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ゲームだと思ったら原初の生命に転生しました。  作者: くんくん
第2部

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その棒、反則です

第2部 第37話 その棒、反則です


「3本、だと?」


ハルドの報告を聞いたルナが、低い声を出した。


「ああ。今日捕まえた作業員の証言だ。地下の奥へ向かった連中が、石のついた金属棒を少なくとも3本持っていたらしい」


「……厄介だな」


ルナの声が険しくなる。


俺も同感だ。


あの金属棒は、大きい白狐を動けなくしたという道具だ。仕組みは分かっていないが、実際に捕獲に使われたらしい。


そんなものが3本もある。


しかも、地下の奥へ運び込まれている。


……何をするつもりなんだ、あいつら。


「作業員たちは、奥に入った人間の顔も知らないそうだ。ただ、何度か荷物を運ぶよう頼まれていたらしい」


ハルドが続ける。


「最後に見たのは昨日の朝。石付きの棒を運び込んだあと、姿を見せていないそうだ」


「奥で何かをしておるのは間違いなさそうだな」


「そうだろう。問題は、こちらが簡単に近づけないことだ」


地下の水路は不安定になっている。


昨日は、最後の石を外そうとしていた作業員を止めたものの、テオルの処置はあくまで応急的なものだった。


今も地下には、崩落や急な増水の危険が残っている。


「無理に追えば、こちらが危険に晒される」


「ならば、出口を押さえるしかあるまい」


ルナが即答した。


おっ。


確かに、それはありだな。


相手が地下で何をしているにせよ、いつまでも潜っているわけにはいかないだろう。


食料だって必要だし、道具を運ぶこともあるはずだ。


「そのつもりだ」


ハルドが答える。


「明日から、確認できている出入口の監視を強める。特に、北の斜面にあった石板だ」


ああ。


第29話のときに見つけた、地面の下へ繋がる出入口か。


あそこから出てきた運び屋を捕まえたんだったな。


そのあと内側から閉じられていたけど、通れなくなったと決まったわけじゃない。


「サフィアさんも、地上から動きを確かめる方が安全だと言っていた。ノアにも、可能なら協力してもらいたい」


……俺?


また出番ですか。


「待て」


ルナがすぐに口を挟んだ。


「貴様、昨日も地下へ連れていったであろう。今日くらいは休ませてやれ」


……おお。


ありがとうございます。


最近は、こういうとき真っ先にルナが止めてくれる。


ちょっと過保護な気もするけど、正直ありがたい。


「もちろん、今すぐという話じゃない。明日の体調を見てからだ」


「ならばよい」


ルナが答えたあと、俺へ声を向ける。


「聞いたな。今日は大人しくしておれ」


俺は身体を上下させた。


はい。


今日は素直に休みます。


……明日も何も起きなければいいんだけどな。


翌朝。


俺はサフィア、ハルド、セイン、それにギルドの護衛1人と一緒に、北の斜面へ向かっていた。


……結局、来ちゃった。


いや、ちゃんとマルタの許可はもらっている。


昨夜は十分に休んだし、身体の状態も悪くない。


それに、今日の仕事は石板の近くで振動を確かめるだけだ。


地下へ入る予定もない。


「この辺りですね」


サフィアが足を止めた。


「以前、ノアさんが地下に人のいることを教えてくれた場所です」


俺も覚えている。


石板の下から伝わってきた足音。


金属が擦れる音。


そして、地下から現れた運び屋たち。


あのときは、まさかこんな大きな事件になるとは思っていなかった。


……いや、あの時点でも十分怪しかったけど。


「石板は閉じたままです」


サフィアが言った。


「周囲に新しい足跡も見当たりませんね」


「なら、まずは予定どおりだ」


ハルドが答える。


「ノア、頼めるか?」


俺は触手を持ち上げた。


任せてくれ。


俺は石板から少し離れた場所に身体を広げ、《微振動感知》へ意識を集中した。


……静かだ。


地表では風に揺れる草木の細かな振動が伝わってくる。


少し離れたところには、ハルドたちの足音。


さらに下の方では、水の流れる弱い振動が続いていた。


だが、人間らしい足音は感じられない。


俺は触手を左右へ揺らした。


「今は動きがないんですね?」


サフィアが尋ねる。


肯定する。


「では、しばらく様子を見ましょう」


俺たちは石板から距離を取り、近くの岩陰で待機することになった。


……それにしても。


待ち伏せって、思ったより暇だな。


何かが起きるかもしれない場所で、ただじっとしている。


相手が来るかどうかも分からない。


これ、警備隊の人たちは普段からやっているんだろうか。


だとしたら、結構大変な仕事だ。


「ノアさん」


隣からサフィアが小声で話しかけてきた。


「少し聞いてもいいですか?」


おっと。


質問タイムですか。


俺は触手を上下させた。


「あなたの振動感知は、地面に接している部分が広いほど、感じ取りやすくなるんでしょうか?」


……ん?


どうだろう。


俺は少し考えた。


確かに、身体を広げると細かな振動を拾いやすい。


ただ、広げすぎるといろんな方向からの振動が混ざって、かえって分かりにくくなることもある。


俺は身体を薄く広げ、それから一部を細く伸ばしてみせた。


「……なるほど。広さだけでなく、形も関係するんですね」


俺は肯定する。


「面白いですね。そうなると、同時に複数の方向を調べることも……」


「サフィアさん」


ハルドが小声で割り込んだ。


「今は調査中です」


「……失礼しました」


珍しい。


この人が注意されてる。


俺は思わず触手を揺らした。


「ノアさんも笑わないでください」


……バレた。


それからしばらく、俺たちは静かに待ち続けた。


やがて、太陽の光が少し強くなった頃。


――コトッ。


地面の下から、小さな振動が伝わってきた。


……ん?


俺は身体を止めた。


――コト、コト。


間違いない。


何かが動いている。


しかも、石板のすぐ下だ。


俺は急いで触手を伸ばし、ハルドの靴を叩いた。


「……来たか?」


小さく肯定する。


ハルドがすぐに指示を出した。


「全員、位置につけ。相手が出てくるまで動くな」


足音が静かに散っていく。


俺も身体を縮め、岩の側面へ《粘着性》で張りついた。


石板の下では、複数の振動が続いている。


足音は2人分。


それに、重いものを動かしているような音。


――ギギ……。


石板がゆっくり動き始めた。


「……開きます」


サフィアが囁く。


俺は《明暗感知》へ意識を向けた。


石板の下にあった暗い空間へ、外の光が入り込んでいく感覚がある。


やがて、硬い足音が地上へ移った。


1人。


続いて、もう1人。


「……誰もいねえな」


男の声がした。


「早く行こうぜ。こんな場所に長居したくねえ」


「分かってる。荷物を落とすなよ」


……荷物?


また何か運んでいるのか。


「2人です」


サフィアが小さく伝えてくれた。


「片方は布に包んだ細長いものを持っています」


細長いもの。


……まさか。


「ハルドさん、あの包み……」


「俺も気になっている」


ハルドの声が低くなる。


男たちは石板から少し離れた場所へ移動した。


そのとき、片方が口を開いた。


「本当に交換してもらえるんだろうな?」


「知らねえよ。先端の石が割れたんだから、持っていくしかねえだろ」


……石が割れた?


「奥にいる連中が使いたがってるんだ。代わりを持ってこねえと、また怒鳴られるぞ」


おいおい。


何だ、その会話。


まさか、本当に例の金属棒を運んでいるのか?


ハルドも同じことを考えたらしい。


「……ここで止める」


短い指示が出た。


次の瞬間。


「エルデ村警備隊だ!」


ハルドの声が響いた。


「その場で止まれ! 荷物を地面に置け!」


男たちの足音が乱れる。


「なっ……!」


「くそっ、またかよ!」


……また?


どうやら、仲間が捕まったことは知っているらしい。


「抵抗するな。大人しく従えば、危害は加えない」


ハルドが続けた。


だが、片方の男は素直に従わなかった。


「冗談じゃねえ!」


布が乱暴に外される音。


そして、硬い金属が何かにぶつかった。


――カンッ!


俺は身体を固くした。


……ん?


今の、何だ?


「ハルドさん!」


サフィアが叫ぶ。


「石付きの金属棒です!」


やっぱり!


「近づくな!」


男が怒鳴った。


「こいつが何か分かってんのか!」


……いや。


それを知りたいのは、こっちなんだけど。


「魔獣を大人しくさせる道具だぞ! お前らの連れてる変な魔物にも効くんじゃねえのか!」


……え?


ちょっと待て。


今、何て?


俺?


俺に使うつもりなの?


「やめろ!」


ハルドが叫んだ。


だが、遅かった。


――キィィィン!


突然、鋭い音が響いた。


いや。


正確には、音だけじゃない。


地面を通して、異様に細かな振動が伝わってきた。


俺は反射的に身体を縮めた。


……っ!?


何だ、これ!


《微振動感知》で拾っていた周囲の振動が、一瞬で分からなくなった。


男たちの足音も、ハルドの動きも、水の流れも。


全部が、鋭い揺れに埋もれてしまう。


まるで耳元で金属を何度も擦られているような、不快な感覚。


それが身体全体へ押し寄せてきた。


……まずい!


俺は岩から離れようとした。


だが、身体がうまく動かない。


《構造形成》で維持していた細い触手が、勝手に形を崩していく。


集中できない。


いや、集中しようとするほど、余計に振動が気になってしまう。


「ノア!」


ハルドの声が、ひどく遠く感じられた。


くそっ。


これ、本当に効くのかよ!


俺はどうにか身体を縮め、岩の陰へ落ちるように移動した。


……いや、待て。


大きい白狐は、この道具を使われて動けなくなったんだったな。


そりゃ、そうなるか。


今なら分かる。


こんなものを近くで使われたら、まともに動けない。


「……くそっ、何で人間には効かねえんだ!」


男が叫んだ。


……あ。


そうなの?


人間には効かないの?


いや、俺に聞かれても困るんだけど!


「武器を捨てろ!」


セインの声が響いた。


続いて、激しい足音。


――ガッ!


何かが地面へ倒れ込む振動。


「ぐあっ!」


男のうめき声がした。


「押さえろ!」


ハルドの怒声。


複数の足音が重なり、金属が石にぶつかる音が響く。


――カラン!


その直後だった。


身体を満たしていた不快な振動が、急に弱くなった。


……あ。


止まった?


俺は慎重に身体を広げてみた。


地面の感触が戻ってくる。


水の流れ。


人間たちの足音。


近くで倒れているらしい男の動き。


……よかった。


まだ少し気持ち悪いけど、動ける。


俺は細い触手を作り、岩へ触れてみた。


今度は崩れない。


「ノアさん!」


サフィアの声が近づいてきた。


「大丈夫ですか!?」


俺は身体を上下させようとした。


だが、思ったより力が入らない。


……あれ?


まだ影響が残ってるのか?


「無理に動かないでください」


サフィアがすぐそばへ膝をついた。


「今、あの道具は止まっています。男たちも取り押さえました」


……そうか。


よかった。


俺は身体を丸め、しばらく休むことにした。


「……まったく」


近くから、ハルドの低い声が聞こえてきた。


「妙な道具を持ってやがる」


「離せ! 俺たちは言われたものを運んでただけだ!」


男が叫ぶ。


「なら、なぜ使った?」


「捕まりたくなかったんだよ!」


……いやいや。


使った時点で、余計に罪が重くなりそうなんだけど。


しかも、人間の警備隊相手に魔獣用の道具を使うって。


そりゃ捕まるだろ。


「ハルドさん」


サフィアが声をかけた。


「ノアさんに明らかな影響が出ました。あの道具には不用意に触れない方がいいと思います」


「ああ。俺もそう思う」


ハルドが答える。


「まずは使用できない状態で保管しよう。動かし方が分からん以上、慎重にな」


「はい」


しばらくして、セインが戻ってきた。


「隊長、2人とも拘束しました。ほかに仲間がいる様子はありません」


「よし。石板の方は?」


「閉じています。こちらから無理に開けることはできませんが、出入口として使われていたのは確かです」


なるほど。


どうやら、無事に終わったらしい。


……いや、俺は全然無事じゃなかったけど。


「それにしても……」


サフィアが小さく呟いた。


「この道具、本当に魔獣へ作用するものだったんですね」


「ノアの様子を見る限り、そう考えてよさそうだな」


ハルドが答える。


「ただ、人間には全く影響がないのか、それとも効きにくいだけなのかは分からん」


「そうですね。使用条件も、作用する範囲もまだ不明です」


……うん。


俺も、それが気になる。


さっきは突然あの音が出た。


男が何かを操作したのだろうけど、どうやっていたのかは分からない。


それに、大きい白狐は動けなくなったという話だった。


俺の場合は、感知能力と身体の制御が乱れた。


完全に同じ症状ではない。


種族によって違うのか。


距離の問題なのか。


それとも、道具の状態が関係しているのか。


……分からないことだらけだな。


「ノアさん」


サフィアが優しく声をかけてきた。


「立てそうですか?」


俺はゆっくり身体を持ち上げた。


少しふらつく。


いや、俺の場合、何をもってふらつくというのか微妙だけど。


身体の一部がうまく支えられない感覚だ。


それでも、少しずつ元に戻ってきている。


俺は触手を1本伸ばした。


「……大丈夫そうですね」


サフィアが安堵したように息を吐いた。


「ただ、村へ戻ったらマルタさんに診てもらいましょう」


……はい。


今回は素直に従います。


あんなものを使われたあとだ。


正直、ちょっと怖い。


その後、俺たちは捕まえた男たちを連れて村へ戻ることになった。


石付きの金属棒は、サフィアが用意した布と箱で厳重に包んだ。


男たちの話では、先端の石にひびが入ったため、交換するよう命じられていたらしい。


なるほど。


だから、地下から持ち出していたのか。


「……じゃあ、奥にはあと2本あるってことですか?」


セインが尋ねた。


「少なくとも、そう考えるべきでしょうね」


サフィアが答える。


「ただ、ほかにも予備がある可能性は否定できません」


……ですよね。


3本あるって聞いただけで、全部で3本とは限らない。


でも。


今回、1本確保できた。


それは大きいと思う。


今まで、あの道具については証言しかなかった。


水路で見つかった金属筒も、一部だった可能性があるだけだ。


でも、今は違う。


実物がある。


しかも、俺が実際に影響を受けた。


……いや。


できれば、そんな体験はしたくなかったんだけどな。


村へ戻ると、すぐにマルタが呼ばれた。


俺は炭焼き小屋へ運ばれ、身体の状態を確かめてもらうことになった。


「……まったく」


マルタが深いため息をつく。


「今度は何をしたんだい?」


……何もしてません。


今回は本当に。


俺、ただ岩に張りついてただけなんです。


「ノアさんが無茶をしたわけではありません」


サフィアが説明してくれた。


おお。


ありがとうございます。


「捕まえた男が、魔獣に作用すると思われる道具を使ったんです。ノアさんは、その影響を受けたようで」


「……何だって?」


マルタの声が変わった。


「魔獣に作用する道具?」


「はい。以前、大きい白狐を動けなくしたという金属棒と同じ種類のものと思われます」


その瞬間。


寝床にいたルナが、身体を動かす気配がした。


「……ノア」


低い声。


嫌な予感がする。


「貴様、それを使われたのか?」


俺は少し迷った。


……うん。


隠しても仕方ないよな。


触手を上下させる。


「……馬鹿者!」


うおっ。


怒られた。


「なぜ、そのような危険なものへ近づいた!」


いや、違うんだって!


向こうから使ってきたんだよ!


俺は慌てて触手を左右へ振った。


「ルナさん、落ち着いてください」


サフィアが間に入ってくれた。


「ノアさんは離れた場所にいました。危険な道具だと分かった時点で、すでに使われていたんです」


「……そうなのか?」


俺は勢いよく身体を上下させた。


そうです。


完全に被害者です。


「……ふん」


ルナが小さく鼻を鳴らす。


「ならば、今回は貴様が悪いわけではないな」


……今回は?


いや、まあいいけど。


マルタは俺の身体を慎重に調べ始めた。


外側に目立った傷はない。


身体の形も、今は問題なく維持できている。


ただ、細い触手を複数作ろうとすると、いつもより集中しにくかった。


「……まだ疲れが残ってるみたいだね」


マルタが言った。


「しばらくは大きな変形を控えなさい。今日だけじゃなく、明日も様子を見るよ」


俺は素直に頷く代わりに、身体を上下させた。


「それと、あの道具は絶対にこの小屋へ持ってくるんじゃないよ」


「もちろんです」


サフィアが即答した。


「ギルド側で安全に保管します。調査も、十分に対策を考えてから行います」


……よかった。


正直、俺も近くには置いてほしくない。


また急にあの振動が来たら、たまったものじゃないからな。


サフィアとマルタが出ていったあと。


小屋には、俺とルナだけが残った。


しばらく、どちらも何も言わなかった。


いや、俺はもともと長く喋れないんだけど。


「……ノア」


やがて、ルナが静かに口を開いた。


「怖かったか?」


……ん?


俺は少し考えた。


怖かった。


正直に言えば、かなり。


自分の身体が思うように動かなくなる感覚。


周囲の振動が分からなくなる恐怖。


今の俺にとって、《微振動感知》は人間の目や耳に近いものだ。


それが突然使えなくなる。


何が起きているのか分からないまま、身体まで動かせなくなる。


……あれは、もう経験したくない。


俺はゆっくり身体を上下させた。


「……そうか」


ルナの声が柔らかくなった。


「我も、あの狐が道具を使われたと聞いたときから、気にはなっていた」


……ああ。


そうだよな。


ルナだって魔獣だ。


あの道具が俺に効くなら、ルナにも効く可能性がある。


「我らの力を封じる道具が存在するなら、用心せねばならぬ」


俺は触手を伸ばし、ルナの前脚へ軽く触れた。


「……貴様も、ようやく自分が魔獣の側にいると実感したか?」


……ん?


いや、まあ。


そう言われると、そうなのかもしれない。


俺は元々、人間だった。


今でも考え方は人間のままだし、村の人たちとも普通に付き合っている。


だから、つい忘れてしまうことがある。


この世界の人間たちから見れば、俺は魔物なんだ。


人間を対象にしない道具でも、俺には効くかもしれない。


……なるほど。


考えてみれば、当たり前のことだった。


「だがな」


ルナが続けた。


「弱点があるからといって、貴様が弱いわけではない」


俺は身体を持ち上げた。


「我にも苦手なものはある。あの大百足にだって、我は勝てなかった」


……そうだったな。


第1部の洞窟で、巨大な大百足と戦ったとき。


ルナは重傷を負い、俺たちは命からがら逃げ出した。


あのとき、俺1人だったらどうなっていたか分からない。


「だが、我らは生きてここにおる」


ルナの声が少しだけ明るくなる。


「それで十分であろう」


……うん。


そうだな。


俺は触手を伸ばし、ルナの前脚にもう1度触れた。


「……ありが、と」


言葉が途中で崩れる。


けれど、今度はちゃんと伝わったらしい。


「……ふん」


ルナが小さく鼻を鳴らす。


「礼を言うくらいなら、次はもっと上手く逃げるのだな」


……それ、結構難しい注文なんですけど。


「貴様なら何とかするであろう」


いやいや。


そんな無茶な。


俺は思わず触手を揺らした。


すると、ルナも小さく笑った。


……まあ、いいか。


少なくとも、今回のことで分かったことがある。


あの金属棒は、本当に危険な道具だ。


ただの噂じゃない。


そして、地下の奥には、まだ同じようなものが残っている。


今後、あの連中と向き合うなら、対策を考えなければならない。


……できれば、もう2度と使われたくないけど。


その日の夕方。


再びサフィアが炭焼き小屋を訪ねてきた。


「ノアさん。体調はいかがですか?」


俺は身体を上下させた。


少し疲れは残っているけど、だいぶ戻ってきた。


「それならよかったです」


サフィアが安堵したように息を吐く。


「それと、今日捕まえた男たちから、少し話が聞けました」


……おっ。


何か分かったのか?


「石付きの金属棒についてです」


ルナも耳を傾けたらしい。


「何か分かったのか?」


「はい。あの道具は、地下の奥にいる人間たちが持ち込んだものだそうです」


それは、前から分かっていた。


ただ、サフィアは続けた。


「重要なのは、使い方を教えられた人物が限られているということです」


……ん?


「今日捕まえた男は、運搬を担当していましたが、実際に使い方を教えられていたわけではありません。以前、ほかの者が操作しているのを見て、真似をしたそうです」


……なるほど。


だから、あんな使い方をしたのか。


「本人によれば、石の根元にある金具を押し込むと、あの音が出るそうです。ただし、効果について詳しい説明は受けていなかったとのことでした」


ルナが低く唸る。


「……危険な道具を、ろくに扱えぬ者へ渡していたわけか」


「そのようです」


サフィアが答える。


「そして、もう1つ。先端の石が割れた理由についても聞けました」


俺は身体を持ち上げた。


「地下の奥で、何か硬いものに押し当てた際に割れたそうです」


……硬いもの?


「男は詳しい場所までは知らないそうですが、石の扉のようなものを調べていたと聞いています」


石の扉。


俺は触手を止めた。


「つまり、あの道具は魔獣を動けなくするだけでなく、古い遺構の調査にも使われている可能性があります」


……なるほど。


ようやく、少し繋がってきた。


あの道具は、単純に魔獣を捕まえるためだけのものじゃないのかもしれない。


魔獣にも作用する何かを、古い遺構に対して使っている。


ただし、何を起こそうとしているのかは分からない。


「調査はこれからですが、少なくとも1本、実物を確保できました」


サフィアの声には、少しだけ手応えがあった。


「危険な道具であることは間違いありません。でも、仕組みを理解できれば、対策を考えられるかもしれません」


……そうだな。


敵が何を使っているのか分からないまま戦うより、ずっといい。


俺はゆっくり身体を上下させた。


「それと、ノアさん」


サフィアが少し声を和らげた。


「今日はありがとうございました。あなたが地下の動きに気づいてくれたおかげで、あの2人を捕まえることができました」


俺は触手を左右へ振った。


いやいや。


今回は、俺よりハルドたちが頑張ったと思う。


というか、俺は途中で動けなくなってたし。


「それでも、あなたの協力がなければ難しかったと思います」


……この人、本当に褒めるのが上手いな。


俺は少し照れくさくなって、身体を丸めた。


「では、今日はゆっくり休んでください」


サフィアが小屋を出ていく。


再び静かになった室内で、俺はしばらく考え込んでいた。


あの金属棒。


俺の身体に作用した、謎の道具。


もし今後、同じものを使われたら。


……どうすればいいんだろう。


逃げる?


隠れる?


それとも、使われる前に止める?


どれも簡単じゃない。


でも、何か方法はあるはずだ。


俺には《構造形成》がある。


《微振動感知》も、《粘着性》も、《硬質外皮》もある。


ただし、あの振動を受けると、それらを思うように使えなくなる。


……つまり。


まずは、あの道具を使わせないことが大事なんだな。


うん。


実に分かりやすい。


……いや、分かりやすいけど、実行するのは難しいんだよなあ。


俺は身体を丸めながら、小さく息を吐くような音を出した。


「……はぁ」


すると、隣からルナの声が聞こえてきた。


「何を悩んでおる?」


俺は触手を左右へ揺らした。


「ふん。どうせ、あの道具のことでも考えておったのであろう」


……何で分かるんだよ。


「貴様は、考え込むと身体の動きが鈍くなるからな」


……え。


そんな癖があるの?


初耳なんだけど。


「心配するな」


ルナが続けた。


「次に同じものが現れたら、我も考えてやる」


……おお。


頼もしい。


「もっとも、今の我はまだ満足に動けぬがな」


……そこは早く治してください。


俺は触手を伸ばし、ルナの前脚を軽く叩いた。


「……まったく」


ルナが小さく笑う。


「貴様は本当に、妙な生き物だな」


……今さら?


それ、出会った頃から分かってたことじゃないか。


俺は身体を丸め、ようやく休むことにした。


石切り場の奥には、まだ謎が残っている。


閉ざされた道。


古い水路。


欠けた輪の印。


そして、複数の石付き金属棒。


少しずつではあるけれど、確実に手がかりは増えてきた。


ただ、今日のことで1つだけ思い知らされた。


この世界には、俺の知らない危険なものがまだまだある。


そして、それは必ずしも魔獣の姿をしているとは限らない。


……まあ。


次にあの棒を見つけたら、絶対に近づかないようにしよう。


いや。


そもそも俺、見えないんだった。


……うん。


これからは、誰かに先に教えてもらおう。

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