第六話 小さな守護者の決意
ぼくは、少しだけ反省していた。
みるくの足元で、ちょこんと座る。
いつも通りの、小さなチワワ。
でも、その内側では、さっきの出来事を何度も思い返していた。
(……あれ?)
(もしかして……ぼく、ちょっと……)
視線を、そっと家の外へ向ける。
運ばれていく、あの夫婦。
気絶したまま、ぐったりしている。
命に別状はない。
ちゃんと、甘噛み程度に抑えた……はず。
(……うん、たぶん、大丈夫)
みるくは、まだ状況を整理しきれていない様子で、静かに座っている。
村長と向かい合いながら、何度も言葉を飲み込んでいる。
その横顔を見て、ぼくは思う。
(みるくは、やっぱり優しい)
あんな話を聞かされて。
自分が“差し出される側”だったと知って。
それでも、怒鳴らない。
責めない。
ただ、理解しようとしている。
⸻
「……あの人たち」
みるくが、ぽつりと口を開く。
「どうなるんですか……?」
村長は、一瞬だけ目を伏せた。
「……大丈夫よ。少し眠っているだけだから」
嘘は言っていない。
でも、すべてでもない。
「本当は……逃がすつもりだったの」
静かに続ける。
「あなたを、ここから遠くへ」
みるくの瞳が揺れる。
「……え?」
「この村にいれば、いずれ“選ばれる”」
村長の声は、低く、重かった。
「だから……あの二人に頼んだの。あなたを連れて、この村を出てほしいって」
あの夫婦は、悪い人ではなかった。
穏健派の村長を支持する、出会った時と同じく優しい人たちだった。
みるくは、言葉を失う。
信じていいのか、分からない。
でも、さっき見た、村長の震える手。
あの覚悟。
それが、嘘には見えなかった。
(……あれ?)
(じゃあ……ぼく……)
ラテは、ほんの少しだけ目を逸らした。
しっぽが、ぴくりと揺れる。
(……やっちゃった?)
ほんの数秒の沈黙。
(……えへ)
(ちょっとだけ、まちがえちゃったかも)
小さく、内心で舌を出す。
もちろん顔は、いつも通りの無垢なチワワ。
(でも、大丈夫)
(ちゃんと、なおせばいい)
その目が、すっと細くなる。
柔らかさの奥に、鋭い光が宿る。
そのとき。
外から、ざわめきが広がった。
慌ただしい足音。
誰かの叫び声。
「来たぞ!!」
村人たちの顔から、血の気が引いた。
「……そんな……今日はまだのはず……」
村長の声が、震える。
みるくも、反射的に立ち上がった。
「なにが……来るんですか……?」
その問いに答える前に。
“それ”は、現れた。
⸻
遠くから、地面を揺らす音。
重く、鈍い振動。
空気を裂くような、低い唸り声。
村の入り口。
木々の隙間から、異形の影が姿を現す。
人の倍はある巨体。
歪んだ四肢。
濁った目。
魔物。
みるくの呼吸が、止まる。
「……あれ……」
現実が、追いつかない。
でも、村人たちは違った。
何度も見てきた恐怖。
「下がって!!」
「家に入れ!!」
叫び声が飛び交う。
でも、その動きには、どこか“諦め”が混じっていた。
(……ああ)
ぼくは、理解する。
(これが、この村の現実なんだね)
戦えない。
逃げられない。
だから差し出してきた。
(でも)
ぼくは、みるくを見る。
その手は、震えている。
でも、逃げていない。
目を逸らしていない。
(うん)
(やっぱり、好きだなぁ)
ラテは、すっと、立ち上がる。
小さな体。
(さっきの、おわびもしないとね)
しっぽが、ふわりと揺れる。
(この村、ちゃんと守ろう)
みるくには、まだ分からない。
この小さなチワワが、どれだけ規格外なのか。
ラテは、一歩前に出る。
誰にも止められない、静かな一歩。
「ラテ……?」
みるくが、小さく名前を呼ぶ。
ラテは振り返らない。
でも、ちゃんと聞こえている。
(大丈夫だよ、みるく)
声にはしない。
でも、その背中が語る。
(ぼくがいるから)
魔物が、唸り声を上げる。
地面が揺れる。
恐怖が、空気を満たす。
その中で。
たった一匹のチワワが前に出た。
世界が、静かに歪み始めた中で、小さな守護者が、本気を出す決意をした。




