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ゲームだと思ったら原初の生命に転生しました。  作者: くんくん
第2部

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59/121

地面にいない敵


「……ノア、そちらではない」


……ん?


俺は身体を止めた。


「道は右だ。貴様、さっきから少しずつ左へ寄っておるぞ」


……あ。


またやった。


エルデ村を出発してから、俺は新しい目の練習を続けていた。


昨日は初めて自分の姿を見て、さらに《弾性組織》まで獲得した。


おかげで、今の俺にはいろいろと試したいことがある。


ただ、問題もあった。


目を使うことに集中すると、どうしてもほかの動作がおろそかになるのだ。


……これ、意外と難しいな。


人間だった頃は、歩きながら景色を見るなんて当たり前だった。


でも今は、目を形成するだけでも集中力が必要だし、それを維持しながら移動しようとすると、身体の形が少しずつ崩れてしまう。


その結果。


道を外れかけた。


……うん。


まだまだ練習が必要だ。


「目が使えるようになったのは喜ばしいが、足元をおろそかにして転ぶようでは意味があるまい」


ルナが呆れた声を出す。


……いや、俺の場合は転ぶというより潰れるんだけど。


もっとも、言いたいことは分かる。


俺は目を一度崩し、《微振動感知》へ意識を戻した。


踏み固められた街道の感触。


小石の位置。


隣を歩くルナの足音。


……ああ。


やっぱり、こっちの方が落ち着く。


「ふむ。まずは安全に歩けるようになってから、ほかのことを試すがよい」


……はいはい。


分かりましたよ。


俺たちは街道を南東へ進んでいた。


エルデ村から離れるにつれて、周囲の地形は少しずつ変わっている。


平坦だった道には緩やかな坂が増え、土の下から硬い岩盤が顔を出すようになった。


ルナによれば、この先には低い峠があるらしい。


そこを越えれば、次の町へ向かう街道が続いているそうだ。


「今日中に峠の手前までは進みたいところだな」


ルナが言った。


「ただ、我の脚では少々時間がかかるかもしれぬ」


俺は触手を上下させた。


別に急いでないし、大丈夫だろ。


「……貴様、随分と余裕があるな」


……まあな。


何しろ、昨日は新しい力まで手に入れたからな。


俺は身体の下側へ意識を集中した。


《構造形成》。


短い脚を3本作る。


さらに、その内部へ《弾性組織》を働かせた。


……よし。


今度は跳ばない。


まず、脚を縮める。


それから、ゆっくり元へ戻す。


――ぐっ。


身体が少し持ち上がった。


……おお。


なるほど。


一気に力を解放するから跳ねるんだ。


だったら、少しずつ使えば、身体を支える補助にもなる。


俺はそのまま前へ進もうとした。


右の脚を動かす。


続いて、左。


――ぐらっ。


……あ。


危ない。


慌てて後ろの脚を広げる。


どうにか持ちこたえた。


「……何をしておる?」


ルナが不思議そうに尋ねた。


俺は脚を少し曲げ伸ばししてみせた。


「……ふむ」


しばらくして、ルナが言った。


「跳ぶだけではなく、脚を動かす助けにも使うつもりか」


俺は大きく身体を上下させた。


そう!


それがやりたかった!


「悪くない考えだな」


……おお。


珍しく一発で褒められた。


「もっとも、まだ歩き方は妙だが」


……余計な一言がなければ完璧だったのに。


それでも、練習の成果はあった。


《弾性組織》を使わずに脚を動かすより、少しだけ身体を持ち上げやすい。


ただし、縮めた力を解放する方向を間違えると、身体が思わぬ方向へ傾いてしまう。


……うん。


便利だけど、扱いは難しいな。


俺は脚を崩し、いつもの形へ戻った。


今日のところは、このくらいにしておこう。


まだ旅は続くんだから。


峠へ近づくにつれて、風が強くなってきた。


街道の片側には岩壁が続き、反対側は低い斜面になっているらしい。


地面を伝わる振動も、土の道とは少し違っていた。


……ん?


俺は身体を止めた。


何かが聞こえた気がする。


風の音とは違う。


遠くで、何かが空気を叩くような音。


……鳥?


俺は身体の上部に小さな目を形成した。


薄い膜を整え、《視覚》を働かせる。


ぼんやりと景色が広がった。


灰色の岩壁。


茶色い地面。


その向こうには、緑色の木々が見える。


……お。


今日は昨日より、少しだけ早く目を作れたな。


俺は目の向きを上へ変えた。


空は明るい。


ただ、風が強いせいか、雲がかなり速く動いていた。


……ん?


そのとき、視界の端を黒いものが横切った。


俺は慌てて目を向けた。


だが、もう何もない。


……何だったんだ?


「ノア?」


ルナが声をかけてくる。


俺は目を崩し、短く発声した。


「……うえ」


「上?」


触手を空へ向ける。


ルナが顔を上げた気配がした。


しばらくして。


「……まずいな」


その声が低くなった。


「鉤爪鷹だ」


……カギヅメタカ?


聞いたことないな。


「この辺りの岩場に棲む魔物だ。飛んでいる獲物より、地上の小動物を狙うことが多い」


……なるほど。


猛禽類ってやつか。


「翼を広げれば、人間の背丈より大きい。鋭い爪で獲物を掴み、岩場まで運ぶこともある」


……。


……え?


ちょっと待て。


それ、結構危なくない?


「うむ。小柄な魔獣なら、十分に獲物になる」


……小柄な魔獣。


俺は隣にいるルナの気配を確かめた。


……あ。


これ、もしかして。


「我らのことだな」


ですよね!


俺は慌てて周囲を探った。


岩壁。


木の根。


少し先には、岩が張り出した場所がある。


あそこなら、上から飛びかかられても直接は狙われにくいかもしれない。


俺は触手で方向を示した。


「……なるほど。あの岩陰か」


ルナも気づいたらしい。


「よかろう。ひとまず移動するぞ」


俺たちは岩壁に沿って進み始めた。


だが。


――ヒュッ!


風を切るような音。


……ん?


次の瞬間。


「伏せよ!」


ルナの声が響いた。


俺は反射的に身体を広げた。


――ガッ!


硬い爪が、すぐ横の地面をえぐった。


……うおっ!?


危なっ!


地面に突き立った爪が、石を跳ね飛ばす。


そして、重い翼の音とともに、何かが再び上昇していった。


……ちょっと!


いきなり襲ってくるなよ!


「こちらを獲物と決めたようだな」


ルナが低く言った。


……冗談じゃないぞ。


俺たちは、まだ出発したばかりなんだから。


俺は目を作ろうとして、途中でやめた。


まずはルナを岩陰まで移動させる方が先だ。


「……いわ、した」


「分かっておる!」


ルナが走り出そうとする。


しかし、右後ろ脚へ体重をかけた瞬間、わずかに動きが乱れた。


「……くっ」


まずい。


無理に走らせたら、また傷を悪くしかねない。


俺は《構造形成》で身体を横へ広げ、ルナの身体を支えた。


そのまま、岩陰へ向かって進む。


だが、上空から再び翼の音が聞こえてきた。


……また来る!


俺は身体を上へ広げ、《硬質外皮》を働かせた。


ルナを覆うような形を作る。


直後。


――ガギッ!


鋭い爪が硬化した表面を引っかいた。


……っ!


衝撃が身体の奥まで伝わる。


硬くした部分が削られ、小さな欠片のように身体が飛び散った。


……痛っ!


いや、これ、結構まずい!


俺は慌てて身体を縮めた。


鉤爪鷹はそのまま飛び去っていく。


……くそっ。


空を飛ぶ相手って、こんなに厄介なのか。


地面を走る魔物なら、《微振動感知》で動きを予測できる。


でも、空中にいる相手は違う。


飛んでいる間は地面へ振動が伝わらない。


翼の音は聞こえるけど、それだけで正確な位置を掴むのは難しい。


……だからこそ、目が必要なんだ。


俺は身体の上部へ小さな目を作った。


《視覚》を働かせる。


視界が広がる。


空。


岩壁。


そして。


……いた!


黒っぽい大きな影が、空を旋回していた。


距離があるため、細かい形までは分からない。


でも、どこにいるのかは分かる。


……よし。


少なくとも、突然攻撃されるよりはマシだ。


「ノア!」


ルナが声を上げた。


「我に構わず、貴様だけでも岩陰へ入れ!」


……何言ってんだよ。


そんなことできるわけないだろ。


俺は触手を伸ばし、ルナの前脚へ軽く触れた。


「……いっしょ」


少し音が乱れた。


同時に、視界が一瞬ぼやける。


……うっ。


やっぱり、目と声を同時に使うのはまだ難しい。


「……まったく」


ルナが小さく鼻を鳴らした。


「頑固なやつだ」


……お互い様だろ。


俺は目を維持したまま、空へ意識を戻した。


鉤爪鷹が旋回している。


大きな翼。


長い尾。


そして、身体の下側に折り畳まれた脚。


……なるほど。


飛びかかる直前には、脚を前へ出すんだな。


俺はその動きを注意深く観察した。


しばらくすると、鉤爪鷹が高度を下げ始めた。


……来る!


俺は触手でルナを軽く押し、岩壁の方へ移動させた。


そして、自分は少しだけ外側へ出る。


……よし。


次は俺が相手だ。


鉤爪鷹がさらに高度を下げる。


脚が前へ伸びた。


……今!


俺は地面へ身体を広げた。


――ザシュッ!


爪がすぐ上を通り過ぎる。


……よし!


避けられた!


だが、鉤爪鷹はそのまま上昇した。


……あれ?


攻撃する隙がない。


地面へ降りてきてくれれば、触手を伸ばせるのに。


……そうか。


こいつ、獲物を掴めなかったら、そのまま飛び去るんだ。


地面で戦う気なんて、最初からない。


……厄介すぎる。


俺は視界を空へ向けた。


鉤爪鷹はまた旋回している。


どうやら、諦めるつもりはないらしい。


……だったら。


こっちも、少し考え方を変えるか。


俺は身体の下側へ短い脚を3本作った。


内部には《弾性組織》。


昨日、跳鎌虫から得たばかりの性質だ。


……よし。


こいつなら、少しだけ地面から跳べる。


問題は、着地が下手なこと。


でも。


今回は、着地より大事なことがある。


俺は身体の後ろ側から太い触手を伸ばし、岩の突起へ巻きつけた。


さらに《粘着性》で固定する。


……うん。


これなら、身体が少し引っ張られても簡単には離れないはずだ。


「……ノア?」


ルナが声をかけてきた。


俺は目を崩し、短く伝えた。


「……ここ、で」


「何?」


空へ触手を向け、次に岩の突起を示す。


「……貴様、まさか」


ルナが何かに気づいたらしい。


「飛びつくつもりか?」


俺は身体を上下させた。


「馬鹿者! 相手は空を飛ぶ魔物だぞ!」


……知ってる。


でも、こっちにはこっちの方法がある。


俺はもう1度、身体の上部に目を形成した。


視界が広がる。


鉤爪鷹がこちらへ向きを変えていた。


……よし。


今度こそ。


俺は脚を縮めた。


《弾性組織》に力をためる。


ただし、一気には解放しない。


相手が近づいてくるまで待つ。


鉤爪鷹が高度を下げる。


翼の音が大きくなる。


脚が前へ伸びた。


……まだ。


もう少し。


視界の中で、大きな爪が迫ってくる。


……今だ!


俺は脚にためた力を解放した。


――ビョンッ!


身体が地面から跳ね上がる。


……おお!


今度は、狙った方向へ跳べた!


だが。


……あ。


ちょっと高い。


思ったより高く跳んでしまった。


しかも、鉤爪鷹の身体はすでに俺の横を通り過ぎかけている。


……まずい!


俺は慌てて触手を伸ばした。


《粘着性》を働かせ、相手の脚へ絡みつかせる。


――グッ!


……おっ!


掴んだ!


その瞬間。


身体がものすごい勢いで引っ張られた。


……うおおっ!?


飛ぶ!


俺、飛んでる!


いや、違う!


引きずられてる!


鉤爪鷹が激しく翼を羽ばたかせる。


俺の身体は空中で振り回され、固定していた触手が強く伸びた。


――ギギッ!


……まずい!


このままじゃ千切れる!


俺は慌てて固定した触手の内部へ《弾性組織》を働かせた。


すると。


強く引っ張られた触手が、わずかに伸びる。


衝撃が少し和らいだ。


……おお!


そうか!


こういう使い方もできるのか!


鉤爪鷹がさらに高度を上げようとする。


だが、俺の触手は岩へ固定されている。


相手の身体が急に引き戻され、飛ぶ方向が乱れた。


――バサバサッ!


激しい羽ばたき。


俺は必死に身体を縮めた。


……よし!


今なら、地面へ引きずり下ろせるかもしれない!


俺は固定した触手を少しずつ短くしようとした。


しかし。


――ブチッ!


……あ。


固定していた部分の一部が千切れた。


……うそだろ!?


次の瞬間、俺の身体が宙へ放り出される。


……ちょっ!


待って!


これ、どうやって着地するんだ!?


俺は慌てて身体を広げた。


地面が近づいてくる。


……まずい!


――ドサッ!


その瞬間、身体の横から強い衝撃が走った。


……え?


落下する向きが変わった。


俺は岩壁ではなく、少し離れた草地へ落ちた。


――ベチャッ!


……。


…………。


……生きてる。


いや、死んでないとは思ってたけど。


今のは危なかった。


「……まったく!」


ルナの声が響く。


「貴様、何を考えておるのだ!」


……あ。


今の《衝撃》か。


ルナが俺の落ちる方向を変えてくれたんだ。


「下手をすれば、岩壁へ叩きつけられておったぞ!」


……はい。


助かりました。


本当に。


俺は身体を起こした。


視界はすでに消えている。


脚も崩れてしまった。


……くそっ。


惜しかったのにな。


相手の脚を掴むところまでは成功した。


固定した触手も、途中までは耐えていた。


でも、最後に強度が足りなかった。


……いや。


待てよ。


俺は少し考えた。


触手を強くすることばかり考えていたけど、そもそも、相手を無理に引きずり下ろす必要があったのか?


俺の身体は軽い。


鉤爪鷹の方が、ずっと力が強い。


だったら、相手の力を利用すればいい。


昨日の跳鎌虫のときみたいに。


俺は周囲の地形を探った。


岩壁。


草地。


そして、少し先には低い木がある。


……あ。


あれなら。


俺は身体を滑らせ、低い木の根元へ移動した。


幹の根元に触手を巻きつけ、しっかり固定する。


さらに、身体の一部を薄く広げ、《粘着性》を働かせた。


ただし、今回は地面に広げない。


木の幹と、近くの岩の間。


そこへ、短い帯状の膜を張る。


……よし。


大きな網なんて作れないけど、これなら何とか。


俺は身体の一部を低く広げ、相手を待った。


鉤爪鷹はまだ上空を飛んでいる。


さっきの失敗で警戒しているのか、しばらく近づいてこなかった。


……頼むぞ。


もう1回だけ。


今度は、ちゃんと考えてるから。


俺は細い触手を揺らし、相手の注意を引いた。


すると。


――ヒュウッ!


風を切る音が近づいてきた。


……来た!


俺は目を形成しようとしたが、途中でやめた。


今は、網を維持するだけで精一杯だ。


目まで作れば、どちらかの構造が崩れかねない。


……だったら。


音で判断する。


俺は《微振動感知》を地面へ広げながら、翼の音へ集中した。


鉤爪鷹が近づいてくる。


低い位置まで。


……もう少し。


翼の音が大きくなる。


――ヒュッ!


……今!


俺は身体を横へ縮めた。


直後、鉤爪鷹の爪が俺のいた場所を通り過ぎる。


そして、その先で。


――バチンッ!


強い振動が伝わった。


……おっ!


引っかかった!


鉤爪鷹の片脚が、帯状の膜に絡んだらしい。


そのまま上昇しようとするが、膜は木の幹と岩へ固定されている。


――ギギギッ!


張りつめた膜が伸びる。


俺は《弾性組織》を働かせ、衝撃を逃がした。


……よし。


今度は、ただの力比べじゃない。


相手の勢いを受け止め、進む方向を変える。


鉤爪鷹が激しく羽ばたく。


だが、片脚を引かれたせいで、身体が横へ傾いた。


――ドンッ!


低い木の幹へ、相手の身体がぶつかった。


……今だ!


俺は一気に身体を伸ばした。


狙うのは、木にぶつかって動きが鈍った鉤爪鷹の胴体。


《硬質外皮》を集中させた短い突起を作る。


さらに、別の触手で翼の付け根を押さえた。


鉤爪鷹が鋭い声を上げる。


――ガッ!


爪が俺の身体を引っかいた。


……っ!


痛い!


でも、今度は離さない!


俺は身体を広げ、相手の胴体へ巻きついた。


翼が激しく動く。


風が顔のない俺の身体を叩く。


……くそっ!


強い!


こんなに暴れるのか!


俺は《粘着性》をさらに強めた。


すると、翼の動きが少しずつ鈍くなっていく。


……よし。


あと少し。


俺は硬くした突起を相手の首元へ押し当てた。


そして、思い切り力を込める。


――ズンッ!


鉤爪鷹の身体が大きく震えた。


その後も何度か激しく抵抗したが、やがて動きは弱まり、最後には静かになった。


……。


…………。


……勝った?


俺はしばらく、そのまま身体を固定していた。


相手の動きが完全に止まったことを確かめてから、ようやく触手を緩める。


……はぁ。


疲れた。


めちゃくちゃ疲れた。


でも。


……勝ったぞ。


空を飛ぶ魔物に。


地面にいる俺が!


「……ノア」


ルナが近づいてくる振動がした。


「無事か?」


俺は身体を上下させた。


「……ふむ」


少しの沈黙。


それから、ルナが小さく笑った。


「まさか、空を飛ぶ魔物まで捕まえるとはな」


……だろ?


結構頑張ったんだよ。


「ただし、途中で自分まで飛んでいったのは感心せぬ」


……はい。


そこは反省しております。


「ふふっ。まあ、よい」


ルナが少し近づいてくる。


「貴様、随分と強くなったものだ」


……ん?


俺は身体を持ち上げた。


「洞窟で初めて出会った頃の貴様なら、あのような魔物に狙われれば、逃げることしかできなかったであろう」


……まあ、そうだな。


「だが、今は違う」


ルナは少しだけ声を落とした。


「考え、自分の身体を変え、勝つ方法を見つけられるようになった」


……。


……そっか。


そう言われると、ちょっと嬉しいな。


もちろん、まだまだ弱い。


目だって完全には使えないし、脚もまともに動かせない。


それに、今回だってルナに助けてもらわなければ危なかった。


でも。


確かに、少しずつ変わっている。


俺は倒れた鉤爪鷹へ身体を向けた。


……さて。


それじゃあ、せっかく倒したんだし。


俺は相手の身体へ触手を伸ばし、《捕食》を開始した。


羽毛に覆われた表面。


硬い爪。


大きな翼。


どれも、今まで捕食した魔物とは違う感触だった。


俺は比較的柔らかい部分から少しずつ取り込み、時間をかけて消化を進めていく。


……うん。


やっぱり、空を飛ぶ魔物は身体の構造が違うな。


翼を動かす部分には、強い筋肉が集中している。


骨らしい硬い部分もあるが、見た目ほど重くはない。


……なるほど。


空を飛ぶためには、こういう構造が必要なのか。


俺は興味深く触手を動かしながら、捕食を続けた。


やがて。


《捕食が完了しました》


おっ。


今回も無事に終わった。


しばらく待ってみる。


……。


…………。


……あれ?


新しい性質の通知が来ない。


俺はもう1度、意識の中の表示を確認した。


変化はない。


……そうか。


今回は、新しい性質を獲得できなかったのか。


まあ、仕方ない。


《性質吸収》は、何でも食べれば必ず新しい能力が手に入るわけじゃない。


それに、今回は十分な収穫があった。


新しい視覚を実戦で使えた。


《弾性組織》を、跳ぶ以外の方法でも使えた。


そして、空を飛ぶ相手への対処も少し分かった。


……うん。


悪くない。


むしろ、かなりいい経験だった。


俺は身体をゆっくり広げた。


捕食で栄養は補えたが、戦闘中に失った体積がすぐに元へ戻るわけではない。


それに、集中力もかなり使ってしまった。


……今日は、もう無茶しない方がよさそうだな。


「……ノア」


ルナが声をかけてきた。


「そろそろ移動するぞ。ここに長居する必要もあるまい」


俺は身体を上下させた。


……そうだな。


それから、少し考えた。


目を作って、周囲を見てみようか。


……いや。


今日はやめておこう。


さっきみたいに、上から魔物が襲ってくるかもしれないし。


それに、今は目を使わなくても、ちゃんと道を進める。


俺は《微振動感知》へ意識を集中し、ルナの足音に合わせて移動した。


しばらく進むと、岩壁が途切れ、再び広い道へ出た。


風の音が変わる。


遠くには、何か大きな空間が広がっているようだった。


「……ふむ」


ルナが声を上げた。


「峠を越えたようだな」


……おっ。


もう?


「この先は下り坂だ。夕方までには、街道沿いの休憩所へ着けるであろう」


なるほど。


じゃあ、今日はそこで休めるのか。


……助かった。


さすがに、もう戦いたくない。


俺はゆっくり身体を前へ進めた。


そのとき。


――カーン……。


遠くから、澄んだ音が聞こえた。


……ん?


鐘?


俺は身体を止めた。


「どうした?」


ルナが尋ねる。


俺は音のした方向へ触手を向けた。


「……ああ」


ルナが少し嬉しそうに言った。


「あれは町の鐘であろうな」


……町?


「うむ。峠の向こうにある交易町だ。街道を進めば、いずれ着く」


……おお。


ついに次の町か。


俺は思わず身体を持ち上げた。


エルデ村を出てから、まだそれほど長い時間が経ったわけじゃない。


でも、すでに新しい魔物と戦い、新しい力を試すことができた。


これから先には、きっともっといろんなものが待っている。


……そうだ。


せっかくだし。


俺は身体の上部へ、小さな目を形成した。


少し疲れていたが、短い時間なら維持できそうだった。


《視覚》を働かせる。


すると、ぼんやりとした景色が広がった。


目の前には、下り坂。


その先には、緑色の森。


さらに遠くには、灰色がかった何かが広がっている。


……あれが町なのかな。


まだ遠すぎて、建物までは見えない。


でも。


その向こうには、今まで知らなかった景色があるんだろう。


俺は少しだけ目を上へ向けた。


青い空。


白い雲。


そして、その下に続く長い街道。


……いいな。


こういうの。


人間だった頃、ゲームの中で新しい町を見つけたときのことを思い出す。


次はどんな場所だろう。


どんな魔物がいるんだろう。


何ができるようになるんだろう。


そんなことを考えながら、俺は視界を閉じた。


……よし。


次の町まで、あと少し。


その前に。


今度こそ、ちゃんと休もう。


さすがに、今日だけで2回も空を飛ぶつもりはないからな。

作者あとがき


今回は初めて、空を飛ぶ魔物との戦いでした。


地面の振動を頼りに生きてきたノアにとって、なかなか厄介な相手だったようです。


それでも、手に入れた能力を組み合わせて勝つことができました。


もっとも、途中で自分まで飛んでいくとは思いませんでしたが。


そろそろ着地の練習も必要かもしれませんね。

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