中の怪我を受けることがなかったとしても、いつかは同じ末路を辿っていた。」
「シオンさん・・・・・・。」
「僕が言える言葉ではないことは分かっている。
だが、どうか言わせて欲しい。リク、どうか僕を貴女の側に置いて欲しい。
貴女のおかげで僕の世界は鮮やかな色を取り戻せたんだ。
僕は、愚かだからすぐに他者を認め、信じることを忘れてしまうかもしれない。
だからこそ、己の戒めのためにも貴女を側で見守り、守らせて欲しい。どうか、頼む。」
シオンさんは、強い意志と言葉を持って私に頭を下げました。
私は、どうするべきなのか・・・?
お師匠様を見れば憮然とした顔を隠そうともしていません、キースさんを見れば肩をすくめて苦笑しています。二人には、私の答えが分かっているのでしょう。
「シオンさん、どうか頭を上げて下さい。」
「リク・・・・・。」
「私の方からもお願いします。
シオンさん、どうか私の側にいて下さい。
もし、また私が無茶をした時は助けに来て下さいね。」
改めて、言葉にするのはなんだか恥ずかしく、少しだけ冗談交じりに答えてしまいます。
「リクっ、ありがとう。
ああ、必ず貴女の危機には僕が駆けつけよう。」
心のからの晴れやかなシオンさんの笑顔は、今まで見た中で一番輝いていました。
「そうだ、リク。
貴女にもう一つ頼みたいことがある。」
話しが終わったと思っていれば、シオンさんが言葉を続けます。
「頼みたいことですか?」
「ああ、リク。
いずれ、僕の番つがいになって僕の子を産んでくれ。」
私の前に移動してきたシオンさんは、私の両手を握り言い放ちました。
『・・・・・・・・・・・。』
シオンさんの言葉に辺りは静まりかえり、そして・・・・・。
「ふっざけんなっっ!!糞狼っ!!!
俺の可愛いっっ、娘は嫁になんざ行かせねえっっっ!!!!」
「・・・・・・・・・・う、うふふふふふふ。ぶっ殺す。」
「・・・・・・。」
言われた言葉に呆然としている私を取り残し、辺りは喧噪に包まれました。