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     ◇ ◆ ◇


 六月の雨が降っていた。

 静寂しじまを乱す雨音は意識すれば耳障りだが、背景音楽だと思えば案外、心地の良いものだった。


「シオンー」


 だらけ切った、間抜けな声がぼくを呼ぶ。思わず本から顔をあげた。

 振り向くと、ソファの上で大輔が何かを見ていた。その方へと視線をやる。彼が注視しているテレビでは、ジューン・ブライダルの特集をやっていた。

 純白のウェディングドレスをまとった花嫁が、バージンロードを歩いている。新郎のもとにたどり着き、神父が祈りの言葉を口にして、彼らは神の御前で愛を誓う。やがて新郎がヴェールをいだ。綺麗な花嫁が――喜びと恥じらいに頬を染めた花嫁が、姿を現す。ああ彼らはこれから同じ家族になるんだなと思ったところで、二人はキスをした。


「どう?」


 上から声が降ってくる。


「素敵だね」


 思ったままを口にした。


「素っ気ないな」


 大輔が苦笑して、ソファから降りてきた。ぼくはソファにもたれかかるようにして座っている。大輔はぼくと同じ姿勢になると、いきなりぼくの顎に指を掛けた。むりやりそちらを向くことになり、不意に視線が合う。つかの間、彼の方からキスをされた。

 先ほどの新郎新婦と同じように。


「……大輔がロマンチストなだけだと思うよ」

「そうかな」


 唇を離した彼はくしゃりと笑って、それからぼくの髪にそっと手を触れる。その腕にはぼくが去年の誕生日にあげた腕時計が光っていた。


 彼が合コンに出席した日、ぼくがはるかと一緒に買った腕時計。

 結論からいえば、あの日、大輔は酔い潰れて寝てしまったそうだ。後日連絡が来てカフェで待ち合わせした時に見た顔がやつれていたから、よほど先輩から飲まされたのだろう。気まずい笑顔を浮かべる彼に、ぼくも仕方ないなと笑って流したのだった。

 それから季節を超えて、今に至る。

 ぼくは大学の二回生に進級した。大輔も留年することはなく無事に進級したのだが、今年は実習や研修やらがぐんと増えるそうで、以前に比べて忙しくなるらしい。頻度が落ちて回数が減るだけで別段会えなくなるというわけではないが、距離がいてしまうのは確実だろう。

 だからというわけなのか、最近はこうして二人で部屋によくいることが多くなった。他愛のない会話をして、ふとしたことに微笑みあって、何者にもおかされることのないささやかな幸せを味わっている。距離が開けば開くだけ、きっと寂しくなるから。

 ぼくの髪をひたすらに、優しい手つきでなでる大輔。テレビの中にいる幸せな二人は、ケーキにナイフを入れている。その光景に憧憬はあれど、ぼくはまだそんな想像は出来なかった。


「結婚か……」


 その声は液晶の中の二人よりも、今ここにいる二人の将来を意味するように聞こえた。


「したいのか?」


 何気なく聞いてみる。大輔は音もなく頷いた。ぼくは嬉しかったが、素直にそれに微笑みを返せるほどの勇気はなかった。

 大輔は髪をなでる。さらさらと髪の筋を通る指先が気持ちいい。

 ぼくは目を閉じる。


 雨が降っている。

 静かな吐息が聞こえる。


「シオン、好き。大好きだよ」


 大輔はすがるように、ぼくを抱きしめた。その上から降るのは接吻の雨。目を閉じたまま、大輔の熱に応えようと唇を開く。衣擦れの音がして、その合間では雨とは違う音が跳ねる。

 テレビの音は、空気の読めない女みたいにいつまでも騒ぎ立てていた。

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