第十四話 チワワの本気
レヴァンの笑みが、初めて止まった。
その理由は、あまりにも単純だった。
目の前の犬が、明らかに異質だったからだ。
「……今、何をした?」
レヴァンの声が、わずかに低くなる。
ラテは、首をかしげた。
「きゅん?」
いつも通りの、小さなチワワ。
だが、その周囲の空気だけが、わずかに歪んでいた。
(……あーあ)
(見せちゃった)
ラテの内心は、いつも通りの軽さだった。
(もういいよね)
(この人、だめなやつだ)
「ラテ……」
みるくの声は震えていた。
さっき見た記憶。
あの光景。
胸の奥に、吐き気のようなものが残っている。
恐怖と怒り。
理解できない感情が渦巻く。
「……もう……誰も殺さないで……」
その言葉に、ラテの耳が、ぴくりと動いた。
(……うん、もう誰も殺させない)
ラテを中心にして、重力が一段、強くなったような圧力が生じた。
「……っ!?」
グレンが膝をつく。
エルナも息を呑む。
レヴァンの表情が、わずかに歪んだ。
「……何だ、この威圧感は……」
(ちょっとだけ、本気出すね)
ラテの瞳が、ゆっくりと金色に変わる。
「……たかが犬に私が怯えているだと?」
レヴァンは魔物の直感として、警戒心から身体が震えている事を認めざるを得なかった。
ラテは、すでに理解していた。
(この人、どこを壊せばいいか)
みるくが見た記憶は、ラテにも共有されていた。
(あそこだね)
「犬が私に勝てると思うな!消えろ!」
レヴァンが腕を振る。
空気が裂けて、衝撃波が一直線にラテへと走る。
だが当たらない。
いや、ラテに届く前に、衝撃波は止まっていた。
「……なに?」
見えない壁。
(だめだよ)
(みるくに当たるから)
ラテが、ほんの少しだけ首を傾けるだけで衝撃波は霧散した。
「馬鹿な!」
レヴァンが後退る。
初めての恐怖を感じていた。
「貴様、何者だ!」
ラテは、答えない。
ただレヴァンに近づく。
(終わりにしよっか)
しっぽが、ゆらりと揺れる。
その瞬間、レヴァンの体が強制的に地面へ叩きつけられた。
「――ッ!!」
見えない圧倒的な力。
動けない。
指一本、動かせない。
「ありえん!」
レヴァンの目が見開かれる。
自分は進化したはずだ。
何度も、何度も、犠牲を積み上げて。
「……なぜだ!」
ラテは、静かに見下ろす。
(違うよ)
(そんなやり方じゃ)
(強くなんてなれないよ)
「ラテ……」
みるくが小さく囁く。
その一言で、ラテの瞳の色が、わずかに揺らぐ。
(……あ)
(ちょっとやりすぎたかも)
ほんの一瞬だけ、いつものラテに戻る。
その隙に、レヴァンの体が、わずかに動いた。
「まだ勝負はついていない!」
背後の血に塗れた転職陣が、ドクン、と脈打った。
まるで心臓のように。
呼応するかのように洞窟全体が震えた。
「ならば!」
レヴァンが叫ぶ。
「すべてを捧げる!」
さらに濃く、重く、禍々しく。
奥底から、何かが目を覚まそうとしていた。
(……あ、これ)
ラテの耳が、ぴくりと動く。
(ちょっと、まずいかも)
さっきまでの余裕が、ほんの少しだけ消えていた。




