決戦前夜
ミーティングと称して、会場を提供してくれたのは玲華だった。
「決戦前の余興よ。前祝に、ね?」
そんな軽はずみな口調だが、結果として、高級な銀座のクラブに集まったのは30数名の男女。
お互いの交流もかねて、ちょうどいい機会だなと澪も思う。
協力してくれる人達に丁寧な挨拶をかわしていくと、かつて走り屋だった者などもおり、心強い面子が揃ったことに変わりはない。
それに、色々とバックアップしてくれた人達に、何かお礼がしたいと思っていたのだ。
以外だったのは、品川でアクセサリーの販売をしていた露店の店主もその一人だったことである。
「死んだ女のために走るなんて、バカみたいですよね」
そんなことを言うと「心意気だけは買うさ。俺だったら絶対にやらねーけど」なんて、笑い声が返ってきたりもしていた。
歩美の祖父に徹底的に調整されたバイクは、好調。
まるで、自分の手足のように自由に動いてくれる。
加え、仕事明けや、休みの日には徹底したトレーニングもしてくれた。
実際に首都高も走り込み、コースも叩き入れている。
『切り札』の用意もできた。
歩美がかつて起こしたという『奇跡』の話を聞いたのだ。
「危険すぎるから使うな」と歩美の祖父に念押しされているが、どうなるかはわからない。
足掻くと決めたからだ。
もがいて、地面に這いつくばっても、やると決めたことだからかもしれない。
悔いの残るようなことはしたくはなかった。
その決意を胸に、これが終わったら宮城に帰ることも決め辞表を提出。
数日前、会社を辞めた。
迷惑になるかもしれないと、そう思っていた部分も少なからずあったからだ。
部長は酷く残念がっていたのだが、それでも渋々と退社を受け入れてくれた。
知らない間に、多くの人達に支えられているのだなと澪は思っていたのだった。
* * *
皆が楽しそうにする中、一人でウーロン茶を飲んでいる澪のもとに近づいたのは玲華と玲雄だった。
二人は、澪の両端に座り酒を出すのだが「コンディションを整えたいので」と言われると、強く勧めることはしなかった。
「明日、ね」
玲華が、重そうに口を開ける。
「情報は、何かありました?」
「えぇ。それなりには」
といい、差し出されたのは封筒。
中身を見てみると、一つは、南洋介なる人物が起こした不祥事を揉み消した内容の数々。
その中には、先月の事故のことも書かれていた。
歩美の、事故のことである。
どこで仕入れたのかはわからない。
しかし、これで確実に南洋介を引きずり上げることが可能になった。
その他、認知されていない子供が多くいるという事実などがこと細かく記載されている。
ゲス野郎だな――と、澪は思った。
自分の子供を法的に子として認めないなど、男としてもクズだ。
けれど、ヘタレでもある自分がそれを言ったところで、どうにもならない。
ウーロン茶を一口し、気を取り直してみれば封筒の中にもう一つ、何かの紙が入っていた。
そこには、小切手と書いてある。
金額は――五百万円。
「これは、僕達皆からです」
「レースの出場代に使って」
「こんなに、受け取れません」
澪は小切手を返却しようとするのだが、その手を玲華が抑えるのだ。
「受け取って」
「受け取れません。お二人が、ご自身のために使ってください」
「私達だけじゃないわ」
「玲菜姉さん――いや、歩美姉さんに、勇気と目標を貰った皆からだよ」
玲雄の言葉を裏付けるよう、玲華も言葉を紡いでいく。
「こういう仕事してるとね、心も体もボロボロになっちゃう子は沢山いるの。あの子は、自分の身を顧みず、多くの子を救おうとした。困ったことがあれば、手を差し伸べていたの」
「澪さん。僕は、自分に自信がなくなっていた。だから、新宿ですれ違った日は、歩美姉さんに相談したんだ。恥ずかしい話かもしれないけど、ナンバーワンのホストが、一人の女性に支えられてたんです」
「歩美を知る子達がね、亡くなったことを知って涙を流してくれたわ。このお金はね、私達と、その子達からなのよ」
「これだけあれば、その男だって逃げるような真似もしないと思うからね」
「だから、受け取ってください。お願いします」
ここまで言われたら、退くわけにはいかないだろう。
「分かりました。玲華さん、玲雄さん……このご恩、絶対に忘れません」
「頑張ってください。『兄さん』」
「負けるな、とは言いません。でも、歩美のことが本当に大切だったのなら、ちゃんと戻ってきてくださいね」
「……はい!」
* * *
外に出て、軽く夜風に当たっていた澪のもとにやってきたのは、加奈だった。
「おにーさん」
「加奈ちゃんか。準備、どう?」
「亜美さん達が手伝ってくれて、通信機器もバッチリです」
「勉強も忙しいのに、大変なこと任せてゴメンね」
呆れたように腰に手を当てながら、
「本当にそうです。おにーさんは、強引で、時折なさけなくて」
それでも、加奈は微笑むのだ。
「でも、いざという時は絶対に曲げなくて、必死になれる。そんなおにーさんが、素敵だと思います」
「ありがとう。何だか、加奈ちゃんの方が大人なような気もしてきたよ」
「そんなことないですよー」
と言いながら、加奈はコップに入ったサワーを飲み干していた。
「そういえば、由奈は?」
と、澪が加奈に尋ねると、
「ここに――いるわよっ!!」
何時の間にか背後にいた由奈が、思いっきり澪の背を叩いた。
乾いた音が響き、痛みもあるのだが澪は一言も漏らさない。
ただ、黙ってその痛みに耐える。
「嫌いになっただろ。俺のこと」
「最初っからムカついてたわよ」
「そっか」
「そうよ。何も言わずに辞表も出すし、ふざけんなって思った!」
由奈は握った拳を澪の腹に打ち付ける。
思いっきりだ。
手加減も容赦もない。
「負けたら、ぶっ殺すからね」
「負けたら、殺される。約束するよ」
「っ、本当に、もう」 「本当、許せません」
夜空の下、澪は二人の女性に――
「「バカ!!」」
馬鹿にされるのだった。
けれど、それは大切にされているから。
言いたいことを、ちゃんと言い合えるからじゃないかと思うと、少しだけ嬉しいような気もしていた。




