表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『みるくラテ』〜人見知り独身の私、ドラマの恋に憧れてたら……チワワと〇〇で異世界を無双していました。  作者: 日和
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/16

第三話 ラテと一緒に……

 それは、なんでもない休日の昼下がりになるはずだった。


 本来なら、今日はゆっくり休める日だった。

 平日の疲れを引きずったまま、それでも朝から洗濯をして、簡単に部屋を片付けて、ラテのごはんを用意して。


 “普通の休日”。


 でも、その“普通”にたどり着くまでの一週間が、少しだけ……いや、かなり重かった。



 今週の職場は、インフルエンザが猛威を振るっていた。


「すみません、子どもが熱出してしまって……」

「学級閉鎖で……今週は休ませてください」


 朝から、そんな連絡が次々に入る。


 誰も悪くない。

 それは分かっている。


 むしろ当然だと思う。

 子どもがいれば、優先順位は決まっている。


 それに、制度としても、休む事を後押しされている。


 2025年4月に施行された改正育児介護休業法。

 子の看護等休暇の対象は、小学3年生修了までに引き上げられた。

 取得理由も広がり、病気やけがだけでなく、学級閉鎖や入園式、卒園式などにも対応できるようになった。


 制度としては、とてもいいことだと思う。


(……うん、すごく大事な制度)


 実際、会社もそれを尊重していた。

 うちの会社は、その休暇を有給として扱っている。

 社員に優しい会社だ。


 ――ただ。


(……その分の仕事は、消えないんだよね)


 ぽつりと、心の中で呟く。


 人が減った分の業務。

 納期は変わらない。

 案件は待ってくれない。


 そして――


(……私、だよね)


 自然と、視線が自分のデスクに落ちる。


 誰かが指示したわけじゃない。

 でも、気づけば集まってくる。


「みるくさんなら大丈夫ですよね」

「お願いしてもいいですか?」


 断れない。

 断らない。


 結果――


「……え、これ……今日中……?」


 気づけば、明らかに一人分を超えた仕事量が積み上がっていた。


 周囲を見渡す。

 空席が目立つフロア。


(……人、いなさすぎない……?)


 時計を見る。

 もう夕方。


 でも、やるしかない。


 キーボードを叩く音だけが、やけに大きく響く。


 ――結局、その日も終電近くまで残ることになった。



 帰り道。


 コンビニの明かりが、やけに眩しく感じた。


(……なんかもう……空っぽ……)


 疲れすぎると、逆に感情が薄くなる。


 家に帰ると、ラテが全力で迎えてくれた。


 その瞬間だけ、ちゃんと“自分”に戻れた気がした。



 そして――休日。


 ようやく訪れた、静かな時間。


 みるくはエコバッグを両手に持ちながら、ゆっくりと歩いていた。


 ラテはスリングの中で、すやすやと眠っている。


 小さな寝息。

 伝わる体温。


(……この時間があるから、なんとかやれてるのかも)


 横断歩道の信号が青に変わる。


 歩き出す。


 あと少しで向こう側。


 ――そのときだった。


 視界の端で、何かが“異常な速さ”で迫ってくる。


 光。

 音。

 クラクション。


 全部が一気に押し寄せた。


「ラテッ!!」


 考えるより先に、体が動いた。


 スリングを抱きしめる。

 守る。


 それだけだった。



 ――次の瞬間。


 世界が、止まった。


 音が消えた。

 風も止まった。


 すべてが白く、静かに凍りつく。


「……みるく」


 聞こえた。


 確かに、聞こえた。


 腕の中のラテが、ゆっくりと顔を上げる。


 その瞳が淡く、金色に光っていた。


「泣かないで。怖くないよ」


 やさしい声。

 いつもそばにあった温もり、そのままの声。


「……ラテ……?」


 言葉が震える。


 現実が追いつかない。


 でも、怖くなかった。


「僕がいるから、大丈夫」


 ラテが、そっと頬に触れる。


 涙が、勝手にこぼれた。


 張りつめていた何かが、一気にほどけていく。


「……うん……」


 小さく、頷く。


「ラテがいるなら……どこでもいい」


 それは、無意識の本音だった。


 ずっと一人で頑張ってきた。

 誰にも頼れなかった。


 でも、この子だけは、ずっとそばにいてくれた。


 だから。


 本当に、どこでもよかった。



 光が、弾ける。


 落ちる感覚。


 そして、気がつくと、草の上に倒れていた。


 柔らかい感触。

 土の匂い。


 見上げると、広がる青空。


「……え……?」


 体を起こす。


 見渡す。


 そこには、ビルも、道路も、信号もなかった。


 代わりにあるのは、小川と、木々と、風の音。


「ここ……どこ……?」


 現実感がない。


 夢みたいな風景。


 腕の中を見る。


 ラテは、いつも通りの小さなチワワだった。


 きょとんとした顔で、こちらを見ている。


「……さっきの……」


 思い出そうとすると、ぼやける。


 確かに、ラテが喋っていた。


 でも今は――


「……夢……?」


 自分に言い聞かせるように呟く。


 ラテは、小さく「きゅん」と鳴いた。


 それだけで、少し落ち着く。


 みるくは、ラテをそっと抱きしめた。


「……帰ろうね」


 震えそうな声で、それでも笑ってみせる。


「一緒なら……大丈夫だから」


 ラテは、静かに目を細めた。


 その小さな瞳の奥で、金色の光が、静かに灯る。


(みるくは、やさしすぎる)


 この世界は、歪んでいる。


 優しい人ほど、奪われるようにできている。


 だから――


(僕が、守る)


 世界ごと、塗り替えてでも。


(みるくを、幸せにする)


 小さな体に宿る、規格外の力。


 それはまだ、静かに眠ったまま。


 ただひとつ確かなのは。


 この瞬間から。


 みるくの運命は、大きく動き出したということだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ