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ゲームだと思ったら原初の生命に転生しました。  作者: くんくん
第2部

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高くついた商談

第2部 第38話 高くついた商談


「……取引を続けるつもりだったんですか?」


サフィアの声には、珍しく呆れが混じっていた。


「はい。昨日捕まえた男たちによれば、壊れた金属棒を持ち帰れば、新しい道具と交換してもらえる約束だったそうです」


ハルドが答える。


「場所は北の古い荷下ろし場。今日の昼前に、受け取り役が来る手はずだったらしい」


……なるほど。


俺は村長の家の床で、身体の端を持ち上げた。


昨日、俺をひどい目に遭わせた石付きの金属棒。


あれは先端の石にひびが入ったため、交換する予定だったらしい。


つまり、受け取り役はまだ事情を知らない可能性がある。


「それで、待ち伏せするんですか?」


サフィアが尋ねた。


「そのつもりだ。連中の仲間を捕まえる機会だからな」


「ですが、相手が同じ道具を持っている可能性もあります」


……それは困る。


昨日のあの感覚は、もう味わいたくない。


《微振動感知》が異様な揺れに埋もれ、身体の形さえまともに維持できなくなった。


あんなものをもう1度使われたら、今度こそ逃げられないかもしれない。


「だから、実物は使わない」


ハルドが続けた。


「似た大きさの荷物を用意して、受け取りに来た者を確認する。危険な道具は村で保管したままだ」


なるほど。


偽物の荷物で本物の取引相手を釣るわけか。


……なんだか、刑事ドラマみたいになってきたな。


「ノアさんには、無理に同行していただく必要はありませんよ」


サフィアがこちらへ声をかけた。


「昨日の影響もありますし、今回は警備隊だけでも対応できます」


俺は少し考えた。


確かに、まだ完全に調子が戻ったとは言い切れない。


昨日よりは身体も動くようになったし、細い触手も問題なく作れる。


でも、長時間集中すると少し疲れやすい。


……どうしようかな。


「ただ、近くで地面の振動を確認してもらえれば、隠れている人間に気づけるかもしれません」


ハルドが付け加えた。


「もちろん、危険な場所には近づけない。マルタの許可が出た場合だけだ」


……おっ。


それなら、役に立てそうだ。


俺は身体を上下させた。


「協力してくれるのか?」


もう1度、肯定する。


「分かった。無理はさせない」


そうして、俺たちは北の荷下ろし場へ向かうことになった。


もちろん、マルタからはしっかり条件をつけられた。


長時間の活動は禁止。


異常を感じたらすぐに引き返す。


そして、石付きの金属棒には絶対に近づかないこと。


……最後のやつは、言われなくても守ります。


むしろ、俺の方からお願いしたいくらいだ。


出発前、ルナにも事情を説明した。


「……また出かけるのか」


寝床から、呆れたような声が聞こえてきた。


俺は触手を上下させる。


「昨日あれほどの目に遭ったというのに、貴様というやつは……」


……いや、今回は本当に安全な場所で待機するだけだから。


「その言葉、何度聞いたことか」


うっ。


耳が痛い。


いや、耳はないけど。


「まあよい。だが、今度こそ危険だと思ったら逃げるのだぞ」


俺は素直に触手を伸ばし、ルナの前脚へ軽く触れた。


「……うん」


「ふん。返事だけは立派になったものだ」


……せっかく上手く言えたのに。


もう少し褒めてくれてもいいんじゃないかな。


北の荷下ろし場は、村から少し離れた場所にあった。


昔は石切り場から運び出した石材を、一時的に置いていたらしい。


今はほとんど使われておらず、周囲には古い石積みや崩れた荷台が残っているという。


「この辺りなら、身を隠す場所も多いな」


ハルドが言った。


「セイン、お前は東側だ。ギルドの護衛は西の道を押さえてくれ」


「了解です」


「サフィアさんはノアと一緒に、少し離れた場所で待機をお願いします」


「分かりました」


俺たちは荷下ろし場から距離を取り、大きな岩の陰へ移動した。


目印になるよう、荷下ろし場には布で包んだ細長い荷物が置かれている。


中身は普通の木材だ。


見た目だけなら、例の金属棒に似ているらしい。


……まあ、俺には見えないんだけど。


「ノアさん、体調は大丈夫ですか?」


サフィアが小声で尋ねた。


俺は身体を上下させた。


今のところ問題ない。


「無理に広く探らなくても構いません。近くに誰かが来たら教えてくださいね」


了解。


俺は岩の陰に身体を広げ、《微振動感知》へ意識を集中した。


周囲は比較的静かだった。


風に揺れる草木の細かな振動。


少し離れた場所にいる警備隊員たちの足音。


それから、地面の奥を伝わる弱い水の流れ。


……うん。


昨日みたいな不快な揺れはない。


それだけで、ずいぶん安心できる。


しばらく待っていると、遠くから足音が伝わってきた。


……ん?


俺は身体を止めた。


1人。


いや、もう1人いる。


少し離れて歩いているようだ。


俺は触手を伸ばし、サフィアの靴を軽く叩いた。


「来ましたか?」


肯定する。


「何人でしょう?」


俺は触手を2本立てた。


「2人ですね」


もう1度、上下させる。


サフィアが小さく息を吸った。


「ありがとうございます。ハルドさんたちに知らせます」


彼女はあらかじめ決めていた合図を送った。


俺には見えないが、布か何かを動かしたらしい。


それから、再び静かになった。


足音が近づいてくる。


片方は荷下ろし場へ。


もう片方は、少し離れた場所で止まった。


……見張りか?


なるほど。


相手も警戒しているらしい。


「……荷物はどこだ?」


聞き慣れない男の声がした。


続いて、別の声。


「そこにある。だが、妙だな」


……ん?


俺は身体を持ち上げた。


今の声。


どこかで聞いたことがある。


「運び屋がいない。荷物だけ置いていくなんて、あいつららしくないだろ」


……あ。


思い出した。


第25話。


村へ突然やってきて、白い狐2匹を引き渡せと要求した男。


リーデル商会の代理人を名乗っていた、あいつだ。


「……フェルク?」


サフィアも気づいたらしい。


小さな声だったが、はっきり名前が聞こえた。


やっぱり!


あの偽商人か!


……いやあ。


まさか、こんなところで再会するとは。


「どうします?」


隣で待機していた護衛が尋ねた。


「ハルドさんの指示を待ちましょう」


サフィアが答える。


荷下ろし場の方では、フェルクたちが荷物を調べ始めていた。


「……軽いな」


「中身を確かめますか?」


「当たり前だ」


布が外される音。


続いて、硬いものを地面へ落とす振動がした。


「……木?」


フェルクの声が変わった。


「何だ、これは」


もう1人の男が慌てる。


「どういうことです?」


「知らん! 誰かがすり替えたんだ!」


……正解です。


おめでとうございます。


ただし、賞品は警備隊による事情聴取となっております。


「まずい。ここを離れるぞ」


フェルクが低く言った。


その瞬間。


「動くな!」


ハルドの声が響いた。


「エルデ村警備隊だ! 両手を見える位置に出せ!」


男たちの足音が乱れる。


「……くそっ!」


片方が走り出した。


だが、すぐに別の方向からセインの声が飛ぶ。


「止まれ!」


――ガッ!


足音がもつれ、硬いものが地面に倒れた。


どうやら、逃げようとした男は取り押さえられたらしい。


一方、フェルクは別の方向へ走っていた。


……ん?


こっち?


俺は振動の位置を確かめた。


間違いない。


フェルクの足音が、俺たちの隠れている岩へ近づいている。


「サフィアさん、下がって!」


護衛が叫んだ。


……いやいや。


なんでこっちに来るんだよ!


俺は慌てて身体を縮めた。


だが、フェルクは俺たちに気づいていないらしい。


岩の横を通り抜け、そのまま斜面へ逃げようとしている。


……待てよ。


このまま逃がすのは、ちょっと惜しいな。


俺は岩の下に身体を固定した。


《粘着性》を働かせ、細い触手を地面に沿って伸ばす。


無理に引っ張る必要はない。


足元に絡ませて、少しだけ動きを鈍らせればいい。


……よし。


いまだ。


触手を伸ばし、フェルクの足首へ絡ませる。


「うおっ!?」


男の足音が乱れた。


――ドサッ!


地面に倒れる振動。


続いて、慌てて起き上がろうとする動き。


「何だ!? 何かいるのか!」


……いますとも。


しかも、あなたが売り物にしようとしていた魔物の仲間ですよ。


俺は触手を引き戻し、岩の陰へ身体を縮めた。


その直後、護衛が駆け寄る。


「動くな!」


「くそっ、離せ!」


短い争いのあと、フェルクの動きが止まった。


……よし。


今度こそ捕まえたぞ。


俺は身体を持ち上げた。


正直、ちょっとすっきりした。


あの男には、白い狐たちを売り物扱いされた恨みがあるからな。


もちろん、俺自身が売られたわけじゃないけど。


……いや。


あのときの態度を見る限り、俺のことも珍しい商品くらいに思っていたかもしれない。


そう考えると、余計に腹が立ってきた。


「ノアさん、大丈夫ですか?」


サフィアが近づいてきた。


俺は身体を上下させた。


「……今の、あなたが止めたんですね?」


もう1度、肯定する。


「助かりました。でも、無理はしないでくださいね」


……はい。


今回は軽く足を引っかけただけだから。


そんなに疲れてないですよ。


「……本当に?」


……この人、最近ルナに似てきた気がする。


その後、俺たちは捕まえた2人を荷下ろし場へ戻した。


フェルクは最初、ひどく不機嫌そうだった。


「どういうつもりだ! 私は正当な商取引をしていただけだぞ!」


……おお。


まだそれを言うのか。


「リーデル商会の代理人を名乗っていたな」


ハルドが尋ねた。


「そうだ! 商会との取引を邪魔する気か!」


「商会の取引所に確認した。お前は正式な代理人ではないそうだ」


「……何?」


フェルクの声が止まった。


ハルドは続ける。


「白毛の山狐2匹の輸送契約も確認されていない。商会側は、お前を派遣した事実もないと回答している」


「そ、それは……」


「説明してもらおうか」


しばらく沈黙が続いた。


やがて、フェルクが低い声で答えた。


「……名前を借りただけだ」


おっと。


認めた。


「実際に商会と取引したことはある。だから、代理人を名乗ったところで問題はないと思った」


……いや。


それは普通に問題あるだろ。


人の会社の名前を勝手に使っていいわけないじゃないか。


「では、誰の指示で狐を引き取りに来た?」


ハルドが尋ねる。


「……答える義務はない」


「そうか」


ハルドは無理に追及しなかった。


代わりに、サフィアが口を開いた。


「それなら、持ち物を確認させていただきます。今回の取引に関係するものがあるかもしれませんから」


「勝手に触るな!」


フェルクが声を荒らげた。


「これは私の商売道具だ!」


「では、荷物を受け取る約束があったことは認めるんですね?」


「……っ!」


……あ。


引っかかった。


サフィア、やっぱり怖い。


「商売道具だと言うなら、取引の記録もあるんでしょう?」


彼女は落ち着いた声で続けた。


「村に戻ったら、警備隊立ち会いのもとで確認しましょう」


フェルクはそれ以上、何も言わなかった。


村へ戻ったあと、調査は思った以上に進んだ。


フェルクの荷物には、金銭の記録や簡単な契約書、それに石切り場周辺の地図が入っていた。


もっとも、俺には文字が読めない。


だから、サフィアが内容を説明してくれるのを待つしかなかった。


「……これは」


記録を確認していたサフィアが、少し低い声を出した。


「何かあったか?」


ハルドが尋ねる。


「地下から運び出す荷物の一覧です」


……おっ。


それは重要そうだ。


「石材の破片、金属製の器具、食料、それから交換用の石付き金属棒……」


彼女が読み上げていく。


「すべて、数量と受け渡し場所が記されています」


「誰が書いたものだ?」


「署名はありません。ただ、いくつかの荷物には受領済みの印が押されています」


……印?


まさか。


「欠けた輪の印です」


やっぱり!


もう驚かなくなってきたぞ。


「これが単なる商会の管理印ではないことは、ほぼ確かだな」


ハルドが言った。


「はい。少なくとも、同じ印を使う人間たちが、捕獲道具と地下の荷物を管理しているようです」


サフィアはさらに書類を調べていく。


やがて、紙をめくる音が止まった。


「……ハルドさん」


「どうした?」


「水路についても記録があります」


俺は身体を持ち上げた。


水路?


「地下の排水作業に関する指示書のようです。場所ごとに、石を取り外す順番が記されています」


なるほど。


やっぱり、計画的に水を抜いていたのか。


「それと……」


サフィアが少し間を置いた。


「排水先についても書かれています」


「どこだ?」


「エルデ村の北側です」


……え?


俺は触手を止めた。


村の北側?


それって、畑が水浸しになりかけた場所じゃないか。


「具体的には、北側の旧水路を利用し、地下の水を外へ逃がすと記されています」


サフィアが続ける。


「さらに、周辺の畑への影響が考えられる場合も、作業を優先するよう指示があります」


……おい。


ちょっと待てよ。


つまり、連中は知っていたのか?


村に被害が出るかもしれないと分かっていて、それでも作業を進めていた?


「……ふざけた話だな」


ハルドの声が低くなる。


普段は冷静な人だけど、さすがに腹が立ったらしい。


俺も同感だ。


あの畑は、村の人たちが毎日世話をしているものだ。


何日もかけて育ててきた作物が、勝手な工事のせいで駄目になるところだった。


それを承知で作業していたのか。


……いや。


許せないだろ、そんなの。


「フェルク」


ハルドが男へ声を向けた。


「この指示書を知っていたか?」


「……知らん」


「お前の荷物に入っていたものだぞ」


「私は運搬を任されていただけだ!」


……なるほど。


またそれか。


運び屋も作業員も、みんな同じことを言っていたな。


もちろん、本当に詳しい事情を知らなかった人間もいるんだろう。


でも、フェルクはどうなんだ?


白い狐を引き渡せと要求し、偽の商会名を使い、今度は地下の道具の交換にまで関わっている。


単なる荷運びとは思えない。


「では、誰から仕事を頼まれた?」


ハルドが尋ねた。


フェルクは黙り込んだ。


「答えたくないなら、今すぐでなくてもいい。ただ、こちらには確認すべきことが山ほどある」


……うん。


じっくり聞いてやってください。


俺としても、あの男が何を知っているのか気になる。


そのときだった。


「……あんたたちは、何も分かっていない」


フェルクが低く呟いた。


「何?」


ハルドが聞き返す。


「村の畑がどうとか、狐がどうとか……そんな小さな話じゃないんだ」


……は?


小さな話?


俺は思わず身体を伸ばした。


いやいや。


あの狐たちは実際に傷つけられている。


村の畑だって、被害が出かけた。


それを小さな話で片づけるなよ。


「なら、大きな話とは何だ?」


ハルドの声が冷たくなる。


フェルクはしばらく黙っていた。


それから、ぽつりと言った。


「……あの道が開けば、何もかも変わる」


……道?


「閉ざされた道のことか?」


サフィアが尋ねた。


フェルクは何も答えなかった。


だが、その沈黙だけでも、何かを知っていることは伝わってきた。


「あなたは、あの道の先に何があるのか知っているんですか?」


「……知らん」


「では、なぜそこまでして開こうとしているんでしょう?」


「……」


フェルクは答えない。


サフィアも、それ以上は追及しなかった。


代わりに、書類の確認を続ける。


すると、今度は別の紙を取り出した。


「……これ、地図ですね」


「石切り場のか?」


ハルドが尋ねた。


「はい。ただ、現在のものではありません。かなり古い図面を写したもののようです」


……ほう。


それは気になる。


「北側の石切り場から、地下の通路が何本か伸びています」


サフィアが説明する。


「ただ、途中で途切れている部分が多いですね。崩落したのか、最初から記録が残っていないのか……」


なるほど。


今まで見つかっていなかった通路もあるのかもしれない。


「それと、もう1つ」


サフィアの声が止まった。


「……どうした?」


ハルドが尋ねる。


「この図面、岩山の南側にも印があります」


……ん?


南側?


俺は身体を持ち上げた。


岩山の南側。


そこには、第1部で俺たちがいた地下洞窟へ繋がる入口がある。


ルナが巨大百足に襲われた、あの洞窟だ。


「サフィアさん」


俺は急いで声を作った。


「……み、なみ……?」


「南側ですか?」


俺は身体を上下させた。


「はい。岩山の南側に、洞窟の入口らしい印があります」


……やっぱり!


「どうしたんです?」


サフィアが尋ねる。


俺は触手を伸ばし、地面に簡単な線を描いた。


北側の石切り場。


そこから岩山を回り込むように、南側へ。


そして、指先を止める。


「……もしかして、ノアさんたちがいた洞窟ですか?」


大きく肯定する。


「なるほど……」


サフィアが少し考え込んだ。


「確かに、位置は近いですね。ただ、この図面では地下で繋がっているかどうかまでは分かりません」


……そうか。


まだ繋がっていると決まったわけじゃない。


でも。


もし、この地図に描かれた南側の入口が、俺たちのいた洞窟だったら。


石切り場の地下と、あの洞窟は同じ古い構造物の一部なのかもしれない。


……いや。


待てよ。


あの洞窟には、巨大な大百足がいた。


ルナが探していた「閉ざされた道」。


そして、古い石切り場。


もしかして、最初から全部近い場所にあったのか?


俺は急に、洞窟で過ごした日々を思い出した。


暗くて、冷たくて、何がいるのかも分からなかった場所。


初めて捕食を覚えた。


少しずつ身体を変えられるようになった。


ルナと出会った。


そして、あの大百足から命からがら逃げ出した。


……まさか。


また、あそこに戻ることになるのか?


「ノアさん」


サフィアが静かに声をかけた。


「この図面は、ギルドの記録とも照らし合わせてみます。南側の洞窟についても、調査対象に加えた方がよさそうですね」


俺はゆっくり身体を上下させた。


「ただし、すぐに入るつもりはありません。まずは安全の確認が必要です」


……それなら、安心だ。


あの洞窟は危険だ。


俺だって、できればもう1度入りたいとは思わない。


でも、もしあそこに何か手がかりが残っているなら。


……ちょっと気になる。


いや、かなり気になる。


「それと、ノアさん」


サフィアが続けた。


「今日はもう休んでくださいね」


……あ。


やっぱり。


最近、俺の出番が終わると必ずこれを言われる気がする。


「昨日の道具の影響もありますから」


はいはい。


分かってます。


俺は身体を丸め、触手を小さく振った。


その日の夕方。


炭焼き小屋へ戻ると、ルナが待っていた。


「戻ったか」


俺は床へ身体を広げた。


「どうだった?」


……さて。


今回は、結構大きな成果があったぞ。


フェルクを捕まえた。


地下の作業に関する書類が見つかった。


村へ水が流れ込むことを承知で工事を進めていた証拠も出てきた。


そして、古い地図。


……うん。


全部喋るのは無理だな。


俺は少し考えたあと、短く声を出した。


「……フェ、ルク……」


「フェルク?」


肯定する。


「……つか、まえた」


ルナの気配が変わった。


「……ほう」


声が少し低くなる。


「あの偽商人を捕まえたのか」


俺は身体を上下させた。


「それはよい知らせだな」


……だろ?


ちょっと頑張ったんだよ、俺。


「貴様が捕まえたのか?」


俺は少し迷ったあと、触手を伸ばして足を引っかける仕草をした。


「……転ばせた?」


肯定する。


ルナが少し黙った。


それから。


「……くくっ」


笑い始めた。


おい。


何がそんなに面白いんだよ。


「いや、すまぬ。貴様らしい捕まえ方だと思ってな」


……まあ、確かに。


俺には剣もないし、殴り合いだって得意じゃない。


でも、足を引っかけるくらいならできる。


「よくやったではないか」


……おお。


珍しく素直に褒められた。


俺は触手を小さく揺らした。


「ただし、次も同じようにうまくいくとは限らぬぞ」


……はい。


ちゃんと分かってます。


それから俺は、古い地図についても伝えようとした。


「……み、なみ……」


「南?」


「……どう、くつ……」


「洞窟?」


俺は身体を上下させた。


ルナがしばらく黙った。


「……まさか」


声が変わる。


「我らがいた、あの洞窟か?」


もう1度、肯定する。


「……そうか」


ルナは少し考え込んだ。


「北の石切り場と、南の洞窟……」


俺は触手を下げた。


まだ、繋がっていると決まったわけじゃない。


でも、可能性はある。


「……なるほどな」


ルナが低く呟いた。


「我があの岩山を調べに来たのも、もともとは古い記録にあった道を探すためだった」


……そうだったな。


「だが、地下で大百足に襲われ、結局その先を調べることはできなかった」


俺はルナの前脚へ軽く触れた。


「……うん」


「もし、あの洞窟が石切り場の地下と繋がっているのなら……」


ルナはそこで言葉を切った。


「我らは、知らぬうちに『閉ざされた道』の近くにいたのかもしれぬな」


……そうかもしれない。


だとしたら、少し不思議な気分だ。


俺がこの世界で最初に目覚めた洞窟。


そこが、今追いかけている謎と繋がっているかもしれないなんて。


……いや。


まだ、何も確定していない。


でも。


もし本当に繋がっているなら。


あの洞窟で俺が知らなかったものが、まだ残っているのかもしれない。


俺は身体を丸め、静かに考え込んだ。


フェルクを捕まえたことで、ようやく事件の関係者を1人、確実に押さえることができた。


書類も手に入った。


村への被害を知りながら作業を進めていたことも、明らかになった。


そして、古い地図。


今まで別々に見えていた場所が、少しずつ繋がり始めている。


……ただ。


1つだけ、気になることがある。


あのフェルクが言っていた言葉だ。


『あの道が開けば、何もかも変わる』


何が変わるんだ?


何があるんだ、あの先に。


……まったく。


ただの魔獣捕獲事件だと思っていたら、いつの間にか古代遺構の調査になっている。


しかも、俺が最初にいた洞窟まで関係しているかもしれない。


なんというか。


この世界、思った以上に狭いな。


……いや。


たぶん、そんなわけないんだけど。

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