8歳児と狼さんと"名前"。
結界の中に入り、狼さんは私の身体をゆっくりと切り株の上に降ろし、座るように促します。
「狼さん、ありがとうございました 。・・・狼さんは、怪我をしていませんか?」
私を黙ったまま見つめている狼さんに尋ねます。
「・・・問題ない。それよりも、何故あんな危険な場所にいた?
己の身を守る術を持っていない貴女がこの森に入ればどうなるかなど、賢い貴女は知っていたはずだ。」
狼さんは眉間にしわを寄せ、いつもより固い声で私に問いかけます。
「・・・お師匠様とキースさんから、私が熱を出している間に狼さんが家を出たと聞いたんです。」
「・・・・・・・・・・。」
魔物に襲われそうになっていたあの時、もしも狼さんが駆けつけてくれなかったら、私は今頃命は無かった。未だに、私の身体は微かに震えている事が自分でもわかります。そんな危険な森に入ればどうなるか分かっていたのに、私自身が図らずもその危険に飛び込んでしまった。・・・私は、狼さんの顔を真っ直ぐに見ることは出来ませんでした。
俯いた私を心配して、あーやんが見上げてきます。私は、あーやんにも助けてくれた感謝の気持ちを込めて暖かなその身体を抱き締めます。
抱き締めたあーやんに、勇気を貰って狼さんに視線を戻します。
「…私は、狼さんにお礼を伝えたかったんです。」
「……何故、貴女が僕に礼をいう必要がある?」
狼さんは、私の言葉に訝しげに答えます。
「熱に倒れた私を看病してくれましたよね?おかげで、私は元気になる事が出来ました。」
「…僕は、何もしていない。あの二人がしたことだ。」
私を看病してくれた事を認めたくないのでしょうか?
狼さんは、私から視線を逸らしてしまいます。私は抱き締めたままだったあーやんを解放して、少しでも狼さんに私の心が届くように立ち上がります。
「狼さんは、ずっと私の側にいてくれましたよね?手を握ってくれていたんでしょう?」
「貴女の勘違いだろう。僕は、そんなことをした覚えはない。」
取り付く島もないとはこの事でしょうか?
どうやら、絶対に認めたくないみたいです。頑ななその態度に疑問を感じながらも言葉を続けます。
「勘違いではないです。
だって、私が一度目が覚めた時に狼さんが側にいたのを覚えています。」
「・・・・・・・・・。」
「それに、あの時に見た狼さんが悲しそうな、痛そうな様子だったことも覚えています。」
「?!」
狼さんは私の言葉にピクリとその美しい銀髪の狭間から覗く耳を動かしました。
「私は、大丈夫って、悲しいのも、痛いのも治るって、狼さんに答えましたよね。
だけど、目が覚めたら狼さんは居なくなっていて・・・・・。
でも、どうしても最後に見た狼さんの様子が気になって心配だったんです。」
狼さんはまるで信じられないものを見たかのように、目を見開き私をただひたすらに見詰めます。
「・・・私は狼さんが独りで、沢山の悲しいことや痛いことに耐えようとしているんじゃないかと…、思ったんです。」
狼さんの私を見つめる透明感のあるアイスブルーの瞳が、私の言葉に反応して戸惑いに揺れ動きます。
「何の力もない弱い私ですが、狼さんの悲しいことを聴いて一緒に泣く事はできます。
狼さんが痛いくて、辛い時に支える事が出来ます。
・・・そして、狼さんが嬉しい時には一緒に笑い合うことができるんです。
だから・・・、だから、どうか独りになろうとしないでください。
一人っきりの孤独はとても寂しいですよ。」
私が言葉を紡ぎ終えると同時に、私の視界は銀色に染まりました。
《???》
「貴女という人は・・・何処までっ・・・・・!」
彼女が何故この危険な森にいたのかを問う僕に、気まずそうに心配だったのだと答えた彼女。
僕があの二人と一緒に看病したことを、側にいたことを覚えてくれていた彼女。
悲しみを、痛みを耐える僕に一人っきりになるなと言ってくれた彼女。
--最初から到底無理な話だったんだっ!!
彼女の温かさを、優しさを知って、一人っきりの孤独な人生に戻るなんてっ!
押さえ込もうとしていた感情が溢れ出す。
激情のままに彼女の温かな、小さな身体を抱き締め続ける。
「…あの、……狼さん?」
腕の中の彼女が小さな声で戸惑ったように僕を呼ぶ。
“狼さん”
・・・違うな。そうじゃない。
「…シオンだ、リク。僕の名はシオンだ。」
「…シオンさん……?」
彼女が僕の名を呼べば、まるで世界が色を取り戻したかのように鮮やかに色付く。
「ああ。何度でも僕の名を呼んでくれ、リク。」
僕は、僕の名を呼ぶたった一人の、僕の孤独を癒す愛しい乙女へ微笑みかけた。
いつも呼んで頂きありがとうございます。
お陰様で、評価して下さる方まで来て頂けるようになりました。
その上、私のつたない文章に高得点をつけて頂き、とても感謝しています。
これからも、未熟な部分の多い私とこの物語りですが、どうぞよろしくお願いします。




