扉はつけるな
第2部 第34話 扉はつけるな
「お前さんたち、ちょっと邪魔するぞ」
朝食を終えた頃、炭焼き小屋の外からボルクの声が聞こえてきた。
何やら木材を運んでいるらしい。硬いものを地面に下ろす振動が何度か伝わってくる。
俺は身体を持ち上げた。
また修理でもするのかな?
「今度は何をするつもりだ?」
寝床からルナが尋ねる。
「裏の物置だよ。扉を外したままにしてるだろ? あれじゃ雨が吹き込んじまうからな」
ああ、なるほど。
白い狐2匹が療養している、あの物置か。
第27話の頃にボルクが修繕してくれて、今では2匹の専用療養所みたいになっている。
扉も取り外してあるから、閉じ込められる心配はない。
ただ、確かに雨風は問題だ。
「じゃあ、扉を戻すの?」
ちょうど薬を持ってきたエマが尋ねた。
「いや、さすがにそれはしねえよ。出入口の片側に板を立てて、風よけを作ろうと思ってな。必要なら動かせるようにしておく」
なるほど。
相変わらず面倒見がいいな、このおっさん。
本人に言ったら豪快に笑いそうだけど。
「マルタさんには相談した?」
「もちろんだ。出入口を塞がねえならいいって言われたぞ」
「それなら安心だね」
エマが答えたところで、俺も小屋の出口へ向かった。
「……貴様も行くのか?」
ルナの声が飛んでくる。
俺は身体を上下させた。
「狐どもの様子を見るだけなら構わぬが、また余計なことをするでないぞ」
……はいはい。
最近、俺の扱いが完全に問題児なんだよな。
まあ、身に覚えはある。
裏の物置へ向かうと、小さい狐が入口の近くにいるのが分かった。
《微振動感知》に、軽い足取りが伝わってくる。
右前脚はまだ治療中だけど、以前よりずっと動けるようになったらしい。
「お、ノア。こいつ、お前さんが来るとすぐ寄ってくるな」
ボルクが笑った。
確かに、小さい狐は俺へ近づいてきた。
鼻先らしい柔らかな感触が身体に触れる。
それから、前脚で軽くつつかれた。
おはよう。
今日も元気そうで何より。
俺は細い触手を伸ばし、狐の首元をそっと撫でた。
首輪が外された場所には、まだ毛の薄い部分が残っている。
それでも、以前のように怯えて身体を固くすることは少なくなった。
一方、大きい狐は奥の寝床にいる。
呼吸は落ち着いているようだが、こちらへ近づいてくる気配はない。
「大きい方は、まだあんまり動かないね」
エマが言った。
「昨日は自分で少し位置を変えたんだけど、脚が痛むみたい」
「マルタさんは何て?」
「傷はちゃんと回復してるって。ただ、無理に歩かせるのは駄目だってさ」
なるほど。
ルナと似たような状態か。
怪我の場所も同じ右後ろ脚だし、治療にはまだ時間がかかるんだろう。
俺は物置の入口へ近づき、大きい狐に向かって触手を小さく振った。
当然、返事はない。
ただ、奥で身体を動かす微かな振動があった。
こちらの存在には気づいているらしい。
「よし、じゃあ作業するか」
ボルクが木材を持ち上げた。
「ノア、少し離れててくれよ。金具を打つからな」
俺は素直に移動した。
最近は、こういう指示に従うことも覚えた。
成長したな、俺。
「じゃあ、ここに支えを……」
――カンッ!
金属を叩く音が響いた。
その瞬間だった。
物置の奥から、激しい振動が伝わってきた。
――ガタッ!
「えっ?」
エマが声を上げる。
続いて、爪が床を引っかく音。
何かが寝床から飛び起きようとしている。
「大きい狐が……!」
俺はすぐに身体を向けた。
大きい狐が動いている。
しかも、普通じゃない。
足音が乱れ、床を擦る振動が続いている。
怪我をしている右後ろ脚にも、無理に力をかけているようだった。
「おい、どうした!」
ボルクが驚いて近づこうとする。
まずい。
俺は反射的に触手を伸ばした。
「……だめ!」
短い声が、思ったよりはっきり出た。
ボルクの足が止まる。
「ノア?」
俺は触手でボルクの靴に触れ、それから物置の外へ押し戻すように動かした。
「……ああ。近づくなってことか」
大きく身体を上下させる。
エマも事情を察したらしい。
「ボルクさん、道具を置いて少し離れて!」
「お、おう」
金属を叩く作業が止まった。
だが、大きい狐は落ち着かない。
呼吸が荒くなり、身体が小刻みに震えている。
小さい狐が急いで奥へ戻っていった。
軽い足音が大きい狐の寝床へ近づき、2匹の身体が触れ合う気配が伝わってくる。
俺は入口で動きを止めた。
……もしかして。
さっきの金属音か?
檻。
鎖。
首輪。
あいつらが捕まっていた場所には、金属製のものがたくさんあった。
特に大きい狐は、地下で鎖に繋がれていた。
あの音を聞いて、何かを思い出したのかもしれない。
「……俺が怖がらせちまったのか?」
ボルクの声が沈んだ。
「たぶん、金属を叩いた音に驚いたんだと思う」
エマが答える。
「でも、どうしてあんなに……」
俺にも理由は分からない。
ただ、今は近づかない方がよさそうだ。
第26話のこともある。
大きい狐は、恐怖を感じたときに強い衝撃を放った。
あの力が意識して使えるものなのかさえ、まだ分かっていない。
下手に刺激すれば、誰かが怪我をする可能性もある。
……もちろん、狐自身もだ。
俺は入口の少し手前に身体を広げた。
近づきすぎず、ただそこにいる。
小さい狐が戻ってきて、俺の身体に鼻先を押しつけた。
それから、また奥へ向かう。
……ん?
しばらくすると、もう1度戻ってきた。
今度は俺の触手を軽く噛み、引っ張ろうとする。
痛くはない。
でも、何かを伝えようとしているのか?
「ノア、呼ばれてるみたいだね」
エマが小声で言った。
……そうなのかな。
俺は少しだけ身体を前へ進めた。
すると、小さい狐はすぐ奥へ戻っていく。
もう1度、同じことを繰り返す。
どうやら俺についてきてほしいらしい。
「……行ってみる?」
エマが尋ねた。
俺は少し考えた。
無理に近づけば、大きい狐を怖がらせるかもしれない。
でも、小さい狐は俺を嫌がっていない。
むしろ、自分から触れてきている。
なら、少しだけ。
俺はゆっくり物置へ入った。
床を強く叩かないように、身体を薄く広げながら進む。
小さい狐の気配を追い、その後ろについていく。
やがて、大きい狐の寝床が近づいた。
荒かった呼吸が、少しずつ落ち着いてきている。
俺はそれ以上近づかず、身体を丸めた。
すると、柔らかいものが触手に触れた。
大きい狐の鼻先だった。
……お。
向こうから来てくれたのか。
俺は動かずにいる。
しばらくすると、もう1度鼻先が触れた。
今度は少し長い。
それから、温かな息が身体にかかった。
……大丈夫か?
もちろん、言葉にしても伝わるかは分からない。
それでも俺は、発声用の小さな空洞を作った。
「……だい、じょ……」
音が崩れた。
くそっ。
やっぱり難しい。
もう1度試そうとしたところで、何かが身体に触れた。
大きい狐の前脚だ。
俺の触手を軽く押さえるように置かれている。
……ああ。
そうか。
今は無理に喋らなくてもいいのか。
俺は発声用の構造を崩し、そのままじっとしていた。
やがて、狐の呼吸が落ち着いてきた。
「……よかった」
入口からエマの声がした。
「少し安心したみたい」
俺は触手を小さく動かした。
すると、大きい狐の前脚がもう1度触れた。
……なんだよ。
結構、甘えん坊なのか?
見た目は分からないけど、最初に地下で助けたときとは、ずいぶん違う反応だ。
そのまましばらく一緒にいると、物置の外から別の足音が近づいてきた。
「どうしたんだい。作業が止まってるじゃないか」
マルタだ。
どうやら、エマが呼んでくれたらしい。
「悪い。俺が金具を叩いたら、大きい方が暴れちまってな」
ボルクが説明する。
「金属の音で?」
「ああ。そうみたいだ」
マルタは物置の中へ入ってきた。
「……なるほどね」
俺のそばまで来ると、大きい狐へ静かに声をかけた。
「ちょっと脚を診せてもらうよ」
エマが反対側へ回る。
小さい狐は俺の近くに移動してきた。
マルタが傷の状態を確かめていく。
「……少し力を入れちまったみたいだね。傷口は開いてないけど、今日は動かさない方がいい」
大事には至らなかったらしい。
よかった。
俺はほっとして、身体の力を抜いた。
そのとき、マルタが妙な声を出した。
「……ん?」
「どうしたの?」
エマが尋ねる。
「この背中の傷なんだけどね」
ああ。
以前から見つかっていた、古い傷跡か。
「何か分かった?」
「いや、分かったというほどじゃない。ただ……」
マルタが身体の位置を変える気配がした。
「傷の並び方が気になるんだよ」
「並び方?」
「ああ。背中の両側に、似たような間隔で傷がある。それも何か所かね」
……ん?
両側?
「最初は古い争いの傷かと思ってたんだけど、どうにも位置が揃いすぎてる」
エマが少し黙る。
「それって……」
「何かを背中に固定されていた可能性もあるね」
俺は思わず身体を持ち上げた。
固定?
「もちろん、今の傷跡だけじゃ決められないよ。古い傷だし、いつついたものかも分からないからね」
マルタはそう前置きした。
「ただ、もし何かを背負わされていたんなら、同じ場所が繰り返し擦れて傷になったとしてもおかしくない」
……なるほど。
それは考えていなかった。
大きい狐は、石切り場の地下で鎖に繋がれていた。
そして、捕獲した連中は、その力を使って何かを開こうとしていたらしい。
もし、狐の身体に何らかの道具を取りつけていたとしたら?
……いや。
今はまだ想像にすぎない。
でも、調べる価値はありそうだ。
「このこと、サフィアさんにも話した方がいいかな?」
エマが尋ねる。
「そうだね。ただし、今すぐ狐を調べさせる必要はないよ」
マルタが答える。
「傷の位置はあたしが記録しておく。何かと照らし合わせるにしても、それからだ」
よかった。
大きい狐は、ようやく少しずつ人間に慣れてきたところだ。
ここで知らない人が何人も押しかけてきたら、また怖がってしまうかもしれない。
「それから、ボルク」
マルタが入口へ声をかけた。
「なんだ?」
「扉みたいなものは、つけるんじゃないよ」
「いや、塞ぐつもりはねえんだが……」
「分かってる。でも、あの子たちにとっては、出入口が狭くなるだけでも怖いのかもしれない」
ボルクはしばらく黙った。
やがて、ぽんと手を叩く音がした。
「……だったら、屋根を伸ばしゃいいか」
「屋根?」
「入口の上に庇を作ってやるんだよ。横を塞がなくても、雨が吹き込みにくくなるようにな」
おお。
なるほど。
それなら扉も板も必要ない。
「少し材料が余分にいるが、大した問題じゃねえ」
ボルクが笑った。
「せっかく助かったんだ。こんな場所でまで怖い思いをさせることもねえだろ」
……いいおっさんだなあ。
本当に。
俺は入口へ向けて触手を振った。
「ん? なんだ、ノア」
「……あ、り……」
声を出そうとして、途中で止まった。
発声用の構造がうまく維持できない。
……くそっ。
言いたいことは単純なのに。
俺は仕方なく、触手をボルクの靴へ伸ばして軽く叩いた。
「ははっ! 礼なんかいいって!」
……伝わった。
最近、本当に周りのみんなが俺の扱いに慣れてきたな。
その後、ボルクは道具を片づけ、新しい庇の材料を用意しに戻っていった。
マルタも治療を終え、エマと一緒に小屋へ帰っていく。
俺はもう少しだけ、物置に残ることにした。
小さい狐が寝床の近くで身体を丸め、大きい狐もようやく落ち着いたようだった。
……そういえば。
俺たちがこの村へ来たばかりの頃は、人間とまともに意思疎通することすら難しかった。
ルナは怪我をしていたし、俺も自分の身体の扱いに慣れていなかった。
それが今では、村の人たちと協力して事件を調べている。
文字も少しずつ教わっているし、短い言葉なら声に出せるようになった。
……まあ、まだまだだけど。
そして、この狐たちも。
最初は人間を怖がって、近づかれるだけで身体を強張らせていた。
今も恐怖が消えたわけじゃない。
でも、少しずつ変わってきている。
俺は大きい狐の前脚へ、そっと触手を重ねた。
すると、向こうからも軽く押し返してきた。
……お前も大変だったんだな。
何をされたのか、全部は分からない。
いつから捕まっていたのかも分からないし、あの衝撃を放つ力が何なのかも知らない。
でも、今は少なくとも、ここにいればいい。
無理に戦わなくてもいい。
誰かの命令で力を使う必要だってない。
そんなことを考えていると、小さい狐が立ち上がった。
軽い足音が入口へ向かう。
……ん?
どこへ行くんだ?
俺も身体を持ち上げた。
小さい狐は物置の入口で立ち止まり、しばらく動かなかった。
それから、ゆっくり外へ出ていった。
おお。
散歩かな?
右前脚をかばっているようで、歩く速度はまだ遅い。
ただ、以前のように慌てて逃げる動きではなかった。
しばらくして、小さい狐は物置へ戻ってきた。
そして、大きい狐のそばへ寄り添う。
……なるほど。
外が気になっただけなのかもしれない。
俺はなんとなく嬉しくなった。
誰かに連れ出されたわけじゃない。
逃げるためでもない。
自分で外へ出て、自分で戻ってきた。
たったそれだけのことだけど、この2匹にとっては大きな変化なのかもしれない。
「……よし」
俺は小さく声を出した。
今度は、比較的きれいに発音できた。
大きい狐が頭を動かす気配がする。
俺は触手を振って、物置を後にした。
炭焼き小屋へ戻ると、ルナが声をかけてきた。
「随分と長かったな」
俺は床へ身体を広げた。
「狐どもの様子はどうだった?」
俺は少し考えてから、身体を上下させた。
「……げん、き」
「そうか。それはよかった」
ルナの声が柔らかくなる。
俺はもう少し伝えたくなって、発声用の空洞を作り直した。
「……こわ、い……」
「怖い?」
肯定する。
続けて、触手で金属を叩く仕草をした。
「……音を怖がったのか?」
もう1度肯定する。
ルナはしばらく黙った。
「……そうか」
その声は、いつもより少し低かった。
「無理もあるまい。あれほどの目に遭ったのだからな」
……そうだよな。
「我も、以前に人間から檻へ入れられそうになったことがある」
俺は身体の端を持ち上げた。
その話は、少し前にも聞いたことがあった。
ルナが人間に所有物として扱われることを嫌う理由の1つだ。
「捕まる前に逃れたが、あのときのことはよく覚えておる」
ルナが続ける。
「人間が近づく足音も、檻を運ぶ音もな。別に痛めつけられたわけではない。それでも、しばらくは似た音を聞くだけで腹が立ったものだ」
……なるほど。
ルナにも、そんな経験があったんだな。
「だが、あの狐どもには貴様がいる」
……俺?
「貴様は妙な生き物だが、少なくとも相手を無理に従わせようとはせぬからな」
おいおい。
褒めてるのか、けなしてるのか、どっちだよ。
「褒めておるのだぞ?」
……先に言われた。
俺は触手を左右に揺らした。
ルナが小さく笑う。
「ふん。そういうところも、相変わらずだな」
その日の午後。
サフィアがマルタの記録を確認しに来た。
俺も同席したが、今回は大きい狐を連れてくるようなことはしなかった。
「……背中の左右に、ほぼ同じ間隔の古い傷ですか」
「そうだよ。何かを固定されていたようにも見えるけど、決めつけるつもりはないね」
マルタが答える。
「何か心当たりがあるのかい?」
サフィアは少し考えた。
「捕獲に使われた道具の中に、革紐や金属製の留め具がありました。ですが、それらがこの傷をつけたとは限りません」
「そうだろうね」
「まずは回収した道具の構造と、傷の位置を比較してみます。狐に直接触れて調べる必要はありません」
……うん。
それなら安心だ。
「ただ、1つ確認したいことがあります」
サフィアが続ける。
「この傷は、現在の怪我より古いものなんですよね?」
「ああ。少なくとも、今回の右後ろ脚の傷よりは古いね」
「そうですか……」
サフィアは静かに息を吐いた。
「そうなると、あの狐が以前にも何らかの拘束を受けていた可能性があります」
……以前にも?
俺は身体を持ち上げた。
大きい狐は、石切り場の地下で捕まっていた。
その前にも、誰かに捕らえられていたということか?
いや、傷だけでは分からない。
けれど、もしそうなら。
あいつは、俺たちが思っている以上に長い間、人間に苦しめられていたのかもしれない。
「それと、ギルドから連絡が入りました」
サフィアが話題を変えた。
「追加の調査員と、地下構造に詳しい技師が派遣されることになりました。明日には村へ到着する予定です」
おお。
ついに増援か。
「石切り場の新しい穴についても、安全を確認したうえで調査を進めます」
「村の水路はどうするんだい?」
マルタが尋ねる。
「そちらも優先します。地下の構造を知らずに手を加えれば、また水が溢れるかもしれませんから」
なるほど。
やっぱり、専門家が来てくれるのはありがたい。
俺たちだけじゃ分からなかったことも、少しずつ明らかになるかもしれない。
「ただし、白い狐たちの扱いについては、引き続き村と相談して決めます」
サフィアが付け加えた。
「調査のために、無理に連れ出すつもりはありません」
俺は大きく身体を上下させた。
それを聞いて、少し安心した。
サフィアは俺の反応に気づいたらしく、小さく笑った。
「大丈夫ですよ、ノアさん。私たちが調べたいのは、狐たちを利用していた人間が何をしていたのか、ということですから」
……そうだな。
俺たちが追うべきなのは、あの狐たちじゃない。
捕まえた人間の方だ。
その日の夕方。
ボルクが物置の庇を作り終えた。
釘を打つ作業は物置から離れた場所で済ませ、最後は静かに組み立てたらしい。
「これで雨が降っても大丈夫だろ!」
満足そうな声が聞こえてくる。
エマが笑った。
「すごい! ちゃんと入口が広いままだ!」
「当たり前だろ。閉じ込めねえために扉を外したんだからな」
俺は物置の方へ身体を向けた。
中から、小さい狐の軽い足音が伝わってくる。
やがて入口まで近づき、しばらくして外へ出た。
そして、俺のそばまでやってきた。
鼻先が身体に触れる。
俺は触手を伸ばし、軽く撫でた。
……どうだ?
新しい住み心地は。
もちろん返事はない。
ただ、小さい狐はしばらく俺に身体を寄せたあと、また物置へ戻っていった。
大きい狐のそばへ。
そこが、今の2匹の居場所なんだろう。
俺はその足音が落ち着くまで、じっと待っていた。
……よかったな。
もう、誰かに閉じ込められるための場所じゃない。
外へ出たければ出ればいい。
戻りたければ戻ればいい。
怪我が治ったら、もっと遠くまで歩けるようになるだろう。
そのとき、あの2匹がどこへ行きたいのか。
それは、あいつら自身が決めればいい。
俺はゆっくり身体を丸めた。
……まあ。
今のところ、俺自身もこの村から離れるつもりはないんだけどな。
ルナの脚もまだ治っていないし、石切り場の問題だって残っている。
それに、明日はギルドの増援が来る。
きっと、また忙しくなるんだろう。
でも、今日くらいは。
こういう穏やかな時間を、大事にしてもいいよな。




