第2部 第66話 偽の測量士
「その荷運び、別の仕事ではありません」
オルカの言葉に、俺とルナは顔を上げた。
ハルザの冒険者ギルド出張所。
南門での騒動を報告しに来た俺たちは、今、机いっぱいに広げられた書類を囲んでいる。
果樹園の持ち主であるバロも一緒だ。
「こちらを見てください」
オルカは2枚の紙を並べた。
1枚は、ガランたちが運んでいた荷物の記録。
もう1枚は、ハルザへ届く予定になっていた荷運びの控えだ。
「荷物の数だけでなく、発送日と荷車の識別番号まで一致しています」
……つまり?
「ガランさんたちの荷物が、まだ到着していないものとして登録されているんです」
ああ、そういうことか。
俺はようやく納得した。
同じ測量器具が6本ずつ、別々に運ばれていたわけじゃない。
そもそも同じ荷物だったんだ。
「……では、受取人が空欄なのも」
ルナが言うと、オルカは頷いた。
「ええ。元の記録から空欄だったのでしょう」
バロが腕を組んだ。
「それにしても、変な話だな。そんな荷物を運んでいる途中で、御者を閉じ込めたってのか?」
「しかも、帳面を奪おうとしていました」
オルカの声が少し低くなった。
「普通の取引とは考えにくいですね」
……うん。
そこは俺も同感だ。
俺は机の端に置かれた小石を集めた。
1つ。
もう1つ。
合計6つ。
ルナが何をしているのかと覗き込んでくる。
俺は小石のうち3つを、バロが持ってきた地図の上へ置いた。
果樹園。
東の丘。
南門へ続く道の脇。
昨日まで、例の金属棒が設置されていた場所だ。
次に、残る石を2つ、地図の外へ動かす。
「……かんしょ」
「関所で預けた1本か」
俺は頷き、もう1つを指した。
「……こうどう」
「坑道にも1本あったな」
……そう。
6本のうち、所在が分かっているのは5本。
関所に預けたものが1本。
坑道に残っているものが1本。
そして、ハルザの周辺に設置された3本。
もし全部が同じ荷物なら、まだ1本足りない。
俺は最後の小石を、机の中央へ残した。
「……あと、1」
オルカは数を確かめ、表情を引き締めた。
「なるほど。残りの1本が、どこにあるか分からないんですね」
ルナが頷く。
「そもそも、すべて同じ荷物かどうかも確かめねばならぬがな」
そのとおりだ。
形が似ているだけで、同じ6本だと決まったわけじゃない。
ただ、今までの出来事を考えると、無関係とも思えなかった。
オルカは書類を重ね直した。
「それと、もう1つ確認できたことがあります」
バロが顔を上げる。
「何だ?」
「町では、南の果樹園付近で測量を行う許可を出していません」
……え?
オルカは続けた。
「少なくとも、町の管理する土地や道路に関して、そうした届け出はありません」
バロの顔色が変わった。
「……じゃあ、あいつらは」
「本当に測量士だったかどうかも分かりません」
重い沈黙が落ちた。
バロは、しばらく地図を見つめていた。
やがて、拳を握る。
「くそっ……。俺は、あいつらの話を信じて……」
誰も、すぐには答えなかった。
知らなかったのは事実だろう。
だが、土地を貸して、金属棒を立てさせたのも事実だ。
その結果、鳥や小動物が逃げ、南門には森猪の群れが押し寄せた。
バロ自身も、それを分かっている。
「……今度から、ちゃんと確かめるさ」
絞り出すような声だった。
「だが、その前に、あいつらを見つけたい」
俺は静かに触手を持ち上げた。
「……おれ、も」
バロがこちらを見る。
それから、小さく頷いた。
◇
しばらくして、オルカは奥の書庫から大きな地図を持ってきた。
現在の街道だけでなく、昔使われていた道まで記された古い地図だ。
「これを見てください」
彼女は南の林を指した。
俺たちが森猪の群れに遭遇した場所だ。
そこから少し南西へ進むと、地図に小さな四角い印がある。
「ここには、昔、採石場があったそうです」
……採石場?
「建築用の石を切り出していた場所ですが、地盤が不安定になって閉鎖されています」
ルナが身を乗り出した。
「今は使われておらぬのか?」
「正式には、そうです」
……正式には?
その言い方が、少し引っかかった。
オルカは地図の端を押さえ、さらに説明を続ける。
「採石場は、南の旧坑道とも古い作業道で繋がっていたようです。ただ、今その道が通れるかどうかは分かりません」
……待てよ。
俺は地図を見つめた。
南の旧坑道。
ガランたちが閉じ込められていた場所だ。
そこから、昔の作業道を通って採石場へ行ける?
さらに、採石場の周囲には、俺たちが昨日調べた林が広がっている。
……なるほど。
俺は金属棒の位置を示した3つの小石へ目を向けた。
それぞれの場所から離れる方向を、触手でなぞってみる。
森の奥。
丘の斜面。
そして、果樹園の反対側。
もし魔獣があの音を嫌がるなら、3つの地点から遠ざかろうとするだろう。
そのうち、逃げ道の1つは南門へ続いている。
……あ。
でも、それだけじゃない。
俺は地図の南西を指した。
採石場の周囲だ。
ここには、金属棒が設置されていたという記録がない。
つまり、魔獣にとっては音の少ない場所だった可能性もある。
ただし、配置だけで移動先を断定することはできない。
実際、昨日の森猪たちは混乱し、町の方へ走ってきたのだから。
「……ノア?」
オルカが尋ねた。
俺は採石場の印を指した。
「……ここ」
ルナが地図を覗き込む。
そして、少し考えたあとで言った。
「……採石場へ近づく魔獣を、追い払おうとしていた可能性もあるな」
……そう。
それが気になった。
町を襲わせることが目的だったとは限らない。
採石場の周りから魔獣を遠ざけるために、金属棒を設置した。
その結果、逃げた魔獣が町へ向かった。
……そんな可能性だってある。
バロが低い声で言った。
「だとしたら、何のために?」
それには、誰も答えられなかった。
採石場は閉鎖されている。
正式な測量の許可も出ていない。
それなのに、わざわざ高価そうな道具を運び込み、周囲の魔獣を追い払う。
……何か、そこへ入りたい理由があるんじゃないか?
俺は採石場の印を見つめた。
そう考えると、今までの出来事が少し違って見えてくる。
ただの荷運びのはずだったガランたち。
受取人の書かれていない帳面。
自分たちを測量士だと名乗った男たち。
そして、魔獣を追い払うための金属棒。
……でも。
まだ、肝心なことが分からない。
何をしようとしているんだ?
そこまで考えたときだった。
「……すみません!」
ギルドの扉が勢いよく開いた。
若い男が、息を切らして立っている。
着ているのは町の衛兵の服だった。
「オルカさん! 南門の衛兵長から連絡です!」
オルカが立ち上がる。
「何がありました?」
「例の杭を調べていたんですが……」
男は一度息を整えた。
「杭の根元に、新しい荷車の跡があったそうです」
……荷車?
俺は身体を起こした。
衛兵は続ける。
「しかも、その跡が林の奥へ続いているんです。人が通るには狭い道なんですが、木を切って通れるようにしてあったらしくて」
オルカが地図を広げる。
「場所は?」
衛兵が指したのは、南門から少し離れた林の端だった。
そして、その先には。
……採石場。
ルナが静かに口を開いた。
「……行き先が見えてきたな」
俺は触手を握るように丸めた。
今まで紙の上でしか繋がっていなかった話が、ようやく現場と結びついた。
誰かが、実際にその道を使っている。
それも、最近になってから。
「衛兵長は、すぐに調査へ向かうつもりです」
若い衛兵が言った。
「ただ、道が狭い上に古い採石場へ続いているので、案内できる人間が必要だそうです」
……なるほど。
そのとき、バロが立ち上がった。
「俺が行く」
オルカが驚いたように顔を上げる。
「バロさん?」
「昔、採石場へ石を運んでたんだ。もうずっと前の話だが、道なら少しは分かる」
……お。
頼もしいな。
「それに、あいつらへ土地を貸したのは俺だ。せめて、何が起きてるのかは確かめたい」
オルカは少し考えてから頷いた。
「分かりました。ただし、危険な場所へ無理に入ることはしないでください」
「もちろんだ」
バロは短く答えた。
俺も身体を持ち上げた。
「……いく」
ルナが隣で笑う。
「ふん。貴様がそう言うと思っておった」
……まあな。
ここまで関わったんだ。
最後まで、ちゃんと確かめたい。
◇
夕方。
俺たちは南門の外で、衛兵長たちと合流した。
兵士は4人。
そのほかにバロと、俺とルナ。
南門の騒動で指揮を執っていた衛兵長は、俺たちを見ると短く頷いた。
「昨日は助かった。今日は、できるだけ戦わずに済ませたい」
……同感です。
俺は身体を上下させた。
「何があるか分からん。まずは様子を確かめる。それだけだ」
衛兵長は全員を見回した。
「人の気配があれば、勝手に近づくな。俺が合図するまで待て」
……了解。
俺はルナの方を見た。
ルナも小さく頷いている。
俺たちはバロの案内で林へ入った。
昨日、森猪たちが駆け抜けた場所だ。
折れた枝。
踏み荒らされた草。
地面には、深い足跡がいくつも残っている。
……すごいな。
あれだけの数が走れば、こうなるのか。
ただ、少し奥へ進むと、足元の様子が変わった。
草が刈られ、細い道が作られている。
しかも、ところどころの木の枝が切り落とされていた。
「……ここだ」
バロが足を止めた。
「昔の作業道だよ。こんなに通りやすくなってるとは思わなかった」
俺は地面へ触手を伸ばした。
砂と土が混じった道。
その上に、細い溝が2本続いている。
……荷車の跡。
今度は、はっきり分かる。
しかも、まだ新しいように見えた。
昨日の森猪の足跡とは別に、車輪が地面を押した跡が残っている。
俺は慎重に、その先へ目を向けた。
道は林の奥へ続いていた。
「……よし」
衛兵長が小声で言った。
「ここからは、声を抑えて進むぞ」
全員が頷いた。
俺も身体を低くした。
4本の脚を短くし、周囲の草に近い色へ表面を変える。
《体表変色》。
ただし、完全に隠れるわけじゃない。
動けば分かるし、目立つ場所へ出れば見つかる。
だから、俺はできるだけ岩や草の陰を選んで進んだ。
そのまま、しばらく歩いた頃だった。
――……コン。
俺は脚を止めた。
……ん?
今、何か聞こえた。
硬いものを叩く音。
少し遅れて、もう1度。
――コン、コン。
……まさか。
俺は地面へ触手を広げた。
《微振動感知》。
……あ。
いる。
少し離れた場所に、人間らしい足音がいくつもある。
それから、重いものを引きずるような振動。
……荷車か?
俺は衛兵長へ触手を伸ばした。
「……ひと」
男がこちらを見る。
俺は林の奥を指した。
「……あっち」
衛兵長は黙って頷いた。
そして、兵士たちへ手で合図する。
全員が足を止めた。
俺たちは道から少し離れ、岩陰へ移動した。
そこからは、林の切れ目が見える。
木々の向こうに、広い空間があった。
……お。
あそこか。
古い採石場。
岩壁には、何段にも削られた跡が残っている。
地面には大きな石が転がり、端には崩れた小屋がいくつも建っていた。
使われなくなって、長い年月が経っているのだろう。
……ただし。
今は、誰もいない場所じゃなかった。
「……運べ! 日が暮れる前に終わらせろ!」
男の声が響いた。
俺は目を向けた。
採石場の中央。
そこに、荷車が2台並んでいる。
何人かの男たちが、木箱を荷台へ積み込んでいた。
……おいおい。
何してるんだ?
俺は小さな目を動かした。
木箱の中身までは見えない。
ただ、かなり重そうだ。
2人がかりで持ち上げ、荷車へ運んでいる。
そして、その近くに。
……あ。
俺は動きを止めた。
見覚えのある男が立っていた。
痩せた身体。
革の上着。
腰に下げた短い剣。
……グランツ。
坑道で逃げた、あの男だ。
俺は反射的に身体を持ち上げかけた。
だが、その瞬間。
トン。
ルナの尻尾が俺へ触れた。
……あ。
俺はすぐに身体を低くした。
危ない。
ここで飛び出したら、全部台無しになる。
俺はルナへ小さく触手を動かした。
……ありがと。
ルナは何も言わず、採石場を見つめている。
衛兵長も、すでにグランツへ気づいたらしい。
「……あれが、逃げた男か?」
俺は頷いた。
衛兵長の目が細くなる。
「……確かに、怪しい場所だな」
……うん。
本当に。
でも、まだ分からない。
あいつらが何を運んでいるのか。
どうして、閉鎖された採石場を使っているのか。
そして、誰のために働いているのか。
俺はもう1度、荷車へ目を向けた。
そのときだった。
グランツが、近くにいた男へ何かを渡した。
……ん?
細長いもの。
布に包まれている。
男はそれを受け取ると、荷車の下へ押し込んだ。
……あれ。
もしかして。
俺は目を凝らした。
布の端から、金属の輪が少しだけ見えている。
……っ。
金属棒だ。
俺はルナへ触手を伸ばした。
「……ぼう」
ルナが頷く。
「……見えておる」
……ということは。
あれが、残りの1本なのか?
いや、まだ分からない。
同じ道具が、ほかにもあるかもしれない。
それでも、少なくともグランツが再び金属棒を持っていたことは分かった。
俺は身体を低くしたまま、周囲を確かめた。
衛兵長は、すでに兵士たちへ合図を送っている。
正面から突っ込むつもりはないらしい。
採石場の周囲を調べ、逃げ道を確かめるつもりなのだろう。
……うん。
それがいい。
今度こそ、逃がしたくないからな。
そう思った直後だった。
「……おい」
採石場の方から、低い声が聞こえた。
グランツだ。
「まだ終わらないのか?」
荷車の近くにいた男が答える。
「もう少しです。ただ、奥の方が……」
「何だ?」
「崩れかけてます。これ以上掘るのは危険かと」
……掘る?
俺は目を向けた。
荷車の向こう。
そこには、岩壁に開いた大きな穴があった。
昔の採掘坑だろう。
入口には新しい木材が組まれ、地面には土や石が大量に積まれている。
……おい。
本当に掘ってるのか?
閉鎖された採石場で?
グランツは舌打ちした。
「分かってる。だから今日で終わりにするんだよ」
「でも、まだ奥に残ってるものが……」
「それは諦めろ。運べる分だけ運ぶ」
……ん?
奥に、何かあるのか。
俺は少し考えた。
ただの石なら、わざわざこんな危険な場所で掘り出す必要はない。
それに、金属棒を使って周囲の魔獣まで追い払っていた。
……よほど、欲しいものがあるらしいな。
そのとき。
採掘坑の奥から、鈍い音が響いた。
――ゴンッ。
……ん?
俺は触手へ意識を集中した。
続けて。
――ミシッ。
……っ。
何だ、今の。
岩が軋むような音。
いや、音だけじゃない。
地面から、妙な振動が伝わってくる。
俺はゆっくり身体を持ち上げた。
採石場の奥。
岩壁の一部が、ほんのわずかに揺れている。
……まさか。
俺は衛兵長へ目を向けた。
「……いわ」
「何だ?」
俺は採掘坑を指した。
「……くずれる」
衛兵長の顔色が変わった。
「……崩れるのか?」
俺は強く頷いた。
そうだ。
この感触。
以前、坑道で岩が動いたときにも似ている。
しかも、今回は規模が違う。
小さな石が転がる音じゃない。
もっと奥の、大きな岩が動いているような振動だ。
……まずい。
本当にまずいぞ。
衛兵長は一瞬、採石場へ目を向けた。
グランツたちは、まだ気づいていない。
荷車へ木箱を運び続けている。
……おい。
逃げろよ。
そこ、危ないって!
俺は思わず前へ出ようとした。
だが、衛兵長が手を上げた。
「待て」
……っ。
俺は動きを止めた。
男はすぐに兵士たちへ指示する。
「2人は裏へ回れ。出口を押さえろ。ただし、坑口へは近づくな」
兵士たちが頷く。
「残りは俺と一緒だ。中の連中へ退避を呼びかける」
……なるほど。
そうか。
まずは、人間を外へ出さなきゃいけない。
たとえ相手が犯罪者でも。
……うん。
それでいい。
俺は身体を低くし、ルナへ目を向けた。
白銀の相棒も、すでに立ち上がっていた。
「……行くぞ、ノア」
……おう。
俺は4本の脚へ力を込めた。
採石場の奥では、もう1度、低い振動が響いていた。
――ゴゴッ。
……っ。
さっきより、強い。
どうやら、残された時間はあまりなさそうだった。




