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スタンダールの赤と黒は、革命後のフランスを舞台にした物語だ。ナポレオンに憧れ、強い野心を抱く主人公は自分の人生の中でも革命に革命を重ね、自身の意志を貫いた挙句に処刑される。
ぼくの恋もまた、革命の連続なのかもしれない。出会って、恋に落ちて、中身は彼と同じ性別のくせに思い切って告白をして、隣で小鳥の羽みたいに甘い睦言を囁きあって、そうして共に眠りに落ちる。
そんなゆるい回想を頭の中で描きながら、ぼくは昨日二人で寄り添ったベッドの上でページをめくる。手に吸い付く紙の匂いは、この本を借りてきた図書館と同じ香りがした。目が追う文字列だけが、時間を気にしようとする意識を奪っていく。
後に残ったあとがきに裏表紙を載せて、赤と黒を閉じた。読み終わった後の達成感らしきものに似た興奮を味わいながら、気もそぞろにシーツの上のデジタル媒体に目を移す。通知を知らせるライトは点灯していない。ついため息が漏れた。
スマホを手に取って電源を入れる。大輔と一緒に選んだカバーの掛けられた機体だ。震えない携帯はいつまでも冷たいままだった。
合コンが終わったら連絡してと、ぼくは確かに彼に言ったはずだ。
時計の針は、もうすぐ次の日を告げようとしている。どこかで酔い潰れたのか、それとも二次会でもあるのだろうか。もっと詳しく話を聞けば良かったと思ったが、やはり彼の行動を制限するのはどうしても気が引けた。
ぼくはラックに掛けた自分の鞄に視線を投げる。あの中には、今日買った腕時計が入っている。少し息苦しいような、締め付けられるような思いがした。
「大輔……」
気を紛らわせようと声に出してみる。けれどそれは、静かな部屋に反響しただけだった。ひっそりとした声は微風のように掠れていた。ぼくは唾を飲み下す。
こんなに気にするくらいなら、最初から「行ってもいいよ」とは言わず、隣にいることを願えばよかったのに。いつの間にこんな乙女思考になってしまったかと自嘲する一方で、ぼくの心は相変わらず不安に揺れている。
普段はあるはずの連絡がないのが、たまらなくさびしい。
いや、どちらかと言うとさびしさよりも切なさの方が勝った。それら二つのいったいなにがどう違うのかと問われれば明確な意味を答えるのに時間がかかるかもしれないが、今のぼくはそんな繊細な感情に身を任せていられるほど、大胆な気持ちを持ってはいなかった。
たまらない自己嫌悪。
大輔は今頃どこで、なにしているんだろう。
恋人からの頼りを一心に待つぼくは、少女漫画の主人公そのものだった。
やがてそんな自分を冷笑するように唇を持ち上げ、ぼくはやおら立ち上がる。本棚へと出歩き、一冊の本を手に取ってみた。「ディストピア」と名の付いた文庫本だ。今の状況を表すのにぴったりといったところか。でもそこまでの絶望ではないから、それだけは救いだった。
文字の中へと精神を没頭させようと、表紙を開く。もう何度、家にたどり着いてから繰り返した行為だろうか。
手が次々とページをめくる。重厚で綿密な描写を重ねた純文学チックなこの作品は、ぼくを空想の世界に誘うにはいささか簡単すぎた。
時間を忘れて、ぼくは作品に読み耽け始める。
連絡は来なかった。




