第2部 第58話 片道の轍
「南へ行くなら、1つ頼まれてくれるかい?」
出発しようとした俺たちを、イリナが呼び止めた。
朝日が差し込む古い休憩所。
昨日修理した標識は、井戸の脇でちゃんと立っている。
俺は4本の脚を止め、振り返った。
……頼み事?
「大したことじゃないよ。行方の分からない荷運びの手がかりがあったら、覚えておいてほしいんだ」
……ああ。
昨日話していた、帰ってこない人たちか。
「御者のガランと、手伝いのニコ。荷車は1台で、持ち手に青い布が巻いてある」
イリナは自分の上着の端を摘まんだ。
「こんな感じの布さ。ガランが荷車を見分けるためにつけてるんだよ」
……なるほど。
青い布の荷車。
覚えやすいな。
「もちろん、無理に探せとは言わない。あんたたちまで戻らなくなったら、笑えないからね」
「ふん。心得ておる」
ルナが堂々と答えた。
「我らも旅の途中だ。危険なら引き返す」
……うん。
そこは大事だな。
俺は少し考え、発声用の構造を整えた。
《共鳴膜》。
「……みて、くる」
イリナが笑った。
「ああ。頼むよ」
そして、俺たちは南へ向かった。
◇
分かれ道へ到着したのは、それからしばらく歩いた頃だった。
古い敷石道が、大きな岩を挟んで2つに分かれている。
東側は緩やかな坂道。
南側は、岩山の間へ続く細い道だった。
……なるほど。
昨日の話どおりだな。
俺は荷物から、イリナにもらった木板を取り出した。
触手で表面の溝をなぞる。
まっすぐな道。
途中で分かれる線。
……あ。
これだ。
板には、同じ形の分かれ道が刻まれていた。
俺は木板と実際の道を見比べた。
「……ふむ」
ルナが隣から覗き込む。
「ちゃんと使いこなしておるな」
……まあな。
せっかくもらったんだから、使わないともったいないだろ。
俺は少し得意になって触手を揺らした。
ただ、すぐに木板を荷物へ戻した。
ここから先は、道具より自分の目と感覚が頼りになる。
昨日のように、古い標識を信じて危険な場所へ進んでしまうこともあるからな。
「まずは、南の道を少し確かめるぞ」
……おう。
俺たちは岩山の間へ入った。
道幅は、荷車が何とか通れる程度。
左右には切り立った岩壁があり、日差しが届かない場所も多い。
足元には細かな砂が積もっている。
……うーん。
何だか、急に景色が変わったな。
さっきまでの広い草原が嘘みたいだ。
風は弱い。
その代わり、少し進むだけで周囲の音が岩壁へ反響する。
俺は試しに、足元の石を触手で叩いた。
――コツン。
少し遅れて、別の方向から同じような音が返ってきた。
……へえ。
面白いな。
「ノア」
ルナが振り返る。
「遊んでおらずに、周囲を確かめよ」
……はい。
すみません。
俺は触手を引っ込めた。
そして、地面へ意識を集中する。
《微振動感知》。
硬い岩盤のおかげで、振動はよく伝わってくる。
少なくとも、すぐ近くに大きな魔獣が動いている気配はない。
……うん。
今のところは大丈夫そうだ。
俺たちは慎重に進んだ。
途中、何度か小さな落石の跡を見つけた。
昨日の砂嵐で崩れたものもあるのだろう。
ただ、道を完全に塞ぐほどの岩はない。
……これなら、荷車でも通れそうだな。
そう思ったときだった。
「……ノア」
ルナが足を止めた。
「見てみよ」
……ん?
俺は首を伸ばし、ルナの足元へ目を向けた。
砂の上に、細長い溝が2本続いている。
……あ。
これって。
荷車の車輪の跡か?
俺は近づいて確かめた。
2本の溝は、ほぼ一定の間隔で続いている。
途中には、何かを引きずったような浅い傷もあった。
「……轍だな」
ルナが言った。
……ワダチ。
ああ、車輪の跡ってことか。
俺は少し嬉しくなった。
……お。
早速、手がかり発見じゃないか。
ただし、少し気になることがある。
この道は昨日の砂嵐で、かなり砂が動いたはずだ。
なのに、轍が残っている。
……何でだ?
俺は頭を持ち上げ、周囲を見た。
すると、理由が分かった。
轍がある場所は、岩壁がせり出した陰になっていた。
上から見ると、屋根のように岩が突き出している。
ここなら、強い風も直接は当たりにくい。
……なるほど。
だから、跡が残ったのか。
俺は轍を辿って少し進んだ。
ところどころに、靴の跡らしいものもある。
それも、結構深い。
……ふむ。
荷物が重かったのかな。
「……ノア」
ルナが静かに言った。
「気になることがある」
……ん?
「この轍は、南へ向かって続いておる。だが、戻った跡が見当たらぬ」
……え?
俺はもう1度、地面を確かめた。
確かに、2本の溝が続いているだけだ。
ただし、荷車が同じ場所を通って戻った可能性もある。
それに、途中から別の道へ出たのかもしれない。
……うーん。
まだ何とも言えないな。
俺が触手を動かしていると、ルナが頷いた。
「うむ。これだけでは断定できぬ。先を確かめよう」
……そうだな。
俺たちは轍に沿って進むことにした。
◇
道が少し曲がったところで、青いものが見えた。
岩に引っかかった、細い布切れ。
……ん?
俺は脚を止めた。
青い布。
しかも、結び目のようなものが残っている。
……まさか。
俺は触手を伸ばし、そっと布を外した。
使い込まれた布だった。
端は擦り切れ、ところどころに砂が入り込んでいる。
……これ。
イリナが言っていた、荷車の布じゃないか?
「……ふむ」
ルナも近づいてきた。
「確かに、青い布だな」
俺は周囲を見回した。
岩壁。
砂。
古い敷石道。
……でも、荷車は見えない。
俺は布を持ったまま、少し考えた。
もし荷車がここを通ったなら、どこへ行ったんだろう。
轍はまだ続いている。
俺はその先へ目を向けた。
すると。
……ん?
あれ?
道が、途中で途切れている。
いや、違う。
正確には、道の先が大きな岩で塞がれていた。
……何だ、あれ。
俺たちは慎重に近づいた。
そこには、崩れた岩がいくつも積もっていた。
古い敷石は、その下へ続いている。
……なるほど。
落石か。
俺は少し残念になった。
やっぱり、南の道は通れなくなっているらしい。
「……待て」
ルナが低い声を出した。
「何か匂う」
……匂い?
俺は身体を止めた。
「木と革だ。それに、人間の匂いも残っておる」
……え?
俺は慌てて周囲を見回した。
落石の山。
その隣にある、細い岩の隙間。
そして。
……あ。
あった。
岩陰の奥に、何か大きなものが置かれている。
俺は目を凝らした。
木製の枠。
丸い車輪。
さらに、横へ突き出した長い持ち手。
……荷車だ!
俺は思わず身体を持ち上げた。
「……あれ!」
ルナも気づいたらしい。
「……ふむ。間違いなさそうだな」
……おお。
見つけた。
本当に見つけたぞ!
ただし。
喜ぶのは、まだ早かった。
荷車は横倒しになっていた。
車輪の1つが岩へ乗り上げ、荷台は大きく傾いている。
近くには木箱や麻袋がいくつも転がっていた。
……うわ。
何があったんだ?
俺は慎重に近づいた。
青い布が巻かれていたらしい持ち手には、まだ結び目の跡が残っている。
……うん。
やっぱり、これだ。
ガランたちの荷車で間違いないだろう。
俺は荷台を確かめた。
木箱の一部は壊れている。
しかし、荷物がすべて持ち去られた様子はない。
麻袋には乾いた食料らしいものが入っていたし、道具箱も残っていた。
……盗賊に襲われた、って感じではないな。
もちろん、断定はできないけど。
俺はさらに周囲を見回した。
そこで、あるものに気づいた。
……ん?
荷車の横に、細い縄が落ちている。
端は切れていない。
結び目をほどいたような形になっていた。
……あれ?
荷物を固定していた縄かな。
俺は触手で持ち上げてみた。
近くには、箱を動かしたような跡もある。
……なるほど。
誰かが荷物を下ろしたのかもしれない。
「……ノア」
ルナが俺を呼んだ。
「こちらへ来い」
……ん?
俺は縄を置き、ルナの方へ移動した。
ルナは荷車の向こう側に立っていた。
その足元には、人間の靴跡がいくつも残っている。
……お。
足跡か。
俺は近づいて確かめた。
大きな靴跡。
少し小さな靴跡。
少なくとも2人分はありそうだ。
……なるほど。
ガランとニコかな。
足跡は荷車から離れ、岩壁の方へ続いていた。
そして。
……ん?
俺は首を伸ばした。
岩壁の一部に、細長い隙間が見える。
その奥には、暗い空間が続いているようだった。
……洞窟?
いや、ちょっと違う。
入口の両側に、平らな石が並んでいる。
自然に割れた岩の隙間というより、誰かが手を加えたような形だ。
「……古い坑道かもしれぬな」
ルナが言った。
……コウドウ?
鉱山の通路ってことか。
俺はもう1度、入口を眺めた。
そう言われれば、確かに。
古い木材が何本か残っているし、壁の一部には削ったような跡もある。
……なるほど。
昔、この辺りで石や鉱物を掘っていたのかもしれないな。
俺は少しわくわくした。
しかし。
……待てよ。
ここへ来たのは、観光じゃない。
帰ってこない荷運びを探しているんだった。
俺は気を取り直し、入口へ触手を伸ばした。
「……なか?」
ルナが頷いた。
「足跡は、あちらへ続いておる」
……そうか。
じゃあ、中へ入った可能性があるのか。
俺は少し考えた。
入口は、人間が1人通れる程度の広さしかない。
荷車は無理そうだ。
だから、外へ置いていったのかもしれない。
……でも。
何で、わざわざ中へ入ったんだろう。
水場でも見つけた?
それとも、何かを避けるために入ったのか?
俺は暗い入口を見つめた。
今の視覚では、奥まで見通せない。
《明暗感知》でも、光の届かない場所の細かな形までは分からなかった。
……うーん。
ちょっと怖いな。
「……ノア」
ルナが静かに言った。
「ここから先は、慎重に行くぞ」
俺は身体を上下させた。
……了解。
◇
坑道の入口へ近づくと、冷たい空気が流れてきた。
……お。
涼しい。
昨日までの乾いた岩場とは、まるで違うな。
俺は身体の一部を広げ、空気の流れを確かめた。
奥から、わずかに風が吹いている。
……ということは。
どこかに、別の出口があるのかもしれない。
あるいは、地下へ続く空洞が広がっているのか。
俺は触手を伸ばし、入口の床へ触れた。
硬い石。
細かな砂。
そして、奥へ向かって続く浅い溝。
……ん?
これも、車輪の跡?
いや、幅が違う。
さっきの荷車より、ずっと狭い。
もしかして、昔は小さな運搬用の台車でも使っていたのかな。
俺は少し興味を引かれた。
だが、そのとき。
――コン。
……ん?
俺は身体を止めた。
今、何か聞こえた。
岩の奥。
遠くから、硬いものを叩くような音。
――コン、コン。
……あ。
やっぱり。
俺は《微振動感知》へ意識を集中した。
岩壁へ触手を押しつける。
すると、細かな振動が伝わってきた。
……人間?
いや。
分からない。
ただ、何かが繰り返し岩を叩いていることだけは確かだった。
俺はルナの方へ身体を向けた。
「……おと」
「音?」
「……なか」
ルナの耳が動いた。
しばらく静かにしていたが、やがて小さく頷く。
「……聞こえるな」
……だろ?
「金属を叩いておるような音だ」
……金属?
俺はもう1度、振動を確かめた。
確かに、音の終わりに硬い響きが混じっている。
……なるほど。
誰かが作業しているのか?
それとも。
……助けを呼んでいる?
俺は少し考えた。
もし人間がいるなら、呼びかけてみる価値はある。
ただし、相手が誰なのか分からない。
俺がいきなり姿を見せたら、驚かせてしまうかもしれない。
……うん。
ここはルナに任せよう。
俺は触手で入口を示した。
ルナが頷く。
そして、少し声を張った。
「誰かおるか!」
……。
…………。
返事はない。
俺は岩壁の振動を確かめた。
……ん。
さっきまで聞こえていた音が、止まった。
……あ。
気づいた?
ルナがもう1度呼びかける。
「我らは旅の者だ! 中に人間がおるなら、返事をせよ!」
少しの沈黙。
それから。
「……誰だ!?」
……!
声だ!
人間の声!
しかも、かなり近い!
俺は思わず身体を持ち上げた。
「……よし」
ルナが小さく息を吐いた。
「人間がいるようだな」
……うん!
間違いない!
「旅の途中で、倒れた荷車を見つけた! 貴様たちのものか?」
すると。
「荷車!?」
向こうの声が大きくなった。
「青い布の巻いてあるやつか!?」
……おお。
そうだ!
俺は嬉しくなって触手を振った。
……いや。
向こうからは見えないんだけど。
ルナがすぐに答える。
「そうだ!」
「……なら、頼む! 助けてくれ!」
……っ。
助けてくれ。
やっぱり、何かあったんだ。
俺は身体を低くし、入口の奥へ触手を伸ばした。
しかし。
……ん?
何かに当たった。
硬い。
石だ。
しかも、かなり大きい。
俺は慎重に触手を動かした。
入口の少し奥で、通路が塞がっている。
いくつもの岩が重なり、人間が通れる隙間はほとんど残っていなかった。
……落石か。
なるほど。
これで戻れなくなったのか。
俺は岩の隙間を確かめた。
小さな穴が1つある。
幅は、俺の細い触手なら何とか通せそうだ。
……よし。
俺は身体を地面へ広げた。
そして、先端を少しずつ細くする。
《構造形成》。
無理に長く伸ばさず、岩の隙間へ身体の一部を滑り込ませる。
……うん。
いける。
そのまま、奥へ。
すると。
……お。
少し広い場所に出た。
俺は細い触手の先端へ、小さな目を形成した。
ただし、通路は暗い。
……見えにくいな。
俺は慎重に角度を変えた。
すると、少し離れた場所に、ぼんやりとした明かりが見えた。
……あ。
灯りだ。
それも、人間が使う小さなランプらしい。
その近くに、人影が2つあった。
……いた!
本当にいたぞ!
俺は思わず、声を出そうとした。
「……いる!」
すると。
「うわっ!?」
向こうから悲鳴が聞こえた。
……え?
何だ?
俺は慌てて視界を動かした。
すると、ランプの近くにいた男が、こちらを指していた。
「何だ、その……目のついた紐みたいなやつは!?」
……。
…………。
あ。
俺の触手か。
いや、そりゃ驚くよな。
岩の隙間から、突然目のついた触手が出てきたら。
……うん。
これは俺が悪い。
俺は慌てて触手を少し縮めた。
「……ノア!」
外からルナの声がした。
「どうした!?」
俺は急いで答えた。
「……ふたり!」
「2人おるのか!」
……うん!
人間が2人!
しかも、動いてる!
とりあえず生きてるぞ!
男たちはしばらく固まっていたが、やがて片方が口を開いた。
「……あんた、さっきの声の仲間か?」
俺は触手を小さく上下させた。
「……ノア」
「……ノア?」
肯定する。
「喋る魔物……?」
……まあ。
そうなるよな。
俺は何とか説明しようとした。
でも、長い言葉が出ない。
……くそっ。
こういうとき、もっと喋れたらな。
俺は少し考え、声を出した。
「……たすけ、る」
男が目を見開いた。
「……俺たちを?」
俺は身体を上下させた。
すると、男の表情が少し緩んだ。
「……助かった」
その声には、疲れがにじんでいた。
「俺はガラン。こっちはニコだ」
……!
ガラン!
ニコ!
イリナが言っていた2人じゃないか!
俺は嬉しくなって、触手を少し持ち上げた。
「……イリナ!」
男たちが同時に顔を上げた。
「イリナを知ってるのか!?」
俺は肯定する。
「……さが、してた」
「……そうか」
ガランは大きく息を吐いた。
「気にかけてくれてたんだな、あの人」
……うん。
心配してたぞ。
俺は触手を少し伸ばした。
そのとき、ニコと呼ばれた若い男が口を開いた。
「……なあ、ガランさん」
……ん?
「外に誰かいるなら、あれを見てもらった方がいいんじゃないですか」
……あれ?
何のことだ?
ガランは少し考え込んだ。
そして、俺へ顔を向けた。
「ノア、だったな」
俺は触手を上下させた。
「悪いが、外にいる仲間へ伝えてくれ。すぐに岩を動かそうとしないでほしいんだ」
……え?
どういうこと?
「ただの落石じゃない」
ガランの声が低くなった。
「俺たちを閉じ込めた岩は、外から積まれてる」
……。
…………。
……は?
俺は動きを止めた。
外から?
いや、待てよ。
それって。
……誰かが、わざと?
俺はゆっくり触手を引き戻した。
そして、入口の岩をもう1度確かめる。
さっきは、ただの落石だと思っていた。
でも、よく見ると。
……あ。
確かに。
大きな岩の間に、小さな石が詰められている。
しかも、一部には木片が挟まっていた。
自然に崩れた岩が、こんなふうに組み合わさるだろうか。
……いや。
これは。
誰かが、通路を塞いだのかもしれない。
俺は少し背筋が寒くなるような気分になった。
……背筋、ないけど。
今はそんなこと言ってる場合じゃない。
俺はルナへ声をかけた。
「……ルナ!」
「どうした?」
「……いし、だれか!」
……くそっ!
伝わらない!
俺は岩を指し、触手で積み上げるような動きを見せた。
ルナがじっと見つめる。
そして。
「……人の手で積まれた岩なのか?」
……そう!
俺は勢いよく身体を上下させた。
ルナの表情が変わった。
「……なるほど」
低い声だった。
「ならば、誰かが彼らを閉じ込めた可能性があるということか」
……うん。
そういうことだ。
俺はもう1度、岩の隙間へ触手を伸ばした。
ガランたちは、まだランプの近くにいる。
その奥には、さらに通路が続いているようだった。
……ん?
俺は少し違和感を覚えた。
向こうの岩壁。
ランプの光が届く場所に、何か細長いものが立てかけられている。
……あれ?
金属の棒?
いや、ただの道具かもしれない。
俺は触手を少し伸ばし、地面へ触れた。
その瞬間。
――キィン……。
……っ!?
身体の内側へ、嫌な振動が走った。
俺は反射的に触手を引いた。
……何だ!?
今の!
ただの金属音じゃない。
身体の奥を、細い針で引っかかれたような感覚。
……いや。
待て。
この感じ。
どこかで……。
俺は思わず、身体を固くした。
以前、エルデ村で遭遇した連中。
魔獣を狙っていた、人間たち。
あいつらが持っていた、妙な棒。
あのときも、似たような振動を感じた。
……まさか。
俺はもう1度、岩の隙間へ目を向けた。
暗い通路。
揺れるランプ。
そして、壁に立てかけられた細長い金属棒。
……おいおい。
どうして、こんなところに。
俺は静かに触手を縮めた。
すると、ガランの声が聞こえた。
「……ノア?」
……ん?
「頼む。外の連れに、気をつけるよう言ってくれ」
その声は、さっきよりずっと小さかった。
「俺たちをここに閉じ込めた連中が、まだ近くにいるかもしれない」
……。
…………。
……連中?
俺は動きを止めた。
そして、入口の向こうにいるルナへ意識を向ける。
外では、風が岩壁の間を抜けていた。
――ヒュウ……。
その音の向こうから。
――コツン。
小さな石の転がる音がした。
……ん?
俺は《微振動感知》へ意識を集中する。
少し離れた岩場。
そこに、さっきまではなかった細かな振動があった。
……足音。
それも、1つじゃない。
俺はゆっくり身体を低くした。
「……ルナ」
隣にいた相棒も、すでに耳を立てていた。
「……ああ」
ルナが小さく答える。
「誰か、来るな」
俺は暗い岩陰へ身体を寄せた。
《体表変色》。
周囲の岩に合わせ、表面の色を変える。
ルナも大きな岩の陰へ身を伏せた。
……さて。
どうする。
見つけた荷運びは生きていた。
でも、帰れなかった理由は、ただの事故じゃないかもしれない。
そして、あの金属棒。
……嫌な予感がする。
俺は身体を低く保ったまま、近づいてくる足音を数えた。
……1。
……2。
……3。
少なくとも3人。
足音は、こちらへ向かっていた。
俺は細い触手を、そっと地面へ伸ばした。
まだ動かない。
相手が何者なのか分かるまでは。
絶対に。




