その水、どこへ捨てた
第2部 第35話 その水、どこへ捨てた?
「誰だ、この水路をいじった馬鹿は」
それが、ギルドから派遣されてきた技師の第一声だった。
……いや、待ってくれ。
まだ挨拶もしてないんだけど。
午前中、エルデ村に予定どおりギルドの増援が到着した。
追加の調査員と護衛が2人。それに、地下構造物の調査を専門とする技師が1人。
俺が会ったのは、村長の家で簡単な打ち合わせをしているところだった。
サフィアがこれまでの調査内容を説明していたのだが、水路の異変について話し始めた途端、技師が先ほどの言葉を口にしたのである。
「テオルさん、まだ人為的な操作が原因とは断定できません」
サフィアが冷静に訂正する。
「分かってる。だから、そうなら相当な馬鹿だと言ってるんだ」
……ああ。
この人、結構口が悪いタイプだ。
声からすると、年齢はそれなりに上なのだろう。低くて少ししゃがれた声に、長年仕事をしてきた職人特有の遠慮のなさがある。
「紹介が遅れましたね。こちらはテオルさん。古い建造物や地下水路の調査を専門とする技師です」
「テオルだ。よろしく頼む」
俺は触手を持ち上げた。
「……ん?」
テオルの声が止まる。
「お前さんが、例の変わった魔獣か?」
俺はもう1度触手を振った。
「ほう。話は聞いてたが、本当に器用に動くんだな」
足音が近づいてくる。
「触っても構わんか?」
おっと。
ちゃんと聞いてくれるのか。
俺は触手の先を差し出した。
テオルの指が触れる。
ごつごつした硬い指だった。手のひらには厚い皮膚ができているらしく、触れた感触だけでも普段から道具を扱っていることが分かる。
「……面白い身体だな。骨がねえのか」
俺は触手を左右に揺らした。
「ないってことか。なら、細い隙間にも入れるわけだ」
今度は上下に動かす。
「便利だなあ」
……まあ、それなりには。
「だが、便利だからって無茶をするなよ。古い石組みは見た目より脆い。隙間に入って、崩れたら終わりだぞ」
うっ。
いきなり注意された。
初対面なのに、もう俺の行動パターンを見抜いている。
「その点については、私たちも何度か注意しています」
サフィアが言った。
「何度か?」
「はい」
「……そういう奴なのか」
やめて。
初対面の人に、余計な印象を与えないで。
「さて、先に運び出された石を見せてくれ」
テオルが話を切り替えた。
「水路を調べるのは、それからだ」
ハルドの案内で、俺たちは回収した木箱が保管されている部屋へ移動した。
箱の中には、地下から運び出されていた石の破片が入っている。
表面には欠けた輪に似た模様があり、裏側には何かと擦れたような溝が刻まれていた。
サフィアが石を取り出すと、テオルはすぐに調べ始めた。
道具が石の表面を擦る音。
硬いものを軽く叩く音。
しばらく、彼はほとんど喋らなかった。
俺も気になって近づく。
「……なるほどな」
ようやく声がした。
「こいつは飾りじゃねえ」
「やはり、何かの部品でしょうか?」
サフィアが尋ねる。
「ああ。ただし、何の部品かまでは分からん」
テオルは石を動かしながら続けた。
「見ろ。この溝の片側だけが削れてるだろ」
「はい。そこはノアさんも気づいていました」
「いいところに気づいたな」
おっ。
褒められた。
「これは、別の部品と擦れた跡だと思う。長い間、同じ方向に力がかかっていたんだろう」
テオルが石を置く。
「それに、割れた部分とは別に、工具を差し込んだような傷がある」
「つまり?」
「何かに組み込まれていた石を、無理やり取り外した可能性がある」
……やっぱりか。
以前、ルナも似たようなことを言っていた。
あの連中は、扉を開くための鍵を集めているのではなく、何かを閉じておくための石を取り外しているのかもしれない。
「ただな」
テオルが続ける。
「石を取り外したからといって、必ずしも扉が開くわけじゃねえ」
「どういうことでしょう?」
「水門にも、こういう部品は使われるんだよ」
……水門?
俺は触手を止めた。
「水門ってのは、ただ水を止める板じゃねえ。水圧を受けながら位置を保つために、いろんな部品が組み合わさってる」
テオルが石の溝を指でなぞる音がする。
「例えば、動かないように固定している歯止めだ。そいつを抜いたら、水の力で勝手に動いちまうこともある」
「……なるほど」
サフィアの声が少し変わった。
「石切り場で起きている水量の変化とも、関係があるかもしれませんね」
「だから、実物を見たいんだよ」
テオルが立ち上がった。
「昨日見つけたっていう水門跡、案内してくれ」
その後、俺たちは村の北西にある古い水門へ向かった。
同行するのはテオル、サフィア、ハルド、ボルク、それにギルドから来た護衛の1人だ。
もう1人の護衛はセインたちと合流し、石切り場の周辺警戒に回ることになった。
俺も一緒に来ているが、今日は調査の補助だけだ。
マルタからは長時間の活動を控えるよう言われている。
……最近、外出のたびに注意されてる気がするな。
まあ、仕方ない。
身に覚えがありすぎる。
水門跡へ到着すると、テオルは早速調査を始めた。
まず周囲の地面を確かめ、石組みの状態を調べていく。
それから水の流れる音を聞き、何かを計測し始めた。
「ボルク。この水門、昨日から触ってねえな?」
「ああ。崩れるかもしれねえから、そのままにしてある」
「正解だ。下手にいじってたら、面倒なことになってたぞ」
……おお。
ボルクの判断、正しかったんだな。
「この石組み、ただの排水路じゃねえな」
「そうなのか?」
「ああ。少なくとも、水の流れを調整する仕組みがあったはずだ」
テオルは水門の片側へ移動した。
「ここに石を通す溝がある。それから、反対側にも似た溝があるだろ」
「あるな」
「普通の水路なら、こんなものは必要ねえ。水を止めたり、流す方向を変えたりするための構造だったんだろう」
……流す方向を変える?
俺は地面へ身体を広げた。
昨日も感じた、地下を流れる水の振動。
北側から来た流れが、途中で西へ曲がっている。
そして、奥の方では急に弱くなる場所があった。
俺はその位置を確かめながら、ゆっくり触手を伸ばした。
「ノア、何かあるのか?」
ハルドが尋ねる。
俺は地面を数回叩き、触手で水の流れを表してみた。
最初は真っすぐ。
途中で横へ。
「……水が曲がってる?」
ボルクが言った。
肯定する。
「この下でか?」
もう1度、身体を上下させた。
「ちょっと待て」
テオルの足音が近づいてきた。
「お前さん、水の流れる方向が分かるのか?」
俺は触手を揺らした。
完全に分かるわけじゃない。
でも、水が石にぶつかる振動や、流れによって生じる細かな揺れなら感じ取れる。
俺は地面を叩き、少しずつ位置を変えながら振動を確かめた。
テオルもそれに合わせて移動する。
「……こっちか?」
肯定。
「ここで曲がる?」
肯定。
「その先は?」
俺は少し身体を伸ばし、流れが弱くなる位置を示した。
「……なるほど」
テオルが低く唸った。
「ボルク、昔の排水路は、この先にも続いてたんだよな?」
「ああ。記録ではな。今はほとんど埋まっちまってるが」
「なら、話が合う」
……ん?
何が?
「こいつは水を外へ捨てるだけの水路じゃねえ。途中で流れを振り分けてたんだ」
「振り分ける?」
サフィアが聞き返す。
「ああ。北から来た水を、状況に応じて別の場所へ流してたんだろう」
テオルが持ってきた道具を地面へ置いた。
「ちょっと実験してみるか」
そう言うと、彼は小さな容器を2つ取り出した。
ボルクに頼んで水を汲んでもらい、浅い溝を掘った土の上へ流してみせる。
「ここを水路だと思ってくれ」
水が流れる振動が伝わってくる。
「こっちが村側。もう1つが地下の奥へ続く水路だ」
テオルが土の一部を押さえた。
すると、水が別の方向へ流れ始める。
「流れを変えれば、片方には水が増えて、もう片方は減る」
「……つまり」
サフィアが呟く。
「石切り場の地下から、村側へ水を逃がしている可能性があるということですか?」
「そうだ。もちろん、この水門だけで決まる話じゃねえ。ほかの水路や地形も調べる必要がある」
テオルは道具を片づけた。
「だが、もし地下の水を別の場所へ流してるとしたら、何のためだと思う?」
……何のため?
俺は考えた。
水を流す理由。
水量を調整するため?
村へ水を送るため?
それとも……。
「あっ」
思わず声が出た。
発声用の構造なんて作っていなかったから、ただの変な音になったけど。
……待てよ。
石切り場の地下には、水路がある。
崩れかけた石橋もあった。
そして、さらに奥には新しく掘られた穴がある。
もし、そこへ進むための通路が水没していたら?
「……み、ず……」
俺は急いで発声用の空洞を作った。
「……ぬ、く……」
音が途切れる。
くそっ。
こういう大事なときに限って、うまく喋れない。
「水を抜く?」
サフィアが聞き返した。
俺は勢いよく身体を上下させた。
「……そうか」
彼女の声が変わる。
「地下の水を抜いて、通れる場所を増やそうとしている……?」
それだ。
俺が考えたのは、それだった。
テオルが小さく笑った。
「お前さん、なかなかいい勘してるじゃねえか」
……おっ。
また褒められた。
「もちろん、まだ決まったわけじゃねえ。だが、考えとしては十分あり得る」
テオルは水門の石を軽く叩いた。
「地下に水が溜まっていて進めない場所があるなら、そこから水を逃がせばいい。ただし、逃がした水はどこかへ行く」
「……村の方へ」
ハルドが低く言った。
「ああ。水路の繋がり方によっては、そうなる」
その言葉を聞いて、俺は昨日までの出来事を思い返した。
石切り場で発見された新しい穴。
そこから漏れていた微かな光。
地下のどこかで続いている作業。
そして、突然増えた水。
……そういうことか?
あの連中は、奥へ進むために地下の水を抜いている。
その結果、余った水が村の方へ流れ込んでいる。
もしそうなら。
連中は、村が水浸しになっても構わないと思っていることになる。
……いや。
もしかしたら、村への影響なんて考えていないのかもしれない。
どちらにしても、迷惑な話だ。
「テオルさん」
サフィアが尋ねた。
「もし本当に地下の水を抜いているなら、どのくらいの時間が必要になるんでしょう?」
「地下の広さも水量も分からんから、何とも言えねえな」
テオルは即答した。
「だが、水位を測れる場所があれば、変化は追える」
「この水門でも測れますか?」
「やってみる価値はある」
そこから、テオルは道具を使って水門の奥の水位を測り始めた。
細い縄の先に重りをつけ、石組みの隙間から慎重に下ろしていく。
俺も近くで振動を確かめる。
――コツ。
重りが硬いものに触れる音。
「……ここか」
テオルが縄を引き上げる。
「しばらくしたら、もう1度測るぞ」
「その間はどうしますか?」
サフィアが尋ねる。
「周囲を調べる。特に水がどこから来て、どこへ抜けてるのかを確かめたい」
テオルはそう言って、ボルクと一緒に水門の周囲を歩き始めた。
俺もついていく。
ただ、途中から足元の振動が少しおかしくなってきた。
……ん?
何だ、これ。
地面の下で、水が細かく揺れている。
最初は一定だった流れが、時折強くなったり弱くなったりしていた。
俺は地面へ身体を広げ、意識を集中する。
――ゴト……。
硬いものが動くような振動。
続いて、水の流れが一瞬だけ強くなった。
……おいおい。
これ、もしかして。
「……ま、て……」
俺は声を出した。
「ん?」
テオルが振り返ったらしい。
「どうした?」
俺は水門の一角を触手で示した。
そこにはボルクが立っている。
「ここか?」
ボルクが尋ねる。
俺は急いで触手を左右へ振った。
違う。
そこから離れてくれ。
「……さ、が……」
うまく発音できない。
焦るな。
短く。
「……だめ!」
今度は通じた。
「ボルク、下がれ!」
ハルドがすぐに声を上げた。
ボルクの足音が後ろへ移動する。
その直後。
――ゴッ!
水門の石組みから、重い振動が伝わってきた。
続いて、石同士が擦れる音。
――ギギ……。
「おいおい……!」
ボルクの声が響く。
「今の、石が動いたぞ!」
テオルがすぐに近づこうとしたが、ハルドに止められた。
「危険だ。近づくな」
「分かってる。ここから確認する」
しばらくの間、誰も水門へ近づかなかった。
俺も身体を縮め、離れた場所から振動を確かめる。
幸い、大きく崩れる気配はない。
だが、さっきまでと水の伝わり方が違っていた。
水門の奥で、流れが少し強くなっている。
「……まずいな」
テオルが呟いた。
「何がだ?」
ハルドが尋ねる。
「この石組み、まだ動く部分が残ってる」
「古い水門なのにか?」
「ああ。水圧を受けてるんだろう。どこかの支えが弱くなってるのかもしれねえ」
テオルの声は、それまでよりずっと真剣だった。
「このまま放っておくと、勝手に崩れる可能性もある」
……え。
それは困る。
「ただし、今すぐ全部が崩れると決まったわけじゃねえ。まずは周囲を立入禁止にする。それから、別の場所で水位を確かめる必要がある」
「分かった」
ハルドが護衛へ指示を出す。
ボルクも村の人間に注意を呼びかけるため、少し離れた場所へ向かった。
俺はその様子を確かめながら、ほっと身体を緩めた。
……危なかった。
また何かを壊したのかと思ったぞ。
いや、今回は俺、何もしてないんだけど。
「ノア」
テオルが近づいてきた。
「助かった。お前さんが気づかなきゃ、ボルクが巻き込まれてたかもしれん」
俺は触手を小さく振った。
「大したもんだな。その身体」
……ありがとうございます。
「ただし、次からは自分も先に逃げろよ」
……はい。
やっぱり注意されるのか。
どうも俺は、誰からもそういう扱いを受ける運命らしい。
それから、しばらく時間が経った。
安全な場所から水位を測り直したテオルが、低い声を出した。
「……下がってるな」
「水位がですか?」
サフィアが尋ねる。
「ああ。さっきより少しだが、低くなってる」
……低く?
俺は身体を持ち上げた。
「自然な変動の可能性は?」
「もちろんある。測った場所も限られてるし、これだけでは何とも言えねえ」
テオルは少し考えたあと、続けた。
「だが、村側へ流れる水が増えてる一方で、地下の別の場所では水位が下がってる可能性がある」
サフィアが静かに息を吸った。
「つまり、地下の水を抜いているという考えに、少し根拠が増えたわけですね」
「そういうことだ」
……なるほど。
ついに、少しずつ状況が見えてきた。
あの連中は、ただ地下に穴を掘っているわけじゃない。
水路の仕組みに手を加え、どこかの水を抜いている可能性がある。
その先に何があるのかは分からない。
だが、少なくとも目的地へ進むために、周囲の水を動かしているのかもしれない。
「ハルドさん」
サフィアが口を開いた。
「石切り場の地下調査を進める必要があります。ただし、今の状態で水路へ入るのは危険です」
「ああ」
「まず地上から出入口の位置を確認し、安全な経路を確保しましょう」
「ギルドの増援も来たことだ。警備隊と分担して進められるだろう」
テオルも頷く。
「俺は水門と排水路の構造を調べる。地下の水がどこへ逃げているのか分かれば、危険な場所もある程度絞れるはずだ」
……よし。
ようやく、調査が本格的に進みそうだ。
今までは、何かが起きるたびに対応するだけだった。
狐を助けたり、逃げた男を捕まえたり、水路の板を外したり。
もちろん、どれも大事なことだった。
でも、今度は違う。
俺たちの方から、あの地下で何が起きているのかを確かめに行く。
……ちょっと怖いけどな。
いや、かなり怖いかもしれない。
俺、まだ目も見えないし。
強い魔獣が出てきたら困るし。
そもそも、相手が何人いるかも分かっていない。
でも、だからこそ1人で動かなくていいんだろう。
ハルドたちが警備を担当し、サフィアが調査を進める。
テオルは水路の構造を調べ、ボルクは村の設備を守る。
俺にできるのは、地面の下にある振動を探ること。
それぞれの役割がある。
……うん。
悪くないな。
その日の夕方。
炭焼き小屋へ戻ると、ルナがいつもの調子で声をかけてきた。
「遅かったではないか」
俺は床へ身体を広げた。
「……つ、かれた」
「またそれか」
……だって、本当に疲れたんだよ。
「何か分かったのか?」
俺は少し考えた。
今回は、説明したいことが多い。
水門の仕組み。
地下の水を抜いている可能性。
そして、石組みが動いたこと。
……うん。
今の発声能力じゃ無理だな。
俺はまず、身体の中に小さな発声構造を作った。
「……みず……」
「水?」
「……ぬ、く……」
「水を抜く?」
俺は身体を上下させた。
「……地下の水をか?」
もう1度、肯定する。
ルナがしばらく黙った。
「……そうか」
その声には、いつもの軽い皮肉がなかった。
「もし本当に地下の水を抜いているのなら、連中は奥へ進む準備をしているのであろうな」
俺もそう思う。
「だが、妙だ」
……ん?
「古い記録では、道を閉ざした者たちは水路まで造り替えていた」
ルナはゆっくりと言葉を続けた。
「わざわざ水の流れを変えなければならぬほどの理由が、そこにあったということだ」
俺は身体の端を持ち上げた。
「その仕組みを、今の連中は壊しているのかもしれぬ」
……そうか。
水路を操作すること自体が問題なんじゃない。
もともと、そこには何らかの目的を持って造られた仕組みがある。
それを、何も知らない人間が勝手に動かしている。
だから、村の方へ水が流れ込んだり、古い水門が不安定になったりしているのかもしれない。
「……厄介なことになってきたな」
ルナが小さく息を吐く。
俺も同感だ。
だが、ここで1つ気になったことがある。
もし連中が地下の水を抜いているのなら、その水はどこから来ていたんだ?
地下水?
川?
それとも、別の場所に溜められていた水?
……あれ?
ちょっと待てよ。
水を抜いたあと、その場所はどうなる?
当然、今まで水に沈んでいたものが現れる。
道かもしれない。
部屋かもしれない。
あるいは。
「……ノア?」
ルナの声で、俺は我に返った。
「何を考えておる?」
俺は少し迷ったあと、触手で床を叩いた。
それから、ゆっくりと身体を薄く広げる。
水が溜まっている様子を表すつもりだった。
続いて、身体を縮めていく。
水が引く。
そして、何かが現れる。
「……水がなくなったあとに、何かが残るということか?」
おお。
伝わった。
俺は勢いよく身体を上下させた。
「ふむ……」
ルナが考え込む。
「それが道なのか、何か別のものなのかは分からぬが……」
少し間を置いて、彼女は静かに言った。
「連中がそこまでして確かめたいものは、地下の水が引いた先にあるのであろうな」
……そうだよな。
俺もそう思う。
そして、あいつらはもう作業を始めている。
つまり。
俺たちがのんびり調べている間にも、地下の水は少しずつ減っているのかもしれない。
「焦るでないぞ、ノア」
ルナが言った。
「我らが今、何もしていないわけではない。少しずつではあるが、進んでおる」
俺は触手を下げた。
「それに、貴様1人でどうにかする必要もあるまい」
……うん。
そのとおりだ。
今は、頼れる人間がたくさんいる。
だからこそ、次は無茶をせずに進めるはずだ。
俺は身体を丸め、ようやく休むことにした。
明日は、石切り場の出入口を詳しく調べることになるらしい。
その先で何が見つかるのか、まだ分からない。
でも、1つだけ確かなことがある。
あの地下で誰かがやっているのは、単なる穴掘りじゃない。
水の流れを変え、閉ざされていた場所へ進もうとしている。
……それにしても。
異世界に来てから、洞窟だの地下水路だの、やたらと地面の下に縁があるな。
そろそろ広い草原とか、綺麗な街とか、そういう場所にも行きたいんだけど。
……ああ。
そうだった。
俺、まだ普通には景色が見えないんだった。
まずは、そっちをどうにかしたいよなあ。




