258.正妻戦争
海上を漂うメガフロートは、揺れていた。
日中だというのに空は暗く、雨も強くメガフロートを叩いていた。
薄暗い空を雷鳴が切り裂き、その光がメガフロートのすぐ側に、巨大な影を浮かび上がらせる。
「私の番をずっと独占して……! 番は私だけのモノなのにぃぃぃ!!!」
「そうだそうだー! 言ってやれレヴィアタン! あと私にもちょっと分けろ!」
巨大構造物であるメガフロートが比較対象になる、そんな巨躯を誇るレヴィアタンが咆えた。
そしてレヴィアタンに便乗し、自らの欲望を叶えようとするアスモデウス。
「そんなデカい図体でどうやって主人と寝る気なのよ、主人を潰す気?」
「そこは、番なら何かあるはずよ!」
「所でレヴィアタン、あんたって×××あるの?」
「いきなり何言い出すのよアンタ」
「だって、レヴィアタンって下半身蛇だし気になるじゃん?」
「先手必勝!」
「うわー! 暴力反対!」
下ネタ問答をする気は無い、とばかりに先制攻撃を加えるアルトリウス。
元々、カード達は"死"という概念が普通の人間とは異なる存在である。
本質である魂は、昴の持つカードに宿っており、カードさえ無事ならば、どれだけ肉体が損傷を受けようとも、本当の意味での死という結果に繋がらない。
だから、アルトリウスの剣でアスモデウスが真っ二つに両断されようとも、痛いとは感じるだろうが、本当に死んだりはしない。
剣で斬り付けるような殺し合いにしか見えないこの状況も、カード達からすれば大分過激な喧嘩、でしかないのだ。
アスモデウスは、身体能力だけで見るならば一般人と対して変わらない。
戦闘技術を有しているアルトリウスと戦ったら、結果は火を見るより明らかである。
「――なので、暴力担当さんお願いします!」
アスモデウスに迫った刃は、その軌道で交わった白刃によって阻まれた。
金属の擦れ合う音を響かせて、その剣の持ち主と距離を取るアルトリウス。
「嗚呼、こうして御父様と切り結べる日が訪れるなんて……っ! 間男にも言ってみるものですわねぇ」
カード設定上、アルトリウスと因縁深き相手であるモルドレッドが、自らの獲物である剣の刃に指を這わせつつ、恍惚とした笑みを浮かべながら、刃をアルトリウスへと向ける。
「おー! 流石強いねえ! その調子でやっちゃって下さいよ!」
「阿婆擦れのクソ女の思惑に乗るのだけは業腹ですけれど、御父様とこうして愛し合えるのであらば、この程度の不本意なら呑んで差し上げますわ」
「モルドレッド――! お前がそこまで旦那様からの寵愛を受けたいと考えていたとは知らなかったぞ」
「はぁ? 間男の寵愛ぃ? そんなのを欲しがってる奴等の正気を疑いますわね。私は単に、御父様が間男に汚されるのが耐え難いだけですわ」
尚、捕食する側がアルトリウスでされる側が昴である。
どちらかと言えば汚されてるのは昴側である。
「それに――」
視線をアルトリウスに向けたまま、モルドレッドの口元が歪んだ笑みで緩む。
「こうしている間だけは、御父様が私だけを見てくれる……! 私達だけの時間、誰にも邪魔させませんわぁ!」
「面倒な増援を……!」
「フフン、増援ならまだ居るんだよねー!」
モルドレッドだけで厄介だと言うのに、まだ切れる手札はあると、鼻を鳴らしながら明言するアスモデウス。
「あ、その……二人には申し訳ないとは思うのだが……」
モルドレッドの背後から、コソコソと申し訳なさそうに姿を現わしたのは、聖騎士 ジャンヌであった。
「ハァ!? 何よアンタもなの!?」
「いや、その、ほら! 私も女だし、こうして肉体を得られたというのに、男性と触れ合う事が一切無いままで良いのか、って考えたらそれは流石に……な?」
「だったらそこらの適当な男相手に股でも開いてろ」
「ちゃんと心を許せるような男性相手じゃないと嫌なの! それじゃあ誰が良いのか……って考えたら、団長位しか当て嵌まる男性なんて居ないし、でも貴方達は譲ってくれる訳無いだろうし、だから……」
すらり、と剣を抜き。
「ね?」
「何が、ね? なのよ」
正眼で構えるジャンヌ。
譲ってくれないなら、力で奪い取る、とでも言いたいのだろうか? 言いたいのだろう。
「……ほらね、私の事取り込んでおいて良かったでしょ? こうなるって言った通りじゃない」
溜め息混じりで吐き捨てるようにぼやくダンタリオン。
カード達は、ほぼ全てが昴を慕っている。
中には、親愛を通り越した感情を抱いているカードも存在している。
昴と恋仲になりたい、結ばれたいと考えている女性ユニットだって、存在するのである。
そんな女性陣が徒党を組んで、寄ってたかって集団で囲まれたら、アルトリウスとて多勢に無勢、敗北は必至。
それを予期していたからこそ、業腹だがアルトリウスは、ダンタリオンの提案を呑んだのだ。
「ちっとも良いとは思わんがな」
泥棒猫達に向けてその刃を突き付けるアルトリウス。
「旦那様の正妻は私だ! 貴様等なんぞにくれてやる子種など、一滴たりとも無いわ!」
「愛人の独占を許すなー!」
元々抱いていたモヤモヤした感情を、アスモデウスによって炊き付けられ。
ここに壊獣大バトルが開催されるのであった。
―――――――――――――――――――――――
「平和だなー」
「そうですか、平和なのですね」
海面を蹴る度に海が爆ぜ、空から降り注ぐ雷や氷柱が海に突き刺さり、振るった腕が海面を叩いて轟音を響かせる。
円卓の騎士やらソロモン72柱やらが正面衝突する、殺し合いの戦場を見ながら、ぼんやりと呟く。
そんな俺の呟きに、何か歯に物が挟まったような感じで賛同するインペリアルガード。
俺とカード達は、あちらが俺を慕ってくれているお蔭で、大体関係良好である。
だが、俺と関係が良好だったとしても、カードとカードの関係が良好かと言われれば、そうではない。
身内同士ならともかく……いや、身内同士ですら、不仲なカードというのは存在する。
正に今、目の前で剣を交えているアルトリウスとモルドレッドがその典型例である。
カード同士の意見が噛み合わず、衝突するような事態になったなら。
カード達を平等に扱おうとしている俺は、どちらか一方を贔屓するという事は出来ない。
あちらを立てればこちらが立たず、どちらかを選ぶ事が出来ないこの矛盾を、どう解決するのか。
力で決めれば良いじゃん。
結論はシンプルであった。
カード同士が私情で殴り合いになるのならば、殴り合わせれば良い。
勝った奴が勝者、実に分かり易い。
なのでこうして、時折殴り合っているのである。
一応、他の奴を巻き込むような事はするな、と言い含めてはある。
巻き添えの尻拭いとか余りにも無駄過ぎるからな。
「しょーもない理由で喧嘩してる内は、平和だよ平和」
「そうですか、しょーもない理由なんですね」
ぐりぐりと肩甲骨を動かすように、俺の腕を回すインペリアルガード。
外では戦争状態だが、こちらはマッサージを受けながら、まったりとしたリラクゼーションタイムである。
散歩はしているのだが、それでは足りない身体のメンテナンスを、こうして定期的にインペリアルガードがしてくれているのだ。
「同じ体勢で居続けないようにして、時折身体を伸ばすようにして下さい」
「善処します」
その場で寝かされ、今度はスキンケアを兼ねた顔面マッサージである。
柑橘系のスッキリとした匂いのするマッサージオイルを塗布したインペリアルガードの白く細い指が、複数の生物が絡み合うかのように動き、顔に血を巡らせていく。
インペリアルガードが前屈みになり、施術している指が、首へと伸びたその時。
俺の頭に、柔らかいものが触れた。
丁度、彼女の胸が覆い被さるような形で、目の前に広がっていた。
デカいとも慎ましいとも言えない、程良い膨らみとでも言うべきか。
小刻みに動く腕や指の動きに連動するようにして、その胸元も揺れ動く。
インペリアルガードが体勢を変えた時に、またその胸が頭に当たる。
柔らか……いや待て、何かおかしいぞ。
柔らかい訳が無いんだよ。
だって普通、女性は下着を身に着けるんだから。
そして胸に身に着けるブラなんかは、実際に触ってみれば分かるが、型崩れを防ぐ為にワイヤーなんかが入っている。
布地の種類にもよるが、下着越しに胸が触れたとしても、柔らかさよりも下着や衣服のごわつきの方が目立つ筈なのだ。
それに、インペリアルガードの世界観を考えると、下着にはコルセットなんかを付けている筈。
柔らかい感触が、伝わる訳が無いのだ。
いやでも、ブリティッシュメイドな服装越しに伝わる、この感触は――
「……インペリアルガードってさ、クラシカルなメイド服着てるけど、やっぱコルセットってヤツを身に着けてるのか? あれ窮屈そうだけど」
「そうですね。窮屈ではありますが、普段は身に付けてますよ」
そうかー、やっぱ窮屈なんだな。
普段は、って言ったぞこいつ。
何か、俺が言及した途端、露骨に胸を押し付けて来てるような気がする。
「……何で、今は身に着けてないの?」
「やっと気付かれましたか。何故、と言われましたら、そうですね……理由を敢えて挙げるとするならば……」
真上から覗き込んで来るインペリアルガード。
伏せられていた目が僅かに開き、真っ直ぐに俺を見詰める。
視線が交わる。
「御主人様のお手付きになるのも、ある意味ではメイドの勤めだと、わたくしめは考えているから、でしょうか」
―――――――――――――――――――――――
カード達は、ほぼ全てが昴を慕っている。
中には、親愛を通り越した感情を抱いているカードも存在している。
昴と恋仲になりたい、結ばれたいと考えている女性ユニットだって、存在するのである。
そう、存在するのである。
「――ッ!? この感じ、愛人に何かが起きてる!?」
「何!?」
「あーっ!?」
「インペリアルガード、貴様……ッ!? メイドの分際で、旦那様を誘惑しおって!」
「ただの従順なメイドの振りして、裏では虎視眈々と主人をシーフする隙を狙ってたって訳!?」
「獅子身中の虫、ならぬ泥棒猫という訳か……尻尾を現わしたようだな、覚悟は出来ているんだろうな?」
「わたくしめは、御主人様に仕えるメイドであって、貴女方に仕えている訳ではありませんから。どうするかを決めるのは、御主人様次第です」




