↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゲームだと思ったら原初の生命に転生しました。  作者: くんくん
第2部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

99/121

第3部 第13話 水門の反対側

「……これ、今も動いてるのかい?」


職人のドーラが、目の前の水門を見上げて言った。


「ええ。昨日も実際に動きました」


ネリが答えると、ドーラは大きくため息をついた。


「とんでもないものを見つけてくれたねえ」


……いや。


見つけたのは俺たちだけど。


壊したわけじゃないぞ?


俺は何となく、身体を縮めた。


すると、ドーラがこちらを見た。


「安心しな。あんたを責めてるわけじゃないよ」


……あ。


よかった。


「むしろ、よく無事に帰ってきたもんだ」


……。


それは、俺もそう思います。


◇


帰り灯の祭りから一夜明けた朝。


俺たちは再び、レムナの地下水域を訪れていた。


昨日は休息にあてたおかげで、身体の調子も随分いい。


今なら短い脚を4本維持しても、それほど負担は感じなかった。


もちろん、採石場で失った分が全部戻ったわけじゃないけどな。


今回の目的は、地下水門の構造を調べること。


そのために、ネリが専門の職人を連れてきた。


それがドーラだった。


以前、俺に弾性を使った攻撃方法を教えてくれた、あの工房の親方だ。


「まさか、あの変な槍を作ってた魔獣が、こんな大仕事にも関わってるとはね」


……変な槍。


もう少し格好いい言い方、ないですか。


「ふん。ノアの技は、なかなかのものだぞ」


ルナが横から口を挟んだ。


ドーラは豪快に笑う。


「知ってるよ。あれから少しは上達したかい?」


俺は触手を1本伸ばした。


先端を固め、途中を曲げ、そのまま元へ戻す。


以前より、ずっと滑らかに動いた。


ドーラが目を細める。


「へえ。やるじゃないか」


……お。


褒められた。


「でも、ここで試し撃ちはするんじゃないよ」


……しませんって!


俺が触手を振ると、ジェドまで笑い出した。


まったく。


この町の人たち、随分遠慮がなくなったよな。


……まあ、嫌いじゃないけど。


◇


点検通路を進み、例の水門へ向かう。


途中では、青灯クラゲが相変わらず静かに泳いでいた。


青白い光が、暗い水面にいくつも浮かんでいる。


ルナは立ち止まって、しばらく眺めていた。


「……やはり、見事だな」


……だな。


俺も少し嬉しくなった。


昨日の祭りとは違う、静かな光。


地上では人が灯籠を浮かべ、地下では小さな魔物が自分で光っている。


何だか不思議な町だ。


「おーい、2人とも!」


前を歩くジェドが振り返った。


「景色を見るのは帰りにしようぜ!」


……あ。


すみません。


ルナが何食わぬ顔で歩き出す。


「我は少し確認していただけだ」


……何を?


俺はそう聞きたかったが、やめておいた。


きっと、ろくな答えが返ってこない。


俺たちが水門へ到着すると、ドーラは早速、壁に取りつけられた古い装置を調べ始めた。


太い鎖。


錆びついた滑車。


その奥には、大きな歯車が半分ほど見えている。


……おお。


こんな仕組みがあったのか。


前に来たときは、水門の方ばかり見ていて気づかなかった。


ドーラは歯車へ手を伸ばした。


ただし、触る直前で止める。


「……妙だね」


ネリが近づく。


「何か分かりました?」


「この鎖、左右で張り方が違う」


……鎖?


俺は目を向けた。


確かに、右側の鎖はぴんと張っている。


一方、左側は少し垂れ下がっていた。


「本来は両方で門を支える仕組みなんだろうけど、片方がまともに働いてない」


ドーラは歯車の奥を覗いた。


「しかも、留め具が途中で噛んでるね」


……留め具?


俺は少し考えた。


要するに、水門を固定する仕組みが壊れているのか。


「だから、水の力が変わるたびに門が動いちまうんだよ」


……ああ。


そういうことか。


ネリが図面へ何かを書き込む。


「それなら、逆流の原因は故障した水門ということですか?」


「原因の1つではあるだろうね。ただ、何が門を動かすほど水圧を変えてるかは別問題だ」


……。


なるほど。


水門は壊れている。


でも、水の流れが急に強くなる理由までは分からない。


そして、その向こうには巨大な魔物がいる。


……うーん。


まだ、謎が多いな。


◇


「問題は、あの留め具だね」


ドーラが指したのは、水門の側面にある小さな隙間だった。


水面より少し下。


そこに、錆びた金属の棒が斜めに挟まっている。


「本当なら、あの棒が溝へ収まって門を支えるんだ。でも、今は途中で止まってる」


……なるほど。


俺は水の中へ目を向けた。


隙間は狭い。


人間の手では、到底届かないだろう。


……あ。


嫌な予感がした。


ドーラが俺を見た。


「ノア」


……はい。


「ちょっと手を貸してくれないかい?」


……ですよね。


俺は触手を持ち上げた。


「……いい」


ネリがすぐに口を開く。


「ただし、門の動きを止める準備が先です。ノアに直接支えさせるのは危険ですから」


……おお。


ありがたい。


さすがネリ。


ちゃんと考えてくれてる。


ドーラも頷いた。


「もちろん。あんな石の塊を身体で受け止めろなんて言わないよ」


彼女は荷物から太い木材と金属製の金具を取り出した。


「仮止めの支えを入れる。ジェド、手伝っておくれ」


「おう!」


2人は通路の端へ向かい、道具を組み立て始めた。


俺とルナは少し離れたところで、その様子を眺めていた。


……なるほど。


まずは、人間の道具で水門を支える。


そのあと、俺が狭い場所へ入って留め具を直す。


……うん。


これなら、無茶な仕事じゃない。


ルナも同じことを考えていたらしい。


「……ノア」


……ん?


「今回は、1人で全部やろうとするでないぞ」


俺は少し驚いた。


……え?


ルナは水門を見上げたまま続ける。


「貴様は隙間へ入れる。我は外から周囲を見られる。職人たちは門の仕組みを知っておる」


……ああ。


そうだな。


「できる者が、それぞれの仕事をすればよい」


……なるほど。


俺は小さく身体を上下させた。


以前なら、こういう場面では俺が何とかしなきゃと思っていたかもしれない。


でも今は、違う。


俺にしかできないことがある。


ルナにしかできないこともある。


そして、ドーラたちの知識がなければ、そもそも何を直せばいいかさえ分からない。


……うん。


いいじゃないか。


こういうの。


俺はルナへ触手を伸ばした。


「……まかせた」


ルナが笑う。


「うむ。任せよ」


◇


準備が整うまで、しばらくかかった。


ドーラとジェドが仮の支えを設置し、ネリが水位の変化を記録する。


俺はその間、水門のそばで流れを確かめていた。


《水流感知》。


……。


今は穏やかだ。


水門の下から、細い水が流れている。


ただ、時折その向きが変わる。


……ん?


俺は少し首を傾げた。


水門の近くでは、水が複雑に動いている。


しかし、流れの中心は、いつも同じ場所にあるわけじゃなかった。


右へ。


左へ。


そして、奥へ。


……妙だな。


俺は水面の向こうを見た。


黒い隙間。


その奥には、まだ見えない空間が続いている。


……あの大きな魔物。


今も、いるんだろうか。


そう考えたところで、ドーラの声がした。


「ノア! 準備できたよ!」


……お。


いよいよか。


俺はネリの方へ戻った。


彼女は命綱を差し出した。


「前と同じ合図でいくわよ。2回で停止、3回で帰還。今回は水門のすぐ横だけ」


……了解。


俺は身体の中央へ輪を作り、縄を通した。


何度か引いて、外れないことを確かめる。


さらに、身体の先端へ細い触手を作った。


《構造形成》。


先端には《硬質外皮》。


押し込むための、小さな鉤のような形だ。


……よし。


準備完了。


「無理だと思ったら、すぐ戻っておいで」


ドーラが言った。


「金具なんて、後からでも直せるんだから」


……了解。


俺は水中へ身体を滑り込ませた。


◇


水門の横は、想像していたより狭かった。


石壁と金属の隙間。


その奥に、斜めに傾いた留め具がある。


……お。


見えた。


俺は触手を伸ばした。


水の中では、身体が少しずつ押される。


《水流感知》。


……右から流れてる。


だったら、左へ身体を寄せた方が安定するな。


俺は石壁へ触手を固定した。


《粘着性》。


そのまま、細い先端を留め具へ近づける。


……よし。


届いた。


俺は金具を軽く押した。


――カチッ。


……ん?


動いた。


ほんの少しだが、確かに。


俺はもう1度押してみた。


……硬い。


今度は、ほとんど動かなかった。


どうやら、奥で別の部品が引っかかっているらしい。


……困ったな。


俺は身体を少し曲げ、別の方向から金具を見た。


そして、気づいた。


……あ。


これ。


押す方向が違うんじゃないか?


留め具は、斜めに傾いている。


そのまま押せば、余計に溝へ噛み込んでしまう。


一度、横へ動かしてから戻した方がいい。


……よし。


俺は先端を鉤の形に変えた。


金具の端へ引っかける。


《粘着性》。


そして、ゆっくり横へ引いた。


――ギギッ。


……っ。


重い!


だが、少し動く。


……もう少し。


俺は身体の根元へ力を込めた。


《弾性組織》。


引く力を補助する。


……よし!


――カチンッ!


金具が外れた。


……おお!


やった!


と思った、その瞬間。


――ドゥン。


……っ!?


水門が揺れた。


……まずい!


俺は反射的に触手を引いた。


次の瞬間、水が一気に押し寄せる。


――ゴボッ!


……っ!


強い!


今までの流れとは、まるで違う。


俺の身体が、水門の奥へ引っ張られた。


……くそっ!


《水流感知》。


流れの方向を読む。


だが、複雑すぎる。


右から来たと思ったら、次の瞬間には下から押し上げられる。


……待て待て。


このままじゃ、石壁へ叩きつけられる!


俺は身体の中央へ小さな空洞を作った。


水を取り込む。


《弾性組織》。


そして、横向きへ噴射!


――シュバッ!


……っ!


身体が横へ滑った。


石壁へ衝突する寸前で、軌道が変わる。


……よし!


だが、まだ止まれない。


今度は水門の側面へ流される。


……くそ。


もう1度!


俺は反対側へ小さな噴出口を作った。


水を取り込み、短く噴き出す。


――シュッ!


……おお!


曲がれた!


今度は、水門から離れる方向へ。


……よし。


そのまま、もう1度。


噴出口の向きを変える。


――シュバッ!


身体が、石壁の陰へ滑り込んだ。


……っ!


止まった。


俺は《粘着性》で壁へ固定した。


……ふう。


危なかった。


でも。


……今の。


俺、結構すごい動きしてなかったか?


水を噴き出して、急に方向を変える。


しかも、連続で。


今までは、噴射するたびに身体を整え直していた。


でも、さっきは違った。


流れを感じながら、その場で噴出口を作り直した。


右。


左。


そして、後ろ。


……ああ。


できるんだ。


《構造形成》を、こうやって使えば。


水の中でも、もっと自由に動ける。


俺は少し嬉しくなった。


ただし。


喜んでいる場合じゃない。


俺はすぐに命綱を引いた。


3回。


帰還の合図だ。


◇


水面へ戻ったとき、通路ではドーラたちが慌ただしく動いていた。


「ノア!」


ルナが真っ先に駆け寄ってくる。


「無事か!」


俺は身体を持ち上げた。


「……へいき!」


ルナは俺を確かめるように見つめた。


それから、小さく息を吐く。


「……ならばよい」


その横で、ドーラが水門を睨んでいた。


「……今の揺れで、仮の支えに負担がかかったね」


……え?


俺は顔を上げた。


確かに、支えとして設置した木材の一部が、少し曲がっている。


……まずい。


俺が金具を動かしたせいで、水門が揺れたのか?


そう思ったが、ドーラは首を振った。


「いや。あんたが触ったのは、留め具の先端だけだ。門を動かしたのは、別の力だよ」


……別の力。


ネリが記録板を見ている。


「さっき、水位が急に上がりました。その直後に、また下がっています」


……ああ。


やっぱり。


俺は水門を見た。


あの向こうで、何かが動いている。


そして、水の流れまで変わっている。


……もしかして。


俺は少し考えた。


あの巨大な魔物。


そいつが水を動かしているのか?


いや。


今の段階では、まだ分からない。


ただ。


……1つ、気になることがある。


俺は水門の横へ目を向けた。


さっきまで斜めに引っかかっていた金具。


俺が外した部分は、今も少し浮いたままだ。


……あ。


あれ。


ちゃんと戻してない。


俺はドーラを呼んだ。


「……そこ」


彼女が近づいてくる。


「ん?」


俺は金具を指した。


「……うごいた」


ドーラは少し屈み込み、様子を確かめた。


「……なるほど。留め具は外れたんだね」


俺は頷いた。


「なら、あと少しで溝へ戻せるかもしれない」


……お。


本当?


ドーラは仮の支えを確かめた。


「ただし、次の揺れが来る前に固定しないと危ない」


……なるほど。


俺は少し考えた。


今の俺なら、もう1度あそこへ行くことはできる。


だが、水門が再び揺れたら、また強い流れが来るかもしれない。


……どうする。


すると、ルナが静かに言った。


「……ノア」


……ん?


「今度は、我も手伝おう」


……え?


俺は顔を上げた。


ルナは水門の上部へ目を向けている。


「貴様が金具を押し込む間、我が支えの位置を保つ」


……いや。


でも、あの水門を支えるのは無理だろ。


俺が触手を振ると、ルナは鼻を鳴らした。


「誰が、水門そのものを支えると言った」


……え?


「仮の支えだ。ずれた部分を、我の《衝撃》で押し戻せばよい」


……あ。


なるほど!


ドーラも、少し驚いたようだった。


「……確かに。あの位置なら、横から少し力を加えれば戻せそうだ」


彼女は仮の支えを指した。


「ただし、強すぎると壊れる。ほんの少しでいい」


「承知した」


ルナは自信たっぷりに頷いた。


……よし。


それなら、できそうだ。


俺はもう1度、水門へ目を向けた。


今度は、1人じゃない。


ルナが外から支えてくれる。


ドーラが位置を指示する。


ネリが水位を監視する。


ジェドが命綱を持つ。


……うん。


やってみよう。


◇


2度目の挑戦は、最初よりずっと慎重だった。


俺は水門の横へ身体を伸ばした。


《水流感知》。


……よし。


今は穏やかだ。


俺は金具の位置を確かめる。


斜めになっていた留め具は、確かに少し浮いている。


……これを、溝へ戻す。


俺は触手の先端を、平たい板の形へ変えた。


《硬質外皮》。


そのまま、留め具へ当てる。


……よし。


ただし、まだ押さない。


俺は命綱を1回、軽く引いた。


合図を送る。


しばらくして、外側から返事が来た。


……よし。


準備はできた。


俺は触手へ力を込めた。


――ぐっ。


金具が、少し動く。


……もう少し。


そのとき。


――ドゥン。


……っ!


また振動。


水の流れが変わる。


……来る!


俺は反射的に身体を縮めかけた。


だが、その瞬間。


通路の上から、ルナの声が響いた。


「《衝撃》!」


――ドンッ!


仮の支えが、横から短く叩かれた。


ずれていた木材が、元の位置へ戻る。


それと同時に、水門の揺れがわずかに小さくなった。


……今だ!


俺は金具を押し込んだ。


《弾性組織》。


根元へためた力を、先端へ伝える。


――ガキンッ!


……っ!


金具が動いた。


溝へ入り込む。


そして。


――カチンッ!


小さな音が、水の中へ響いた。


……入った!


俺はすぐに触手を引いた。


その瞬間。


水門が、もう1度揺れた。


だが。


……あ。


今度は、さっきほど動かない。


《水流感知》で確かめる。


水は流れている。


しかし、水門の隙間から噴き出すような急激な流れは弱まっていた。


……おお。


もしかして。


成功?


俺は少しだけ、水門を見つめた。


すると。


暗い水の向こうで、大きな影が動いた。


……っ!


あいつだ。


昨日見た、巨大な魔物。


黒緑色の鱗。


長い身体。


大きな背鰭。


その影が、水門の向こうをゆっくり横切っていく。


……おい。


近いな。


俺は反射的に身体を低くした。


だが、魔物は襲ってこなかった。


ただ、門の前を泳いでいる。


その大きな身体が水を押し、周囲へ複雑な流れを生み出していた。


……あ。


俺は気づいた。


水門の向こうから来る流れ。


それは、魔物が動くたびに少しずつ変わっている。


……つまり。


あいつが近づくと、流れが強くなる?


いや。


それだけじゃない。


今は魔物が近くにいても、水門は大きく揺れていない。


さっきまでとは違う。


……なるほど。


水門の故障と、魔物の動き。


両方が重なって、あの異常な流れを作っていたのかもしれない。


俺は水門を見た。


固定された留め具。


動きが小さくなった石板。


……よし。


少なくとも、今は安定している。


俺は命綱を引いた。


3回。


帰還の合図だ。


◇


「……やったね!」


水面から戻ると、ドーラが満面の笑みで迎えてくれた。


「留め具が、ちゃんと溝へ戻ってるよ!」


……おお!


本当に?


俺は身体を持ち上げた。


ネリも水位を確認している。


「流れも落ち着いています。少なくとも、さっきまでの急な逆流は見られません」


……よし!


俺は思わず、触手を高く上げた。


ルナも隣へ来た。


「ふん。見事だったな、ノア」


……ルナもな!


俺は触手を伸ばし、ルナの前脚へ軽く触れた。


すると、ドーラが笑った。


「まったく。あんたたち、息が合ってるねえ」


……まあな。


俺は少し得意になった。


ただし、ネリはすぐに表情を引き締めた。


「これで完全に直ったわけではありません。ほかの部品も古くなっていますし、水門の向こう側もまだ調べられていません」


……ああ。


そうだな。


ドーラも頷く。


「今回は応急処置さ。仮の支えもあるし、正式な修理にはもっと大きな道具が必要だね」


……なるほど。


それなら、ひとまずは成功ってところか。


俺は水門へ目を向けた。


さっき見た巨大な魔物。


あいつは、今も向こう側で泳いでいるんだろうか。


そして。


どうして、あの場所へ何度も近づいていたんだろう。


……気になるな。


だが、今は無理に調べるつもりはない。


水門の状態が安定したのなら、次はもっと安全な方法で向こう側を調べられるかもしれない。


……それに。


俺自身も、もう少し強くなれそうだ。


さっき、水中で連続して方向を変えたとき。


今までより、ずっと自由に身体を動かせた。


水を取り込む。


噴き出す。


途中で形を変える。


そして、また別の方向へ。


……あれだ。


あの動きが、もっと自然にできるようになれば。


きっと、今まで戦えなかった相手にも通用する。


俺は少しだけ、身体を揺らした。


……楽しみだな。


◇


帰り道。


俺たちは地下の回廊を、ゆっくり歩いていた。


ネリたちは先に地上へ戻り、修理の報告をまとめるらしい。


俺とルナは、少しだけ青灯クラゲを眺めてから帰ることにした。


石柵の向こうには、相変わらず青白い光が漂っている。


水門の流れが安定したせいか、今日はクラゲたちの動きも穏やかだった。


……綺麗だな。


俺はしばらく眺めていた。


すると、ルナが隣へ座った。


「……ノア」


……ん?


「今日の貴様は、なかなか頼もしかったぞ」


……え?


俺は少し驚いた。


ルナは前を向いたまま続ける。


「水の中での動きが、随分と速くなった」


……ああ。


そうだな。


自分でも、ちょっと驚いてる。


「しかも、ただ速いだけではない。途中で方向を変え、危険な場所から離れられるようになった」


……お。


よく見てたな。


俺は少し嬉しくなった。


ルナは、静かに笑った。


「我も、負けてはおれぬな」


……ああ。


そうだな。


俺は触手を伸ばした。


「……いっしょ」


ルナが首を傾げる。


「む?」


俺はもう1度、短く言った。


「……つよく」


ルナは少し黙った。


それから、いつものように胸を張った。


「当然であろう!」


……はは。


そう来なくちゃな。


俺は少し笑った。


そのとき。


遠くの水面で、青い光がゆっくり揺れた。


……ん?


俺は目を向けた。


クラゲの群れが、少しだけ左右へ分かれている。


そして、その間を。


黒い影が、静かに通り過ぎていった。


……あ。


あいつだ。


巨大な魔物。


黒緑色の鱗。


大きな背鰭。


……でも。


今度は、水門へ近づいていない。


ただ、広い水域をゆっくり泳いでいる。


まるで、さっきまでの騒ぎが嘘みたいに。


俺はしばらく、その姿を見つめていた。


すると、ルナが小さく言った。


「……妙だな」


……ん?


俺は顔を向ける。


ルナは水面の影を見つめたまま続けた。


「あの大物、我らを見ても襲ってこぬ」


……ああ。


確かに。


「しかも、さっきまでは水門の近くにおったのに、今は離れておる」


……そうだな。


俺は少し考えた。


水門が壊れていたとき。


魔物は、何度もその近くへ来ていた。


でも、留め具を直してからは、離れていった。


……偶然か?


それとも。


……何か、理由があるのか?


俺はもう1度、水面へ目を向けた。


巨大な影は、青い光の奥へゆっくり消えていった。


……分からない。


まだ、何も。


でも、1つだけ言えることがある。


あいつは、俺たちを見ても襲ってこなかった。


それどころか、こちらへ近づこうともしなかった。


……だったら。


少なくとも、今すぐ敵だと決めつける必要はないよな。


俺は静かに身体を低くした。


ルナも隣で、しばらく水面を見つめていた。


◇


地上へ戻ると、レムナの町には夕方の賑わいが戻っていた。


港では荷船が行き交い、屋台からは焼き魚の匂いが漂っているらしい。


ルナの耳が動いた。


……あ。


分かりやすいな。


俺は触手を揺らした。


「……さかな?」


ルナがこちらを見る。


「……む?」


俺は屋台を指した。


「……たべる?」


ルナは一瞬、目を丸くした。


それから、嬉しそうに笑った。


「うむ! よく分かったな!」


……そりゃ分かるよ。


何日一緒にいると思ってるんだ。


俺は少し笑いながら、屋台へ向かった。


途中で、荷物につけた銀色の鈴が鳴った。


――ちりん。


隣からも、同じ音が返ってくる。


……うん。


今日も、無事に帰ってこられた。


それに、また少し強くなれた。


水の中で、連続して方向を変える動き。


あれは、きっとこれから役に立つ。


次にあの巨大な魔物と向き合うときも。


……いや。


できれば、戦わずに済むといいんだけどな。


俺は水路の向こうへ目を向けた。


地下には、まだ広い世界が残っている。


そして、俺たちはその入口を、ようやく少しだけ開いたところだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。