水攻めなんて聞いてない
第2部 第32話 水攻めなんて聞いてない!
翌朝、俺はマルタからありがたいお言葉をいただいた。
「今日は大人しくしてなさい」
……はい。
予想どおりです。
昨日は石切り場の調査で無茶をしたし、身体の疲れも完全には抜けていない。
それは分かっている。
分かっているんだけど。
「村の北側が大変なことになってるんだって!」
朝から炭焼き小屋に駆け込んできたエマの話を聞いて、じっとしていられるほど俺はできた人間じゃない。
「大変なこととは何だ?」
寝床からルナが尋ねた。
「昨日から増え始めた水が、今朝になっても止まらないの。北側の畑まで流れ込んでるみたい」
「……地下の水路か」
「うん。ボルクさんたちが水を逃がそうとしてるんだけど、古い水路が塞がってて、うまくいかないんだって」
なるほど。
それは困った。
畑が水浸しになれば、村の生活にも影響が出る。
俺たちを受け入れてくれた村だ。
できることがあるなら手伝いたい。
俺は身体を持ち上げ、出口へ向かった。
「どこへ行く気だい?」
マルタの声が飛んできた。
……怖い。
振り返る目なんてないけど、思わず身体を縮めてしまった。
「まったく。あんたは本当に落ち着きがないね」
マルタが俺の身体を軽く調べる。
「昨日よりは回復してるみたいだけど、大きな身体の変形は禁止。無理に引っ張ったり、重いものを支えたりするのも駄目だよ」
おや?
これは、もしかして。
「近場で様子を見るくらいならいいさ。ただし、エマと一緒に行くこと。少しでもおかしいと思ったら戻ってきな」
よっしゃ!
俺は勢いよく身体を上下させた。
「……まったく、甘いのではないか?」
ルナが呆れたように言う。
「貴様もだ。昨日あれほど疲れておったというのに」
いや、今回は無茶しないって。
本当に。
「その言葉、何度聞いたことか」
……声に出してないんだけどな。
どうして俺の考えていることが分かるんだろう。
「ノア、行くよ!」
エマに呼ばれ、俺は小屋を出た。
背後から、ルナの声が追いかけてくる。
「怪我をして戻ってきたら、今度こそ我が説教してやるからな!」
……それ、元気になってからにしてくれませんかね。
今のところ、寝床から動けないのはそっちなんだから。
村の北側へ向かうにつれ、地面を伝わる振動が変わってきた。
最初は小さな水音だった。
それが次第に大きくなり、今では絶え間なく地面を震わせている。
「うわあ……昨日より増えてる」
エマが驚いた声を上げた。
「見て、ノア。あそこの畑まで水が来てる!」
……見ろと言われましても。
俺は触手を伸ばし、足元を確かめた。
水を含んだ土が柔らかくなっている。
少し先では、浅い流れが地面を削っていた。
なるほど。
こりゃ、確かにまずい。
「おう、ノア! 来たのか!」
聞き慣れた豪快な声が響いた。
ボルクだ。
「ちょうどいいところに来たな。いや、よくねえか。お前さん、昨日も働いてたんだろ?」
俺は触手を軽く振った。
「無理はさせないでくださいね!」
エマがすかさず釘を刺す。
「分かってるって! 今日は力仕事を頼むつもりはねえよ」
……今日は?
その言い方、ちょっと気になるんだけど。
ボルクは俺たちを、水の流れる場所へ案内してくれた。
「この辺りには昔、石切り場からの水を逃がすための溝がいくつかあったらしいんだ。今も使ってるのは村へ続くこの水路くらいで、ほかはほとんど埋まっちまってる」
「じゃあ、今は水を逃がす場所がないの?」
「いや、1つだけ使えそうなのがある」
ボルクが少し離れた場所を指したらしい。
「西側の古い排水溝だ。そこを通せば、水は村の外の低地へ流れる。だが、入口が塞がってやがる」
なるほど。
塞がっているなら、開ければいい。
……と言いたいところだけど。
そんな簡単な話じゃないんだろうな。
「石や土が詰まってるんですか?」
エマが尋ねた。
「それだけなら楽なんだがな。木の板みたいなもんが、奥に引っかかってるんだ」
「板?」
「ああ。しかも妙なことに、しっかり固定されてる」
……ん?
固定?
自然に流れてきた木材なら、どこかに引っかかることはあるだろう。
でも、固定されているってどういうことだ?
俺はボルクに近づき、触手で地面を叩いた。
「ん? 調べてくれるのか?」
肯定する。
「よし。じゃあ、こっちだ。ただし水には入るなよ」
俺たちは古い排水溝の入口へ移動した。
そこには、石で組まれた水路が残っていた。
エマの説明によると、入口は土と草に半分ほど埋もれているらしい。
俺は身体を薄く広げ、地面へ密着させた。
《微振動感知》に意識を集中する。
水の流れは、すぐ近くまで来ている。
だが、途中で何かにぶつかり、横へ逃げていた。
細かな振動が複雑に重なっている。
水が渦を巻いているのかもしれない。
俺は触手を伸ばし、入口の石壁をなぞった。
硬い石。
その奥に木材の感触。
さらに、金属らしい細い突起がある。
……ん?
これ、釘か?
俺は触手の先を少しだけ細くし、突起の周囲を探った。
やっぱりそうだ。
木の板が、金属の留め具で石壁に固定されている。
しかも、1か所じゃない。
「……なるほどな」
ボルクが俺の動きを見て、近づいてきた。
「何か分かったか?」
俺は留め具の位置を順番に叩いた。
「ここか?」
肯定する。
ボルクが工具を差し込み、確かめ始めた。
「おいおい……本当に釘が打ってあるぞ」
エマが驚いた声を出す。
「えっ? じゃあ、誰かが塞いだってこと?」
「そういうことになるな」
ボルクの声が低くなった。
「古い水路だからって、こんな塞ぎ方をする必要はねえはずだ。しかも、この木材……」
彼が表面を削る音がした。
「まだ新しいぞ」
……新しい?
つまり、最近になって誰かが板を取りつけたということか。
俺は身体を持ち上げた。
石切り場の地下で、誰かが作業を続けている。
その影響で水の流れが変わった。
そして、村へ流れ込む水を逃がすはずの排水溝が、わざわざ塞がれている。
……いやいや。
これ、偶然か?
「エマ、ハルドを呼んできてくれ」
ボルクが言った。
「村の連中にも手を貸してもらう。まずは、この板を外さねえと」
「分かった!」
エマの足音が遠ざかる。
俺はその場に残り、もう1度排水溝を調べることにした。
無理に身体を伸ばさず、入口付近の振動を確かめるだけだ。
水が板へぶつかる。
一部は隙間を通り抜けているようだが、大半は押し戻されている。
そして、板の向こう側。
……あれ?
何か、変だな。
水の振動に混じって、別の硬い音がある。
――コツ、コツ。
規則的というほどではない。
ただ、同じような音が何度か続いていた。
木材が揺れて石に当たっているのか?
俺は少し位置を変え、耳の代わりに身体全体で振動を拾う。
――コツ。
今度は、少しはっきり伝わってきた。
何だろう。
何かが水に流されて、板の向こう側に引っかかっているのかもしれない。
「ノア、どうした?」
ボルクが尋ねる。
俺は板の奥を触手で示した。
「奥に何かあるのか?」
肯定する。
「……そうか。なら、開けるときは気をつけねえとな」
さすが。
こういうとき、余計な説明をしなくても伝わるのは助かる。
しばらくすると、ハルドとセイン、それに村の男たちが数人やってきた。
サフィアも一緒だ。
「ボルク、状況は?」
「古い排水溝が板で塞がれてる。しかも、どうやら人為的だ」
「……何?」
ハルドの声が変わった。
サフィアが板を確認する。
「留め具が新しいですね。周囲の石には古い汚れが残っていますが、板の固定部分だけは違います」
「つまり、最近取りつけられたと?」
「その可能性が高いです」
彼女は少し考えたあと、続けた。
「ただ、水路を塞いだ目的までは分かりません。水を村へ流そうとしたのか、別の理由があったのか……」
そうだよな。
怪しいのは間違いない。
でも、誰が何のためにやったのかは別の話だ。
「ともかく、先に水を逃がすぞ」
ボルクが言った。
「このままじゃ畑がやられちまう」
ハルドも頷く。
「下流に人がいないか確認してから作業する。急に水が流れ出す可能性があるからな」
そこからは、村人たちの出番だった。
数人が西側の排水溝を確認し、流れ込んだ水が安全に抜けるかを調べる。
別の者たちは、畑へ水が広がらないよう土を盛り始めた。
ボルクは道具を揃え、板を取り外す準備を進めている。
俺も手伝おうとしたが、エマに止められた。
「ノアは見てるだけ!」
……はい。
今日は本当に厳しいですね。
まあ、約束したから仕方ない。
しばらくして、下流の確認が終わった。
「よし、外すぞ!」
ボルクの掛け声とともに、工具が金属を叩く音が響く。
――カンッ!
――ガンッ!
板を固定していた留め具が、1つずつ外されていく。
だが、水圧がかかっているせいか、最後の板がなかなか動かない。
「くそっ、押されてやがる!」
「無理に引っ張るな! 外れた瞬間に水が来るぞ!」
ハルドが注意する。
ボルクは一度作業を止め、板を支える位置を変えた。
「こっちに縄を回せ! 下流側には立つなよ!」
村人たちが協力し、板へ縄をかけていく。
俺は地面に身体を広げ、振動を探った。
板の奥で、水が強く押しつけられている。
だが、片側だけ少し隙間が広がっていた。
俺はそこを触手で示す。
「ん? こっちか?」
ボルクが気づく。
俺は上下に動いた。
「なるほど。先にこっちを浮かせるわけだな」
工具が差し込まれる。
――ギギ……。
板がわずかに動いた。
次の瞬間。
――ゴォッ!
水が一気に流れ出した。
「下がれ!」
ハルドの声が響く。
村人たちは用意していた縄を緩め、板が急に跳ねないよう調整する。
俺も身体を縮め、少し離れた場所へ移動した。
激しい振動が地面を伝わってくる。
水が古い排水溝へ流れ込み、長い間使われていなかった石の通路を通り抜けていく。
……おお。
すごいな。
まるで、地面の下で大きな生き物が動き始めたみたいだ。
「流れたぞ!」
ボルクが叫ぶ。
「これなら村の方へ行く水も減るはずだ!」
周囲から安堵の声が上がった。
よかった。
これで、ひとまず畑は守れそうだ。
……と思った、そのときだった。
――ゴトンッ!
硬いものが、排水溝の中で転がる振動がした。
続いて、金属が石に当たるような音。
――カラン!
俺は反射的に身体を向けた。
さっきから気になっていた音だ。
「……何か流れてきたぞ!」
セインの声がした。
「待て、手を出すな!」
ハルドが制止する。
どうやら、排水溝から何かが押し流されてきたらしい。
俺は振動を追いかけた。
その物体は、水と一緒に少し移動したあと、石に引っかかって止まった。
「……金属の部品?」
サフィアが呟く。
「筒のような形ですね。片側が潰れています」
「危険なものかもしれん。直接触るなよ」
ハルドの指示で、セインが長い棒を使って引き寄せる。
硬いものが地面へ置かれた。
俺も近づいた。
「ノアさん、少し待ってください」
サフィアに声をかけられる。
「まず私が外側を確認しますね」
……はい。
この人も慎重だなあ。
彼女は道具を使い、筒の外側を調べ始めた。
「穴がいくつか開いています。片端には細い金具が残っていますね」
「何に使うものだ?」
ハルドが尋ねる。
「分かりません。ただ、普通の水路の部品には見えません」
しばらく調べたあと、サフィアが俺へ声をかけた。
「ノアさん、触って確認していただけますか?」
待ってました。
俺は触手を伸ばした。
硬い金属。
表面には細かな傷。
筒の側面には、一定の間隔で小さな穴が並んでいる。
片側は潰れているが、反対側には何かを差し込むための溝があった。
……ん?
この形。
どこかで聞いたような。
「ノアさん?」
サフィアが尋ねる。
俺は触手を止めた。
思い出せ。
金属の棒。
先端に石。
何かを押し当てると、大きい白狐が動かなくなった。
……まさか。
俺は急いで発声用の空洞を作った。
「……ぼ、う……」
音がかすれる。
「棒?」
サフィアが聞き返した。
俺は身体を上下させた。
「金属の棒ですか?」
もう1度肯定する。
ハルドが低く唸った。
「……例の道具か?」
そう。
捕獲に関わった男たちが話していた、先端に石がついた金属棒。
大きい白狐を動けなくしたという、あれだ。
もちろん、この筒がその一部だと決まったわけじゃない。
形だって、詳しくは知らない。
だけど、気になる。
サフィアも同じことを考えたらしい。
「可能性はありますね。ただ、現物を見ていない以上、比較はできません」
彼女は金属筒を慎重に包んだ。
「ニールとダグに確認してみましょう。実際に使われた道具を見たことがあるはずです」
なるほど。
それが一番確実だ。
俺は触手を下げた。
それにしても。
水路を調べに来たら、妙な金属部品まで出てきた。
どんどん怪しくなるな、この事件。
「ハルドさん」
サフィアが呼びかけた。
「もう1つ、確認したいことがあります」
「何だ?」
「この板です」
彼女が取り外された木材の方へ移動した。
「留め具の位置を見る限り、自然に詰まったものではありません。誰かが意図的に固定したと考えてよさそうです」
「ああ」
「それに、この場所は村からそれほど離れていません」
……ん?
確かに。
俺たちは村の北側へ少し歩いただけだ。
「ということは、地下で作業している人間とは別に、地上でも動いている人物がいる可能性があります」
ハルドが黙った。
俺も、ようやく気づいた。
そうか。
地下の奥にいる連中ばかり気にしていたけど、こんな場所に板を打ちつけるには、地上から来る必要がある。
しかも、ただの通りすがりが偶然こんな細工をするとは思えない。
「村の近くまで来ていたということか」
「はい。ですが、いつ誰が作業したのかは分かりません」
サフィアが答える。
「今後は石切り場だけでなく、村の周辺も確認する必要がありますね」
ハルドは少し考えたあと、セインへ指示を出した。
「村の北側を巡回する人数を増やす。特に夜間だ。勝手に古い水路へ近づく者がいないか確認しろ」
「了解です」
「それと、村長にも報告する。村人を不安にさせすぎないよう、分かっていることだけを伝えるぞ」
さすが。
こういう判断は、やっぱり人間の警備隊に任せるのが一番だ。
俺ができるのは、せいぜい怪しい振動を見つけるくらいだからな。
……いや。
そのくらい、じゃないか。
今日だって、それが役に立った。
そう考えると、少し嬉しい。
作業が一段落した頃、ボルクが戻ってきた。
「よし! 西側の排水溝は問題なく流れてる。これなら畑への水も落ち着くだろう」
「ありがとうございます」
サフィアが頭を下げる。
「いやいや、俺たちの村だからな。守るのは当たり前だ」
ボルクは豪快に笑った。
「それより、あの板を打ちつけた奴だ。見つけたら文句の1つも言ってやらねえとな!」
……文句で済むのかな。
畑が流されかけたんだけど。
まあ、ボルクらしいといえば、らしいか。
俺がそんなことを考えていると、ハルドが俺へ声をかけた。
「ノア、お前も助かった。だが、今日はもう戻れよ」
はいはい。
分かってます。
そろそろ本当に休まないと、今度こそマルタに怒られる。
「エマ、頼めるか?」
「もちろん!」
エマが元気よく返事をした。
俺は彼女と一緒に、炭焼き小屋へ戻ることになった。
帰り道。
「ねえ、ノア」
エマが突然、声をかけてきた。
「今日見つかった金属の筒、本当にあの狐を捕まえた道具なのかな?」
俺は少し考えた。
分からない。
ただ、可能性はあると思う。
俺は触手を左右へ揺らしたあと、少しだけ上下させた。
「まだ分からないけど、気になるってこと?」
おお。
正解。
最近、エマも俺の動きを読むのが上手くなってきたな。
「ふふっ。ノアと話すの、前よりずっと楽になったね」
そう言われると嬉しい。
まだ短い言葉しか出せないけど、こうして少しずつ意思疎通ができるようになっている。
いつか、普通に会話できるようになったら。
ルナやエマと、もっといろんな話をしてみたい。
……まあ、ルナには今でも言いたいことが山ほどあるけど。
小屋へ戻ると、ルナがいつもの調子で迎えてくれた。
「遅かったな」
俺は床に身体を広げた。
「……つ、かれた」
「またそれか」
……いや。
今回は本当に、そんなに無理してないんだって。
「何があった?」
俺は触手で水の流れを表すように動き、次に板を外す仕草をした。
ルナはしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……なるほど。結局、騒ぎに巻き込まれたわけだな」
間違ってはいない。
でも、ちょっと違う。
エマが代わりに説明してくれた。
水路を塞いでいた板のこと。
流れてきた金属筒のこと。
そして、村の近くで誰かが作業していた可能性。
話を聞き終えたルナは、しばらく考え込んでいた。
「……金属の筒か」
「うん。サフィアさんが調べるって」
「そうか」
ルナは少し間を置いた。
「もし、あの狐を動けなくした道具と関係があるのなら、厄介だな」
俺もそう思う。
大きい白狐は、恐怖に反応して強い衝撃を放った。
それなのに、あの商人たちは捕獲できていた。
もし本当に、魔獣の力を抑える道具があるとしたら。
俺やルナにも、同じような効果があるんだろうか。
……考えたくないな。
「ノア」
ルナが静かに呼びかけた。
「今度から、知らぬ道具には不用意に近づくなよ」
俺は身体を上下させた。
「貴様はすぐ触りたがるからな」
……そこまで言わなくても。
「我は事実を述べておるだけだ」
ぐうの音も出ない。
いや、今の俺なら変な音くらいは出せるけど。
意味がないのでやめておこう。
その日の夕方。
俺が小屋で休んでいると、外から足音が近づいてきた。
サフィアだった。
「失礼します。少しご報告が」
「何か分かったのか?」
ルナが尋ねる。
「はい。ニールとダグに、今朝の金属筒を確認してもらいました」
俺は身体を持ち上げた。
おお。
もう確認したのか。
仕事が早いな。
「2人とも、同じような部品を見たことがあると証言しています」
……やっぱり!
「ただし、完全に一致しているかは分かりません。彼らが見たのは、石のついた金属棒の一部だったそうです」
サフィアは慎重に言葉を選んだ。
「特に気になるのが、筒の側面に並んだ小さな穴です」
「穴?」
「はい。ダグの話では、雇い主が金属棒を使ったとき、そこから何か音がしていたそうです」
……音?
俺は触手を止めた。
「どんな音だ?」
ルナが尋ねる。
「耳鳴りに似た、高い音だったそうです。ニールも、同じような音を聞いたと証言しました」
高い音。
石付きの金属棒。
そして、その道具を使われた大きい白狐は、動けなくなった。
……待てよ。
それって、もしかして。
俺は自分の身体へ意識を向けた。
《摩擦発音》。
音を作る性質。
そして、《微振動感知》。
振動を受け取る性質。
俺は音を出すことも、感じ取ることもできる。
もちろん、それだけで相手を動けなくするような力はない。
だけど。
音が何かに影響を与えるということなら、俺にも少しは想像できる。
「ノアさん?」
サフィアが声をかけてきた。
俺は身体の端を持ち上げ、金属筒が置かれているらしい方向を示した。
「……調べてみたいんですか?」
肯定する。
サフィアは少し考えた。
「実験するなら、安全な方法を考える必要がありますね。道具の仕組みが分からない以上、むやみに音を出すわけにはいきません」
……ですよね。
俺だって、いきなり変な音を出してルナが倒れたら困る。
「ただ、1つ分かったことがあります」
サフィアが続けた。
「今朝の筒は、長い金属棒の外側に取りつける構造だった可能性が高いそうです。ダグが見た道具にも、同じ位置に穴が並んでいたと」
「つまり、あの道具の一部が、水路から流れてきたということか」
「はい。そう考える根拠は増えました」
……なるほど。
だとすると。
あの道具は、地下のどこかで壊れたのか?
それとも、誰かが捨てたのか?
そして、なぜ村へ流れ込む水路に混じっていた?
サフィアは最後に、静かに言った。
「地下では、私たちが思っている以上に大きな変化が起きているのかもしれません」
ルナが低く唸る。
「……閉ざされた道、か」
俺は小屋の床に身体を広げた。
地下の扉。
取り外された石。
増え続けた水。
そして、魔獣の力を抑えたかもしれない道具。
少しずつ繋がってきた気はする。
だけど、まだ肝心なところが分からない。
あの連中は、一体何を開けようとしているんだ?
そして、そこまでして奥へ進みたい理由は何なんだ?
……まったく。
最初は、ただ洞窟から出てきただけだったのに。
気づけば村の水路を守って、怪しい地下遺構の謎まで追うことになっている。
俺の異世界生活、思ってたよりずっと忙しいな。
せめて明日くらいは、平和に過ごしたい。
……いや。
こういうことを考えると、大抵ろくなことにならないんだよな。




