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『みるくラテ』〜人見知り独身の私、ドラマの恋に憧れてたら……チワワと〇〇で異世界を無双していました。  作者: 日和
第一章

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第四話 リーネ村

 川のせせらぎが、やけに鮮明に聞こえていた。


 みるくは、草を踏みしめながら、細い獣道をゆっくりと進んでいく。

 腕の中ではラテが静かにしている。さっきまでの出来事が夢だったかのように、いつもの小さなチワワの顔だ。


(……落ち着いて。ちゃんと考えよう)


 そう自分に言い聞かせながらも、胸の奥はざわついたままだった。


 ポケットからスマートフォンを取り出す。


 ――圏外。


 いや、違う。


 “圏外”と表示されることすらない。

 電波という概念そのものが、ここには存在していないようだった。


(……そんなこと、ある……?)


 空を見上げる。

 青く、澄んでいる。

 ビルも電線も、飛行機雲すらない。


 聞こえるのは、風と水と、鳥の声だけ。


 現実感が、ない。


「……これって」


 口に出してみる。


「……異世界、ってやつ……?」


 言った瞬間、少しだけ笑ってしまった。


(何言ってるの、私)


 でも、否定する材料が、どこにもなかった。



 しばらく歩くと、視界が開けた。


 そこにあったのは、小さな村だった。


 木と土でできた家々。

 煙突から立ちのぼる煙。

 畑を耕す人の姿。


 まるで、歴史の教科書で見たような中世の風景。


「……すごい……」


 思わず、息を呑む。


 恐怖より先に、安堵が込み上げてきた。


(人がいる……)


 それだけで、こんなにも安心するなんて思わなかった。


 みるくは、勇気を振り絞って、一人の女性に声をかけた。


「あ、あの……すみません」


 女性は振り返り、みるくを見るなり、目を丸くした。


「まぁ……ずいぶんひどい格好ねぇ。大丈夫?」


 服装の違和感よりも、“疲れていること”を心配してくれた。


 その優しさに、胸がきゅっとなる。


「あの……ここは、どこですか?」


 問いかけると、女性は少し首をかしげてから答えた。


「ここはリーネ村よ。あなた、外国の人?」


 聞き慣れない地名。


(……やっぱり……)


 確信が、じわじわと現実に変わっていく。


 女性は、みるくを村の中へ案内してくれた。


「よかったら休んでいきなさいな。そんな顔してたら倒れちゃうわよ」


 その言葉に、思わず目頭が熱くなる。


(……優しい……)


 会社では、“できて当たり前”。

 やっても、口先だけの感謝しかされない。


 でもここでは、ただ“疲れている”だけで、こんなにも優しくされる。


 胸の奥の警戒心が、ほどけていく。


 家の中で出されたのは、素朴なパンとスープだった。


 ひと口食べた瞬間――


「……おいしい……」


 思わず声が漏れた。


 温かい。

 優しい味。


 身体だけじゃなく、心にまで染み込んでくる。


「こんなところに一人で……迷子にでもなったの?」


 女性の問いに、みるくは少しだけ言葉に詰まる。


「……はい。気づいたらここにいました」


 女性は、ふっと微笑んだ。


「辛かったねぇ。でも大丈夫。この村はね、みんなで助け合って生きてるのよ」


 その言葉に、救われた気がした。


(……いい場所かもしれない)


 そう思ってしまった。


 足元で、ラテが小さく低く唸っていることに、みるくは気づかなかった。



 夕方。


 村長の家に通される。


 木の机を囲み、何人かの村人と向き合う形になった。


 穏やかな空気。

 笑顔。


 だけど、どこか、違和感があった。


「みるくさん、と言いましたね」


 女性の村長が、ゆっくりと口を開く。


「あなた、記憶がないんですって?」


 異世界から来たとは言えなくて、咄嗟に嘘をついた。


「行くあてもないのね?」


「……はい」


「なら、この村で働いてみませんか?」


 その言葉に、少しだけ希望が灯る。


 居場所ができるかもしれない。


「病人の世話をお願いしたいんだけど」


 続いた言葉が、引っかかった。


「寝たきりの老人でね。簡単な仕事よ」


「……それは大変ですね」


 親の介護の経験で、大変さは身に染みて理解しているつもりだ。


 たが、村長は笑った。


「ふふ、長くお世話する必要はないのよ。半年もすれば……ね」


 ぞくり、とした。


(……今、なんて……)


 軽く言っていい言葉じゃない。


 でも、周囲の村人は誰も違和感を持っていないように見えた。


 それどころか、どこか納得したように頷いている。


(……これ……おかしい……)


 頭では分かる。


 でも――


「私……やります」


 口が、勝手に動いていた。


(……なんで……)


 断れなかった。


 優しくされたから。

 居場所が欲しかったから。


 それだけで、警戒心が鈍る。


 優しい人ほど、利用される。


 それを、みるくは知らなかったわけじゃないのに。


 その瞬間だった。


 ――バンッ!!


 外で、何かが弾けるような音がした。


「なにごと!?」


 村長が立ち上がる。

 村人たちもざわめく。


 誰も状況を理解できていない。


 ただ一つ。


 確かなことがあった。


 家の裏手。


 最初に出会った女性と、その夫が意識を失って倒れていた。


 二人は、みるくを捕まえようと隙をうかがっていた。


 その顔には、恐怖が張り付いていた。


 まるで、“見てはいけないもの”を見たかのように。


 そして。


 みるくの足元で、ラテが小さくあくびをしていた。


「……ラテ、ねむいの?」


 何も知らないみるくは、優しく撫でる。


 ラテは、いつものように目を細めた。



 みるくはまだ知らない。


 この世界が、ただの“異世界”ではないことを。


 かつて人類が滅びかけた未来から、逃げるようにして辿り着いた“過去の地球”であることを。


 争い、奪い合い、支配。


 その果てに、人類は一度、終焉を迎えた。


 遠い未来の人類は生きる道を探った。


 地球が滅亡を迎える前に、世界中の国々が、宇宙への移住を模索した。

 だが、人類の科学力では他の惑星への移住は不可能だった……。


 だから選ばれたのが、“過去への移住”。


 だがその代償として、人々の記憶は消された。


 そして、本来交わるはずのなかった“もう一つの世界”。


 魔法と魔物が存在する領域が、同一の世界線に重なってしまった。


 歪み。


 混ざり合った現実。


 それが、この世界の正体だった。



 優しいだけでは、生きていけない世界。


 でも、その優しさを、守ろうとする存在が、すぐそばにいる。


 ラテの瞳が、ほんの一瞬だけ金色に輝いた。


(みるくは、僕が守る)


 誰にも気づかれないまま、小さな守護者は、静かに牙を研いでいた。

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