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ゲームだと思ったら原初の生命に転生しました。  作者: くんくん
第2部

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第2部 第54話 9本目の石柱

最初に見たとき、石柱は8本だった。


……と思う。


いや、そこは自信を持って言いたいところなんだけど、何しろ俺の目はまだ発展途上だ。


遠くのものはぼやけるし、細かい模様なんてほとんど分からない。


それでも、太くて背の高い石柱くらいなら数えられる。


1、2、3……。


……8本。


うん。やっぱり8本だ。


俺は丘の上で、もう1度数え直した。


「……何をしておる?」


隣にいたルナが、不思議そうに尋ねてきた。


俺は前脚を折り畳み、触手で石柱の並ぶ方を指した。


「……かぞえ、る」


「石柱をか?」


肯定する。


「ふむ。好きにするがよいが、あまり長居はせぬぞ」


……はいはい。


分かってます。


俺たちは川を渡ったあと、石柱原の手前にある丘まで来ていた。


草原には、巨大な石の柱がいくつも立っている。


その向こうでは、岩甲牛の群れがゆっくり移動していた。


灰色の甲殻に覆われた、大きな身体。


以前、俺たちが谷で遭遇した魔獣と同じ種類だ。


あのときは、首に棘蔓が絡まった1匹が暴れていて、危うく踏み潰されるところだった。


今回は、そんな連中が何匹もいる。


……うん。


絶対に近づきたくない。


「群れが移動し終えるまで、丘の上で待つとしよう」


ルナが言った。


「風上へ回れば、こちらの匂いも届きにくいであろう」


……なるほど。


さすがだな。


彩皮蜥蜴を狩ったときも思ったけど、俺は匂いについてまだまだ知らないことが多い。


《視覚》や《微振動感知》で位置を確かめられても、相手が何を感じ取っているのかまでは分からない。


だから、ルナの経験は本当にありがたかった。


俺は丘の上にある平らな岩へ身体を広げ、草原を眺めた。


岩甲牛たちは、石柱の間をゆっくり進んでいる。


ときどき立ち止まって草を食べたり、互いの身体を擦り合わせたりしていた。


……へえ。


こうして見ると、結構のんびりした生き物なんだな。


あのときの突進が嘘みたいだ。


「岩甲牛は群れを守るとき以外、そう好戦的ではない」


ルナが俺の隣へ座った。


「無闇に刺激せねば、こちらを襲うことも少ないであろう」


……なるほど。


じゃあ、今日のところは見学だけにしておこう。


俺は身体の一部を持ち上げ、目の向きを変えた。


石柱の向こうには、まだ見たことのない草原が続いている。


遠くには低い山並み。


その手前には、木々がまとまって生えている場所も見えた。


……ああ。


いい景色だな。


こういう場所に来ると、本当に旅をしている気分になる。


もっとも。


今の俺は、4本脚の妙な生き物なんだけど。


◇


群れが石柱の奥へ移動するまで、少し時間がかかった。


その間、俺は脚を動かす練習をしていた。


《自在形態型》になってから、身体の形を変えるのは随分楽になった。


ただ、楽になったからこそ気づくこともある。


……この脚、ちょっと長すぎるな。


俺は前脚を少し縮めた。


次に、後ろ脚の接地部分を広げる。


……うん。


これなら、斜面でも踏ん張りやすい。


今度は左右へ身体を傾けてみた。


右。


左。


そして、ゆっくり元へ戻す。


……おお。


前より安定してる。


人間だった頃は、足の形なんて考えたこともなかった。


でも今は、地面の状態に合わせて脚を調整できる。


これは便利だ。


本当に便利なんだけど。


……毎回、自分で調整するのって面倒くさいな。


いつか、考えなくても自然に形を変えられるようにならないものだろうか。


そんなことを思いながら練習していると、ルナが声をかけてきた。


「ノア。そろそろ進めそうだぞ」


……お。


ようやくか。


俺は脚を整え、丘の下へ目を向けた。


岩甲牛の群れは、石柱原の奥へ移動していた。


少なくとも、俺たちが進む予定の道にはいない。


……よし。


それなら、行こうか。


俺たちは丘を下り始めた。


足元には小さな石が多かったが、今の俺なら問題ない。


4本脚で歩きにくいところは、脚を短くする。


大きな岩があれば、触手を伸ばして身体を支える。


ときには、いつもの不定形の姿へ戻って隙間を通る。


……うん。


やっぱり、こういう移動には向いてるな。


「……まったく」


ルナが少し呆れた声を出した。


「貴様は、歩くたびに姿が変わるのだな」


……まあな。


その方が楽なんだから仕方ないだろ。


「ふん。我には真似できぬ芸当だ」


……おっ。


褒めてくれてるのか?


「だが、身体の色まで石に合わせる必要はあるまい」


……え?


俺は自分の身体を確かめた。


いつの間にか、灰色になっている。


……あ。


《体表変色》まで使ってたのか。


無意識に周囲の色へ合わせようとしたらしい。


俺は慌てて元の色へ戻した。


……うーん。


まだ細かな制御は難しいな。


ただ、最近は色を変える速度も少しずつ上がっている気がする。


練習の成果だろうか。


……よし。


この調子でいこう。


やがて、俺たちは石柱原の入口へ到着した。


近くで見る石柱は、想像以上に大きかった。


1本1本が太く、表面にはいくつもの亀裂が走っている。


上の方には苔が生えているものもあり、長い年月をかけて風雨に削られてきたことが分かった。


……すげえ。


何だ、これ。


自然にできたのか?


それとも、誰かが立てたのか?


俺は目を動かし、石柱を見上げた。


ぼんやりとした視界の中でも、その大きさだけはよく分かる。


……いやあ。


迫力があるな。


「この辺りの石柱は、昔から旅人の目印になっておる」


ルナが言った。


「広い草原では、こうしたものがあるだけで方角を確かめやすいからな」


……なるほど。


確かに。


何もない草原だったら、どっちへ進んでいるのか分からなくなりそうだ。


俺は首を動かし、もう1度石柱を数えた。


……1。


……2。


……3。


少し離れたところに4本。


その奥に……。


……ん?


俺は動きを止めた。


……あれ?


ちょっと待て。


数が合わない。


さっき、丘の上から見たときは8本だったはずだ。


でも、今は。


……1、2、3……。


……9。


9本ある。


……え?


俺はもう1度数えた。


今度は、近くの石柱から順番に。


……やっぱり9本。


……おかしいな。


あれ?


俺、さっき数え間違えた?


いや、そんなはずは……。


「……ノア?」


ルナがこちらを向いた。


「どうした?」


俺は石柱の方を指した。


「……9、ほん」


「9本?」


肯定する。


「それがどうした?」


「……さっき、8」


少し音が途切れた。


ルナは一瞬黙り、それから石柱を眺めた。


「……ふむ」


しばらくして、小さく鼻を鳴らす。


「確かに、丘から見たときより1本多く見えるな」


……だろ!?


やっぱり!


俺の勘違いじゃなかった!


……いや。


喜んでる場合じゃない。


石柱が増えるって、どういうことだよ。


「丘からでは、手前の石柱に隠れておったのかもしれぬ」


……ああ。


なるほど。


それなら納得できる。


俺は少し安心した。


……そうだよな。


石柱が勝手に増えるわけないもんな。


俺たちはそのまま、石柱の間を進み始めた。


近づくにつれて、石の表面が少しずつはっきり見えるようになる。


俺は興味深く、1本ずつ観察していた。


ところが。


……ん?


また、妙なことに気づいた。


9本目の石柱。


ほかの石柱と、少しだけ形が違う。


何というか。


……低い?


いや、石柱そのものは結構高い。


でも、下の方が妙に膨らんでいる。


まるで、大きな岩の上に、細長い柱が乗っているみたいだ。


……何だ、あれ。


俺は目を凝らした。


さらに、首を伸ばしてみる。


……ん?


表面に、何かついてるな。


緑色の苔。


茶色い汚れ。


それから……。


……黒い点?


俺は少し近づいた。


黒い点は、石柱の根元にあった。


周囲の石とは違い、少しだけ丸みがある。


……あれ?


何だろう。


俺はさらに首を伸ばした。


すると。


――ぱちっ。


……。


…………。


……え?


今。


あの黒い点。


閉じなかったか?


俺は固まった。


……いや。


まさか。


石柱が瞬きするわけないだろ。


俺はもう1度見た。


黒い点。


その周囲の、細かな皺のようなもの。


そして。


――ぱちっ。


……。


…………。


……目だ。


あれ、目だ!


俺は慌てて後ずさった。


「……ノア?」


ルナが驚いた声を出した。


「何をしておる?」


俺は必死に触手を伸ばした。


9本目の石柱を指す。


「……め!」


「目?」


「……いし、め!」


……くそっ!


こんなときに限って、うまく喋れない!


俺は発声用の構造へ《共鳴膜》を働かせた。


今度は、もう少しゆっくり。


「……いし、め、ある!」


ルナが石柱へ顔を向けた。


「……石に、目?」


その直後だった。


――ゴゴ……。


地面が低く震えた。


……え?


俺は身体を止めた。


《微振動感知》。


地面の奥から、大きな振動が伝わってくる。


しかも、かなり近い。


……まさか。


俺は9本目の石柱へ目を向けた。


すると。


――ゴゴゴ……。


石柱の根元が、ゆっくり持ち上がった。


……え。


いやいや。


ちょっと待って。


周囲の土が崩れる。


苔の生えた表面が、大きく傾く。


そして、その下から。


――ズンッ!


巨大な脚が現れた。


……。


…………。


……は?


石柱が。


歩いた。


「……まさか」


ルナが低く呟いた。


「柱背亀か!」


……ハシラセガメ!?


何だよ、それ!


「背中に石柱のような甲殻を持つ、巨大な魔獣だ。滅多に見られぬと聞いておったが……」


……いやいやいや。


聞いてない!


そんなの聞いてないって!


俺は目の前の光景を見つめた。


さっきまで石柱だと思っていたもの。


その正体は、とんでもなく大きな亀だった。


甲羅の上には、細長い岩のような突起が伸びている。


身体の表面は灰色で、ところどころに苔が生えていた。


さらに、巨大な頭がゆっくり動いている。


……うわ。


でっか。


さっき見た岩甲牛より、ずっと大きい。


いや、これ、本当に魔獣なのか?


山じゃないの?


小さい山が歩いてるんですけど!


「……ノア」


ルナの声が少し硬くなった。


「ゆっくり下がるぞ」


……うん。


大賛成。


こんな相手に喧嘩を売るつもりはない。


絶対にない!


俺は脚を崩し、身体を低く広げた。


できるだけ余計な振動を立てないよう、少しずつ後ろへ移動する。


ルナも静かに距離を取った。


すると、柱背亀がゆっくり頭を動かした。


大きな目が、こちらへ向く。


……あ。


見られた。


完全に見られた。


俺はその場で固まった。


柱背亀は、しばらく俺たちを見つめていた。


……。


…………。


……頼む。


襲ってこないでくれ。


俺、食べてもおいしくないと思うから。


いや、食べたことないから分からないけど!


やがて、柱背亀はゆっくり頭を下げた。


そして。


――むしゃ。


……ん?


目の前の草を食べ始めた。


……。


…………。


……え?


草?


普通に草を食べてる?


「……ふむ」


ルナが小さく息を吐いた。


「どうやら、こちらに興味はないようだな」


……マジか。


俺は少し力を抜いた。


柱背亀は、相変わらず草を食べている。


巨大な頭をゆっくり動かし、周囲の植物をむしり取っていた。


……何だ。


おとなしいのか。


いや。


おとなしいからって、安心はできない。


さっき歩いただけで、地面があんなに揺れたんだぞ。


踏まれたら、一瞬で潰れるだろう。


……うん。


距離は取っておこう。


俺たちは少し離れた岩陰へ移動し、柱背亀の様子を眺めることにした。


「……驚いたな」


ルナが言った。


「我も、実物を見るのは初めてだ」


……おお。


ルナでも初めてなのか。


「柱背亀は、長い年月をかけて甲殻へ鉱物を蓄えると聞く。年を経た個体ほど、背中の突起が大きくなるらしい」


……へえ。


なるほど。


だから、石柱みたいになってるのか。


俺はもう1度、目を向けた。


柱背亀の背中には、灰色の突起が1本伸びている。


その表面には苔が生え、小さな植物まで根を張っていた。


……すげえ。


本当に、動く岩山だな。


しかも。


……ん?


俺は少し考えた。


こういう魔獣にも、《捕食》できるんだろうか。


いやいや。


駄目だ駄目だ。


いくら俺でも、あんなのは無理だ。


あれだけ巨大な身体を相手に、今の俺が何をできるっていうんだ。


《硬質外皮》?


《粘着性》?


《弾性組織》?


……全部使っても、勝てる気がしない。


むしろ、触手を1本踏まれただけで終わりそうだ。


俺は小さく身体を丸めた。


……うん。


今日は観察だけにしよう。


世の中には、戦っちゃいけない相手もいるんだ。


ルナが楽しそうに笑った。


「……ふふっ。貴様、何やら考え込んでおるな」


……いや。


別に。


食べたいとか思ってませんよ?


本当に。


「まさか、あの巨体まで捕食しようと考えておるのではあるまいな」


……。


…………。


……何で分かるんだよ!


俺は慌てて触手を振った。


「くくっ。やはりな」


……くそっ。


読まれてる。


完全に読まれてる。


まあ、今回は本当にやらないけどさ。


◇


柱背亀は、しばらく草を食べたあと、ゆっくり移動を始めた。


――ズン……。


――ズン……。


1歩進むたびに、地面が大きく震える。


俺は《微振動感知》を使い、その動きを確かめていた。


……おお。


これ、すごいな。


普通の魔物の足音とは、まるで違う。


遠くから伝わる振動まで、はっきり分かる。


しかも、1歩ごとにかなりの間隔がある。


本当に、ゆっくり歩いているんだ。


「……む?」


ルナが耳を動かした。


「どうやら、岩甲牛の群れと同じ方向へ向かっておるな」


……ん?


俺は目を向けた。


確かに。


柱背亀は、岩甲牛たちが移動していった方へ進んでいる。


……何だろう。


あっちに何かあるのか?


俺は少し考えた。


草原の向こうには、低い岩山。


その手前には、木々がまとまって生えている場所もあった。


……水場?


もしかして、そういうことか?


俺はルナの方へ顔を向けた。


「……みず?」


「水?」


俺は柱背亀の進む方向を指した。


ルナは少し考えてから、頷いた。


「……ああ。水場へ向かっておるのかもしれぬな」


……やっぱり。


この草原は広い。


でも、見える範囲には大きな川がない。


あれだけ大きな魔獣たちなら、相当な量の水が必要だろう。


……なるほど。


群れが向かう先には、水場があるかもしれない。


これは、ちょっと面白いな。


俺は身体を持ち上げた。


「……いく?」


ルナがこちらを見る。


「貴様、ついていくつもりか?」


俺は身体を上下させた。


「……ふむ」


ルナは少し考えた。


「確かに、水場の位置が分かれば、今後の旅にも役立つであろう」


……だろ?


「だが、魔獣の群れへ近づくのは危険だ。十分に距離を取り、様子を見るだけにするぞ」


……了解。


それで十分だ。


俺たちは柱背亀から大きく距離を取り、石柱の間を進むことにした。


もちろん、直接追いかけるわけじゃない。


高い場所へ移動し、相手の進む方向を確かめながら、安全な道を選ぶ。


……うん。


こういう移動なら、俺も得意になってきた。


途中には、大きな岩がいくつも転がっていた。


俺は脚を短くし、岩の隙間へ身体を滑り込ませる。


ルナは少し遠回りして、歩きやすい場所を選んだ。


以前なら、別々の場所を進むのは少し不安だったかもしれない。


でも、今は違う。


俺には目がある。


声もある。


必要なら、すぐに呼びかけることができる。


……それに。


ルナの姿を見失わない程度の距離なら、何も問題ない。


俺は岩の上へ少しだけ身体を持ち上げ、周囲を見渡した。


……お。


いた。


柱背亀は、まだゆっくり歩いている。


その少し先には、岩甲牛の群れ。


……なるほど。


どうやら、同じ場所を目指しているらしい。


「……ノア!」


少し離れた場所から、ルナの声がした。


俺は首を向けた。


「こちらへ来い。道が開けておるぞ」


……おう。


俺は身体を低くし、岩の隙間から抜け出した。


そのまま、ルナのいる場所へ向かう。


……うん。


いい感じだ。


最近は、こうした地形でも移動に迷わなくなってきた。


脚を使うか。


触手を使うか。


身体を広げるか。


その場で選べる。


……ああ。


これが《自在形態型》の強みなんだな。


俺は少し嬉しくなった。


そのとき。


――ズンッ!


突然、地面が大きく揺れた。


……ん!?


俺は身体を止めた。


……今の、何だ?


柱背亀の足音とは違う。


もっと短く、強い振動。


俺は目を向けた。


すると。


……あ。


柱背亀が、片脚を大きな窪みへ踏み込んでいた。


周囲の土が崩れ、巨大な身体が少し傾いている。


……え?


大丈夫か、あいつ。


俺は思わず身体を持ち上げた。


柱背亀はしばらく動かなかった。


それから、ゆっくり脚を引き抜こうとする。


――ゴゴ……。


……おお。


動いた。


ただし、窪みの周囲がさらに崩れている。


……うわ。


危ないな。


俺は少し心配になって眺めていた。


だが、柱背亀は慌てた様子もなく、反対側の脚へ体重を移した。


そして。


――ズンッ。


……おお。


抜けた。


何事もなかったように、また歩き始めた。


……すげえ。


あれだけ巨大な身体でも、ちゃんとバランスを取れるんだな。


俺は自分の脚を見た。


短い前脚。


太い後ろ脚。


そして、身体を支える触手。


……何だろう。


ちょっと参考になるな。


柱背亀は、急いで脚を引き抜こうとしなかった。


反対側へ重さを移してから、ゆっくり動かしていた。


……なるほど。


力任せに動けばいいってものじゃないのか。


俺は試しに、片方の脚を少し持ち上げた。


すると、身体が傾く。


……おっと。


俺は反対側の脚を少し太くし、重さを移す。


……おお。


安定した。


なるほど。


こういうことか。


「……ノア?」


ルナがこちらを向いた。


「また何か試しておるのか?」


俺は身体を上下させた。


「ふむ。まったく、見ていて飽きぬやつだな」


……へへ。


まあな。


せっかく面白い生き物を見つけたんだ。


観察して、使えそうなところは真似してみたい。


それくらいは、いいだろ?


ルナは小さく笑った。


「ただし、あの巨体まで真似る必要はないぞ」


……。


……いや。


さすがに、そこまでは考えてなかったけど。


……ちょっとだけ。


……少しは考えたかもしれない。


俺は目を逸らした。


「……くくっ」


……笑うな!


まだ何も言ってないだろ!


◇


やがて、草原の向こうに水場が見えてきた。


……おお。


やっぱり!


俺は思わず身体を持ち上げた。


低い岩山のふもとに、広い水たまりのような場所がある。


いや、水たまりというには大きい。


小さな池だ。


その周囲には背の低い草が生え、岩甲牛の群れが集まっていた。


柱背亀も、ゆっくりとそちらへ近づいていく。


……なるほど。


ここが水場だったのか。


「……ふむ」


ルナが少し嬉しそうに言った。


「よい場所を見つけたな」


俺は身体を上下させた。


……だろ?


まあ、見つけたのは俺たちじゃなくて、あの魔獣たちだけど。


「だが、今は近づけぬな」


……うん。


それはそうだ。


池の周囲には、大きな魔獣が何匹も集まっている。


水を飲んでいる岩甲牛。


草を食べている個体。


そして、少し離れたところには柱背亀。


……うわ。


何だ、この光景。


まるで、巨大生物の集会じゃないか。


俺は少し高い岩の上へ身体を持ち上げ、しばらく眺めていた。


すると、柱背亀が池の端へ近づいた。


巨大な頭をゆっくり下げる。


そして、水を飲み始めた。


……おお。


本当に普通の生き物なんだな。


いや、普通じゃないけど。


とんでもなく大きいけど。


でも、やってることは俺たちと変わらない。


歩いて。


草を食べて。


水を飲む。


……何だか、不思議だな。


俺は少し考えた。


最初は石柱だと思っていた。


動いたときは、ものすごく驚いた。


でも、今はこうして、普通に暮らしている姿を見ている。


……そうか。


この世界には、まだ知らない生き物がたくさんいるんだ。


その中には、俺の想像を超えるようなものもいる。


……面白い。


本当に、面白いな。


俺は身体を少し持ち上げた。


「……ルナ」


「何だ?」


「……すごい」


少し震えた声だった。


でも、ちゃんと伝わったらしい。


ルナが小さく笑う。


「……うむ」


その声は、いつもより少し穏やかだった。


「この世界は、まだまだ広いぞ」


……そうだな。


俺はもう1度、池の方へ目を向けた。


遠くには、まだ知らない土地が続いている。


丘。


森。


岩山。


そして、もっと遠くには。


……何があるんだろうな。


俺は少し考えた。


次は、どんな場所へ行こう。


どんな生き物と出会おう。


どんな性質を手に入れられるだろう。


……いや。


今は、そんなことばかり考えなくてもいいか。


たまには、こうして眺めているだけでも十分楽しい。


俺は身体を地面へ広げた。


隣では、ルナがゆっくり身体を伏せている。


池の向こうでは、柱背亀が水を飲み終え、また歩き始めていた。


――ズン……。


――ズン……。


大きな足音が、草原へ広がっていく。


……ああ。


何だか、いい音だな。


俺はしばらく、その振動を感じていた。


やがて柱背亀は、池の向こうにある石柱の間へ進んでいった。


そして。


……ん?


俺は目を凝らした。


大きな身体が、ゆっくり止まる。


4本の脚を折り畳み、地面へ伏せる。


首を甲殻の下へ引っ込める。


……おお。


寝るのか?


そのまま、動かなくなった。


遠くから見れば、もう完全に石柱だ。


……なるほど。


こうやって、普段は石に紛れてるのか。


俺は思わず、身体の色を灰色へ変えた。


近くの岩へ身体を寄せ、じっとしてみる。


……どうだ。


俺も石っぽくなっただろ。


「……ノア」


ルナがこちらを向いた。


「何をしておる?」


俺は触手を小さく持ち上げた。


「……いし」


「石?」


肯定する。


ルナはしばらく俺を見つめた。


それから。


「……ふふっ」


……ん?


何だよ。


「貴様は、石に化けるのが好きだな」


……いや。


好きってわけじゃないんだけど。


俺は少し不満になって、身体の端を揺らした。


すると、ルナが楽しそうに笑った。


「まあ、よい。だが、あの柱背亀と並べば、貴様など小石であろうな」


……。


…………。


……小石。


俺は遠くの柱背亀を見た。


あの巨大な身体。


背中の石柱。


そして、その周囲に広がる草原。


……うん。


確かに。


あれと比べたら、俺なんて小石だな。


俺は少し考えた。


でも。


……いつか、あんなに大きくなれるんだろうか。


いや、別に巨大化したいわけじゃない。


ただ、どんな姿にだってなれるようになりたい。


必要なら小さく。


必要なら大きく。


そして、必要なときに、必要な形へ。


……そう考えると。


やっぱり、俺の身体にはまだまだ可能性がある。


俺はゆっくり身体を元の色へ戻した。


「……さて、ノア」


ルナが立ち上がった。


「そろそろ休む場所を探すぞ。水場へ近づくのは、魔獣たちが離れてからだ」


俺は身体を上下させた。


……了解。


俺たちは池から少し離れた高台へ向かった。


そこには、大きな岩がいくつも重なり、風を避けられる窪みがあった。


……お。


いい場所じゃないか。


俺は身体を広げ、地面の状態を確かめた。


硬い土。


小さな石。


周囲には、危険そうな足跡も見当たらない。


……うん。


今夜は、ここで休めそうだな。


ルナも気に入ったらしく、岩陰へゆっくり身体を伏せた。


「……ふむ。悪くない」


俺は荷物を下ろし、隣へ身体を広げた。


……ああ。


落ち着く。


今日は、特に大きな戦闘もなかった。


新しい性質を手に入れたわけでもない。


でも。


……すごいものを見たな。


9本目の石柱。


その正体は、巨大な柱背亀だった。


俺は遠くへ目を向けた。


夕暮れの草原。


水場に集まる魔獣たち。


そして、石柱の間で眠る巨大な生き物。


……うん。


今日は、いい日だった。


そう思った、そのとき。


「……ノア」


ルナが声をかけてきた。


……ん?


「明日は、あの水場を迂回して先へ進むぞ」


俺は身体を上下させた。


「その先には、また別の土地が広がっておるはずだ」


……おお。


楽しみだな。


俺は小さな目を動かし、遠くの草原を眺めた。


……さて。


明日は、どんな景色が見られるんだろう。


そんなことを考えながら、俺はゆっくり身体を丸めた。


ちなみに。


今日の教訓。


石柱は、ちゃんと数えよう。


……いや。


数えても、動いたら意味ないんだけどな。

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