決戦―首都高環状線―
渋谷――某所。
メールでやり取りをしていた通り、南洋介なる人物はやってきた。
自慢のフェラーリに乗り、数名の仲間を引き攣れて。
「バイクでやりたいってのは、アンタか?」
「あぁ、そうだ」
「入金は確認してる。んじゃ、賞金は一千万だ」
南は堂々たる素振りをする。
絶対の自信があるのだろう。
「勝てたら、の話だけどな?」
そう言いながら、悪魔のように口の端を上げていた。
「道は?」
「あんたがバイクなんだ。任せるさ」
「じゃあ、ここからC1外回り。新宿線に先に戻った方が勝ちってことで」
「いいよ」
「あとね、賞金なんかいらねーから」
「……どういうことだ?」
澪の一言に、南の顔が曇る。
「俺が勝った時の条件は二つ」
澪は、指を二本立てるのだ。
「一つは、テメーが蹴った子に、しっかり謝罪すること。もう一つは……自首しろ。意味は分かるな」
「何のことだかわからねーなぁ?」
とぼけるようにして、南は言う。
そうなるだろうと分かってた。
澪は何となく予想はしていたのだ。
だからこそ、決定的な証拠が必要だった。
「そう言うと思ったよ」
澪は、玲華と玲雄が集めてくれた情報のコピーを南に見せつける。
「お前が親父のコネで誤魔化してる不祥事の数々が、ここにある。あぁ、この間起こした事故らしきものも、ここにバッチリ書いてあったさ」
「何が言いてぇんだ、テメー!?」
南は怒る。
ただの一つ覚えのように、怒ればどうにかなると思い込んでしまった子供が、そのまま成長してしまったかのように。
それに対して、澪は冷静だ。
冷静なまま、ことを進めるのだ。
「その代わりといっちゃなんだが、コイツはオマケだよ」
そう言って、見せつけるのだ。
「五百万の小切手だ。俺に勝ったら、コイツとその紙のオリジナルをくれてやる」
「あぁ……上等だテメー!!」
「じゃあ、さっさとはじめよう」
澪は、バイクに跨ってエンジンを始動した。
獰猛な獣のような唸り声をあげたバイクは、すでに戦いの高揚に身を震わせているかのようでもある。
そして――南が乗り込んだフェラーリの横に乗り込んだまま近づけると、
「最近、これと同じことされただろ?」
そういいながら、フェラーリに踵を叩きつけた。
何度も、何度も。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
「さぁ、こいよ跳ね馬!」
澪を乗せたバイクは夜を駆け巡る。
こうして、レースは始った。
* * *
澪は、アクセルを回す。
タイヤがアスファルトに食らいつき、澪は軽快なスタートを切った。
バイクと車の性質上、スタートはほぼバイクが優勢といってもいい。
これは、重量という点にある。
バイクは車よりも軽く小回りが効く。
その反面、身体が外に出ているということからリスクがあり、体感も段違いだ。
つまりは、アクセルワークに支障が出やすい。
僅かな気温。手足に石が一つ飛んできただけでも、強固なガラスで守られているわけでもない。
無論、エンジンなどの仕様などにもよる。
だが、走るのだ。
渋谷から環状線を一週して、新宿へ。
澪は、負けるに等しいと思われる勝負を仕掛けた。
後ろからは煽るようにフェラーリが追いかけてくる。
その後ろをついて来るのは、恐らく南のチームの者達だ。
「聞こえますか、澪おにーさん」
インカムから声が響いた。
「順調だよ、加奈ちゃん」
「皆さん聞こえますか? 説明した通り、GPSから位置を特定しています。C1外回りに、澪さんが入りました」
加奈の声に引き続き、
「澪、車道カメラはこっちでなんとかするから、思う存分やっちゃって」
由奈が告げる。
その声を聴きながら、澪は冷静にバイクを操作していた。
右から、左から。
バイクを通り越して先を走るのは、恐らく賭けレースの主催グループの者達。
澪を抜かさせないようにと、進路方向を塞ぎにかかる車もある。
「慌てないで。多分焦らせるためです」
加奈の声が、インカムから聞こえてきた。
南のフェラーリにはまだ抜かされていない。
遊びのつもりなのか、それとも確実な状態から来るのか。
いずれにせよ、澪は前だけしか見ていない。
「新宿線分岐、通ります」
新宿から池袋間。
大人しく後方を走っているように見えた南のグループが仕掛けるような素振りを見せてくる。
猛スピードを上げて滑走してきた一台が、空いた車線から澪の前に出る。
更にもう一台が、後方に着くのだ。
そんなことだろうな――と、澪は予想している。
その右側から、フェラーリが滑走していくのを視界に捉えた。
更に、その後方からやってきた別の車に挟まれて囲まれるのだ。
澪とバイクは、四台の車に囲まれた。
「案の定、だ」
周囲に合わせられ、減速。
フェラーリとの距離が開いていく。
「カメラで確認! 最悪ね、やっぱり完全な出来レースじゃない!!」
由奈の声が響いた。
と同時に、加奈の指示が飛ぶ。
「B班お願いします」
「聞こえたなB班、お前らいくぞー!!」
露店の店長が返事をした。
インカムからは頼もしい声が聞こえる。
「そっちがそういうことするのは考えてました。だからこそ、報復です」
後方から、味方のパッシングが始ったのだ。
それが、反撃の合図。
環状線に乗り込んだのは、車だけではなくバイクもだ。
同じ大型排気量のバイクが、車とガードレールの間を颯爽とすり抜け、前を走る車の全面に出て道を封じると同時に、隣に着いた車の進路も阻害させ、減速させたるのだ。
その瞬間を澪は見逃さない。見逃すわけにはいかない。
空かさずハンドルを切って、前へ、前へと出て行く。
名も知らぬ仲間は、事情を察してのことだろう。
「こっちは任せておけ。頑張れよ若造!」と激励しながら、親指を立てて澪を応援し、後ろからの車を徹底的に封鎖した。
確かに、南の乗るフェラーリは世界最高峰の車でもある。
しかし、限られた車線の中で走り続ける以上、道がなければ走れないのもまた車というものでもある。
同じことをやり返してやればいい。
相手が十台用意するなら、こちらは倍を用意し、道を潰せばいいだけの話だ。
「池袋線分岐、通過します」
加奈の掛け声から数分して、C1へと上る車が一台。
見事なまでに痛い車。
フロント、サイドに大きく描かれているのは黄色のネズミ。
黄色のネズミが、電気を帯びながら四足で走っているかのようだ。
電気を帯びながら。
「み・お・ど・のー!」
「やってきたでござるー!!」
「まっけないんだからぁ!!」
「それ、どうしたの?」
秋葉原でであった三名に、澪は尋ねる。
「有志の者達へ集ったのでござる!」
「後ろをついて来て下されー!」
「このネズミ、歩美さんのお気に入りだったんですよー!!」
予定外の誤算だった。
けれど、嬉しいことでもある。
澪は、そのネズミがイラストされた車の後続に着ける。
スリップストリームというテクニックだ。
空気抵抗が少なくなり、負担が減るのである。
「行くぞお前達! 我々オタを小馬鹿にもせず接したくれたエンジェを殺した罪は重い!!」
「我等オタ。その有志のもとに集った猛者共の怒り、この電気ネズミにかけるでござる!」
「みお×あゆのラブラブは不滅なんだからぁぁぁぁいっけぇぇぇぇぇ!!」
「「「電 光 石 化ぁぁぁぁ!!」」」
速度が上がる。
上がるのだが、空気抵抗は少ない。
少しでも、少しでも差を縮めて見せる。
幸いなことに、車は一台もない。
その中を高速で駆け抜けるのだ。
だが、それも長くは続かない。
「向島線分岐、抜けますっ!」
加奈が声をかけた直後、
「う……あ、ちょ、ちょっと待って」
「こ、こやつのペーパー運転ではこ、こわっこわいでござるー!!
「ちょっと男でしょしっかりしなさいよ!!」
「ご、ゴメンもう無理ポ」
一生懸命やってくれたのだと思うと、それだけでも十分だと澪も思う。
「十分だよ、ありがとう」
「後は、頼み申したぁ!」
「負けないでっ! 絶対負けないでっ!!」
「我らがアンジェ―!」
と言いながら、黄色ネズミは横にそれて行く。
再び風が真っ向から押し寄せてきた。
同時に「こちらA班、ボンボンのフェラーリ押さえてるぜ!」朗報が入るのだ。
更に――
「澪、上ってくる車からメッセージあるわよ」
左側から入ってきた走行車両は窓を開けて、親指を立てるのだ。
わずかに見えたその顔は他でもなく――部長。
「澪君、後で詳しく聞こうじゃないか。今は――負けるなんて許さないぞ。行ってきなさい! だって」
「……はいっ!!」
澪はギアをトップまで入れると、迷うことなくアクセルを全開に回す。
赤いバイクは澪の気持ちに応えるよう、前輪を浮かせるほどに加速。
気高いエキゾーストを撒き散らしながらどんどん、どんどんスピードを上げていくのだ。
「環状線に配置されているのは、現在AB、それとC班。合わせて三十台です」
「ありがとう。皆」
中央分岐線をなぞるように滑走する。
時折邪魔が入るのは、レース関係者に違いない。
その車を右に、左に。
もはや、澪は止まらない。
止まるわけには行かないのだ。
今はもう、多くの皆の意思を背負っている。
「羽田・台場線分岐、抜けました」
そしてようやく、目標を視認する。
一人では、ここまですることすら絶対に無理だった。
しかし、今は違うのだ。
一人ではできないことでも、多くの者が集えばできないことではない。
相手は、世界最高峰の車だ。
だが、車線を塞がれ、自慢の早さが発揮できないのであれば、道がなければただ一介の車でしかない。
しかし、だ。
右に、左に。
越そうとする方向を先に読まれ、思うように前に出ることがかなわない。
このままでは、フェラーリが前方に出ているということで、澪は負ける。
負けることになってしまう。
行きたい――澪は思いながら、アクセルを回し、緩め、そしてまた回す。
「目黒線分岐――超えました」
この先、上りの合流地点がある。
そこはどうだ――澪は思い、アクセルを回すのだが、ファラーリに阻まれて思うように前に出れない。
前を走る二台。
現役を引退したとはいえ、運転手の能力は健在であると同時に、その運転に合わせて僅か数センチの差であわせる南の実力は確かに本物だ。
あそこで、アレやるしかないかな。
澪は思った。
きりたくはなかったカードだ。
だが、ここまで来たらなりふり構ってなどいられない。
「渋谷線分岐越えます。澪さん、行って!! 走りぬいて!!」
加奈の声に決意する。
「A班にお願いします。一発目の右コーナーにあるトンネル手前の所、かなり減速してください。できれば、止まるくらいの勢いで」
「何するかわからねーけど、分かった。聞いたな?」
「おっけ、任せとけ! ハザードつけてやるわ!!」
澪からの言葉に、運転手二人が言葉を返す。
それを聞いてから、澪はわずかにアクセルを緩めた。
少しだけ広がる車間距離に、焦ることはない。
覚悟を決める。
それだけを要する時間が欲しかっただけなのだ。
「行こう、相棒!」
澪は再びアクセルを回す。
減速を開始した車に合わせ、フェラーリは少しずつ速度を落としていくしかない。
それでは澪とバイクが通るべき道もない――かのように見えた。
「道は、自分で作るものだよな」
澪は迷わない。
右に出るフリのフェイントをして、勢い良く左側へと向ける。
その先に見えるのは、壁だ。
「え――み」
由奈が、カメラで見ているからこそ驚き、名前を呼ぼうとしたときにはもう、澪は動作に入っていた。
アクセルを全開にまで回し、身体を斜めに傾け、半ば強引に壁を駆け抜けるのだ。
壁を『道』にするという、イカレタ作戦。
歯を食い縛り、前だけを見る。
フェラーリを追い抜き、前を塞いでくれていた車を追い抜く。
だが、本来の道へ戻った時の衝撃によってバランスを崩しそうになるのだ。
やべ……
タイヤの後輪が右に、左に暴れる。
このまま、転がってしまうかもしれない。
やっぱり、ダメだったのかな。
このまま、転がるのかな。
それは、そんなのは……嫌だ!
「うあああぁぁぁぁぁぁ!!」
澪は叫んだ。
暴れる愛機を叱咤し、励まし、なだめるようにハンドルを操作し、アクセルを緩め、回し、ブレーキをかけてトンネルの壁とヘルメットをこすらせながら落ちつきを取り戻させるようになだめ、壁を蹴りつけーー道を取り戻す。
そしてまた、ただひたすらに、駆け抜けた。
中間達が歓喜し、敵である者達が怒気する中で赤いバイクは吠える。
これでもかという程の音を巻き上げながら、光の満ちる洞窟を潜り抜けたのだった。
8/31 誤字修正




