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ゲームだと思ったら原初の生命に転生しました。  作者: くんくん
第2部

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第2部 第65話 南門の攻防

「門を閉めろ! 南の林から魔獣が来る!」


俺たちの知らせを聞いた門番は、一瞬だけ目を丸くした。


だが、バロが地図を広げ、ルナが林の様子を伝えると、すぐに表情を変えた。


「鐘を鳴らせ! 外にいる者を呼び戻せ!」


――カン! カン! カン!


南門の鐘が鳴り響く。


通りを歩いていた人々が立ち止まり、荷馬車の御者たちが慌てて手綱を引いた。


俺は門の外へ目を向けた。


林までの距離は、まだある。


だが、地面から伝わってくる振動は、さっきより明らかに強くなっていた。


複数の重い足音。


しかも、かなり速い。


「ノア、数は分かるか?」


ルナが尋ねた。


俺は身体の下側を広げ、振動の違いを拾おうとした。


……駄目だ。


多すぎる。


岩場ならもう少し区別できるかもしれないが、ここは柔らかい土が混じっている。


いくつもの振動が重なり、正確な数までは分からなかった。


「……たくさん」


「そうか」


ルナはそれ以上聞かなかった。


代わりに、門の脇へ立つ兵士へ向き直った。


「林から群れが近づいておる。まだ姿は見えぬが、急いだ方がよい」


「群れだと? 何の魔獣だ?」


「それは、まだ分からぬ」


兵士の表情が険しくなる。


「分からないものを、どうやって止めるんだ?」


……いや。


それを今から考えるんだよ!


俺は言い返したかったが、そんな長い言葉は出せなかった。


そのとき、低い声が割って入った。


「まず、門の外にいる人間を入れろ。話はそれからだ」


振り返ると、鎧を着た大柄な男が歩いてきた。


南門を預かる衛兵長らしい。


男は地図を見て、バロへ尋ねた。


「これは何だ?」


「怪しい連中が置いていった杭の位置だ。果樹園にあった1本から、魔獣が嫌がる音が出ていた」


「残りは?」


「まだ2本ある」


衛兵長は地図を睨んだ。


「……つまり、この杭が群れを追い立てている可能性があるわけか」


バロが頷く。


「断定はできん。でも、あの音を止めた途端、林の奥で群れが動き出したんだ」


俺は地図へ触手を伸ばした。


3つの丸印。


果樹園の杭は、すでに布で覆ってある。


残る2つは、南門へ続く道の脇と、その東側の丘。


……あ。


俺は地図から目を上げた。


南門の東には、雨水を流すための深い水路がある。


今は乾いていて、町の外壁に沿って東へ続いていた。


その先は、建物のない岩地だ。


……もしかして。


俺は丸印の1つを指し、次に水路を示した。


「……こっち」


ルナが覗き込む。


「む?」


俺は丘にある杭を指した。


「……ここ、止める」


そして、水路へ触手を滑らせる。


ルナの目が細くなった。


「……なるほど。丘の音が消えれば、東へ逃げる道ができるかもしれぬな」


衛兵長も地図を覗き込んだ。


「この水路へ群れを逃がすつもりか?」


俺は身体を上下させた。


ただし、問題がある。


水路へ向かわせるだけならいい。


だが、群れがそのまま南門へ突っ込んできたら、町の人間が危ない。


それに、あの杭を止めたところで、魔獣が素直に方向を変える保証もない。


衛兵長はしばらく考え込んだ。


そして、顔を上げた。


「杭を止める者と、門を守る者に分かれる」


男は近くの兵士たちへ指示を飛ばした。


「木柵を南門の外へ運べ! 水路の入り口を塞ぐな。柵を斜めに並べて、街道から東へ流すんだ!」


……おお。


判断が早い。


「それから、外にいる人間は全員戻せ。荷車は門の内側へ!」


兵士たちが一斉に動き出す。


俺は地図を見つめた。


……よし。


俺たちは、丘の杭を止めよう。


「ルナ」


「うむ」


俺は丘を指した。


「……いこう」


「分かっておる」


ルナが先に駆け出した。


俺も4本の脚で地面を蹴る。


後ろでは、南門の鐘が鳴り続けていた。


◇


丘へ向かう途中で、群れの正体が分かった。


「ブモオオッ!」


林の奥から、太い鳴き声が響いた。


次の瞬間、茂みを押し分けて大きな影が現れる。


……森猪!


以前、旅の途中で遭遇した魔獣だ。


しかし、今回の様子はおかしかった。


先頭の1頭が、木へ身体をぶつける。


後続の森猪はそれを避けようともせず、押し合うように駆け抜けていく。


中には、小さな個体も混じっていた。


……おい。


落ち着けって!


森猪たちは俺たちを狙っているわけじゃない。


ただ、必死に逃げている。


「……あの音か」


ルナが呟いた。


丘の上から、かすかな金属音が響く。


俺には、耳だけじゃなく身体の奥まで伝わっていた。


――ィィン……。


……っ。


嫌な音だ。


脚の動きが少し乱れる。


俺は反射的に身体を縮めた。


「ノア!」


ルナが振り返る。


「無理に近づくな!」


……いや。


ここまで来て、引き返すわけにはいかないだろ。


俺は地面へ細い触手を伸ばした。


《粘着性》。


岩に身体を固定し、振動で姿勢が崩れないよう支える。


そして、なるべく低い形へ変えた。


……よし。


少し楽になった。


もちろん、音の影響が消えたわけじゃない。


それでも動ける。


俺は丘を見上げた。


杭は、岩場の上に立っている。


先端に取り付けられた金属棒が、風を受けて小さく震えていた。


……あれだ。


ただ、距離がある。


俺が触手を伸ばしても、ここからでは届かない。


しかも、近づくほど音は強くなる。


……どうする。


「ノア!」


ルナが足元へ寄ってきた。


「我が先に上る。貴様は後ろから来い」


俺はルナの脚を見た。


以前痛めていた右後ろ脚。


今では普通に歩けるし、短い距離なら走れる。


だが、足場の悪い丘を全力で駆け上がるとなると、少し心配だった。


俺が迷っていると、ルナが鼻を鳴らした。


「ふん。心配するな。無理な跳び方はせぬ」


……本当かよ。


そう言いたかったが、ルナはすでに岩場へ足をかけていた。


ただし、言葉どおり無茶はしなかった。


大きく跳躍せず、足場を確かめながら上っていく。


俺も後に続いた。


岩へ触手を固定し、身体を引き上げる。


脚だけに頼るより、こっちの方が安定する。


……よし。


あと少し。


俺は荷物の中から、持ってきた厚手の布を取り出した。


果樹園でやったのと同じように、金属棒の先端を覆えばいい。


……ただし。


今度は、風がかなり強い。


布を広げた途端、横から引っ張られる。


……くそっ。


これじゃ、狙った場所へ持っていけない。


俺は一度布を引き戻した。


「……ノア」


ルナが少し上から声をかける。


「布を寄越せ」


……え?


「我が押さえる。貴様は先端を覆え」


……あ。


その手があったか。


俺は布の端をルナへ渡した。


ルナは岩の出っ張りを利用し、布が飛ばされないよう足で押さえる。


その間に、俺は触手を伸ばした。


杭の先端。


金属棒の輪。


……あと少し。


――ィィィン!


……っ!


音が強くなった。


視界が揺れる。


触手の形が崩れかける。


……まずい。


だが、すぐ隣からルナの声がした。


「ノア! あと少しだ!」


……分かってる!


俺は触手を岩へ固定したまま、先端だけを伸ばした。


無理に身体全体を近づけない。


布を広げる。


金属棒の輪へかぶせる。


……よし!


《粘着性》。


布の端を固定する。


反対側も押さえる。


そして。


――……。


音が止まった。


……っ。


俺は思わず、その場へ身体を広げた。


……はあ。


きつかった。


ルナが隣へ来る。


「……よくやった」


俺は触手を小さく振った。


「……ルナ、も」


「ふん。当然だ」


……はいはい。


さすがです。


俺たちは丘の上から、南門の方を見た。


そこでは、兵士たちが木柵を並べていた。


大勢の人間が力を合わせ、街道の端へ柵を運んでいる。


だが。


……あ。


まずい。


林から出てきた森猪たちが、もうかなり近い。


南門まで、そう距離はなかった。


「……間に合うか?」


ルナが呟いた。


俺は答えられなかった。


そのとき。


――ガシャン!


南門の方から、大きな音が響いた。


……え?


俺は目を向けた。


街道の途中で、荷車が傾いている。


片方の車輪が外れかけ、荷台から木箱が落ちていた。


そのすぐそばに、人間が2人。


……おい。


嘘だろ。


森猪たちが、もう迫っているのに!


「……ルナ!」


「見えておる!」


俺たちは丘を下り始めた。


◇


「早く逃げろ!」


衛兵長の怒鳴り声が響いた。


傾いた荷車のそばでは、御者らしい男が必死に車輪を押さえていた。


もう1人は、落ちた箱を拾おうとしている。


……いやいや!


荷物なんか捨てろって!


俺は声を出そうとした。


だが、その前に、ルナが叫んだ。


「荷物を放せ! 死にたいのか!」


2人が振り返った。


その向こうでは、森猪の群れが砂煙を上げている。


ようやく事態を理解したらしい。


御者たちは荷車を離れ、門へ向かって走り出した。


……よし!


これなら。


そう思った瞬間。


――バキッ!


荷車の車輪が外れた。


荷台が傾き、大きな木箱が道へ転がる。


それが、逃げていた男の足元へ落ちた。


「うわっ!」


男が転ぶ。


……っ!


俺は地面を蹴った。


前へ。


もっと速く。


《自在形態型》で脚の動きを揃え、身体を低く保つ。


だが、森猪の方が速い。


先頭の1頭が、倒れた男へ向かって突っ込んでくる。


……くそっ!


俺は触手を伸ばした。


届くか?


……届いた!


《粘着性》。


男の上着へ触手を固定する。


そして、横へ引く。


……重い!


俺の身体まで引っ張られる。


このままじゃ、俺も一緒に轢かれるぞ!


俺は慌てて別の触手を石畳へ固定した。


力を分散する。


引きずるのではなく、男の身体を横へ転がす。


……今だ!


「……こっち!」


男が必死に地面を蹴った。


身体が横へ動く。


直後。


――ドドドッ!


森猪が目の前を駆け抜けた。


……っ!!


近い!


思わず身体が縮む。


だが、男は何とか轢かれずに済んだ。


「……た、助かった……!」


……まだだ!


俺は男をさらに道の端へ押した。


すぐ後ろから、別の森猪が迫っていたからだ。


「《衝撃》!」


ルナの声が響く。


――ドンッ!


森猪のすぐ横の地面が弾けた。


驚いた森猪が首を振り、進む方向を変える。


そのまま、木柵の並ぶ方へ走っていった。


……よし!


俺は急いで男から触手を外した。


兵士が駆け寄り、男の肩を支える。


「中へ運べ!」


……助かった。


ひとまず、これで。


だが、安心する暇はなかった。


森猪の群れが、南門の前へ押し寄せている。


木柵にぶつかり、方向を変えるもの。


後ろから押され、転びかけるもの。


群れは混乱したままだった。


……まずい。


丘の杭を止めただけじゃ、すぐには落ち着かない。


当然だ。


全力で走ってきた動物が、急に止まれるわけがない。


俺は地面へ触手を広げた。


振動を確かめる。


……ん。


東側。


水路へ向かう方向の振動が、少しずつ増えている。


何頭かは、そちらへ逃げ始めたらしい。


……よし。


だったら。


俺は衛兵長へ声を張った。


「……ひがし!」


男が振り返る。


「何だ!?」


俺は水路の方を指した。


「……そっち、いく!」


衛兵長は状況を見て、すぐに叫んだ。


「右の柵を開けろ! 水路へ通せ!」


兵士たちが木柵を動かす。


斜めに並べた柵の先に、東へ続く通路ができた。


森猪の1頭が、そこへ飛び込んだ。


続いて、もう1頭。


さらに、その後ろの群れも。


……おっ。


いける!


森猪たちは柵に沿って進み、水路の方へ流れていく。


完全に安全とは言えない。


途中で暴れる個体もいる。


だが、少なくとも南門へ向かって突っ込む数は減っていた。


「よし! そのまま流せ!」


衛兵長が声を張り上げる。


「門の前には立つな! 柵の後ろへ下がれ!」


俺は街道の端から、群れの動きを見守った。


……頼む。


そのまま行ってくれ。


殺すために来たわけじゃないんだろ?


お前たちだって、逃げたいだけなんだろ?


やがて、最後の大きな森猪が木柵の前を通り過ぎた。


その後ろには、小さな個体が2頭続いている。


1頭が足を滑らせた。


……っ。


俺は思わず身体を動かしかけた。


だが、すぐ前を走っていた大きな森猪が振り返り、小さな個体の横へ回った。


そして、身体で押すようにして立たせる。


……あ。


親か。


小さな森猪は立ち上がり、再び走り始めた。


2頭は並んで水路へ入っていく。


……よかった。


俺は力を抜いた。


最後の足音が、少しずつ遠ざかっていく。


南門の前には、壊れた木箱と、散らばった荷物だけが残された。


◇


「負傷者は?」


衛兵長が尋ねた。


近くの兵士が答える。


「転んだ者が3人。荷車の御者が脚を痛めています。ただ、今のところ命に関わる怪我は確認されていません」


……よかった。


俺は思わず身体を低くした。


あれだけの群れが迫ってきたのに、犠牲者が出なかったらしい。


もちろん、建物や荷車には被害がある。


木柵も何枚か壊れていた。


それでも。


人も魔獣も、何とか生き延びられた。


……本当によかった。


俺が地面へ座り込んでいると、バロが近づいてきた。


「ノア、ルナ!」


……ん?


「大丈夫か?」


俺は身体を上下させた。


「……うん」


「そうか……」


バロは大きく息を吐いた。


それから、深々と頭を下げる。


「ありがとう。2人がいなかったら、どうなっていたことか」


……いや。


俺たちだけじゃないだろ。


俺は南門の方を見た。


兵士たちが木柵を片づけている。


荷車の御者を運ぶ人間。


怪我人を手当てする人間。


散らばった荷物を集める商人たち。


……うん。


みんなで何とかしたんだ。


俺は触手を伸ばし、兵士たちの方を指した。


「……みんな」


バロが顔を上げる。


「……ああ」


少し笑った。


「そうだな。みんなのおかげだ」


そのとき、ルナが隣へやってきた。


「……ノア」


……ん?


「少し休め。先ほどから身体の動きが鈍いぞ」


……あ。


バレたか。


実は、結構疲れている。


丘の杭を止めたときの振動。


御者を引っ張ったときの負担。


それから、森猪の群れを避けるための急な動き。


どれも、思った以上に身体へ響いていた。


……うーん。


やっぱり、まだまだだな。


俺は身体を小さく丸めた。


ルナが隣へ座る。


「……ふん」


少し得意そうな声。


「だが、よくやった」


俺は触手を持ち上げた。


「……ルナ、も」


「当然だ」


……そうでしたね。


俺は思わず小さく笑った。


◇


騒ぎが落ち着いたあと、俺たちは果樹園で見つけた地図をギルドへ持ち込んだ。


受付係のオルカは、すでに南門の騒ぎを聞いていたらしい。


「魔獣の群れを誘導する道具……ですか」


机の上に広げられた地図を見つめ、表情を曇らせる。


「正式な測量作業の記録は、こちらには届いていません」


……やっぱり。


俺は地図を見た。


3つの丸印。


そのうち2つの杭は、俺たちが布で覆った。


残る1つも、衛兵長の指示で使用を止めることになったらしい。


ただし、杭を立てた者が誰なのかは分かっていない。


オルカはバロが受け取った紙を持ち上げた。


「この印……」


……ん?


俺は目を向けた。


紙の端に残った、赤い蝋の跡。


オルカはしばらく眺めたあと、眉をひそめた。


「見覚えがあります」


……え?


ルナが顔を上げる。


「どこで見た?」


「少し前に、南の街道を通る荷運びの記録がこちらへ届いたんです」


……荷運び。


俺は身体を起こした。


オルカは棚から書類の束を取り出した。


「こちらです」


机へ広げられた紙には、荷物の種類や数が書かれているらしい。


俺には読めないが、オルカはすぐに1か所を指した。


「……この印」


そこには、バロが持っていた紙とよく似た形が押されていた。


……あ。


本当だ。


同じ模様に見える。


「同じ業者か?」


ルナが尋ねる。


「その可能性はあります。ただ、印が同じだからといって、同じ人物が使ったとは限りません」


……そうだな。


紙も印も、他人が手に入れることはできる。


まだ決めつけるには早い。


オルカは書類を1枚めくった。


「ですが、気になることがあります」


……ん?


「この荷運び、予定では昨日までにハルザへ到着することになっていました」


……昨日?


俺は少し考えた。


昨日といえば、俺たちはハルザへ着いたばかりだった。


「ところが、荷物はまだ届いていません。到着の記録もないんです」


……え。


また、戻ってこない荷運び?


俺は嫌な予感がした。


しかし、オルカは続けた。


「しかも、荷物の種類が少し妙なんです」


ルナが身を乗り出す。


「何だ?」


オルカは書類の中ほどを指した。


「測量器具が、6本」


……。


…………。


……6本?


俺は身体を固くした。


ガランたちが運んでいた荷物。


受取人の書かれていなかった帳面。


そこにも、測量器具が6本と記録されていた。


……まさか。


俺は触手を伸ばし、紙の上の数字を指した。


「……6」


オルカが頷く。


「ええ。6本です」


ルナが低い声で尋ねた。


「その荷物の送り主は?」


「それが……」


オルカは少し困ったように眉を寄せた。


「送り主の名前は記録されています。でも、受取人が記入されていないんです」


……っ。


俺はルナを見た。


ルナも、こちらを見ていた。


何も言わなくても、考えていることは同じだった。


……また、空欄。


同じ荷物。


同じ数。


そして、同じような印。


俺はしばらく動けなかった。


偶然で片づけるには、重なりすぎている。


だが、まだ同じ荷物だと決まったわけじゃない。


書類の日付や経路を確かめる必要がある。


俺がそんなことを考えていると、オルカが小さく息を吐いた。


「……少し、確認したいことがあります」


ルナが顔を上げる。


「何だ?」


オルカは書類を並べ直した。


「この荷運びは、東の関所を経由する予定でした」


……東の関所。


俺たちが、つい先日までいた場所だ。


「ですが、出発地からハルザへ来るなら、南の旧道を通った方が近いんです」


……。


……待てよ。


南の旧道。


あの坑道。


ガランたちが閉じ込められていた場所。


……そうか。


もしかして。


オルカは地図を広げ、2本の道を指した。


「東の関所を通った記録はありません。予定どおりなら、今頃ここへ届いているはずなのに」


ルナが静かに口を開いた。


「……南の旧道へ、進路を変えたのかもしれぬな」


オルカが頷いた。


「ええ。その可能性があります」


俺は書類へ目を向けた。


6本の測量器具。


受取人のない荷物。


そして、果樹園へ置かれた金属棒。


……なるほど。


ようやく、少し繋がってきた。


ただし。


これが全部同じ事件だとしたら。


……誰かが、わざわざ魔獣を町へ追い立てたことになる。


俺はゆっくり身体を持ち上げた。


オルカが、さらにもう1枚の紙を取り出した。


「それと、荷物の行き先について、もう1つ気になる記録があるんです」


……ん?


「この荷運びには、本来の受取人とは別に、途中で荷物を預かる者の名前が残っています」


ルナの耳が動いた。


「……誰だ?」


オルカはその名前を指した。


そして、俺たちを見た。


「グランツという人物です」


……。


…………。


……っ!


俺は思わず身体を起こした。


あの男。


坑道でガランたちを閉じ込め、金属棒を持って逃げた男。


……やっぱり。


あいつが、関わっているのか。


ルナが口を開いた。


「……その男なら、我らも知っておる」


オルカが驚いたように顔を上げた。


「え?」


「少し、長い話になるがな」


ルナは俺の方を見た。


俺は身体を上下させた。


……うん。


今度こそ、ちゃんと話しておこう。


エルデ村で見た、よく似た金属棒のことも。


東の関所で預けた道具のことも。


そして、逃げたグランツのことも。


ここまで分かったなら、もうただの偶然として流すわけにはいかない。


俺は机の上へ触手を伸ばした。


そして、地図の南側を指した。


「……ここ」


ルナが頷く。


「うむ。まずは、あの坑道から話そう」


オルカは静かに椅子へ座り直した。


その手には、まだグランツの名前が書かれた書類が握られている。


窓の外では、南門の鐘がようやく鳴り止んでいた。

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