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ゲームだと思ったら原初の生命に転生しました。  作者: くんくん
第2部

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第2部 第70話 同じ歩幅

出発の朝、俺は宿の敷居に負けた。


――べちゃっ。


……痛い。


いや、痛いというほどではないけど、結構悔しい。


宿の玄関には、わずかな段差があった。


普段なら何でもない高さだ。


ところが、今の俺は身体の一部を失った影響で、いつもの4本脚を安定して作れない。


短い脚を2本と、身体を支えるための幅広い部分。


それで何とか歩いていたのだが、最後の1歩で引っかかってしまった。


「……何をしておる?」


先に外へ出ていたルナが振り返る。


俺は敷居に張りついた身体を、ゆっくり持ち上げた。


……見れば分かるだろ。


転んだんだよ。


「ふむ」


ルナは少し考えたあと、真面目な顔で言った。


「脚を増やすより、今は這った方が速いのではないか?」


……。


……それはそうかもしれない。


でも、せっかく脚を作れるようになったんだから、使いたいじゃないか。


俺はもう1度、短い脚を作った。


今度は段差をよく見て、慎重に乗り越える。


……よし。


成功。


「……ふふっ」


ルナが笑った。


……笑うなよ。


俺は触手を揺らした。


そのとき、背後から声がした。


「忘れ物はありませんか?」


宿の主人だった。


俺たちが泊まっていた小部屋の鍵を受け取り、玄関まで見送りに来てくれたらしい。


「南へ行くんでしたね。川沿いの街道なら、人通りも多いはずですよ」


ルナが頷く。


「うむ。まずは大きな川を目指す」


「それなら、渡し場を使うといいでしょう。少し遠回りですが、橋より荷物を運びやすいですから」


……渡し場。


船で川を渡るのか。


俺はちょっと興味を引かれた。


この身体で船に乗るのは、初めてだ。


「ただ、今日は無理に急がない方がよさそうですね」


主人は俺を見た。


「昨日よりは動けるようですが、まだ本調子ではないのでしょう?」


……あ。


分かるのか。


俺は小さく身体を上下させた。


「……うん」


「でしたら、途中の休憩所を使ってください。南の街道にはいくつかありますから」


……ありがたい。


俺は触手を持ち上げた。


「……ありが、と」


主人は穏やかに笑った。


「よい旅を」


その言葉に見送られて、俺たちはハルザの通りへ出た。


◇


南門には、まだ新しい木材の匂いが残っていた。


森猪の群れが押し寄せた際に壊れた柵は、ほとんど修理が終わっている。


門の脇では職人たちが最後の調整をしていた。


そのうちの1人が、俺たちを見て声を上げた。


「おう! あのときの魔獣じゃねえか!」


……お。


覚えてくれてるのか。


男は手に持った槌を置き、こちらへ近づいてきた。


「昨日、衛兵長から聞いたぞ。採石場でも人を助けたんだってな」


……ああ。


その話か。


俺は少し照れくさくなった。


「大したもんだ。見た目は不思議だけど、なかなか頼りになるじゃねえか」


……不思議、ね。


まあ、間違ってはいない。


男は俺の身体を見下ろし、少し首を傾げた。


「……あれ? 前より小さくなってねえか?」


……っ。


気づいた!


俺は思わず身体を縮めた。


「採石場で無理をしたのだ」


ルナが答える。


「今は回復の途中でな」


「そうか……」


男は少し申し訳なさそうな顔をした。


「悪かったな。余計なこと聞いちまった」


……いやいや。


別に、気にしてないって。


俺は触手を振った。


すると、男は笑った。


「無理すんなよ。せっかく助かった命なんだからな」


……うん。


本当に。


俺は小さく頷いた。


門の外では、荷車が何台か出発の準備をしている。


旅装の人間たちが荷物を確認し、馬の手綱を引いていた。


俺たちも、そちらへ向かおうとした。


そのとき。


「……ノア!」


聞き覚えのある声がした。


振り返ると、オルカが門の方へ歩いてきていた。


……あれ?


どうしたんだ?


「間に合ってよかったです」


オルカは少し息を整え、封筒を取り出した。


「これを渡しておこうと思いまして」


……封筒?


俺は触手を伸ばして受け取った。


表面には、ギルドの印が押されている。


「今回の果樹園の依頼について、完了を証明する書類です」


……おお。


そんなものまで?


「正式な冒険者登録とは違いますが、ハルザで仕事を引き受け、報酬を受け取った記録にはなります」


ルナが耳を立てた。


「ほう。別の町でも使えるのか?」


「実績を説明する際の参考にはなると思います。ただ、仕事を紹介してもらえるかどうかは、その土地のギルドの判断になりますね」


……なるほど。


万能な許可証ってわけじゃないのか。


でも、十分ありがたい。


俺は封筒を荷物の中へしまった。


「……ありが、と」


「こちらこそ」


オルカは笑った。


「皆さんのおかげで、果樹園の依頼も無事に終わりましたから」


……うん。


そう言ってもらえるなら、よかった。


「それと、金属棒の調査については、引き続き情報を集めています」


……あ。


俺は顔を上げた。


オルカは続ける。


「製造元の工房組合には照会しています。エルデ村で見た道具との関係も、分かる範囲で確認する予定です」


ルナが頷いた。


「頼む」


「はい。分かったことがあれば、ギルド間の連絡でも確認できるようにしておきます」


……なるほど。


それなら、旅を続けながらでも情報を確かめられるかもしれない。


俺は少し安心した。


事件のことを、完全に忘れたわけじゃない。


でも、全部を自分たちだけで追いかける必要もない。


……うん。


今は、前へ進もう。


「では、お気をつけて!」


オルカが手を振った。


俺は触手を持ち上げた。


「……また!」


少し大きな声が出た。


オルカが嬉しそうに笑う。


ルナも隣で、小さく尻尾を振っていた。


俺たちは南門を抜けた。


◇


ハルザを出てしばらくすると、街道は緩やかな丘へ入った。


左右には草原が広がり、ところどころに小さな林がある。


遠くには山並みが見え、その麓を大きな川が流れているらしい。


……いい景色だな。


俺は小さな目を動かし、周囲を眺めた。


人間だった頃には、こういう場所を歩くことなんてほとんどなかった。


休日は家でゲームをしていることが多かったし、遠出しても電車や車を使っていた。


自分の脚で、知らない土地を歩く。


それがこんなに楽しいとは思わなかった。


……まあ。


今の脚は、自分で作ってるんだけど。


俺は足元へ目を向けた。


短い脚が2本。


それを支える、低く広がった身体。


見た目は相変わらず変だけど、昨日よりはずっと安定している。


……よし。


もう少し歩けそうだな。


俺は歩く速度を上げようとした。


だが。


「……ノア」


ルナが声をかけた。


……ん?


「先ほどから、少し無理をしておらぬか?」


……え?


いや。


そんなことないけど。


俺は身体を上下させようとした。


しかし、その瞬間。


――ぐにゃっ。


片方の脚が、少し崩れた。


……あ。


ルナがじっと見ている。


……。


…………。


……はい。


少し無理してました。


俺は素直に身体を低くした。


「ふん」


ルナは呆れたように鼻を鳴らす。


「回復してからでも、道は逃げぬぞ」


……それもそうだな。


俺は少し考えた。


確かに、今は身体の量が減っている。


無理に脚を作り続けるより、普段の不定形に近い姿で移動した方が負担は少ない。


……よし。


俺は脚を崩した。


身体を低く広げ、地面へ沿わせる。


《構造形成》。


前方へ伸びる部分を作り、少しずつ移動する。


……うん。


こっちの方が楽だ。


速度は少し落ちるけど、無理に力を使わずに済む。


俺はしばらく、そのまま進んだ。


すると、隣を歩いていたルナが速度を落とした。


……ん?


俺は顔を上げた。


「どうした?」


……いや。


こっちの台詞なんだけど。


俺は触手を動かした。


「……さき」


先に行っていいぞ。


そう伝えたかった。


しかし、ルナは首を横へ振った。


「我らは一緒に旅をしておるのだろう?」


……あ。


「ならば、急ぐ理由もあるまい」


ルナはそう言って、俺の隣へ並んだ。


……。


…………。


……そっか。


俺は少しだけ身体を持ち上げた。


以前、ルナが脚を痛めていたとき。


俺たちは何度も休みながら、ゆっくり移動していた。


あの頃は、ルナの歩く速度に合わせていた。


でも、今は逆だ。


俺の身体が十分に回復していないから、ルナが合わせてくれている。


……何だろう。


ちょっと嬉しいな。


俺は触手を伸ばし、ルナの前脚へ軽く触れた。


トン。


ルナがこちらを見る。


「……む?」


俺はもう1度、触れた。


トン。


ルナは少し考えたあと、同じように前脚を動かした。


トン、トン。


……あ。


2回か。


俺は小さく身体を揺らした。


ルナも楽しそうに笑う。


「ふふっ。行くぞ、ノア」


……おう。


俺たちは、同じ速さで歩き始めた。


◇


昼を過ぎた頃、街道沿いの小さな休憩所へ到着した。


屋根の下には木製の長椅子があり、水を汲める場所も用意されている。


俺たちはそこで、しばらく休むことにした。


ルナは水を飲み、俺も新しく買った水筒を取り出した。


……うん。


買っておいてよかった。


水を少しずつ取り込むと、身体の表面が動かしやすくなっていく。


ただし、失った部分がすぐに戻るわけではない。


今は食事と休息を重ねながら、少しずつ回復させるしかなさそうだ。


俺が水筒をしまっていると、休憩所へ荷車が1台入ってきた。


荷台には、布で包まれた大きな荷物が積まれている。


御者は年配の男だった。


俺たちを見ると、少し驚いたように目を丸くする。


「……珍しい連れ合いだな」


……あ。


またその反応か。


俺は身体を少し持ち上げた。


すると、ルナが堂々と答える。


「旅の途中だ」


「……喋るのか!」


男はますます驚いた。


だが、しばらくすると笑い始めた。


「ははっ! 長く商売してると、いろんな旅人に出会うもんだ!」


……おお。


この人も、結構あっさりしてるな。


男は荷車から降りると、水を汲みながら尋ねてきた。


「南へ向かうのか?」


「うむ」


「なら、川を渡るつもりだな」


俺は身体を上下させた。


「……ふね」


「渡し舟か。なら、夕方までには着けるだろう」


……お。


本当か?


俺は少し嬉しくなった。


男は続ける。


「ただ、今日は少し風がある。大きな船なら問題ないだろうが、小舟は出ないかもしれん」


……なるほど。


それなら、急いでも仕方ないな。


俺はルナへ目を向けた。


ルナも頷いた。


「ふむ。様子を見て決めればよい」


……うん。


そうしよう。


俺たちは休憩を終えると、再び街道を歩き始めた。


今度は、無理に速度を上げない。


周囲の景色を眺めながら、ゆっくり進む。


鳥の声。


風に揺れる草。


遠くを流れる川の音。


……いいな。


こういう時間。


しばらく事件続きだったせいか、何でもない景色が妙に新鮮に感じられた。


◇


そして、夕方。


俺たちは丘の上へ出た。


「……ノア」


ルナが足を止めた。


「見よ」


……ん?


俺は顔を上げた。


その瞬間。


思わず、身体を持ち上げた。


……おお。


すごい。


丘の向こうに、大きな川が広がっていた。


想像していたより、ずっと広い。


水面は夕日に照らされ、細かな光がいくつも揺れている。


川の上には、大きな船が何艘も浮かんでいた。


荷物を積んだ平たい船。


人を乗せて進む小さな船。


そして、対岸には建物が並んでいる。


……あれ。


町か?


俺は目を凝らした。


岸辺には倉庫らしい建物があり、船から荷物を下ろす人間たちが見える。


ただ、よく見ると、人間とは少し違う姿も混じっていた。


頭に角のようなものを持つ者。


長い耳を持つ者。


大きな尾を揺らしている者。


……へえ。


こんなに、いろんな人がいるのか。


俺は少し興奮した。


「……ふむ」


ルナも川の向こうを眺めている。


「随分と賑やかな場所だな」


……ああ。


本当に。


ハルザも大きな町だと思ったけど、ここはまた違う。


川を中心に、人と物が行き交っている。


きっと、もっと遠い土地から来た旅人もいるんだろう。


俺は荷物から、ルナが買ってくれた地図を取り出した。


慎重に広げる。


……えっと。


ハルザが、ここ。


南へ続く街道。


そして、この大きな川。


……あ。


ここだ。


俺は地図の上へ触手を置いた。


ルナが覗き込む。


「そこが渡し場だな」


……なるほど。


地図では、ただの細い線と小さな印だった場所。


でも、実際に来てみると、こんなに広くて賑やかなんだな。


俺は少し不思議な気分になった。


地図の上では簡単に指で辿れる距離でも、そこにはいろんな景色がある。


いろんな人が暮らしていて。


俺たちの知らない出来事が、毎日どこかで起きている。


……ああ。


やっぱり、旅って面白いな。


「……ノア」


ルナがこちらを向いた。


「今日は、向こう岸までは行かぬ方がよさそうだな」


……ん?


俺は川を見た。


確かに、風が少し強い。


船は動いているが、今から渡るより、岸辺で休んだ方がよさそうだった。


それに、俺の身体もそろそろ限界だ。


……うん。


今日は、ここまででいい。


俺は地図を丸めた。


そして、ゆっくり身体を下ろす。


「……あした」


ルナが頷く。


「うむ。明日、渡ろう」


……よし。


決まりだ。


俺たちは丘を下り、川沿いの宿場へ向かった。


途中、何台もの荷車とすれ違った。


川へ向かう者。


川から戻ってくる者。


みんな、それぞれ違う場所へ向かっている。


……そうか。


ここは、いろんな道が交わる場所なんだな。


俺は少しだけ、これまでの旅を思い出した。


洞窟で目を覚ましたこと。


ルナと出会ったこと。


初めて人間の村へ入ったこと。


声が出せるようになったこと。


そして、少しずつ人間たちと関わるようになったこと。


……随分、いろいろあったな。


最初は、何も分からなかった。


自分が何なのかも。


どうして、こんな世界へ来たのかも。


今だって、分からないことはたくさんある。


でも。


少なくとも、ここまで歩いてこられた。


ルナと一緒に。


……それだけは、確かだ。


俺は隣を歩く白銀の相棒へ目を向けた。


「……ルナ」


「何だ?」


俺は少し考えた。


言いたいことはいくつもある。


でも、今の俺が出せる言葉は、まだ限られている。


だから。


俺は短く声を出した。


「……たのしい」


ルナが足を止めた。


「……む?」


俺は川の方を指した。


それから、街道を指す。


「……たび」


ルナはしばらく俺を見ていた。


そして、ゆっくり笑った。


「……そうか」


少し間を置いて、続ける。


「我もだ」


……おお。


それなら、よかった。


俺は嬉しくなって、触手を高く持ち上げた。


ルナも尻尾を揺らした。


「ふん。まだまだ、面白いことが待っておるぞ」


……だろうな。


きっと。


俺はもう1度、川の向こうを見た。


夕日に照らされた船が、ゆっくり水面を進んでいる。


対岸には、まだ知らない町がある。


その先には、まだ見たことのない森や山があるのだろう。


そして、地図のさらに向こうには、きっともっと広い世界が続いている。


……よし。


行こう。


俺は身体を低くし、ゆっくり前へ進んだ。


ルナも隣を歩き始める。


速くはない。


けれど、不思議と急ぐ気にはならなかった。


今は、この速さで十分だ。


だって。


俺たちの旅は、まだ始まったばかりなんだから。


――第2部・完――

【後書き】


第2部を最後までお読みいただき、ありがとうございます。


ここで、第2部終了時点のノアのステータスをまとめます。


━━━━━━━━━━━━━━

【ノア/第2部終了時点】

━━━━━━━━━━━━━━


名前:ノア

種族:原初種

Lv:未確認

HP:未確認(負傷・回復中)

MP:未確認


■ 変異段階

第2段階《自在形態型》


変異履歴:

《万能適応型》

 ↓

《自在形態型》


■ 基礎能力

《捕食》

《性質吸収》

《構造形成》

《中枢核》


■ 保有性質

《微振動感知》

《粘着性》

《硬質外皮》

《微弱毒分泌》

《弱酸耐性》

《明暗感知》

《摩擦発音》

《弾性組織》

《体表変色》

《視覚》

《共鳴膜》


■ 現在の身体能力

・複数の脚や触手、視覚器官などを形成可能

・複数の構造を以前より安定して同時維持できる

・周囲の振動や光を感知できる

・体表の色を周囲に合わせて変化させられる

・短い言葉による会話が可能

・味覚は未発達で、食べ物の味をほとんど感じられない


■ 現在の状態

採石場の崩落時に身体の一部を失い、回復途中。


身体の質量が減少しているため、普段の4本脚形態を維持するにも負担がある。


■ 冒険者としての状況

正式登録:未完了


トルゼやハルザで個別の仕事を経験。

東の関所では事件の証人として記録され、ハルザでは依頼完了の証明書を受領。


━━━━━━━━━━━━━━

【同行者:ルナ】

━━━━━━━━━━━━━━


名前:ルナ

種族:ルナリス

特徴:白銀の毛並み、淡紫色の瞳


主な能力:

《衝撃》


状態:

以前負傷した右後ろ脚は通常歩行できるまで回復。ただし、激しい運動には引き続き注意が必要。


━━━━━━━━━━━━━━


※Lv・HP・MPは第2部終了時点の確定数値が未整理のため、今回の一覧では未確認としています。


第3部では、ノアのさらなる成長と、新しい土地での冒険を描いていきます。


引き続き、よろしくお願いします。

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