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ゲームだと思ったら原初の生命に転生しました。  作者: くんくん
第2部

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第2部 第59話 聞こえないふり

「……おい。本当に誰も来てないんだろうな?」


岩山の向こうから、男の声が聞こえた。


俺は身体をさらに低くし、岩陰へ身を寄せた。


《体表変色》。


周囲の岩に合わせ、表面を灰色へ変える。


ただし、これで完全に姿を消せるわけじゃない。動けば見つかるし、匂いだって消せない。


だから、今は動かない。


目も小さくして、岩の隙間から必要な範囲だけを見る。


……さて。


誰が来たんだ?


「こんな道、わざわざ通る物好きはいねえよ」


別の男が答えた。


「昨日の砂嵐で、まともな旅人なら引き返してるさ」


「だったらいいが……」


足音が近づいてくる。


――コツ、コツ。


――ザッ、ザッ。


……3人。


さっき《微振動感知》で確かめたとおりだ。


やがて、曲がり角の向こうから男たちが姿を現した。


先頭は、革の上着を着た痩せた男。


腰には短い剣があり、右手に細長い金属棒を持っている。


その後ろには、体格のいい髭面の男。


最後に、まだ若そうな男が続いていた。


……ん?


俺は先頭の男が持つ金属棒へ目を向けた。


細長い形。


先端には、輪のような金具。


……あれ。


どこかで見たことがある。


いや、さっき坑道の中で見たものにも似ている。


それだけじゃない。


エルデ村で、魔獣を狙う連中が使っていた道具。


あのとき、俺の身体へ嫌な振動を伝えてきた棒にも、よく似ていた。


……まさか。


俺は反射的に身体を動かしかけた。


その瞬間、隣の岩陰から細い尻尾が伸びてきた。


トン、トン。


俺の身体へ、軽く2回触れる。


……あ。


ルナだ。


俺は触手を伸ばし、同じように2回触れ返した。


姿は見えないが、すぐ隣にいる。


落ち着けってことだな。


……うん。


分かってる。


まだ、あの3人が何者なのかは分からない。


それに、金属棒が似ているだけで、以前の連中と関係があるとは限らない。


俺は意識を足元へ戻した。


男たちは、倒れた荷車の近くで立ち止まった。


「……ちっ。まだあったか」


先頭の男が荷車を見て、舌打ちした。


「当然でしょう。あの岩で道を塞いだんですから」


若い男が答える。


……え?


俺は身体を固くした。


今。


何て言った?


「ああ、そうだったな」


先頭の男が、面倒くさそうに頭を掻く。


「それで、あいつらは?」


「まだ中じゃないですか」


若い男が坑道の入口へ目を向けた。


「……もう3日ですよ。水も食い物も、ろくにないはずです」


「だから何だ?」


「だから……本当に、このままでいいんですか?」


……。


…………。


おい。


ちょっと待て。


今の会話。


明らかにおかしくないか?


あいつら、ガランたちが閉じ込められていることを知っている。


それどころか。


自分たちで岩を積んだみたいな言い方だったぞ。


「甘いこと言ってんじゃねえよ」


髭面の男が若い男の肩を叩いた。


「余計なことを見ちまったんだ。あいつらが悪い」


「でも、殺す必要までは……」


「誰が殺すと言った?」


先頭の男が振り返った。


「荷物の帳面を渡せば、出してやる。それだけの話だ」


……帳面?


俺は少し考えた。


荷車には木箱や麻袋が残っていた。


ガランたちは、それを運んでいたんだろう。


でも、どうして帳面なんかを欲しがるんだ?


普通の荷物なら、そんなものを奪う必要はないはずだ。


「……とにかく」


先頭の男が言った。


「今日は中の連中と話をつける。あいつらが素直に帳面を出せば、それで終わりだ」


「出さなかったら?」


髭面の男が尋ねた。


先頭の男は答えなかった。


代わりに、手に持った金属棒を軽く振る。


――キィン。


……っ!


俺の身体へ、細かな震えが走った。


思わず目の形が崩れかける。


……くそっ。


やっぱり。


この音。


エルデ村で聞いたものに似ている。


ただ、あのときほど強くはない。


俺は地面へ広げていた部分を縮め、岩との接触を減らした。


……少し楽になった。


どうやら、岩を伝わる振動も影響しているらしい。


「こいつを嫌がる魔獣は多い」


男が金属棒を眺めながら言った。


「中の連中には効かなくても、坑道の奥から出てくる厄介なやつには役に立つだろうよ」


……なるほど。


魔獣を遠ざけるための道具なのか。


でも、それにしては。


……嫌な音だな。


俺は身体を小さく丸めた。


ルナも少し離れた岩陰で、耳を伏せている。


やっぱり、あいつにも聞こえているんだろう。


「さっさと始めるぞ」


先頭の男が坑道へ向かった。


髭面の男も、鉄の棒を担いで後に続く。


若い男だけが、少し遅れて歩き始めた。


……よし。


まずは、様子を見る。


俺は岩陰から細い触手を伸ばした。


地面にできた浅い亀裂へ沿わせ、できるだけ目立たないよう移動させる。


その先にあるのは、倒れた荷車。


……あそこまで行ければ、もう少し近くで話が聞ける。


俺は慎重に触手を伸ばした。


◇


「おい! 聞こえるか!」


先頭の男が坑道へ声を張り上げた。


少し遅れて、奥から返事が返ってくる。


「……また、お前たちか!」


ガランの声だ。


……うん。


元気そうでよかった。


でも、声には明らかな怒りが混じっている。


「いい加減、ここから出せ!」


「出してやるさ。帳面を渡せばな」


……やっぱり。


ガランたちを閉じ込めたのは、こいつらだったんだ。


俺は荷車の下へ身体の一部を滑り込ませた。


《構造形成》。


触手を細くし、車輪の陰へ沿わせる。


その先に小さな目を作る。


……よし。


見える。


男たちは坑道の入口に集まっていた。


先頭の男が、積み上げられた岩を足で蹴る。


「聞こえてんだろ。帳面はどこだ?」


「知らんと言ってるだろ!」


「嘘つけ。荷車にもなかった。お前が持ってるはずだ」


……なるほど。


あいつらが探しているのは、荷物そのものじゃない。


荷物の記録か。


「ガランさん!」


奥から、ニコの声がした。


「もう水が……!」


……っ。


そうだった。


あの2人は、3日も閉じ込められているんだ。


いくら坑道の中が涼しくても、水がなければ危険だ。


俺は身体を動かそうとして、寸前で止めた。


……落ち着け。


今ここで飛び出しても、3人を相手にできるか分からない。


しかも、相手はあの金属棒を持っている。


俺やルナにどれほど効くのか、まだ分かっていない。


……どうする。


俺は周囲を確かめた。


崩れた岩。


横倒しになった荷車。


そこから少し離れた場所に、細い木材が何本か落ちている。


そして、男たちが立っているのは、岩の多い狭い通路だ。


……ん。


なるほど。


ここなら、少しやりようがあるかもしれない。


俺は触手を細く伸ばし、荷車の下から坑道の入口へ向かった。


岩の隙間。


そこから、奥へ。


……よし。


通った。


俺は触手の先端へ、小さな目を形成した。


薄暗い坑道の中では、ガランとニコが岩壁にもたれていた。


昨日と同じランプが、近くで小さく揺れている。


……あ。


ガランが気づいた。


「……ノア?」


俺は慌てて触手を上下させた。


……静かに。


声は出さないでくれ。


伝わるだろうか。


ガランは一瞬驚いたようだったが、すぐに口を閉じた。


俺は触手を少し伸ばし、岩積みから離れるよう示した。


「……下がれ、ってことか?」


小さな声。


俺は肯定する。


ガランはニコの肩へ手を置き、ゆっくり奥へ移動した。


……よし。


これで、少しは安全になった。


俺は触手を引き戻し、外側へ意識を戻した。


そして、ルナのいる岩陰へ細い触手を伸ばす。


トン、トン。


「……む?」


ルナが小さく反応した。


俺は地面へ触手を滑らせ、男たちが立つ場所を示した。


次に、荷車の下へ伸ばした触手で、小さな石を動かしてみせる。


ルナはしばらく黙っていた。


やがて、小さく頷く。


……よし。


伝わった。


今からやることは、単純だ。


男たちを岩積みから離す。


できれば、あの金属棒も手放させたい。


その隙に、ガランたちを助ける。


……まあ。


言うほど簡単じゃないだろうけど。


やるしかない。


◇


「……ちっ。まだ黙ってやがる」


先頭の男が舌打ちした。


「仕方ねえ。入口を少し開けろ」


髭面の男が鉄の棒を岩の隙間へ差し込んだ。


――ガコン。


……お。


動くのか。


俺は注意深く見た。


大きな岩の間には、木の楔が何本か打ち込まれている。


それを外せば、石積みの一部を動かせるらしい。


……なるほど。


ただ岩を積んだだけじゃない。


外側から崩しやすいようにしてあるのか。


髭面の男が1本目の楔を抜いた。


――ゴトッ。


石が少し動く。


続いて、2本目へ手を伸ばした。


……今だ。


俺は荷車の下に残した触手を動かした。


《粘着性》。


車輪の裏側に固定した細い触手を、少しずつ伸ばす。


男たちの足元。


その後ろにある、浅い窪みへ。


……よし。


届いた。


俺は触手を地面へ沿わせ、低い位置に張った。


そのまま、先端を反対側の岩へ固定する。


……準備完了。


「……おい」


若い男が、ふと足元を見た。


……っ。


気づいたか?


俺は動きを止めた。


若い男はしばらく地面を眺めていたが、やがて首を傾げた。


「何だ?」


先頭の男が尋ねる。


「いや……今、何か動いたような……」


……まずい。


俺は触手を引こうとした。


しかし、その前に。


――カランッ!


別の方向で、石が転がる音がした。


3人が一斉に振り返った。


……え?


俺も驚いて視界を動かす。


すると、岩陰から白銀の影が飛び出した。


ルナだ。


……おい。


何やってる!?


「何だ、あれ!」


髭面の男が叫んだ。


「魔獣か!?」


ルナは少し離れた岩の上へ着地した。


右後ろ脚を庇うような動きは見せない。


だが、すぐに走り回るつもりもなさそうだった。


「……ふん」


いつもの、偉そうな声。


「そなたらこそ、随分と騒がしいではないか」


……あ。


喋った。


男たちが固まる。


「……は?」


「い、今……」


「魔獣が喋った!?」


……うん。


そうなるよな。


俺も最初は驚いたし。


「……ルナリス?」


先頭の男が目を細めた。


「まさか、こんなところで……」


その声には、驚きとは違うものが混じっていた。


……ん?


何だ、今の反応。


先頭の男は、ゆっくり金属棒を持ち上げた。


「……おい。逃がすなよ」


……っ。


まずい!


俺は触手へ力を込めた。


先頭の男が一歩踏み出す。


その瞬間。


――ぐっ!


足首へ、細い触手が絡みついた。


「うおっ!?」


男の身体が傾く。


手に持った金属棒が、大きく揺れた。


――キィン!


……っ!!


嫌な振動が岩場へ響いた。


俺の視界が一瞬、歪む。


作っていた小さな目が崩れ、身体の一部が勝手に縮んだ。


……くそっ。


やっぱり、これか!


「何だ!?」


男が足元を見た。


灰色の触手が、岩の隙間から伸びている。


……あ。


見つかった。


「こいつ……!」


男が金属棒を振り下ろそうとした。


その瞬間。


「《衝撃》!」


ルナの声。


――ドンッ!


男の手元へ、見えない力が叩きつけられた。


金属棒が弾かれ、岩壁へ当たる。


――カランッ!


……よし!


俺は急いで触手を縮め、男の足を引いた。


「ぐあっ!」


男が尻もちをつく。


だが、すぐに腰の短剣へ手を伸ばした。


……まずい。


俺は《硬質外皮》で触手の先端を固くし、男の手首を押さえた。


しかし、相手の力が強い。


――ぐぐっ。


……うおっ。


思ったより抵抗するな!


「何してやがる!」


髭面の男が、こちらへ向かって走ってきた。


……っ。


2人目!


俺は身体を低く広げた。


今度は相手を捕まえるのではなく、足元へ細い触手を滑り込ませる。


男は勢いよく踏み込んだ。


――ズルッ!


「うわっ!?」


足が滑る。


俺が地面へ広げた《粘着性》の部分へ、靴底が引っかかったのだ。


……よし!


髭面の男は体勢を崩し、膝をついた。


その手から鉄の棒が落ちる。


――ガランッ!


ルナが、すかさず前へ出た。


「《衝撃》!」


――ドンッ!


男のすぐ横の地面が弾ける。


砂と小石が跳ね、髭面の男が頭を抱えて伏せた。


「ひっ!?」


……おお。


さすがルナ。


ただし、これで終わりじゃない。


俺は先頭の男へ意識を戻した。


すると。


……あれ?


いない。


いや。


少し離れた場所で、走り出そうとしている。


……逃げる気か!


俺は慌てて触手を伸ばした。


だが、届かない。


身体を長く伸ばそうとしても、さっきの振動の影響が残っているせいか、うまく形が整わなかった。


……くそっ!


男は岩場の曲がり角へ向かっている。


このままじゃ逃げられる!


「……待て!」


俺は声を出した。


《共鳴膜》。


だが、音が乱れる。


「……ま、て!」


……っ。


駄目だ。


追いつけない。


そのとき。


「……もうやめてくれ!」


若い男が叫んだ。


……え?


振り返ると、若い男が逃げようとする先頭の男の前へ立っていた。


「これ以上やったら、本当に人殺しになる!」


「どけ!」


先頭の男が怒鳴った。


「お前まで俺に逆らうのか!」


「……もう、無理です」


若い男の声が震えていた。


「閉じ込めるだけだって言ったじゃないですか! 帳面を回収したら出すって!」


……。


…………。


なるほど。


あいつは、最初から納得していたわけじゃなかったのか。


だが、先頭の男は容赦しなかった。


――ドンッ!


若い男の肩を突き飛ばす。


「うわっ!」


若い男が岩へぶつかり、その場へ倒れた。


……っ。


俺は身体を動かした。


だが、間に合わない。


先頭の男はそのまま曲がり角へ走り込み、姿を消した。


……くそっ。


逃げられた。


「……ノア!」


ルナの声がした。


「追うな!」


……え?


「中の者たちが先だ!」


……。


…………。


……あ。


そうだった。


俺たちは、あの男を捕まえるために来たんじゃない。


ガランとニコを助けるために来たんだ。


俺は伸ばしかけた触手を止めた。


そして、坑道の入口へ向き直る。


……うん。


まずは、こっちだ。


◇


「……あんたたち、本当に何者なんだ?」


若い男が、困惑したように尋ねた。


俺は答えず、岩の前へ移動した。


……いや。


何者かって聞かれても。


説明が難しいんだよな。


俺だって、自分が何なのか詳しく分かってないんだから。


「我らは旅の者だ」


代わりにルナが答えた。


「そして、貴様らのしたことを見逃すつもりはない」


若い男が俯く。


「……分かってます」


髭面の男は、俺の《粘着性》で手足を拘束され、少し離れた場所へ座らされていた。


さっきから何か文句を言っているが、ルナが視線を向けるとすぐ黙る。


……うん。


あいつには、しばらく大人しくしていてもらおう。


俺は若い男へ触手を伸ばした。


「……いし」


「……え?」


俺は坑道の入口を指す。


「……あける」


若い男は一瞬、目を見開いた。


それから、ゆっくり頷いた。


「……はい。手伝います」


……よし。


話が早い。


若い男は岩積みの前へ移動した。


「ここの石は、外側から楔を抜けば動かせます。でも、一度に外すと全部崩れるんです」


……なるほど。


やっぱり、仕組みがあったのか。


俺は細い触手を隙間へ伸ばし、ガランたちへ合図した。


「……さがって」


奥から返事が返ってくる。


「分かった!」


……よし。


まず、入口の近くにいる人間を安全な場所へ下がらせる。


それから、動かす石を確かめる。


若い男は鉄の棒を使い、木の楔を少しずつ緩めた。


俺は触手で、小さな石が転がらないよう押さえる。


――ゴトッ。


……よし。


1つ目。


次は、その上の石。


……ん。


結構重いな。


俺は無理に持ち上げず、横へ動かすための隙間を作った。


若い男が鉄の棒を差し込む。


「……せーの!」


――ゴロッ!


石が動いた。


……おお。


いける。


これなら、少しずつ開けられそうだ。


ただし、全体を崩さないように気をつけないと。


俺は《微振動感知》を使い、周囲の石がどう動くのかを確かめた。


……うん。


さっきより、振動の乱れも落ち着いてきた。


あの金属棒が近くで鳴っていないおかげだろう。


俺は触手を伸ばし、次の石へ触れた。


「……これ」


若い男が頷く。


「分かりました」


俺たちは慎重に作業を続けた。


1つずつ。


順番を間違えないように。


そして。


――ガラッ。


最後の大きな石が横へ動いた。


……っ!


光が差し込む。


暗い坑道の向こうに、人間の姿が見えた。


ガランだ。


その後ろには、ニコもいる。


……おお!


開いた!


本当に開いたぞ!


「……外だ」


ガランが呟いた。


その声は、ひどく掠れていた。


「……やっと、出られるのか」


俺は触手を高く持ち上げた。


「……うん!」


ガランがゆっくり歩き出す。


しかし、数歩進んだところで膝をついた。


……っ。


大丈夫か!?


「……すまん。脚に力が入らん」


3日間、ほとんど飲まず食わずだったんだ。


無理もない。


俺はすぐに身体を低く広げ、転ばないよう支えた。


「……助かる」


ガランは俺の身体へ手をついた。


……おう。


遠慮すんな。


こういうときこそ、柔らかい身体が役に立つんだから。


ニコも何とか坑道から出てきた。


外の光を浴びた途端、眩しそうに目を細める。


「……本当に、助かった」


……うん。


よかった。


俺は2人の姿を見て、ようやく安心した。


生きてる。


ちゃんと、2人とも。


……ああ。


本当に間に合ってよかった。


◇


ガランたちへ少しずつ水を飲ませ、身体を休ませてから、俺たちは事情を聞いた。


もちろん、質問するのは主にルナだ。


俺は隣で、必要なときだけ短い言葉を出す。


「俺たちは、荷物を南の町まで運ぶ仕事を受けたんだ」


ガランが説明した。


「食料や染料、それに道具類。普通の荷運びだと思っていた」


……なるほど。


「だが、途中で妙な荷物が混じっていることに気づいた」


……妙な荷物?


「木箱の中に、あの金属棒が何本も入っていたんだ。しかも、普通の荷物と違って、帳面には曖昧な名前しか書かれていなかった」


……っ。


俺は少し身体を持ち上げた。


何本も?


あの棒が?


「それで荷主に確認しようとしたら、あいつらが現れた。余計なことを聞くなってな」


……なるほど。


「俺が荷運びを断ると、あいつらは荷車を止めさせた。そこで揉めているうちに砂礫が崩れて、道が塞がっちまったんだ」


……ああ。


最初の落石は、本当に起こったのか。


「だから、近くにあった古い坑道へ避難した。そしたら、あいつらが外から入口を塞ぎやがった」


ガランが悔しそうに拳を握った。


「帳面を渡すまで出さないってな」


……ひどい話だな。


俺は坑道の入口へ目を向けた。


今は、ようやく人が通れるくらいの隙間ができている。


さっきまで、あそこに2人が閉じ込められていたんだ。


……うん。


やっぱり、許せない。


「……それで」


ルナが静かに尋ねた。


「帳面は、まだ持っておるのか?」


ガランは少し迷ったあと、上着の内側から布包みを取り出した。


中には、小さな紙の束が入っている。


「……ああ。これだ」


……おお。


ちゃんと持ってたのか。


「俺たちは仕事を受けただけだ。何を運ばされているのか、知る権利くらいあるだろう」


……確かに。


それはそうだ。


「でも、あいつらはこれを渡せば助けると言いながら、最後まで本当のことを話そうとしなかった」


ガランは紙束を握りしめた。


「渡したあとで無事に帰してくれる保証なんて、なかったからな」


……うん。


正しい判断だったと思う。


少なくとも、さっきの男たちの会話を聞いた限りでは。


俺は少し離れた場所に置かれた金属棒へ目を向けた。


先頭の男が落としていったものだ。


今は、地面から離して、布の上へ置いている。


触れたり、叩いたりしなければ、嫌な振動は出ていない。


ただ、見れば見るほど気になってしまう。


あの形。


先端の金具。


そして、鳴らしたときの感覚。


……同じだ。


いや、完全に同じものかどうかは分からない。


でも、エルデ村で見た道具と、何か共通する仕組みがあるのは間違いなさそうだった。


俺はルナへ近づいた。


「……ルナ」


「何だ?」


俺は金属棒を指した。


「……エルデ」


ルナの耳が動く。


「……エルデ村?」


俺は肯定する。


「……おなじ」


ルナは金属棒を見た。


そして、しばらく黙った。


「……ああ」


その声が、少し低くなる。


「我も気になっておった」


……やっぱり。


「以前の連中が持っていた道具と、よく似ておるな」


俺は身体を上下させた。


ルナは目を細めた。


「だが、同じ者たちが関わっておるとは限らぬ。まずは、これがどこから来たのか確かめる必要がある」


……うん。


そうだな。


決めつけるのは、まだ早い。


俺は金属棒から視線を外し、若い男の方へ向き直った。


さっきから、あいつは何も言わずに座っている。


「……なあ」


ガランが、その姿を見て口を開いた。


「お前も、あいつらの仲間なんだろ?」


若い男は俯いた。


「……はい」


「俺たちを閉じ込めたときも、いたな」


「……いました」


……。


…………。


重い沈黙が流れた。


俺は何も言えなかった。


若い男が最後に助けてくれたのは事実だ。


でも、最初にガランたちを閉じ込めた側にいたのも事実なんだ。


そこは、なかったことにはできない。


「……俺が悪かったです」


若い男が、小さく頭を下げた。


「最初は、少し脅せば帳面を渡すって言われたんです。閉じ込めても、すぐ出すって……」


ガランは何も答えない。


若い男は続けた。


「でも、だんだん話が変わって……。俺も怖くなって、逆らえなくて……」


……うん。


怖かったのは分かる。


でも。


閉じ込められた2人は、もっと怖かっただろうな。


俺はそう思いながら、若い男を見ていた。


すると、ルナが口を開いた。


「貴様のしたことは、貴様が償うべきだ」


若い男が頷く。


「……はい」


「ならば、まずは人間の町まで同行してもらおう。そこで事情を話すがよい」


……なるほど。


そういうことか。


俺たちだけで、こいつの処分を決める必要はない。


ちゃんと人間の町へ連れていき、事情を説明すればいい。


ガランも、少し考えたあとで頷いた。


「……そうだな。俺たちも、ちゃんと報告する」


……うん。


それがいいと思う。


俺は若い男へ触手を伸ばした。


「……いこう」


若い男は驚いたように顔を上げた。


それから、小さく頷く。


「……はい」


◇


その日のうちに、俺たちは旧道を少し戻ることにした。


ガランとニコはまだ弱っている。


無理に長い距離を歩かせるわけにはいかないので、まずは風を避けられる場所を探す。


髭面の男は拘束したまま。


若い男には荷物を持たせ、ルナが見張っている。


俺はガランたちの歩調に合わせ、4本の脚を短くして進んだ。


……うん。


今日はもう、これで十分だ。


まさか、荷運びを探しに来て、こんなことになるとは思わなかった。


でも。


2人を助けられた。


それだけでも、来た意味はあったんだろう。


俺は少しだけ振り返った。


岩山の間。


さっきまで人間が閉じ込められていた、暗い坑道。


あそこには、まだ金属棒が1本残っている。


外へ運び出したものとは別の、もう1本だ。


……気になるな。


あんな道具を、どうして何本も運んでいたんだろう。


そもそも、誰が作ったんだ?


俺は荷物の中へ固定した金属棒の方を見た。


布で包み、ほかの荷物とは離してある。


今は静かだ。


何の音もしない。


それでも、あの嫌な振動を思い出すだけで、少し身体が縮むような気がした。


「……ノア」


隣からルナが声をかけてきた。


……ん?


「考えるのは、今夜にせよ」


俺は少し驚いた。


ルナは前を見たまま続ける。


「まずは、あの2人を安全な場所へ連れていく。それが先だ」


……ああ。


そうだな。


俺は身体を上下させた。


「……うん」


今は、それでいい。


俺は脚を動かし、ガランの隣へ並んだ。


すると、ガランが少しだけ笑った。


「……ノア。改めて礼を言うよ」


……ん?


「本当に、ありがとうな」


……。


…………。


……ああ。


何だろう。


こういうの、ちょっと照れるな。


俺は少し考えた。


《共鳴膜》で発声用の構造を整える。


そして、ゆっくり声を出した。


「……よか、った」


少し途切れた。


でも、今はそれで十分だ。


ガランは小さく頷いた。


俺たちはそのまま、古い敷石道を戻っていった。


背後の岩山には、夕方の影が伸び始めている。


結局、先頭の男は逃がしてしまった。


あの金属棒を運ばせた人物も、まだ分からない。


……でも。


あの坑道から、ちゃんと2人を連れ出せた。


今日は、そこだけは胸を張っていいと思う。


……胸、ないけど。


俺は小さく身体を揺らした。


すると、ルナがこちらを見る。


「……何を笑っておる?」


……いや。


何でもない。


俺は触手を振った。


「……いこう」


ルナが小さく笑う。


「うむ」


俺たちは、夕暮れの旧道を進んだ。


石を積んで人を閉じ込めた連中の正体は、少しだけ分かった。


けれど、あの金属棒を作り、誰かに渡した者のことは、まだ何も知らない。


そして俺は、その音を知っている。


エルデ村で聞いた、忘れられない音。


……どうやら。


あの村を離れたからといって、すべてが終わったわけではなさそうだった。

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