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ゲームだと思ったら原初の生命に転生しました。  作者: くんくん
第2部

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工事現場に魔物が来た

第2部 第36話 工事現場に魔物が来た


「いいか。今日は何があっても、勝手に奥へ進むなよ」


石切り場の入口で、ハルドが念を押した。


……俺を見て言ってるわけじゃないよな?


いや、俺には見えないんだけど。


「特にノア。お前だ」


やっぱり俺か。


最近、初対面の人間にまで無茶をする生き物だと思われ始めている気がする。


そんなに信用がないのか。


「昨日の水門のこともある。古い構造物がどこまで持ちこたえるか分からねえんだ」


テオルが道具を確認しながら言った。


「妙な音がしたら、調査は中断だ。いいな?」


俺は触手を上下させた。


今回は本当に大人しくするつもりだ。


というより、今日は俺が先頭に立つ必要もない。


ギルドから派遣された護衛たちがいるし、地下構造に詳しいテオルもいる。


ハルドとセインも同行している。


そして、もちろんサフィアも一緒だ。


これだけ人が揃っていれば、俺が無理に頑張らなくても調査は進むだろう。


……そう思っていた。


石切り場の地下へ入るまでは。


「水位が下がっていますね」


通路を進んでいたサフィアが足を止めた。


「前回は、あの石段の下まで水がありました」


「今はさらに低い位置を流れてるな」


テオルが答える。


俺も地面へ身体を広げ、水の振動を確かめた。


以前、この場所を通ったときには、絶え間なく強い流れが伝わってきていた。


ところが、今日は違う。


水音そのものは残っているが、伝わってくる位置が低い。


しかも、流れが少し遠くなっている。


……本当に水が減ってるんだな。


「やっぱり、連中が水を抜いているんでしょうか?」


セインが尋ねた。


「可能性は高いな」


テオルが答える。


「ただし、自然に水位が変動することもある。人の手が加わっている証拠を見つけるまでは、決めつけねえ方がいい」


なるほど。


相変わらず慎重だ。


……いや、技師としては当然か。


俺だったら、もう犯人は地下にいる連中だと決めつけているところだ。


しばらく進むと、以前、大きい白狐が繋がれていた場所へ到着した。


あのときは鎖が壁に固定され、怪我をした狐が動けなくなっていた。


今はもう、そこに狐はいない。


鎖も取り外されている。


それでも俺には、あのとき伝わってきた荒い呼吸や、身体を震わせる振動が妙にはっきり思い出せた。


……助けられてよかった。


本当に。


「ここから先ですね」


サフィアが言った。


「新しい穴が見つかったのは、水路を挟んだ向こう側です」


「向こう側か……」


テオルが足を止める。


「水路を渡る必要があるな」


近くには古い石橋がある。


ただし、以前から崩れかけており、安全に渡れる状態ではないらしい。


「橋は使わねえぞ」


テオルが即答した。


「端の石が浮いてる。あんなもんに乗ったら、途中で落ちても文句は言えねえ」


……いや、文句くらいは言わせてほしい。


落ちたくないし。


「では、どうしますか?」


サフィアが尋ねた。


「水位が下がったおかげで、壁沿いの足場が出てる。まず俺が調べる」


テオルはそう言うと、長い棒で石の状態を確かめ始めた。


足元を叩く音が、何度も地下へ響く。


しばらくして、彼が戻ってきた。


「幅は狭いが、石組みはしっかりしてる。昔の点検用通路かもしれねえな。命綱を張って、1人ずつ渡ろう」


そこから、護衛たちが縄を固定し、足場の安全を確認していく。


俺はその様子を地面から感じ取っていた。


……こういうとき、人間って大変だよな。


俺なら《粘着性》で壁に張りつける。


細い通路だって、身体を薄くすれば通れる。


ただし、だからといって先に進むつもりはない。


今回は約束したからな。


全員の準備が整ったところで、俺たちは順番に水路を渡った。


俺は壁に身体を密着させ、慎重に移動する。


途中で下から冷たい水の気配が伝わってきた。


……うん。


落ちたら面倒そうだ。


絶対に落ちないようにしよう。


無事に向こう側へ渡ると、サフィアが声をかけてきた。


「ノアさん、ここから先は特に注意してください」


俺は触手を持ち上げた。


「前回見つけた穴があります。周囲の石には新しく削られた跡が残っていました」


なるほど。


いよいよ、あの穴か。


俺は《明暗感知》へ意識を向けた。


暗い。


地下だから当然だけど。


ただ、サフィアたちが持っている灯りの方向は分かる。


そして、それとは別に。


少し先から、弱い光が伝わってきていた。


……あ。


これか。


第28話でサフィアが見つけた、穴の奥の光。


以前より、少し近い位置に感じる。


「光はまだありますか?」


サフィアが尋ねた。


俺は触手を上下させた。


「やはり……」


彼女が小さく息を吸う。


「前回より、はっきり見えますね」


「誰かが明かりを置いてるのかもしれねえな」


テオルが答えた。


そのときだった。


――カン。


俺は身体を止めた。


……ん?


――カン、カン。


硬いものを叩く振動。


少し間を置いて、また同じ音が響く。


これは……。


「待ってください」


俺が反応するより先に、サフィアが声を潜めた。


「何か聞こえます」


ハルドたちも足を止める。


俺は地面に身体を広げ、振動を確かめた。


――カン。


――ギギ……。


金属を使って、何かを動かしている。


しかも、思ったより近い。


「……作業音だな」


テオルが低い声で言った。


「石を削ってる音とは違う。金属の道具を使ってる」


……つまり。


いるんだな。


この先に。


俺たちは灯りを一部覆い、足音を抑えながら進んだ。


やがて、細い通路の先から人間の声が聞こえてきた。


「……だから、もうやめた方がいいって言ってるだろ!」


男の声だ。


少し苛立っているらしい。


「ここまで来て何言ってんだ。最後の石さえ抜けば終わりなんだぞ」


別の男が答える。


……最後の石?


俺は思わず身体を固くした。


あの運び屋たちが話していた、最後の1つ。


まだ残っていたのか。


「昨日だって、急に水が増えただろ! このまま外したらどうなるか分かんねえんだぞ!」


「だから、早く終わらせるんだよ!」


「ふざけんな! 下流には村があるんだぞ!」


……おい。


ちょっと待て。


今、何て言った?


下流に村?


つまり、この連中は村の存在を知っている。


水路をいじれば、村に影響が出る可能性も分かっている。


それなのに、作業を続けているのか?


「もう十分だろ。俺たちは言われたとおり、石を外した。あとは上の連中がやればいい」


「報酬を全部もらうまでは帰れねえんだよ」


「金の問題じゃねえ!」


男たちの言い争いが続く。


どうやら、全員が納得して作業しているわけではないらしい。


「……2人ですね」


サフィアが小さく言った。


「見える範囲には、作業員らしい男が2人います。奥にも通路が続いていますが、ほかに人がいるかは分かりません」


ハルドが短く答えた。


「ここで止める」


「待て」


テオルが制した。


「先に何をいじってるか確認させろ。下手に驚かせたら、道具を動かしちまうかもしれねえ」


……確かに。


ここには水路がある。


しかも、古い石組みが今も水圧を受けているらしい。


もし作業中の男が驚いて何かを外したら、どうなるか分からない。


俺は地面へ身体を広げ、音の出ている場所へ意識を集中した。


金属が擦れる振動。


石に力がかかる感触。


そして、その奥から伝わってくる水の流れ。


……あれ?


何だろう。


何かが、少しずつ動いている。


俺は触手でハルドの靴を叩いた。


「どうした?」


小さく声が返ってくる。


俺は音のする方向を示し、触手をゆっくり横へ動かした。


「何かが動いている?」


肯定する。


「石か?」


もう1度、上下させた。


「……まずいな」


テオルが低く呟いた。


「今、あいつらが触ってるのは、石組みの支えかもしれねえ」


ハルドが少し考えたあと、静かに指示を出した。


「護衛は奥の通路を警戒。セインは俺についてこい。テオルさん、危険な動きがあればすぐ知らせてくれ」


「分かった」


「サフィアさんは後方で状況を確認してください」


「はい」


そして。


「ノア、お前はここで待機だ」


……はい。


ですよね。


俺も分かってます。


ただ、できるだけ振動は拾っておこう。


何かおかしなことが起きたら、すぐに知らせられるように。


「エルデ村警備隊だ!」


ハルドの声が通路へ響いた。


「作業を中止しろ! その場から動くな!」


直後、男たちの足音が乱れた。


「なっ、何だ!?」


「なんでここに警備隊が!」


慌てた声が重なる。


「道具から手を離せ。抵抗しなければ危害は加えない」


ハルドが続けた。


だが、男の1人は素直に従わなかった。


「くそっ……!」


金属が動く音。


――ギギッ!


……ん?


待て。


今の、さっきまでとは違う。


俺は地面に身体を密着させた。


重い石が、ほんの少し動いた。


その直後。


――ゴッ。


地下の奥から、強い振動が伝わってきた。


「おい! 何してる!」


もう1人の男が叫ぶ。


「それ以上回すな!」


……まずい。


何かが動いている。


しかも、さっきより速い。


俺は急いで声を作った。


「……だめ!」


短い声が通路へ響く。


「ノア?」


ハルドが反応した。


俺は地面を何度も叩き、作業している男の方向を示した。


「……い、し……!」


発声用の構造が崩れる。


くそっ。


もう1度。


「……うご、く!」


「石が動くのか!」


俺は勢いよく身体を上下させた。


その瞬間。


「全員、道具から離れろ!」


テオルの怒声が響いた。


「支えが抜けかけてる!」


――ガコン!


硬いものが外れる音。


続いて、水が勢いよく流れる振動が伝わってきた。


「うわあっ!」


男の叫び声。


「動くな!」


ハルドが声を張り上げる。


俺は思わず身体を伸ばした。


……いや。


落ち着け。


今、俺が飛び込んでも何ができる?


大きな石を支えられるほど、俺の身体は強くない。


それに、構造を理解していない俺が無理に触れば、余計なことになるかもしれない。


「テオルさん!」


サフィアが叫んだ。


「こいつを止めるには、支えを戻すしかねえ!」


テオルが答える。


「だが、石が重すぎる。今の状態じゃ簡単には動かせねえぞ!」


……支え。


石。


それなら。


俺は地面へ身体を広げ、動いている部分の振動を確かめた。


大きな石の下で、何か細いものが擦れている。


金属の棒だろうか。


男たちは、それを使って石を動かしていたらしい。


そして今、その道具が中途半端な位置で引っかかっている。


……これ、もしかして。


俺は触手を伸ばし、テオルの足元を叩いた。


「何だ?」


俺は金属の棒があるらしい方向を示した。


「……そこか?」


肯定する。


「何かあるのか?」


俺は触手で細い棒を作るような仕草をした。


それから、横へ動かす。


「……道具を動かせってことか?」


……違う。


いや、近い。


俺はもう1度触手を動かした。


今度は、棒を支えるような形にする。


「……ああ!」


テオルが声を上げた。


「引っかかってる道具を固定すればいいのか!」


よし!


伝わった!


「ハルド、そこの男を下がらせろ! 道具を無理に引き抜かせるな!」


「分かった!」


ハルドたちが男を作業場所から引き離す。


テオルは持ってきた工具を取り出した。


「ノア、棒が動いたら知らせてくれ!」


俺は身体を上下させた。


任せろ。


それならできる。


俺は地面に身体を密着させ、金属の振動だけに意識を集中する。


テオルが作業を始めた。


――カン。


――ギッ。


金属同士が触れる感触。


そして。


――ゴトッ。


……動いた!


俺はすぐに地面を叩いた。


「動いたか!」


肯定する。


「よし、もう少しだ」


テオルが工具の位置を変える。


護衛の1人も手を貸し、金属の棒が滑らないよう支えた。


やがて。


――ガチン!


硬い音が響いた。


それまで続いていた細かな振動が、ぴたりと止まった。


「……止まったぞ」


テオルが大きく息を吐く。


「ひとまず、これ以上は動かねえはずだ」


……助かった。


俺は身体を丸めた。


さすが専門家。


俺だったら、絶対にあんな調整できない。


「ただし、応急処置だ。石組み自体が不安定になってる。長居はできねえぞ」


「分かった」


ハルドが頷く。


「全員、撤収の準備をしろ」


作業をしていた男たちは、すでに警備隊に取り押さえられていた。


抵抗した男も、今は大人しくしているらしい。


「……何で、こんなことになったんだ」


男の1人が呟いた。


「最後の石を抜けば終わりだって……そう言われてたのに」


ハルドが近づく。


「誰に言われた?」


「……雇い主だよ」


「名前は?」


「知らねえ。顔も隠してた」


またか。


どうやら、あの連中は作業員に正体を隠すのが好きらしい。


「お前たちは、何をさせられていた?」


ハルドが続けて尋ねる。


男はしばらく黙っていた。


それから、諦めたように答えた。


「地下の水を抜く仕事だよ」


……やっぱり。


「水路を開いて、奥の水を外へ逃がせって言われたんだ」


「何のために?」


「知らねえ。ただ、奥に進めるようにするためだって……」


サフィアが口を開いた。


「取り外した石は、どこへ運んだんですか?」


「箱に詰めて、外の連中に渡した。何かに使うから、壊さず運べって言われてた」


……なるほど。


これで、いくつかのことが繋がった。


捕まえた運び屋たちが運んでいた石。


あれは、地下の水路から取り外したものだったらしい。


そして、最後の石。


それを外せば、地下の水がさらに抜ける。


ただし、その結果どうなるかまでは、作業員たちも理解していなかったようだ。


「……村の方へ水が流れていることは知っていたのか?」


ハルドが尋ねた。


男の声が震えた。


「途中で気づいたんだよ。水路が村の方に繋がってるって」


「それでも作業を続けたのか」


「……やめようとはした」


男は小さく答えた。


「でも、もう1人が、最後までやらねえと報酬が出ないって……」


……そういうことか。


俺は少しだけ複雑な気分になった。


もちろん、だからといって許されるわけじゃない。


でも、この男たちが事件の全体を知っていたとも思えない。


何か大きな目的を持った人間がいて、その下で仕事を請け負っていただけなのかもしれない。


「……テオルさん」


サフィアが声をかけた。


「1つ確認してもいいですか?」


「何だ?」


「この石を全部取り外すと、本当に水が抜けるんでしょうか?」


「そうだろうな」


テオルは答えた。


「ただし、どこまで抜けるかは分からん。地下の水路がどう繋がってるかによる」


「……なるほど」


サフィアは少し考えたあと、続けた。


「では、あの新しい穴は?」


「そいつは分からん。だが、今の話を聞く限り、奥へ進むために掘った可能性が高いな」


……なるほど。


やっぱり、そういうことか。


今まで、ただの怪しい穴だと思っていた。


でも、もし水を抜いて通路を確保しているのなら、あの穴は奥へ進むための工事の一部なのかもしれない。


「それと、もう1つ」


サフィアが尋ねた。


「前回、穴の奥から光が見えました。あれは何だったんでしょう?」


男が答えた。


「……油灯だよ」


……油灯?


「あそこに作業場があるんだ。暗いから、いつも灯りを置いてた」


なるほど。


……いや、そんな普通の理由だったのか。


もっと怪しい何かかと思ってたぞ。


まあ、確かに地下で作業するなら灯りは必要だよな。


「作業場は、この先だけか?」


ハルドが尋ねた。


「いや……」


男は少し迷った。


「もっと奥にもある。水が引いた場所から、さらに通路が続いてるんだ」


……おっ。


ようやく奥の話が出てきた。


「その先に何がある?」


「知らねえよ。俺たちはここまでしか入っちゃ駄目だって言われてたんだ」


……また知らないのか。


本当に徹底してるな。


作業員には必要なことしか教えない。


運び屋には荷物の中身を見せない。


捕獲を担当した連中には、道具の仕組みを説明しない。


どうやら、雇い主は情報をかなり細かく分けているらしい。


「……面倒な相手ですね」


サフィアが小さく呟いた。


俺も同感だ。


これだけ人を使っているのに、肝心の目的が全然見えてこない。


ただ、1つだけはっきりしたことがある。


連中は、本当に地下の水を抜こうとしていた。


そして、そのために古い構造物を壊しかけていた。


……勘弁してくれよ。


村が水浸しになったら、どうするつもりだったんだ。


「さて、引き上げるぞ」


ハルドが言った。


「これ以上は危険だ。詳しい話は村へ戻ってから聞く」


テオルも同意した。


「今の支えは応急処置にすぎねえ。勝手に触られねえように、入口を警戒しておく必要がある」


「分かった」


護衛たちが男を連れて先に進む。


俺もその後ろをついていった。


途中、サフィアが声をかけてきた。


「ノアさん。先ほどは助かりました」


俺は触手を小さく振った。


「あなたが石の動きを教えてくれなかったら、もっと危険な状況になっていたと思います」


……いやいや。


止めたのはテオルだ。


俺は、動いてることを知らせただけ。


「それが大切だったんですよ」


……あれ?


また考えてることが読まれた?


「ふふっ。ノアさん、何となくそう思っていそうでしたので」


この人、本当に俺の扱いに慣れてきたな。


……ちょっと怖いくらいだ。


石切り場から出る頃には、俺もかなり疲れていた。


身体を大きく変化させたわけではない。


それでも、長い時間《微振動感知》へ意識を集中していると、やっぱり消耗する。


特に今回は、地下の水の振動と金属の音を聞き分ける必要があった。


……便利な能力だけど、まだまだ使いこなせてるとは言えないな。


もっと練習したい。


ただ、今は休もう。


ルナに怒られる前に。


村へ戻ると、ハルドたちは捕まえた男たちを警備隊の管理下に置いた。


サフィアとテオルは、今日確認した地下の構造を記録するらしい。


俺は炭焼き小屋へ帰ることにした。


「……戻ったか」


ルナの声が迎えてくれる。


俺は床へ身体を広げた。


「どうだった?」


……さて。


何から話そうか。


今日は結構いろいろあった。


地下に作業員がいた。


最後の石を抜こうとしていた。


水路が壊れかけた。


そして、作業員を捕まえた。


……うん。


今の俺の発声能力では、全部説明するのに何時間かかるか分からないな。


俺は少し考えたあと、発声用の空洞を作った。


「……つ、かま……えた」


「捕まえた?」


俺は身体を上下させた。


「何をだ?」


「……ひ、と」


ルナが小さく息をのんだ。


「……地下にいた人間か?」


肯定する。


「そうか」


少し間を置いて、ルナが続けた。


「では、何か分かったのであろうな」


俺は触手で水の流れを表し、それから石を引き抜く動作をした。


「……水路の石を外していたのか?」


……おお。


伝わった。


俺は勢いよく身体を上下させた。


「なるほどな」


ルナが低く唸る。


「やはり、地下の水を抜こうとしていたわけか」


俺もそう思う。


ただ、そこで気になったことがある。


ルナは以前、古い記録に『閉ざされた道』と、その周囲の水路について書かれていたと言っていた。


もし、あの水路が道を閉ざすための仕組みだったとしたら。


今、連中がやっているのは、単に道を開く作業じゃないのかもしれない。


「……ノア」


ルナが静かに呼びかけた。


「我も、少し考えていたことがある」


俺は身体の端を持ち上げた。


「古い記録にあった『閉ざされた道』という言葉だが……」


ルナは少し間を置いた。


「なぜ、わざわざ閉ざしたのか。それを我は、まだ理解できておらぬ」


……ん?


「道とは、本来通るためのものだ。それを閉ざし、さらに水路まで造り替えた」


……確かに。


普通なら、そこまでしない。


ただの通行止めなら、入口を塞げばいい。


水路まで造り替える必要なんてないはずだ。


「我が探していたのは、その理由でもある」


ルナが続けた。


「古い記録には、道が閉ざされたことは書かれていた。だが、閉ざされた理由については、ほとんど残されておらぬ」


……なるほど。


だから、ルナはあの岩山まで調べに来たのか。


以前から気になっていたことが、少しずつ分かってきた。


ただ、まだ全部ではない。


ルナがそこまでして理由を知りたいと思ったのは、なぜなんだろう。


俺は触手を伸ばし、ルナの前脚へ軽く触れた。


「……どうした?」


俺は少し考えたあと、短く声を出した。


「……いつ、か……」


音が途切れる。


言いたいことは、まだうまく伝えられない。


でも、ルナは何かを察したらしい。


「……ふん」


小さく鼻を鳴らす。


「我が話したくなったら、教えてやる」


……そうか。


なら、今はそれでいい。


無理に聞き出す必要もない。


俺は身体を丸め、ルナのそばで休むことにした。


その日の夕方。


ハルドがもう1度、小屋を訪ねてきた。


「ノア、少しいいか?」


俺は身体を持ち上げた。


「今日捕まえた作業員から、追加で話が聞けた」


……おっ。


もう?


「どうやら、あの地下には別の連中も出入りしているらしい」


ルナが顔を上げた気配がした。


「何人だ?」


「正確には分からん。ただ、作業員たちの話では、数日前から奥へ入っていった者がいるそうだ」


……奥へ?


「そいつらは、作業員たちとは別に動いていた。何をしているのかも知らされていなかったらしい」


なるほど。


ますます怪しい。


「それで、1つ気になる証言があった」


ハルドが続けた。


「作業員の1人が、奥へ入った連中の持ち物を見ていたそうだ」


……持ち物?


「何だ?」


ルナが尋ねる。


「金属製の筒だ。先端には、石のようなものがついていたらしい」


俺は思わず身体を持ち上げた。


……え?


それって。


「以前、狐を動けなくしたという道具に似ている」


ハルドが低く言った。


「しかも、1本だけじゃなかったそうだ」


……待てよ。


1本じゃない?


「少なくとも3本は持っていたらしい。何に使うものかは、作業員も知らなかったそうだ」


俺は身体を固くした。


あの道具。


大きい白狐を動けなくしたという、石付きの金属棒。


それが、地下の奥へ運び込まれている。


しかも複数。


……何のために?


今、奥にいる連中は、魔獣を捕まえようとしているのか?


それとも。


あの道具には、別の使い道があるのか?


「……厄介だな」


ルナが低く呟いた。


俺も同感だ。


ようやく地下の水路について分かってきたと思ったら、今度は謎の道具が複数出てきた。


しかも、使われる場所は『閉ざされた道』の奥。


……おいおい。


これ、本当に大丈夫なのか?


俺はゆっくり身体を丸めた。


少なくとも、1つだけはっきりしている。


あの連中は、まだ諦めていない。


地下の水を抜き、古い構造物を壊し、奥へ進もうとしている。


そして、そこには魔獣を動けなくするかもしれない道具まで運び込まれている。


……まったく。


今日の調査は、ようやく少し前進したと思ったんだけどな。


どうやら、本当に厄介なのはここかららしい。

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