↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゲームだと思ったら原初の生命に転生しました。  作者: くんくん
第2部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

94/121

第3部 第8話 命綱

「ノア。今日は潜ってもらうけど、探検は禁止よ」


……え?


俺は思わず顔を上げた。


目の前では、水路調査員のネリが太い縄をほどいている。


昨日、あんなに面白そうな場所を見つけたのに?


「その顔。何を考えてるか、大体分かるわ」


……そんなに分かりやすい?


「今日は奥へ進むための準備をするの。帰ってくる方法も決めずに地下へ入るなんて、調査じゃなくて自殺よ」


……。


ごもっともです。


俺は素直に身体を低くした。


◇


翌朝。


俺たちは、再びレムナ南部の古い水路を訪れていた。


同行しているのは、ネリとジェド。


ジェドは以前、俺に水泳を教えてくれた水路管理の男だ。


ギルドから調査への協力を頼まれたらしい。


「ネリに呼ばれたときは何事かと思ったが、地下に水路が見つかったんだって?」


「水路かどうかも、まだ分からないわ」


ネリが訂正する。


「広い空洞があることと、そこを水が流れていることだけ。地下湖の可能性もあるけど、まだ確認できてない」


「なるほどな」


ジェドは石段の下を覗き込んだ。


「それで、今日はこいつの出番か」


視線の先にいるのは、もちろん俺だ。


……どうも。


俺は触手を上げた。


ジェドが笑う。


「頼りにしてるぜ、ノア」


……おう。


任せてくれ。


と言いたいところだけど。


俺はネリの持っている縄を見た。


……何に使うんだ、あれ?


「命綱よ」


ネリはそう答えた。


「あなたの身体に結んで、外から位置を確かめられるようにするの」


……なるほど。


確かに、俺が地下へ入ったら外からは見えなくなる。


しかも、向こうは水中だ。


声も届きにくい。


何かあったときに、引き戻せるようにしておく必要があるんだろう。


「まずは試してみましょう」


ネリが縄の端を差し出した。


俺は身体の中央へ短い輪を作り、そこへ縄を通した。


《構造形成》。


さらに《硬質外皮》で輪の部分を固める。


……よし。


これなら外れないだろう。


ジェドが縄を軽く引いた。


――ぐいっ。


俺の身体が、床の上を滑った。


……お。


いい感じ。


「じゃあ、身体の形を変えてみて」


ネリが言った。


……ん?


俺は言われたとおり、短い脚を4本作った。


続いて、胴体を細くする。


そのまま、触手を伸ばして――。


――すぽん。


縄が抜けた。


……あ。


俺は固まった。


ジェドも、縄の先を見つめている。


「……駄目だな」


……ですね。


形を変えることに集中したせいで、縄を通していた輪まで小さくしてしまったらしい。


ネリが腕を組んだ。


「ほらね。今ので問題が分かったでしょう?」


……うん。


ものすごく。


「あなたは危険なときほど身体を変えるはずよ。そんなときに縄が抜けたら意味がない」


……確かに。


これは考えないといけないな。


俺が首を捻っていると、ルナが近づいてきた。


「ならば、変えぬ部分を決めればよいのではないか?」


……え?


俺は顔を向けた。


ルナは、俺の身体の中央を前脚で示した。


「すべてを変える必要はあるまい。縄を通す場所だけ残し、ほかを動かせばよい」


……あ。


なるほど。


俺は早速試してみた。


身体の中央に、厚みのある輪を作る。


今度は周囲を広く残し、輪だけが細くならないよう意識する。


その状態で、前方へ触手を伸ばした。


さらに脚を作る。


身体を低くする。


そして、もう1度元へ戻す。


……よし。


輪は残っている。


ジェドが縄を引いた。


――ぐいっ。


今度は抜けなかった。


「おっ、いいじゃねえか!」


……おお。


成功!


だが、ネリはまだ頷かなかった。


「少し疲れた状態でも維持できる?」


……あ。


そうか。


元気なときだけできても仕方ない。


俺は何度か身体を変形させ、そのたびに輪が残っているか確認した。


さすがに集中力は必要だったが、思っていたほど難しくはなかった。


《自在形態型》になってから、複数の構造を同時に維持しやすくなっている。


今までは脚や目を安定させるために使っていたが、こういう使い方もあるんだな。


ネリは最後に縄を確かめ、ようやく頷いた。


「いいわ。ただし、限界はある。身体が崩れれば外れる可能性もあるから、縄を過信しないこと」


……了解。


「それから合図を決めるわ。縄を2回引いたら停止。3回なら帰還。こちらからも同じ合図を送る」


俺は触手を2回動かした。


「……に、かい」


「そう。ちゃんと覚えてね」


……はい。


大丈夫です。


多分。


「……ノア」


ルナがじっとこちらを見ている。


「本当に覚えたのであろうな?」


……覚えたって!


何で2人とも、そんなに心配そうなんだよ。


ジェドが笑った。


「ははっ。相当信用されてねえな!」


……いや。


信用はされてると思うんですけど。


こういうときだけ、妙に厳しいんだよな。


◇


準備を終え、俺たちは昨日見つけた石枠へ向かった。


水路の底。


砂に半分埋まった、古い四角い構造物だ。


昨日は細い触手を伸ばし、その向こうに広い空間と青い光を見つけた。


ただし、奥までは見ていない。


「今日の目的は、入口付近の流れを調べることよ」


ネリが図面を広げる。


「地下がどれほど広いのかより、まずは水がどちらへ動いているかを知りたいの」


ジェドが縄を持ち直す。


「奥まで入らねえんだな?」


「ええ。深い場所は、調査計画を立ててから」


……なるほど。


今日は予備調査か。


俺は水路へ身体の一部を伸ばした。


《水流感知》。


……うん。


昨日と同じだ。


表面の水は、ゆっくり北へ流れている。


だが、底に近づくほど別の流れが混じり、石枠の周囲で渦を作っていた。


……ん?


いや。


昨日とは少し違う。


俺は触手をさらに伸ばした。


上側の水は、こちらへ流れてくる。


でも、石枠の下側では、水が奥へ引き込まれていた。


……何だ、これ。


入口は1つなのに、行きと帰りで流れが分かれてる?


俺はネリを呼んだ。


「……うえ、くる」


「上?」


俺は水の表面を指した。


続けて、石枠の下側へ触手を向ける。


「……した、いく」


ネリはしばらく考え込んだ。


「……上から水が入ってきて、下から戻っていくの?」


俺は頷いた。


「それって、循環してるってこと?」


……多分。


ただ、どこまで繋がっているのかは分からない。


ジェドが腕を組んだ。


「水が出入りしてるなら、向こう側にも別の水路があるのかもしれねえな」


「ええ。あるいは、水位や圧力の違いで流れが変わっているのかも」


ネリは図面へ何かを書き込んだ。


……なるほど。


俺にはまだ分からないことばかりだ。


でも、こうして測っていけば、少しずつ形が見えてくるのかもしれない。


「ノア。昨日と同じように、入口の内側だけ確認してもらえる?」


俺は身体を持ち上げた。


「……うん」


「合図があったら、すぐ戻って」


……了解。


俺は石壁へ身体を固定し、ゆっくり触手を伸ばした。


◇


水中は、外から見るより暗かった。


石枠の隙間を抜けると、冷たい水が身体の表面を流れていく。


《水流感知》を働かせながら、少しずつ進む。


……よし。


上から水が来る。


下は、奥へ向かっている。


この辺りまでは昨日と同じだ。


俺は触手の先へ小さな目を作った。


視界が開ける。


……おお。


見えた。


石枠の向こうには、古い石の通路が続いていた。


途中から天井が高くなり、その先は暗くて見通せない。


そして。


……あ。


いた。


青い光。


昨日見つけたものだ。


今度は、少し近い。


小さな光がいくつも集まり、水の中を漂っている。


……何だろう。


俺は目を凝らした。


光の1つが、ゆっくり近づいてくる。


青白く光る、小さな丸いもの。


その下には、細い糸のようなものが伸びていた。


……え?


これって。


……クラゲ?


透明な傘のような身体。


細い触手。


ゆっくり縮んだり広がったりしながら、水中を漂っている。


……こんなところに、クラゲがいるのか。


俺は少し驚いた。


人間だった頃、クラゲといえば海の生き物だと思っていた。


でも、この世界には川や湖に棲むものもいるのかもしれない。


俺は静かに観察した。


青い光は、身体の内側から出ているようだった。


小さく縮む。


広がる。


また縮む。


そのたびに、水が押し出されている。


……なるほど。


こうやって泳ぐのか。


俺は興味深く眺めていた。


すると。


――ふわっ。


別のクラゲが、触手の先へ近づいてきた。


……ん?


何だ?


俺は少しだけ身体を引いた。


だが、相手はそのまま近づいてくる。


細い糸のような触手が、俺の身体へ触れた。


……っ!


妙な刺激が走った。


鋭い痛みではない。


けれど、触れられた部分が、急に動かしにくくなる。


……おい。


ちょっと待て。


俺は反射的に触手を引いた。


すると、クラゲが身体を縮めた。


――ぽんっ。


小さな水流が生まれる。


……っ!?


俺の触手が横へ押された。


……何だ、今の。


俺は目を凝らした。


クラゲは、また身体を広げている。


その透明な傘の内側に、細い膜のようなものが見えた。


水の圧力を受けながら、形を変えている。


……面白いな。


俺は少しだけ、近づき直した。


だが、クラゲは再び触手を伸ばしてきた。


今度は、俺の身体へ巻きつこうとする。


……おいおい。


こっちは見てるだけなんだけど。


俺は触手の表面を硬くした。


《硬質外皮》。


絡みつこうとした細い糸を弾く。


そのまま、別の触手でクラゲの身体を包み込んだ。


《粘着性》。


……よし。


捕まえた。


クラゲは身体を縮め、何度も水を押し出した。


だが、俺の方が大きい。


柔らかい身体を包み込んでしまえば、簡単には逃げられなかった。


……さて。


こいつ、何か面白い性質を持ってそうだな。


俺は少し考えた。


透明な身体。


水の圧力に合わせて変形する膜。


それから、さっきの刺激。


……試してみるか。


俺は《捕食》を実行した。


クラゲの身体が、少しずつ俺の中へ取り込まれていく。


抵抗はすぐに弱まった。


そして。


【捕食完了】


対象:青灯クラゲ


……アオアカリクラゲ?


そんな名前なのか。


分かりやすいな。


俺は続く表示を待った。


【性質吸収】


《緩衝膜》を獲得しました。


……っ!


おお!


新しい性質だ!


俺は思わず、身体を持ち上げかけた。


だが。


――ぐいっ。


外側から、縄が引かれた。


……あ。


2回。


停止の合図だ。


俺は慌てて動きを止めた。


……そうだった。


今は調査中だったな。


少し浮かれてしまった。


俺は外側へ繋がる触手を確かめた。


縄を通している輪は、まだ維持できている。


……よし。


戻ろう。


俺は身体を細くし、石枠の方へ引き返した。


◇


「……ノア!」


外へ戻ると、ルナが真っ先に近づいてきた。


「随分と長かったではないか!」


……え?


そんなに?


俺は少し驚いた。


自分では、ほんの短い時間のつもりだった。


しかし、ネリが持っていた砂時計を見ると、思った以上に砂が落ちている。


……あ。


まずい。


また夢中になってた。


「合図を送っても反応がなかったら、引き戻すつもりだったぞ」


ジェドが言った。


……すみません。


俺は触手を小さく動かした。


ネリはすぐに怒鳴ったりはしなかった。


代わりに、静かに尋ねた。


「中で何かあった?」


……あ。


そうだ。


報告しないと。


俺は砂の上へ触手を伸ばした。


まず、石枠を描く。


その先に、広い通路。


そして、小さな丸いものをいくつも描いた。


「……あおい、いきもの」


ネリが身を乗り出す。


「青い生き物?」


俺は頷いた。


「……くらげ」


「クラゲ?」


「……いっぱい」


ネリが驚いたように目を見開いた。


「……地下に、クラゲの群れがいるの?」


俺はもう1度頷いた。


ジェドも興味深そうに覗き込む。


「へえ。そいつは珍しいな」


「……青灯クラゲかしら」


ネリが呟いた。


……お?


知ってるのか?


「昔の水生魔物の記録にあるの。光を放つ小型のクラゲで、暗い水域に棲むって」


……へえ。


本当にいるんだな。


「ただ、レムナ周辺で見つかったという話は、聞いたことがないわ」


ネリは図面へ目を向けた。


「もし群れがいるなら、地下には安定した水域があるのかもしれない」


……なるほど。


俺はさっき見た光を思い出した。


暗闇の中に、いくつもの青い点が漂っていた。


……あれ、綺麗だったな。


そう考えていると、ルナが俺の身体を覗き込んだ。


「……ところで、貴様」


……ん?


「何か変わったな」


……あ。


そうだった。


俺は新しい性質のことを思い出した。


《緩衝膜》。


まだ、どんなものか確かめていない。


俺は身体の一部へ意識を集中した。


すると、表面のすぐ内側に、薄い柔らかな層ができた。


……お。


何だ、これ。


俺は触手で軽く押してみた。


ぐにっ。


……あれ?


押した部分がへこみ、力を抜くとゆっくり元へ戻る。


《弾性組織》とは少し違う。


あちらは、縮めたものを勢いよく戻す感覚が強かった。


でも、こっちは。


……衝撃を受け止める?


そんな感じだ。


俺は小石を拾い、自分の身体へ軽く落としてみた。


――ぽすっ。


……お。


ほとんど響かない。


次に、《緩衝膜》を使っていない部分へ落としてみる。


――こつっ。


……なるほど。


違いが分かる。


同じ石でも、衝撃の伝わり方が違うんだ。


俺が何度も確かめていると、ジェドが笑った。


「何だ、急に丈夫になったのか?」


……いや。


丈夫っていうのとは、ちょっと違うかな。


俺は柔らかい部分を指した。


「……まもる」


ネリが首を傾げた。


「防御用の膜?」


俺は頷いた。


「……あたらしい」


ルナの耳が立った。


「……また性質を得たのか?」


俺は身体を上下させた。


ルナは少し驚いたあと、ふっと笑った。


「ふん。貴様らしいな」


……まあ。


今回は、運もよかったけどな。


ただし、何でも防げるわけじゃない。


試しに《硬質外皮》と同じ場所へ重ねてみると、膜を厚くした分だけ、ほかの構造を維持しにくくなった。


硬い部分と柔らかい部分。


両方を使うなら、配置を考える必要がありそうだ。


……でも。


これ、上手く使えれば結構すごいんじゃないか?


俺は少し興奮した。


殴られたとき。


何かへぶつかったとき。


あるいは、水の強い流れを受けたとき。


硬くなるだけじゃなく、衝撃を和らげられるなら。


……戦い方が変わるぞ。


俺は触手を握るように丸めた。


すると、ネリが言った。


「新しい能力の確認も大切だけど、調査結果をまとめるわよ」


……あ。


はい。


すみません。


俺は慌てて姿勢を戻した。


◇


その後、俺たちは水路の流れをもう1度測った。


ネリは時間を記録し、ジェドは水位の変化を確かめる。


俺は《水流感知》で、石枠付近の水が動く方向を伝えた。


しばらくすると、上側の流れが弱くなった。


代わりに、下側の水が強く引き込まれる。


……あ。


変わった。


俺はネリへ知らせた。


「……した、つよい」


ネリがすぐに時間を記録する。


「流れが切り替わったのね」


ジェドが水面を眺めた。


「こいつは妙だな。川の本流は、さっきからほとんど変わってねえぞ」


……そうなのか。


ネリは図面を広げ、古い水路の位置を確かめた。


「地下側で何かが変わっている可能性が高いわね。ただし、原因はまだ分からない」


……なるほど。


少なくとも、大河の流れがそのまま逆向きになっているわけじゃないらしい。


ネリはしばらく考え、図面の端へ大きな丸を描いた。


「もし地下に大きな水域があるなら、そこから水が押し出されたり、逆に戻ったりしているのかもしれない」


「何かが、水を動かしておるのか?」


ルナが尋ねた。


「自然の水圧変化かもしれないし、昔の水門設備が残っている可能性もある。今は分からないわ」


……うん。


それなら、実際に見に行くしかないな。


俺は図面の丸を見つめた。


昨日、触手の先で見た暗い空間。


青い光。


そして、その奥へ続く水の流れ。


……あそこに何があるのか。


ますます気になってきた。


ただ、今度は勝手に進まない。


ちゃんと準備してからだ。


「今日の調査は、ここまで」


ネリが言った。


「明日、正式な調査計画をギルドへ提出するわ」


……お。


いよいよか。


「通れる範囲を確認して、安全な退路も決める。必要な道具が揃ったら、地下の水域へ入る予定よ」


ジェドが頷いた。


「俺も手を貸すぜ。水のことなら、多少は役に立つだろう」


「助かるわ」


ネリは俺たちへ目を向けた。


「ノアとルナにも、引き続き協力してほしいの」


俺はすぐに頷いた。


「……いく」


ルナも胸を張った。


「当然だ。我らが見つけた場所でもあるからな」


ネリは少し笑った。


「じゃあ、決まりね」


……よし。


これで次の目的が決まった。


地下の水域。


まだ知らない生き物たち。


そして、昨日見た広い空間の正体。


……楽しみだな。


◇


調査を終えた帰り道。


俺たちは、レムナの水路に架かる小さな橋で足を止めた。


夕方の光が水面へ落ち、橋の下を細かな波が通り抜けていく。


ネリとジェドはギルドへ報告に向かい、俺たちは宿へ戻るところだった。


「……ノア」


ルナが橋の上で立ち止まった。


……ん?


俺も振り返る。


ルナは、しばらく俺を見つめていた。


「……地下は、綺麗だったか?」


……え?


俺は少し驚いた。


てっきり、危険だったかとか、何がいたのかとか、そういうことを聞かれると思っていたからだ。


「貴様、戻ってきてから随分と楽しそうだったのでな」


……ああ。


そういうことか。


俺は水路へ目を向けた。


青い光。


暗い水の中で、ゆっくり漂っていたクラゲたち。


あの景色は、確かに綺麗だった。


俺は頷いた。


「……きれい」


「そうか」


ルナは小さく笑った。


「我も見てみたいものだな」


……。


俺は少し考えた。


ルナは泳げる。


でも、今のままでは深い場所を長く潜ることは難しいだろう。


俺だって、ようやく水の中で動けるようになったばかりだ。


だから、すぐに一緒に見に行けるとは思わない。


……でも。


いつかなら。


俺はルナの隣へ近づいた。


そして、短く声を出した。


「……いつか」


ルナが顔を向ける。


「む?」


「……いっしょ、みる」


少しの間、ルナは黙っていた。


やがて、ゆっくり頷く。


「……うむ。約束だ」


俺は触手を持ち上げた。


ルナも前脚を上げる。


軽く触れ合ったところで、荷物についた銀色の鈴が鳴った。


――ちりん。


……あ。


そうだ。


俺は少し笑った。


今日、地下へ潜るとき。


ルナはずっと、外で縄を見張ってくれていた。


途中で戻る合図が来たのも、ルナがネリへ頼んだからだったらしい。


俺がどこへ行ったのか。


何を見ているのか。


分からなくても、ずっと待っていてくれた。


……ありがたいな。


本当に。


「……ルナ」


「何だ?」


俺は触手を伸ばした。


「……ありがと」


ルナは一瞬、目を丸くした。


「……何の礼だ?」


俺は少し考えた。


縄。


合図。


それから、待っていてくれたこと。


……うーん。


言葉にすると、難しいな。


俺は触手を自分の身体へ巻きつけ、それを引っ張るような動きをした。


「……もどる」


ルナは少し黙った。


それから、小さく鼻を鳴らした。


「……当たり前であろう」


……え?


「貴様が帰ってこなければ、我が困る」


……。


……そっか。


俺は身体を持ち上げた。


ルナは水路を見つめながら続ける。


「どれほど面白い場所でも、1人で行ってしまっては意味がなかろう」


……ああ。


そうだな。


俺は、ゆっくり頷いた。


「……ふたり」


ルナの耳が動く。


「……うむ」


少しだけ、柔らかな声だった。


「2人で、だ」


俺たちは橋を渡り、宿へ向かった。


今夜は、しっかり休もう。


明日からは本格的な調査の準備が始まる。


俺の《水流感知》も、新しく得た《緩衝膜》も、もっと使い方を確かめておきたい。


そして、何より。


必ず帰ってこられるようにしておかないとな。


俺は荷物の中で揺れる命綱を確かめた。


次に地下へ入るときは、今日より遠くまで進むことになるかもしれない。


でも、今度は大丈夫だ。


少なくとも、帰る場所だけは、もう分かっている。


隣を歩くルナの荷物から、銀色の鈴が小さく鳴った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。