地図にない水門
第2部 第33話 地図にない水門
「……もう1本、あるはずなんだよな」
朝から炭焼き小屋にやってきたボルクが、何やら難しい声を出していた。
床に広げられた紙を前に、サフィアとエマも話し込んでいる。
俺は少し離れた場所で身体を丸めていたが、気になって触手を持ち上げた。
「昔の排水路の話か?」
ルナが尋ねる。
「ああ。昨日、水を逃がした西側の排水溝とは別に、もう1つ古い水路があったらしいんだ」
ボルクが答える。
「村の倉庫を探したら、古い土地の記録が出てきてな。今は埋まっちまった水路が、北の斜面から村の西へ抜けていたようなんだ」
なるほど。
昨日は水路を塞いでいた板を外して、どうにか畑への浸水を抑えた。
けれど、地下から流れ込む水そのものが止まったわけじゃない。
今も北側では、ボルクたちが水の流れを見張っているらしい。
「この記録には、途中に水門があったような書き込みがあります」
サフィアが説明する。
「ですが、現在の地図には水門も、その先の水路も載っていません」
「古い水門なら、埋まっていてもおかしくねえ。石切り場が使われなくなってから、随分経つからな」
「問題は、その水門がどこにあるかですね」
そう言って、サフィアが紙を動かした。
俺には地図が見えない。
こういうときは、ちょっと悔しい。
人間だった頃なら、地図くらい普通に読めたんだけどな。
「ノアさん」
サフィアがこちらへ声をかける。
「今日、少しだけ協力していただけませんか?」
……おや?
俺の出番ですか?
「昨日は休養していただきましたし、マルタさんにも相談しました。長時間の作業を避けるなら、外出は構わないそうです」
仕事が早い。
というか、もう許可を取ってきたのか。
「貴様が行く必要はあるのか?」
ルナが尋ねた。
「地面の下に空洞や水路が残っていれば、ノアさんの感知能力が役に立つかもしれません」
「……なるほどな」
ルナは少し考えたあと、俺へ声を向けた。
「行くなら、無理に奥まで調べようとするなよ」
俺は触手を上下させた。
「昨日はちゃんと休んだのだろうな?」
もう1度、上下させる。
「ならばよい」
おお。
今日は意外とあっさり許してくれた。
「ただし、帰ってきたら我に詳しく説明するのだぞ」
……なるほど。
自分も気になるわけですね。
「何か文句でもあるのか?」
ありません。
まったくありませんとも。
俺は急いで身体を丸めた。
それからしばらくして、俺たちは村の北西にある古い斜面へ向かっていた。
同行するのは、ボルク、サフィア、ハルド、それにセインだ。
エマは小屋に残り、ルナと白い狐たちの世話を手伝うことになった。
「この辺りのはずなんだがな」
ボルクの足音が止まる。
「記録が古すぎて、今の地形とはだいぶ違う」
「北側の斜面が崩れた記録もありますからね」
サフィアが答えた。
「水路が残っていたとしても、入口は埋まっているかもしれません」
俺は地面に身体を広げ、《微振動感知》へ意識を集中した。
土の下を伝わる細かな揺れ。
人間たちの足音。
風に揺れる草木の振動。
少し離れた場所からは、水の流れる感触も伝わってくる。
ただ、地下の様子が何でも分かるわけじゃない。
岩の厚さや土の状態によって、振動の伝わり方は大きく変わる。
俺はゆっくり移動しながら、地面の感触を比べてみた。
……ん?
少し先だけ、妙に硬い。
触手を伸ばすと、土の下に平らな石があった。
自然の岩とは違う。
表面が整えられていて、縁には直線的な段差が続いている。
俺はそこを数回叩いた。
「何かあったか?」
ボルクが近づいてくる。
俺は石の位置を触手で示した。
「おっ、こいつは……」
ボルクが地面を掘り始める。
やがて、硬いものを道具で擦る音がした。
「石組みだな。しかも、かなり古いぞ」
「水路の一部でしょうか?」
サフィアが尋ねる。
「どうだろうな。もう少し掘ってみるか」
ハルドの許可を得て、ボルクとセインが周囲の土を取り除き始めた。
俺は少し離れた場所で、その振動を確かめる。
しばらくすると、石の下から空洞らしい反響が伝わってきた。
……ある。
間違いない。
俺は触手を伸ばして、ボルクの靴を軽く叩いた。
「ん? 下に何かあるのか?」
肯定する。
「よし。慎重にやろう」
そこからは作業が早かった。
石の周囲を少しずつ掘り進めると、長方形の石組みが現れたらしい。
「……こりゃ驚いた」
ボルクが声を上げる。
「水門だ」
サフィアも近づいた。
「間違いありませんか?」
「ああ。石の両側に溝がある。ここに板か何かを通して、水を止めていたんだろう」
おお。
本当に見つかった。
地図に載っていない水門。
なんだか、ちょっとした宝探しみたいだ。
……まあ、出てきたのは水門だけど。
「ただ、妙だな」
ボルクの声が変わった。
「どうしました?」
「ここの石、1つ足りねえ」
……石?
俺は身体を持ち上げた。
「水門の横に、何かを固定するための石があったみたいなんだが……そいつが抜けてる」
サフィアが近づく。
「どの部分ですか?」
「ここだ。周りの石はしっかり残ってるのに、この部分だけ空いてやがる」
……待てよ。
それって。
俺はすぐに触手を伸ばした。
石の表面をなぞる。
滑らかな部分。
角の欠けた部分。
そして、内側へ向かって細く刻まれた溝。
……あれ?
この感触。
どこかで触った覚えがある。
いや。
昨日、触ったばかりだ。
俺は溝をもう1度確かめた。
「ノアさん?」
サフィアが声をかけてくる。
俺は水門の石を叩き、それから何かを持ち上げる動作をした。
「……石を取り外した?」
肯定する。
「もしかして、昨日の石と関係があるんですか?」
俺は大きく身体を上下させた。
「なるほど……」
サフィアがしばらく考え込む。
「ハルドさん。回収した石をこちらへ運んでもらえませんか?」
「分かった。セイン、村へ戻って持ってきてくれ」
「了解です」
セインの足音が遠ざかっていく。
その間に、俺たちは水門の周囲を詳しく調べることになった。
ボルクによると、水門の大部分は土に埋まっているものの、石組み自体はまだ残っているらしい。
ただし、上部の一部が壊れており、内部には土砂が流れ込んでいる。
「無理に掘り返すのは危ねえな」
ボルクが言った。
「下手に触ったら、残ってる石まで崩れちまう」
「では、今はこのままにしましょう」
サフィアも同意する。
「まず構造を記録して、必要な部分だけ確認するのがよさそうです」
さすがに、この場で全部掘り返すようなことはしないらしい。
俺も安心した。
いや、好奇心としては中を調べてみたいんだけど。
崩れた石の下敷きになるのは遠慮したい。
「それにしても……」
ボルクが石を軽く叩いた。
「ここの傷、ずいぶん新しいな」
……ん?
「古い石なのに、この辺りだけ削れ方が違う。何かを無理に外したみてえだ」
サフィアが答える。
「昨日の石にも、似たような傷がありましたね」
「そうなのか?」
「はい。ただ、実際に組み合うかは確認しなければ分かりません」
なるほど。
もし、あの石がこの水門から取り外されたものだったら。
地下から運び出されていた理由も、少しは分かるかもしれない。
だが、問題がある。
この水門は、石切り場の地下ではない。
村の北西にある斜面だ。
では、なぜ地下から運び出された石と同じような構造が、こんな場所にあるんだ?
「……古い水路は、思っていたより広い範囲に造られていたのかもしれませんね」
サフィアが呟いた。
「石切り場の地下だけでなく、この村の周辺まで繋がっていた可能性があります」
「昔の石切り場なら、排水路が何本もあっても不思議じゃねえ」
ボルクが答える。
「ただ、これだけ大きな石組みを造るなら、相当な手間がかかったはずだ」
……なるほど。
ただの排水溝にしては、ずいぶん立派な造りらしい。
そんなことを考えていると、足元に小さな振動が伝わってきた。
――コトッ。
俺は動きを止めた。
今のは何だ?
水門の内側から聞こえたような気がする。
もう1度、地面へ身体を広げる。
――コト、コト……。
やっぱり。
水の振動とは違う。
硬いものが、どこかで軽くぶつかっている。
俺は水門の縁へ近づき、細い触手を伸ばした。
「ノア、気をつけろよ」
ボルクの声に、身体を上下させて応える。
大丈夫。
無理に奥まで入るつもりはない。
石の隙間を探り、触手を少しだけ差し込む。
すると、内側から冷たい水の流れが伝わってきた。
……水だ。
しかも、かなり勢いがある。
俺は触手を引き戻した。
「何かありましたか?」
サフィアが尋ねる。
「……み、ず……」
発声用の構造を作り、どうにか短い言葉を出す。
「水?」
俺は肯定する。
「中を流れているんですか?」
もう1度、身体を上下させた。
ボルクが低く唸る。
「……こいつはまずいかもしれねえな」
「どういうことですか?」
「もし、この水門が今も地下の水路に繋がってるなら、どこかで水を止めてる可能性がある」
「……なるほど」
サフィアが応じる。
「最近、地下の水量が変化していることとも関係するかもしれませんね」
そうなんだよな。
石切り場の地下で何かが起きた。
そのあと、村へ流れ込む水が増えた。
そして、ここには古い水門が残っている。
全部繋がっているとは限らない。
でも、偶然にしては気になることが多すぎる。
「……水門を開けることはできますか?」
サフィアが尋ねた。
「いや、今はやめた方がいい」
ボルクは即答した。
「これだけ古いもんだ。中の状態も分からねえし、下手に動かしたら水が一気に出るかもしれねえ」
「そうですね。まずは調査が必要です」
……うん。
それが正解だと思う。
俺だって、もう水浸しになるのは勘弁してほしい。
しばらくして、セインが戻ってきた。
回収した石のうち、比較的小さな破片を運んできてくれたらしい。
「これで合ってますか?」
「ああ、助かる」
サフィアが石を受け取る。
「ノアさん、もう1度確認していただけますか?」
俺は触手を伸ばした。
昨日調べた石だ。
表面に刻まれた模様。
裏側に並ぶ細い溝。
そして、片側だけが削れたような傷。
間違いない。
サフィアが石を持ち上げ、水門の空いた部分へ近づける。
「……あら?」
何かに気づいたらしい。
「ボルクさん、少し見ていただけますか?」
「ん? どうした?」
「この石の溝と、水門側の溝です」
ボルクが近づく。
しばらく、2人は何も言わなかった。
やがて、ボルクが低く唸る。
「……似てるな」
「はい。ただ、石の大きさが合いません」
「こっちは一部分だけなんだろ? 元の石がもっと大きかったなら……」
「その可能性はありますね」
俺も触手で確かめる。
確かに、溝の幅や深さは近い。
だが、これだけで同じ場所にあった石だとは言い切れない。
何より、回収した石の方が小さい。
「……ほかにも同じ構造の水門があるのかもしれません」
サフィアが言った。
「もしそうなら、石切り場の地下とこの場所で、共通した技術が使われていたことになります」
……なるほど。
つまり、同じような仕組みが、複数の場所に造られていた可能性があるわけだ。
俺は改めて水門へ触手を伸ばした。
そのときだった。
――コツ。
硬いものに触れた。
今まで調べていなかった、石の側面だ。
そこには、小さな凹凸が並んでいる。
俺はゆっくりなぞってみた。
曲線。
途切れた部分。
そこから内側へ伸びる短い線。
……え?
これって。
俺は思わず、もう1度確かめた。
間違いない。
あの印だ。
「……サ、フィア……」
どうにか名前を呼ぶ。
「はい?」
俺は水門の側面を数回叩いた。
「ここですか?」
肯定する。
サフィアが近づき、石の表面を調べ始めた。
「……これは」
声が変わる。
「ハルドさん」
「どうした?」
「欠けた輪の印があります」
……やっぱり!
ハルドも近づいてくる。
「間違いないのか?」
「形は一致しています。欠けた部分から、内側へ短い線が伸びています」
その場に、短い沈黙が落ちた。
欠けた輪の印。
白い狐を捕らえていた首輪。
捕獲網。
鉄の檻。
運び出されていた石。
そして、今度は古い水門。
ここまで来ると、単なる商会の管理印とは考えにくい。
「……妙ですね」
サフィアが呟いた。
「何がだ?」
ハルドが尋ねる。
「この印は、石の表面が長年削れた状態でも残っています。つまり、水門が造られた頃から刻まれていた可能性があるんです」
……なるほど。
もしそうなら、かなり古い印ということになる。
「ですが、捕獲道具についていた印は、もっと新しいものでした」
「古い印を、誰かが使っているということか?」
「そうかもしれません」
サフィアは慎重に答えた。
「少なくとも、この印が最近になって初めて使われたものではない可能性が高くなりました」
それは大きな発見だ。
今まで、印の正体はほとんど分かっていなかった。
商会のものなのか。
捕獲組織のものなのか。
それとも、何か別の意味があるのか。
でも、今は少なくとも、古い遺構と関係している可能性が高くなった。
「……これで、調べる場所が増えましたね」
サフィアが静かに言った。
「石切り場の地下だけでなく、周辺の古い水路も調査する必要がありそうです」
ハルドが頷く。
「だが、村の安全が先だ。水門には誰も近づかないようにしておこう」
「そうですね。今の状態で動かすのは危険です」
ボルクも同意する。
「俺も、もう少し古い記録を探してみるわ。昔の石工が残した図面なんかがあれば、構造が分かるかもしれねえ」
話がまとまったところで、俺たちは引き返すことになった。
だが、その直前。
俺はもう1度だけ、水門の石へ触れてみた。
欠けた輪の印。
その周囲の石には、古い傷がいくつも残っている。
長い時間をかけて摩耗した部分もあれば、比較的新しく削れたような部分もある。
そして、石の奥からは今も水の振動が伝わってきていた。
……何だろう。
妙に気になる。
俺は少し位置を変え、石の内側へ意識を集中した。
すると、あることに気づいた。
水の流れる方向が、途中で変わっている。
最初は北側から伝わってきた振動が、途中で西へ曲がっていた。
そして、そのさらに奥。
水の振動が、急に弱くなる場所があった。
……ん?
これって、水路が途中で塞がっているのか?
それとも、別の方向へ分かれている?
確かめようとしたところで、ハルドの声がした。
「ノア、戻るぞ」
俺は触手を引き戻した。
今の情報だけでは、何とも言えない。
無理に奥へ入って調べるわけにもいかないしな。
ただ、少しだけ気になることがある。
昨日から増えた水。
塞がれていた排水溝。
そして、この古い水門。
もし誰かが水路を操作しているとしたら。
目的は、何だ?
村を水浸しにすることなのか。
それとも、水の流れを変える必要があるのか。
……分からない。
けれど、少なくとも偶然の事故だけでは説明しにくくなってきた。
村へ戻る途中、サフィアが話しかけてきた。
「ノアさん、今日はありがとうございました」
俺は触手を振った。
「あなたがいなければ、あの水門を見つけるのはもっと時間がかかったと思います」
……いやいや。
たまたま地面の下を調べられる身体だっただけですよ。
「それも、立派な能力です」
……ん?
今、俺の考えていること、読まれた?
「ふふっ。何となく、そう思っていそうだったので」
サフィアが小さく笑った。
……この人も、だいぶ俺の扱いに慣れてきたな。
それにしても。
最初は、ただの調査員だと思っていた。
ちょっと質問が鋭くて、俺の身体に興味津々な人。
それが今では、頼りになる仲間の1人だ。
……まあ、まだ知り合って数日なんだけど。
「それと、もう1つお願いがあるんです」
サフィアが続けた。
「何ですか?」
代わりにハルドが尋ねる。
「ギルドへ追加の報告を送りたいんです。石切り場の地下だけでなく、周辺の水路にも古い構造物が残っていることを伝えます」
「分かった。村から使いを出そう」
「ありがとうございます」
……なるほど。
調査の規模が、少しずつ大きくなっているわけだ。
俺たちだけで手に負える問題じゃなくなってきたのかもしれない。
でも、それならそれでいい。
もともと、全部を俺たちだけで解決する必要なんてないんだから。
村には警備隊がいる。
薬師もいる。
ボルクみたいに、建物や水路に詳しい人もいる。
そして、サフィアのような調査員もいる。
俺には俺のできることがある。
それぞれが得意なことを持ち寄れば、少しずつでも前に進めるはずだ。
……うん。
悪くない。
炭焼き小屋へ戻ると、ルナが待っていた。
「戻ったか」
俺は身体を上下させた。
「どうだった?」
俺は少し考えてから、発声用の空洞を作った。
「……す、い……もん……」
「水門?」
肯定する。
「見つかったのか?」
もう1度、上下させた。
「ほう」
ルナの声が少し変わる。
「それで、何か分かったのか?」
俺は触手で円を描き、途中を途切れさせた。
続けて、そこから内側へ短い線を伸ばす。
欠けた輪の印。
ルナが小さく息をのんだ。
「……そこにも、あの印があったのか」
俺は肯定する。
しばらく、ルナは黙っていた。
やがて、静かに口を開いた。
「ノア。我が以前に見た記録について、少し話しておこう」
……ん?
俺は身体を持ち上げた。
「『閉ざされた道』について記されていた古い文献だ」
おお。
ついに、その話か。
「詳しい内容は、我にも分からぬ。古い言葉で書かれており、欠けている部分も多かったからな」
ルナは少し間を置いた。
「だが、1つだけ覚えておることがある」
俺はじっと耳を傾ける。
「その記録には、道を閉ざした者たちが、周囲の水路も造り替えたと書かれていた」
……水路?
「道を塞ぐだけでなく、水の流れそのものを変えたらしい」
俺は思わず身体を伸ばした。
それって、まさか。
「理由までは分からぬ。ただ、我はそれが気になって北の岩山を調べに来たのだ」
なるほど。
ルナがわざわざ、あの危険な洞窟へ入った理由。
少しだけ分かった気がする。
「そして、今になって古い水門が見つかった」
ルナが静かに続けた。
「……偶然とは思えぬな」
俺も同じだ。
石切り場の地下。
閉ざされた道。
欠けた輪の印。
そして、周囲に残る古い水路。
どうやら、今まで別々だと思っていたものは、ずっと昔から繋がっていたのかもしれない。
ただ、ここで1つ疑問が残る。
道を閉ざした人間たちは、なぜ水路まで造り替えたんだ?
……まさか。
何かを閉じ込めるため?
いや、まだ分からない。
考えすぎかもしれない。
「……ノア」
ルナが俺を呼んだ。
「貴様も気づいておろうが、これは単なる魔獣の捕獲事件では済まぬ話かもしれん」
俺はゆっくり身体を上下させた。
「だが、焦る必要はない。まずは確かめられることから調べればよい」
……そうだな。
俺も、そう思う。
今の俺たちには、まだ分からないことが多すぎる。
けれど、少なくとも今日、1つ新しいことが分かった。
あの印は、古い水門にも刻まれていた。
そして、その水門は今も水を通している。
つまり、昔の仕組みが、まだ完全には死んでいないということだ。
……それにしても。
ゲームだと思って始めた異世界生活で、まさか水路の調査までやることになるとは思わなかった。
魔物を倒して、レベルを上げて、強くなる。
そんな単純な話じゃないんだな。
まあ、これはこれで面白いけど。
俺は身体を丸めながら、ふと考えた。
もし、あの古い水門が今でも動くのなら。
その先にあるものは、いったい何なんだろう。
そして。
誰が、何のために、今になって水の流れを変えようとしているんだ?
答えはまだ分からない。
けれど、少なくとも1つだけ確かなことがある。
あの地下では、今も何かが進んでいる。
そして、その影響は少しずつ、俺たちのいる村にまで届き始めていた。




