8歳児と命の危機。
それは、ブタのような顔に太った腹の出た体型で、その身体に合っていない鎧のような物を身につけ、手には薄汚れた剣を持った"オーク"と呼ばれる魔物だった。
オークは、にやにやと嬉しそうな顔を浮かべて私たちに近づいて来る。
あーやんが威嚇して、私を守ろうとしてくれているがそんな事は眼に入らないのか私だけを見つめて近づいて来ます。もし、逃げようと背中を見せればその大きな身体ですぐに追いつかれることは目に見えていました。
あーやんが私を守るために、オークへ攻撃を仕掛けます。あーやんの魔法が発動して、オーク目掛けて岩で出来た槍のような物が地面を隆起させ、音を立てて進んでいく。けれど、あーやんの攻撃をその巨体に似合わない身軽さで避けて見せたオークは、素早い動きでこちらに詰め寄り剣を振りかざす。
その剣が地面にめり込むほどの一撃を私たちは何とか避けるものの、高熱で体力を自分でも思っていた以上に奪われていた私の身体は、足をもつれさせて転んでしまいます。すぐ目の前までオークが迫っている中で、あーやんは必死に私を守ろうとしてくれていますが、オークは怯むことなく、まるで私たちを怯えさせ、いたぶるかのようにゆっくりとした動作で地面から剣を抜いてみせます。
闘うことも出来ず、死の恐怖の前に震えることしかできない私は助けを呼ぶことさえ出来ませんでした。そんな私を嘲笑うかのように、オークはあーやん目掛けて再度その剣を振り下ろし、避けたことで私の側を離れてしまったあーやんを無視して私へ手を伸ばしてきました。恐怖で動けなくなってしまっている私は、伸びてくる手を振り払うことも出来ず、眼をきつく閉じることしかできませんでした。
キイィィンッッ!
しかし、そのオークの伸ばされた手は私に触れることはなかったんです・・・・。
「薄汚い貴様ごときが、彼女に触れるなっっ!!」
オークの伸ばされた手は、美しい銀色の髪を靡かせ、冷たい蒼い炎を宿したかのように煌めく、雪のように白い肌を持った麗人の二振りの剣によって阻まれました。
「・・・狼さん・・・・・?」
私の呼び声に気がついた狼さんは答えるように視線を一度だけ私へずらし、すぐに目の前のオークへ戻します。
「助けに来るのが遅くなってすまなかった。」
謝罪の言葉を口にする狼さんへ私はやっと恐怖で固まった身体の力が抜けていくのを感じました。
「・・そんな事、ありません。助けてくれてありがとうございます・・・・・。」
「まだだ、奴を倒した訳では無い。」
ぷうぎゃああぁぁぁっっっーーーー!!!!!
狼さんの言葉に答えるように、邪魔をされて怒りに染まったオークが鳴き声を轟かせ、持っている剣を棍棒のように狼さんへ振り下ろします。
「失礼する。」「きゃっ、えっ?!」
その一撃を回避する時に、私を姫抱きをするように片手で支え、オークより距離を置くように後ろへ跳ぶように下がります。その場所へあーやんも付いてきます。
オークより離れた木の根元に私をゆっくりと降ろし、あーやんが側に寄り添ったことを確認するとオークへ向かって駆けだしていきました。
狼さんの闘う姿は、とても美しい物でした。まるで、剣舞を舞うかのようにオークを翻弄して、攻撃の隙を見逃すことなく責め立てる姿は、圧倒的な物だったとしか言えません。私は、そんな狼さんの美しい闘う姿に魅了されずにはいられないのでした。
狼さんは私にあまり血飛沫が上がる場面を見せたくなかったのでしょう。徐々にオークが弱っていくのを確認しながら、私に木の後ろへ回るように言ってきました。素直にその言葉に従うと、しばらくして"ゴロンッ"と何か大きな物が落ちて、転がるような音がしました。それが何か分からないはずがありません。見たい物ではありませんが、狼さんは怪我が治ったばかりの身体です。心配に思い、木の陰から顔を出そうとすると、目の前に狼さんがいました。
「見なくていい。」
そう言って、私を再び姫抱きをして自分の外套で私を包むようにします。私の視界にオークの死体が映ることがないように、胸元に私の頭を抱え込むようにします。そうして、お師匠様の結界の中へ狼さんは足早に進んでいきました。