第2部 第47話 色を食べる
「……あれ?」
俺は身体の上部に作った目を、もう1度動かした。
緑色の葉。
茶色い木の幹。
その間に、さっきまで何かがいたはずなんだけど……。
……いない。
おかしいな。
確かに、何かが動いたんだ。
「どうした、ノア」
隣からルナが声をかけてきた。
俺は目を崩さず、触手だけを伸ばして木の根元を指した。
「何かおるのか?」
肯定する。
ルナがそちらへ顔を向ける。
「……ふむ」
しばらくして、小さく鼻を鳴らした。
「なるほど。貴様には、なかなか面白い相手かもしれぬな」
……ん?
どういうこと?
◇
トルゼを出発した俺たちは、南へ続く街道から少し外れ、森の浅い場所を歩いていた。
といっても、奥深くまで入るつもりはない。
ルナの右後ろ脚はまだ回復途中だし、俺たちの所持金は銅貨2枚。
もし大きな怪我でもしたら、治療費すら払えるか怪しい。
……うん。
改めて考えると、結構危ない生活してるな、俺たち。
もっとも、何もせずに旅を続けても、所持金は増えない。
昨日はギルドで針背鼠を捕まえて報酬をもらったけど、毎回都合よく仕事が見つかるとも限らない。
なら、自分たちで素材を集められるようになった方がいい。
もちろん、俺には捕食も必要だ。
……つまり。
今日は狩りだ!
ただし、獲物を見つけたからといって無闇に襲うつもりはない。相手の強さを確かめて、勝てそうなら挑む。
昨日までの俺だったら、こんなことを考える余裕もなかっただろう。
でも、今は違う。
少しずつとはいえ、俺は強くなっている。
……たぶん。
「貴様、今また妙なことを考えたであろう」
ルナが言った。
……え?
いや、別に?
「ふん。何でもよいが、森では周囲への警戒を怠るでないぞ」
俺は触手を上下させた。
……了解。
その直後に見つけたのが、今の謎の生き物だった。
確かに何かが動いたのに、目で探すと見つからない。
俺は試しに《微振動感知》へ意識を集中した。
地面に触れた身体から、周囲の細かな揺れを探る。
……ん。
いる。
木の根元。
そこから少し上へ、何かが移動している。
俺は視界を戻した。
……あれ?
やっぱり見えない。
いや、正確には、そこに何かあるような気もする。
木の幹に、少しだけ不自然な膨らみがある。
……ん?
俺は目を凝らした。
その瞬間。
――カサッ。
茶色い膨らみが、突然緑色の枝へ移動した。
……おおっ!?
いた!
しかも、今度は枝の葉と同じような色になっている。
……え?
どういうこと?
「見えたか?」
ルナが尋ねた。
俺は勢いよく身体を上下させた。
「彩皮蜥蜴だ」
……サイヒトカゲ?
「周囲の色に合わせて、体表を変える魔物だ。森ではなかなか見つけにくい」
……おお。
カメレオンみたいなやつか!
俺は思わず身体を持ち上げた。
それって、すごくない?
「身体の色を変えるだけだ。完全に姿を消すわけではないがな」
……いやいや。
十分すごいって!
だって、今の俺には《構造形成》がある。
もし、身体の色まで自由に変えられたら。
……ちょっと待て。
それって、かなり面白いことになるんじゃないか?
俺はもう1度、木の枝へ視線を向けた。
彩皮蜥蜴は、じっと動かずにいる。
体長は、俺の身体を細長く伸ばしたくらいだろうか。
四肢は短いが、枝を掴むための爪が発達している。
背中には細かな鱗。
そして、周囲の葉とほとんど同じ緑色の身体。
……欲しい。
あの能力、めちゃくちゃ欲しい。
「……ノア」
ルナが少し呆れた声を出した。
「貴様、あれを捕食するつもりであろう」
俺は大きく身体を上下させた。
「やはりな」
……分かりやすすぎるのかな、俺。
「だが、簡単な相手ではないぞ。彩皮蜥蜴は臆病だが、追い詰められると激しく噛みつく」
なるほど。
見つかりにくい上に、噛まれたら厄介なのか。
「それに、木の上では非常に素早い。我の脚では追いかけられぬ」
……うん。
それは無理しなくていい。
今回は、俺がやってみたい。
俺は触手を伸ばし、自分の身体を軽く叩いた。
「……おれ」
「貴様がやるのか?」
肯定する。
ルナはしばらく考えていたが、やがて頷いた。
「よかろう。ただし、危なくなれば我も手を貸す」
……おう。
頼りにしてる。
俺は身体を低く広げ、彩皮蜥蜴のいる木へ近づいた。
まず、地面を伝わる振動を確認する。
木の根を通して、小さな揺れが伝わってきた。
……うん。
まだ同じ枝にいる。
俺は細い触手を伸ばした。
木の幹に触れ、《粘着性》を働かせる。
そのまま、身体の一部をゆっくり持ち上げた。
……よし。
登れる。
この身体、意外と木登りにも向いてるんだな。
ただし、全身を持ち上げると負担が大きい。
俺は身体の大部分を地面に残し、長い触手だけを幹に沿って伸ばした。
狙うのは、枝の上にいる彩皮蜥蜴。
もう少し。
……あと少し。
すると。
――カサッ!
相手が突然動いた。
……あ!
逃げた!
俺は慌てて視界を向ける。
だが、彩皮蜥蜴は隣の枝へ飛び移り、また色を変えてしまった。
……くそっ。
やっぱり速いな。
俺は触手を引き戻した。
無理に追いかけても、振り回されるだけだ。
……どうする?
目で探すのは難しい。
木の上にいる相手は、《微振動感知》だけでは位置を掴みにくい。
でも、木の幹へ直接触れれば、そこを伝わる動きは分かる。
……あ。
だったら。
俺はもう1度、木の根元へ身体を広げた。
細い触手を2本作る。
片方は木の幹へ。
もう片方は、隣の木の根へ伸ばした。
両方の木に接触することで、少しでも動きを拾いやすくする。
……よし。
準備完了。
俺はわざと、最初の木の幹を軽く叩いた。
――トン。
すると。
――カサッ!
彩皮蜥蜴が動いた。
今度は隣の木へ移ったらしい。
……おっ。
思ったとおりだ。
相手は、俺の触手から逃げようとしている。
だったら、その逃げ道を利用すればいい。
俺はさらに身体を広げ、隣の木の低い枝へ触手を伸ばした。
細長く。
なるべく薄く。
枝の表面に沿わせて、《粘着性》を働かせる。
……よし。
ここで待つ。
彩皮蜥蜴は、しばらく動かなかった。
俺が追ってこないことを確かめているのかもしれない。
……臆病っていうのは、本当みたいだな。
だったら、焦る必要はない。
俺は木に接した触手を動かさず、相手の小さな振動へ集中した。
やがて。
――カサ、カサッ。
彩皮蜥蜴が動き始めた。
幹を伝い、少しずつ下へ移動している。
……ん?
そっちか。
どうやら、俺が予想した枝とは違う方向へ降りようとしているらしい。
……まずい。
このままだと逃げられる。
俺は薄く広げていた触手を引き戻し、相手の進行方向へ移そうとした。
だが、そのとき。
――ザッ!
突然、強い振動が伝わった。
……え?
彩皮蜥蜴が、思いきり地面へ飛び降りたらしい。
……うわっ!
予想外!
しかも。
――ダダッ!
速い!
小さな足音が、一気に遠ざかっていく。
俺は慌てて身体を縮め、後を追った。
……待て待て!
そっちへ行くのか!
俺は地面を滑りながら、《微振動感知》で位置を追う。
だが、彩皮蜥蜴は木の根を飛び越え、落ち葉の中をすり抜けていく。
……くそっ。
思った以上に逃げるのが上手い!
俺は身体の下側へ短い脚を作ろうとして、途中でやめた。
こんな場所で慣れない脚を使っても、落ち葉や根に引っかかるだけだ。
それなら、今の形で追った方が速い。
……よし。
俺は身体をさらに低く広げた。
地面に接する面積を増やし、木の根を避けながら進む。
彩皮蜥蜴は、少し先で動きを止めた。
……ん?
俺は身体を止めた。
相手の足音が消えている。
でも、すぐ近くにいるはずだ。
俺は小さな目を形成した。
視界が広がる。
緑の草。
茶色い土。
灰色の石。
……あ。
石か。
少し先に、平らな岩がある。
その表面に、茶色いものが張りついていた。
……ん?
俺は目を凝らした。
すると、茶色いものがゆっくり灰色へ変わっていく。
……おお。
すげえ。
今度は岩の色に合わせてる!
俺は夢中になって、その変化を眺めた。
……いや。
感心してる場合じゃない。
獲物だ、獲物。
相手は岩の上でじっとしている。
たぶん、もう見つかっていないと思っているんだろう。
……なるほど。
だったら、今がチャンスだ。
俺は身体の横側から、細い触手を伸ばした。
しかし、彩皮蜥蜴はすぐに気づいた。
――ザッ!
また逃げる!
……って。
あれ?
動きが少し鈍い。
さっきより、明らかに遅い。
俺は視界を岩の上へ向けた。
彩皮蜥蜴の身体は、まだ灰色になりきっていない。
緑色の部分が少し残っている。
……なるほど。
色を変えるのにも、時間がかかるのか。
それなら。
俺は触手を勢いよく伸ばし、岩の上を軽く叩いた。
――バンッ!
彩皮蜥蜴が驚き、岩から飛び降りた。
その先は、濃い緑色の草地。
相手は地面へ着地し、すぐに身体を低くする。
……あ。
灰色のままだ。
緑へ変わるまで、ほんの少し時間がある。
俺はその隙を逃さず、身体を前へ滑らせた。
「……今だ!」
短い声とともに、触手を伸ばす。
視界が一瞬ぼやけたが、もう位置は分かっている。
俺は《粘着性》を働かせ、相手の後ろ脚へ触手を絡ませた。
――ペタッ!
……おっ!
捕まえた!
だが、次の瞬間。
――ガブッ!
……っ!?
彩皮蜥蜴が振り向き、触手へ噛みついた。
……痛っ!
いや、だから痛みとは少し違うんだけど!
とにかく、嫌な感覚が走る。
しかも、こいつの歯は細かく鋭い。
柔らかい触手の表面が、簡単に傷ついてしまう。
……くそっ!
俺は慌てて《硬質外皮》を働かせた。
噛まれている部分だけを硬くする。
――ガリッ!
今度は歯が深く食い込まなかった。
……よし。
これなら。
俺は触手を引くのではなく、相手の動きに合わせて少し緩めた。
彩皮蜥蜴が身体をひねる。
その瞬間、俺は別の触手を伸ばし、反対側の脚へ絡ませた。
……よし!
両脚を押さえた!
相手が激しく暴れる。
でも、今度は無理に力比べをしない。
《弾性組織》を触手の内部へ働かせ、急な動きの衝撃を逃がす。
引っ張られても、少し伸びる。
そして、相手が力を緩めた瞬間に縮める。
……おお。
これ、思った以上にいいぞ。
昨日の鉤爪鷹との戦いで使った方法が、こんなところでも役に立つとは。
俺は身体を広げ、彩皮蜥蜴を包むように動いた。
ただし、頭の正面には近づかない。
噛まれたら厄介だからな。
相手の脚と胴体を押さえ、動ける範囲を少しずつ狭めていく。
……よし。
あと少し。
彩皮蜥蜴が最後に大きく暴れた。
しかし、その動きに合わせて触手を伸ばし、勢いが弱まったところで固定する。
……捕まえた。
俺は身体を低くしたまま、しばらく動かなかった。
相手はまだ抵抗しているが、逃げ出せるほどの力は残っていないらしい。
……さて。
このまま《捕食》してしまえば、倒すことはできる。
でも。
俺は少し考えた。
今回は、初めから素材も持ち帰るつもりだった。
せっかく捕まえたんだ。
全部食べたら、また報酬ゼロになってしまう。
……それは避けたい。
俺は身体の一部を硬くし、相手の首元へ短い突起を作った。
狙いを定め、一気に押し込む。
彩皮蜥蜴が大きく震えた。
それから、少しずつ動きが弱まっていく。
俺は完全に動かなくなったことを確かめてから、ようやく触手を緩めた。
……ふう。
勝った。
しかも、今回は結構うまくいった気がする。
相手の動きを観察して、逃げ道を考え、色を変える時間まで利用できた。
……うん。
こういう戦い方、俺には合ってるかもしれない。
「……ノア!」
少し離れた場所から、ルナの声が聞こえた。
「無事か?」
俺は身体を持ち上げた。
「……うん!」
おっと。
ちょっと大きな声が出た。
ルナがゆっくり近づいてくる。
「ふむ。倒したのか」
俺は身体を上下させた。
「なかなかやるではないか」
……おお。
褒められた。
「しかも、我が手を貸す前に終わらせるとはな」
……へへ。
少しは成長しただろ?
俺は得意になって、触手を持ち上げた。
すると、ルナが急に笑い始めた。
「……くくっ」
……ん?
何がおかしい?
「貴様、得意げな姿だけは随分と立派になったな」
……おい。
それ、褒めてるのか?
「もちろんだ」
……絶対違うだろ。
俺は抗議するように触手を揺らした。
すると、ルナは楽しそうに笑い続けた。
……まったく。
まあ、いいけどさ。
◇
「……さて、ノア」
ルナが倒れた彩皮蜥蜴を見ながら言った。
「今度は、素材を残すのであろう?」
……おう。
もちろん。
俺は身体を上下させた。
「ならば、背中の鱗を傷つけぬようにせよ。あの色の変わる部分は、装飾品や細工に使われることがある」
……おお。
それは売れそうだ。
俺は触手を伸ばし、相手の背中へ触れた。
細かな鱗が並んでいる。
表面は少しざらついているが、硬すぎるわけではない。
俺は《硬質外皮》で触手の先端を細く固め、慎重に鱗の一部を外していった。
……難しいな。
無理に引っ張ると、すぐに傷がついてしまう。
でも、少しずつなら何とか。
時間をかけて、傷の少ない鱗をいくつか取り外した。
……よし。
これで少なくとも、全部食べたことにはならない。
俺は鱗を布で包み、荷物入れへ固定した。
残った身体は、俺の食料だ。
俺はゆっくり《捕食》を開始した。
比較的柔らかい部分から取り込み、少しずつ消化していく。
さっきまで相手の身体を覆っていた鱗。
その下にある筋肉。
そして、色を変える仕組みを持つ皮膚。
……なるほど。
本当に不思議な身体だ。
触手で触れてみると、皮膚の表面には細かな層が重なっていた。
その一部が、わずかに伸び縮みするような感触もある。
……これが色を変える仕組みなのかな。
俺は興味深く確かめながら、捕食を続けた。
やがて。
《捕食が完了しました》
……お。
終わった。
今回はどうだろう。
俺は少し期待しながら待った。
すると。
《性質吸収の条件を満たしました》
……きた!
やっぱり!
続いて、新しい表示が現れた。
《新たな性質を獲得しました》
《体表変色》
……。
…………。
……おおお!
きたあああ!
俺は思わず身体を持ち上げた。
「……ノア?」
ルナが驚いた声を出す。
「どうした?」
俺は急いで、自分の身体の表面へ意識を集中した。
《体表変色》。
試しに働かせてみる。
……ん?
何かが変わったような気がする。
でも、自分ではよく分からない。
俺は小さな目を形成した。
視界を身体の前側へ向ける。
……え?
何だこれ。
さっきまで薄く濁った色をしていた身体の一部が、少し緑色になっている。
……おお!
変わってる!
本当に変わってるぞ!
俺はさらに意識を集中した。
周囲の草と同じような緑色を思い浮かべる。
すると、身体の表面が少しずつ変化していった。
……おおお。
すげえ。
色が変わる!
俺、色まで変えられるようになった!
「……ほう?」
ルナが近づいてきた。
「貴様、今度は身体の色を変えたのか?」
俺は勢いよく身体を上下させた。
「……なるほど」
ルナが感心したように言った。
「彩皮蜥蜴の性質を取り込んだのだな」
肯定する。
「ふむ。これは面白い」
……だろ?
かなり面白いだろ?
俺はさらに身体の色を変えようとした。
緑から茶色へ。
そして、また緑へ。
……おお。
できる。
まだ変化するのに少し時間がかかるけど、ちゃんと自分の意思で調整できる。
ただし、目を維持しながら全身の色を変えようとすると、急に負担が増えた。
……うっ。
これは難しい。
俺は目を崩し、色を変えることだけに集中した。
身体の前側。
右側。
後ろ側。
順番に色を変えていく。
……よし。
できた。
「……ノア」
ルナが声をかけてきた。
「貴様、今どういう姿になっておるか分かっておるか?」
……え?
緑色じゃないの?
「……いや」
ルナが少し間を置いた。
「緑と茶色が、妙な具合に混ざっておる」
……え?
「まるで、苔の生えた石だな」
……。
…………。
……おい。
また石かよ!
せっかく新しい能力を手に入れたのに!
「くくっ。だが、悪くない」
ルナが笑う。
「森の中なら、じっとしておれば見つかりにくいであろう」
……お。
確かに。
俺は身体を低く広げ、近くの草の中へ移動してみた。
そのまま、緑色の部分を少し増やす。
……よし。
これなら。
「……ふむ」
ルナが少し離れた位置から声をかけた。
「動かなければ、なかなか分かりにくいな」
……おお!
成功じゃん!
俺は嬉しくなって、触手を高く持ち上げた。
「……動いたらすぐ分かるがな」
……。
……ですよね。
まだ完璧じゃないらしい。
俺は身体の色を元へ戻し、ゆっくり広げた。
……ふう。
新しい能力を使うのは、やっぱり疲れるな。
しかも、今のところは周囲の色に合わせるだけで精一杯だ。
複雑な模様を作るのは難しいし、目を使いながら全身の色を変えるのも負担が大きい。
それでも。
……いいぞ。
かなりいい。
これなら、森で隠れるときにも役立つ。
それだけじゃない。
《構造形成》で身体の形を変えて、《体表変色》で色まで合わせられれば。
……もっと、いろんな姿になれるんじゃないか?
俺は自分の身体へ意識を向けた。
不定形の身体。
必要に応じて伸びる触手。
短い脚。
小さな目。
そして、色を変えられる体表。
……なるほど。
今まで、形を作ることばかり考えていた。
でも、見た目って形だけじゃないんだな。
色。
模様。
表面の質感。
そういうものが組み合わさって、初めて生き物らしい姿になる。
……そうか。
俺の身体、まだまだ変わる余地があるんだ。
俺は何となく、身体の下側へ脚を4本作ってみた。
前に2本。
後ろに2本。
次に、身体の前側を少し長く伸ばす。
最後に、上部へ小さな突起を2つ。
……よし。
これで、どうだ?
「……ノア?」
ルナの声がした。
「貴様、何を作っておる?」
俺は身体を上下させた。
……ふふふ。
どうだ?
今度は、ちょっと獣っぽくなったんじゃないか?
俺は《体表変色》を働かせ、身体の表面を茶色に変えてみた。
……よし。
完成!
「……ふむ」
ルナが少し考え込んだ。
「……何のつもりだ?」
……え?
いや、獣っぽい形ですけど。
「脚が4本で、頭らしい部分があり……耳もつけたのか?」
……おお。
ちゃんと分かってくれた。
俺は嬉しくなって身体を上下させた。
「……なるほど」
ルナが頷いた。
そして。
「不格好な小獣だな」
……。
…………。
……おい!!
もう少し言い方あるだろ!
「くくっ。だが、以前の脚の生えた岩よりは、多少それらしくなったぞ」
……多少かよ!
俺は思わず触手を振った。
すると、形成していた耳がぐにゃりと崩れた。
……あ。
やっぱり、まだまだ練習が必要だ。
ルナが楽しそうに笑う。
「焦るでない。貴様の身体は、まだまだ変わるのであろう?」
……うん。
そうだな。
焦る必要はない。
今日だって、新しい性質を手に入れたんだから。
俺は作った脚を崩し、いつもの形へ戻った。
身体の色も、ゆっくり元に戻していく。
……ああ。
楽だ。
やっぱり、慣れない形を維持するのは疲れるな。
でも、今日は確かな成果があった。
彩皮蜥蜴を自分の力で倒した。
素材も残せた。
そして、《体表変色》を獲得した。
……よし。
上出来だろ。
俺は荷物入れの中にある鱗を確かめた。
トルゼのギルドへ持っていけば、いくらかで買い取ってもらえるかもしれない。
もちろん、値段は分からない。
でも、少なくとも今回は手ぶらじゃない。
……よかった。
これでまた報酬ゼロだったら、さすがに悲しすぎる。
「さて、ノア」
ルナが声をかけてきた。
「そろそろ戻るか。まだ日が高いうちに町へ着きたい」
俺は身体を上下させた。
……そうだな。
ルナの脚にも、これ以上負担をかけたくない。
今日はもう十分だ。
俺たちは来た道を引き返し、街道へ戻ることにした。
途中、俺は何度か身体の色を変えてみた。
緑。
茶色。
薄い灰色。
……おお。
楽しい。
人間だった頃、ゲームのキャラクターの見た目を変更するのが好きだったけど。
今は、それを自分の身体でやっている。
しかも、見た目だけじゃない。
実際に身体の構造まで変えられる。
……何だか、すごいことになってきたな。
「……ノア」
ルナが声をかけてきた。
……ん?
「貴様、歩くたびに色が変わっておるぞ」
……あ。
やべ。
意識してないと、色が安定しないのか。
俺は慌てて変色を止めた。
「ふふっ。まるで、落ち着きのない苔だな」
……。
……苔って。
せめて、もう少しかっこいいものに例えてくれよ。
俺は触手を揺らしながら、ルナの隣を進んだ。
森の出口が近づくと、地面の振動が変わった。
柔らかい土から、踏み固められた街道へ。
遠くには、荷車の車輪の音も聞こえる。
……ああ。
戻ってきた。
俺は身体の上部に小さな目を作り、街道の向こうを見た。
トルゼの町は、まだ少し遠い。
それでも、石造りの城壁らしい灰色の線がぼんやり見えた。
……よし。
今日は、ちゃんと稼げるかな。
俺は荷物に入れた鱗をもう1度確かめた。
そのとき。
「……ノア」
ルナが静かに声をかけてきた。
「今日の貴様は、なかなか頼もしかったぞ」
……ん?
俺は身体を持ち上げた。
「以前は、我が先に敵を見つけ、貴様を守ることが多かった」
……そうだな。
「だが、今日は違った。自分で獲物を見つけ、考えて戦い、最後までやり遂げた」
……うん。
そう言われると、ちょっと嬉しい。
「しかも、我が手を貸す必要もなかった」
……おお。
そこまで褒められると、さすがに照れるな。
俺は触手を小さく揺らした。
「これなら、我の脚が完全に治る頃には、貴様も随分と強くなっておるかもしれぬな」
……そうか。
ルナの脚が治る頃には。
俺は少し考えた。
今はまだ、ルナが走れない。
だから、無理な旅はできない。
でも、いつか怪我が治ったら。
一緒にもっと遠くまで行ける。
もっと強い魔物にも挑める。
まだ知らない場所を、2人で見に行ける。
……いいな。
それ。
俺は触手を伸ばし、ルナの前脚へ軽く触れた。
「……いっしょ」
「む?」
「……つよく」
少しぎこちない声だった。
でも、伝わったらしい。
ルナが一瞬黙った。
それから。
「……ふん」
いつものように、小さく鼻を鳴らした。
「当然であろう」
……うん。
そうだな。
俺たちは、これからも一緒に強くなっていくんだ。
俺は身体を前へ進めた。
視界の先には、夕方の光を受けた街道が続いている。
今日手に入れた、新しい性質。
《体表変色》。
まだ、使いこなせてはいない。
でも、これでまた1つ、俺の身体にできることが増えた。
色を変えられる。
形を変えられる。
必要に応じて、身体の一部を硬くしたり、柔らかくしたりもできる。
……何だろう。
こうして並べてみると、俺って結構すごい生き物なんじゃないか?
俺は少し得意になって、身体を持ち上げた。
その瞬間。
「……ノア」
ルナの声がした。
……ん?
「また緑色になっておるぞ」
……。
……え?
俺は慌てて身体を確認した。
……あ。
本当だ。
いつの間にか、身体の一部が緑色になっている。
……くそっ。
まだ勝手に色が戻るのか。
俺は変色を止め、元の色へ戻した。
すると、ルナが楽しそうに笑った。
「くくっ。まったく、見ていて飽きぬやつだ」
……まあ。
それは、そうかもしれないな。
俺は触手を小さく揺らした。
いつか、もっと自由に身体を変えられるようになったら。
ルナを驚かせてやろう。
今はまだ、不格好な小獣が精一杯だけど。
そのうち、もっとすごい姿になってみせる。
……よし。
目標がまた1つ増えたな。
俺はそんなことを考えながら、街道を進んだ。
荷物入れの中には、彩皮蜥蜴の鱗。
身体には、新しく獲得した性質。
そして隣には、いつもの相棒。
……うん。
悪くない。
今日も、なかなかいい冒険だった。
作者あとがき
今回は新たに《体表変色》を獲得したノア。
形に加えて色まで変えられるようになりましたが、初めて作った獣の姿は、ルナ曰く「不格好な小獣」。なかなか評価が厳しいですね。




