第2部 第67話 崩落
「全員、坑口から離れろ!」
衛兵長の声が、採石場に響き渡った。
木箱を運んでいた男たちが、一斉にこちらを見る。
その中にいたグランツも、俺たちの姿に気づいたらしい。
「……てめえら!」
ああ。覚えてたか。
俺も忘れてないぞ。
だが、今はそれどころじゃない。
――ゴゴッ。
地面の奥で、大きな岩が擦れる。
俺は足元へ触手を広げた。
《微振動感知》が拾ったのは、単なる落石の振動ではなかった。
坑道の奥から手前へ、少しずつ岩の位置がずれている。
しかも、その動きが止まらない。
……まずい。
「坑道が崩れる! 作業を中止しろ!」
衛兵長が再び叫んだ。
グランツは顔をしかめた。
「何を言ってやがる! こっちはまだ――」
――バキンッ!
採掘坑の入口で、太い木材が折れた。
全員の視線がそちらへ向く。
入口を支えていた横木が傾き、その上から細かな石が降り始めた。
今度こそ、作業員たちも危険を理解したらしい。
「逃げろ!」
誰かが叫んだ。
男たちが荷物を放り出し、坑道から離れていく。
グランツだけが、荷車に積まれた木箱へ手を伸ばした。
「おい! それを置いていくな!」
……は?
今、何て?
「せめて、その箱だけは――」
「グランツ!」
衛兵長が怒鳴った。
「荷物より命を優先しろ!」
「分かってる!」
そう答えながらも、グランツは木箱から離れない。
俺は思わず、そちらへ駆け出しかけた。
だが。
「……待て、ノア」
ルナが低く言った。
「坑道の中に、まだ人がおる」
……え?
俺は振り返った。
坑口の近くで、作業員の1人が必死に何かを叫んでいる。
「おい! 奥の奴はどうした!?」
「まだ中だ!」
「何だと!?」
……っ。
俺は地面へ意識を集中した。
採掘坑の奥。
崩れた岩の向こうから、細かな振動が伝わってくる。
足音ではない。
何かを叩いている。
それも、何度も。
……生きてる。
まだ、人がいる!
俺は衛兵長へ声を張った。
「……なか! ひと!」
衛兵長の顔色が変わった。
「どこだ!?」
俺は坑口の左側を指した。
振動は、奥の横穴から伝わっている。
衛兵長は作業員へ向き直った。
「中の構造が分かる者はいるか!」
「お、俺です!」
年配の作業員が手を上げた。
「奥に小さな横穴があります。資材を置いていた場所です!」
「入口は?」
「今の崩れ方じゃ、人が通れるかどうか……」
そこで、再び地面が揺れた。
――ゴゴゴッ!
坑口の上から石が落ちる。
衛兵長が全員を下がらせた。
俺は、崩れていく入口を見つめた。
……くそ。
こんなときに。
人間が通れなくても、俺なら隙間を抜けられるかもしれない。
でも、戻る道まで塞がれたら終わりだ。
俺はルナを見た。
ルナも、こちらを見返していた。
「……貴様が何を考えておるかは分かる」
……だよな。
「だが、無茶はするな。中の様子だけ確かめ、危険なら戻れ」
俺は頷いた。
そして、衛兵長へ触手を伸ばす。
「……みる」
「中へ入るつもりか?」
俺はもう1度頷く。
衛兵長は一瞬迷ったが、すぐに作業員へ指示した。
「横穴の位置を教えろ。残りの者は縄を用意しろ!」
……よし。
やるぞ。
◇
坑口の横には、人間が屈んでも通れないほどの隙間が残っていた。
俺は脚を崩し、身体を細長く伸ばす。
《構造形成》。
先端を薄くし、岩の間へ滑り込ませる。
身体の一部は外に残したまま、少しずつ奥へ進んだ。
……狭い。
しかも、石が動くたびに隙間の形が変わる。
無理に広げようとすれば、岩を支えている部分まで崩しかねない。
俺は慎重に身体を動かした。
先へ。
もう少し。
……っ。
突然、上から石が落ちた。
俺の身体の端が岩に挟まれる。
……痛っ!
いや、痛いというより、強く押し潰されるような感覚だ。
俺は慌ててその部分を細くし、引き抜いた。
……危ない。
思ったより、ずっと不安定だ。
それでも、何とか奥へ進むことができた。
暗い空間。
壊れた木材。
散らばった道具。
その向こうに、人影があった。
……いた!
若い男が、倒れた支柱の下で身動きできなくなっていた。
左脚を木材に挟まれている。
意識はあるらしく、俺が近づくと顔を上げた。
「……何だ?」
俺は小さな目を作った。
男は俺を見るなり、息を呑んだ。
「うわっ! 魔物!?」
……あ。
やっぱり驚くよな。
ただ、今は説明してる余裕がない。
俺は発声用の構造を整えた。
「……たすける」
男が目を見開く。
「……喋った?」
俺は頷き、倒れた支柱へ触手を伸ばした。
太い木材。
片側は岩の下に入り込み、もう片側が男の脚を押さえている。
……なるほど。
これを全部持ち上げるのは無理だ。
俺の身体には、そんな力はない。
でも。
少しだけ隙間を作れれば、脚を抜けるかもしれない。
俺は支柱の下へ触手を滑り込ませた。
《硬質外皮》。
表面を固くする。
続いて、接地する部分を広げた。
……よし。
これで押せる。
俺はゆっくり力を込めた。
――ミシッ。
支柱が、わずかに動く。
……お。
いけるか?
さらに力を入れる。
――ギギッ。
……っ!
駄目だ。
思ったより重い。
俺の身体が押し潰されるばかりで、ほとんど隙間が広がらない。
男が苦しそうに声を漏らした。
「……無理だ。あんたまで潰れるぞ」
……いや。
まだ、諦めるな。
俺は木材の位置をもう1度確かめた。
支柱の下にある、割れた石。
それから、横へ伸びた細い木片。
……あ。
俺は動きを止めた。
持ち上げようとするから、駄目なんだ。
支柱の端が、石に引っかかっている。
そこを外せば、少しだけ動くかもしれない。
俺は細い触手を伸ばし、石の隙間へ差し込んだ。
《粘着性》。
石へ固定する。
そして、支柱を横へ押した。
――コトッ。
……お。
動いた。
ほんの少し。
だが、脚と木材の間に隙間ができた。
「……いま!」
俺は男へ声をかけた。
男が歯を食いしばり、脚を引こうとする。
しかし。
「……っ、動かねえ!」
……くそっ。
脚が木材の下に引っかかっている。
これ以上、俺だけで動かすのは難しい。
そのとき。
外からルナの声が聞こえた。
「ノア! 聞こえるか!」
……!
俺はすぐに答えた。
「……いる!」
「生きておるのだな!」
俺は身体を上下させた。
……あ。
見えないんだった。
「……うん!」
「よし! こちらで縄を用意した!」
……縄!
そうか。
俺は急いで外へ伸ばしていた身体の一部を動かした。
岩の隙間を通り、外側へ。
すると、太い縄が差し込まれてきた。
俺は触手で縄の先端を掴み、坑道の中へ引き込む。
……よし。
これなら。
俺は男の身体へ縄を回した。
胸と脇の下を通し、きつくなりすぎない位置で固定する。
男は驚きながらも、俺の動きに従ってくれた。
「……引っ張るのか?」
俺は頷く。
「だが、脚が……」
「……まつ」
俺は支柱へ目を向けた。
横へ動かせるのは、ごくわずかだ。
その短い時間に男が脚を抜き、外の人間が身体を引っ張る。
……それしかない。
俺は呼びかけた。
「……ルナ! ひく!」
少し遅れて返事が来た。
「分かった! 合図を待つぞ!」
……よし。
俺は支柱の下へ身体を広げた。
今度は、全部を持ち上げようとしない。
動かした位置を保つために、隙間へ身体を差し込む。
《硬質外皮》で表面を固め、横へずれないよう固定する。
……っ!
重い。
身体が軋むような感覚が走る。
でも、数秒なら。
……数秒だけなら、耐えられる!
俺は声を絞り出した。
「……いま!!」
縄が引かれた。
男の身体が動く。
「ぐあっ!」
脚が木材の下を擦る。
俺の身体へ、さらに強い圧力がかかった。
……っ。
あと少し!
俺は支柱の下へ触手を押し込み、隙間を維持した。
男の脚が、木材の下から抜ける。
……よし!
俺はすぐに身体を縮めた。
その瞬間。
――ドンッ!
支柱が落ちた。
俺の触手の端をかすめ、地面へ叩きつけられる。
……っ!
危なかった。
本当に。
俺は慌てて身体を引き戻した。
男は縄に引かれ、坑口の方へ少しずつ移動している。
ただ、岩の隙間は狭い。
そのままでは、外へ出られない。
……どうする。
俺は男の足元へ目を向けた。
そこには、さっきまで隠れていた低い横穴があった。
倒れた木材が動いたことで、入口が見えるようになっている。
……あ。
ここだ!
俺は急いで触手を伸ばし、横穴の奥を確かめた。
外からの光が、わずかに差し込んでいる。
……繋がってる!
俺は男へ声をかけた。
「……こっち!」
男が必死に身体を動かした。
動かせる脚と両手を使い、横穴へ向かう。
外側では、衛兵たちが縄を引いている。
俺は男が岩へぶつからないよう、身体を低く広げて支えた。
あと少し。
……もう少し!
そして。
「出たぞ!」
外から叫び声が聞こえた。
……っ!
俺は思わず力を抜いた。
男が、無事に外へ出られたらしい。
……よかった。
本当に。
だが、次の瞬間。
――ゴゴゴゴッ!!
坑道全体が揺れた。
……っ!?
俺は反射的に身体を縮めた。
上から石が降ってくる。
さっきまで通れた隙間が、次々と塞がれていく。
……まずい!
俺は急いで身体を細くした。
《構造形成》。
岩の間へ滑り込む。
しかし、上から新しい石が落ち、行く手を塞いだ。
……くそっ!
このままじゃ、俺まで閉じ込められる!
「ノア!!」
ルナの声。
外からだ。
……聞こえる!
俺は残していた細い触手へ意識を向けた。
外側の岩へ《粘着性》で固定してある部分だ。
……よし。
まだ繋がってる。
俺は身体をそちらへ引き寄せた。
だが、途中で大きな岩が動いた。
――ガンッ!
細い触手が挟まれる。
……っ!!
衝撃で、身体の形が乱れた。
俺は反射的に、挟まれた部分を切り離した。
《構造形成》で残りの身体を整え直す。
……くそ。
少し減った。
でも、まだ動ける!
俺は別の隙間へ身体を押し込んだ。
今度は、無理に進まない。
石が動く方向を確かめ、わずかに広がった隙間を選ぶ。
……そこだ!
俺は身体を一気に細くした。
そして。
――ズルッ!
外へ転がり出た。
直後。
――ドォン!!
坑口が崩れ落ちた。
土煙が巻き上がり、大きな岩が入口を完全に塞ぐ。
……っ。
俺は地面へ身体を広げた。
間に合った。
……本当に、ぎりぎりだった。
◇
「……ノア!」
ルナが駆け寄ってきた。
俺は身体の端を持ち上げた。
「……へい、き」
……いや。
全然平気じゃない。
身体の一部が、まだうまく動かない。
挟まれたときに切り離した分も戻ってこないし、硬質化させていた部分には細かな傷が残っている。
それでも、命はある。
……よかった。
ルナはしばらく俺を見つめていた。
それから、深く息を吐く。
「……まったく。心配させおって」
……すまん。
俺は触手を小さく揺らした。
すると、ルナは俺の身体へ前脚を軽く置いた。
「だが、戻ってきてよかった」
……ああ。
俺もそう思う。
少し離れたところでは、救出した作業員が衛兵たちに支えられていた。
脚を痛めているようだが、意識ははっきりしている。
衛兵長が近づいてきた。
「ノア。よくやった」
俺は身体を持ち上げようとした。
しかし、うまく力が入らない。
……あ。
駄目だ。
少し休まないと。
衛兵長は俺の様子を見ると、すぐに頷いた。
「動くな。今は休め」
……助かる。
俺は素直に身体を広げた。
そのときだった。
「……ちくしょう」
少し離れた場所で、グランツが呟いた。
男は崩れた坑口を見つめている。
荷車に積まれた木箱も、半分ほどが岩の下敷きになっていた。
「……あと少しだったのに」
……。
俺は、その声を聞いて顔を上げた。
あと少し?
何が?
「何をしていた?」
衛兵長が尋ねた。
グランツは答えなかった。
「閉鎖された採石場へ無断で入り、作業員を使って採掘していた。おまけに、町の周囲へ妙な道具まで設置している」
衛兵長の声が低くなる。
「事情を説明してもらおうか」
グランツは、しばらく黙っていた。
しかし、やがて大きく息を吐いた。
「……石を掘ってたんだよ」
……石?
俺は身体を少し持ち上げた。
「この採石場の奥には、普通の石とは違う鉱脈がある」
男は崩れた坑口を指した。
「響晶石だ」
……キョウショウセキ?
初めて聞く名前だな。
ルナも少し眉をひそめた。
「……音に反応する鉱石か?」
グランツが顔を上げる。
「知ってるのか?」
「詳しくは知らぬ。だが、名前くらいは聞いたことがある」
……へえ。
俺は耳を傾けた。
「微かな振動を増幅する性質がある。加工すりゃ、特殊な道具の部品にもなる。昔はこの辺りでも採れていたらしいが、危険だってんで採掘が止まったんだ」
……なるほど。
振動を増幅する石。
それなら、あの金属棒に使われていても不思議じゃない。
俺は採石場に残された木箱へ目を向けた。
衛兵長も同じことを考えたらしい。
「その鉱石を、無許可で掘り出していたわけか」
グランツは顔を逸らした。
「……採掘権なんざ、とうに切れてる。誰も使ってねえ場所だ」
「だから勝手に掘っていいと?」
「……」
男は答えない。
衛兵長は続けた。
「そのために、周辺の魔獣を追い払っていたのか?」
「……ああ」
……やっぱり。
俺は身体を止めた。
グランツが、吐き捨てるように言った。
「こんな場所、魔獣の巣みたいなもんだからな。あの棒を置いておけば近づいてこねえ。便利な道具だったんだよ」
……便利、ね。
確かに、使っている本人たちにとってはそうだったのかもしれない。
でも。
そのせいで鳥や小動物が逃げ、森猪の群れがハルザへ向かった。
町の人間たちは、危険な目に遭ったんだ。
衛兵長が尋ねた。
「南門へ魔獣が向かうと分かっていたのか?」
グランツの顔色が変わった。
「……何だと?」
「昨日、町へ森猪の群れが押し寄せた。お前たちの設置した道具が原因の1つと考えられている」
「……そんな話、知らねえ」
……本当か?
俺は男の表情を見た。
少なくとも、今の反応は驚いているように見える。
ただ、実際に知らなかったのかどうかまでは分からない。
グランツは苛立ったように頭を掻いた。
「こっちは魔獣を近づけないために置いただけだ。町を襲わせるつもりなんかなかった!」
衛兵長は表情を変えなかった。
「意図していなかったとしても、被害が出たことは変わらん」
……そうだな。
俺も、そう思う。
グランツは黙り込んだ。
その隣では、作業員たちが気まずそうに俯いている。
衛兵長は兵士へ目配せした。
「全員、関所へ連れていく。事情はそこで聞く」
兵士たちが動き始めた。
グランツは抵抗しなかった。
ただ、崩れた坑口を最後まで睨んでいた。
◇
「……この箱は、無事みたいだな」
採石場に残された荷車のそばで、バロが声を上げた。
俺は少し身体を起こした。
衛兵たちが、安全な場所へ運び出した木箱を調べている。
そのうちの1つが、まだ壊れていなかった。
蓋を外すと、中から黒っぽい石がいくつも現れた。
……お。
これが響晶石か?
石の表面には、細い銀色の筋が走っている。
見た目は、普通の鉱石に近い。
ただ、何となく気になる。
俺は近くへ触手を伸ばした。
すると。
――……ン。
……っ。
微かな振動。
あの金属棒ほど強くはない。
だが、確かに感じる。
俺は触手を引き戻した。
……なるほど。
これが、音を増幅する鉱石なのか。
衛兵長は箱の中身を見つめた。
「……確かに、珍しい石だな」
バロが頷く。
「昔、ここで働いてた連中から名前だけは聞いたことがある。まさか、まだ残ってたとはな」
……へえ。
それなら、グランツたちが欲しがったのも分かる。
ただ、問題はそこじゃない。
俺は木箱の側面へ目を向けた。
そこには、赤い蝋の跡が残っていた。
……ん?
俺は目を近づけた。
丸い印。
その内側に、細い線が何本か入っている。
……あ。
見覚えがある。
果樹園でバロが見せてくれた紙。
そこに押されていたものと、同じ模様だ。
俺は触手を伸ばし、印を指した。
「……これ」
ルナが近づいてくる。
「む?」
俺はもう1度、印を示した。
「……おなじ」
ルナの目が細くなった。
「……ああ。確かに、同じ印だな」
衛兵長も確認する。
「荷物の印か」
ルナが頷いた。
「果樹園へ杭を設置した者が、同じ印の紙を残しておった」
……そう。
つまり、採石場から掘り出した鉱石と、町の周囲に設置された金属棒。
それらが、同じ取引の中で動いていた可能性が高い。
……でも。
俺は木箱を見つめた。
気になることが、まだ1つある。
金属棒は、魔獣を追い払うために使われていた。
響晶石は、音を増幅する性質がある。
そして、グランツたちはその鉱石を無断で掘り出していた。
……だとしたら。
この石を使って、あの道具をもっと作るつもりだったのか?
それとも、別の使い道があるのか?
俺は少し考えた。
ただ、今は答えが出ない。
……まあ。
ここで考えてても仕方ないか。
衛兵長は木箱を閉じると、兵士たちへ運ぶよう指示した。
「これも証拠として保管する。採掘の記録が残っていれば、そちらも確認しよう」
……うん。
それがいいと思う。
俺は少し安心した。
少なくとも、これ以上勝手に掘り続けることはできなくなったはずだ。
採石場の周囲に設置されていた金属棒も、順番に回収されるだろう。
ただし。
それで、すべて終わったわけじゃない。
俺は連行されていくグランツの背中を見た。
あいつは、採石場で鉱石を掘っていた。
でも、その鉱石を誰に渡すつもりだったんだ?
受取人の書かれていなかった帳面。
あの空欄には、まだ答えが残っている。
そして何より、俺はエルデ村で見た金属棒のことを忘れていない。
……偶然なのか。
それとも、何か繋がっているのか。
俺がそんなことを考えていると、ルナが隣へ来た。
「……ノア」
……ん?
「歩けるか?」
俺は身体の状態を確かめた。
……うーん。
脚を作ることはできる。
ただ、さっきの無理が響いている。
今日は、もう走りたくないな。
俺は短く答えた。
「……ゆっくり」
ルナが頷く。
「うむ。それでよい」
俺は4本の脚を作り、慎重に立ち上がった。
さっきより小さな身体。
少し不格好な脚。
でも、ちゃんと動ける。
……よし。
帰ろう。
俺たちは衛兵たちの後を追い、林へ向かった。
背後では、崩れた採石場が静まり返っている。
もう、岩を叩く音は聞こえない。
代わりに、木々の間から鳥の声が聞こえた。
……あ。
鳥だ。
俺は少しだけ目を向けた。
枝の上に、小さな鳥が止まっている。
こちらを警戒するように首を動かし、すぐに飛び立った。
……まあ。
そんなに簡単には、近づいてくれないか。
それでも、昨日までとは違う。
少なくとも、あの嫌な金属音は聞こえてこなかった。
「……ノア」
ルナが呼んだ。
俺は前を向く。
白銀の相棒が、少し先で待っていた。
「遅れるぞ」
……おう。
分かってる。
俺はゆっくり脚を動かした。
今度こそ、グランツを逃がさずに済んだ。
けれど、あの男が欲しがっていた鉱石と、その受取人については、まだ確かめなければならない。
第2部の旅で追いかけてきた出来事は、どうやら同じ場所へ集まり始めている。
俺はそんなことを考えながら、夕暮れの林を抜けた。




