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ゲームだと思ったら原初の生命に転生しました。  作者: くんくん
第1部

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食われる側

壁を登れるようになった。


これは、かなり大きな進歩だと思う。


何しろ、ついさっきまで地面を這うことしかできなかった俺が、今では垂直の岩肌に張りついて移動できるのだ。


しかも手足なしで。


……いや、改めて考えると、とんでもない身体だな。


元の世界でこんな生物を見つけたら、間違いなくニュースになる。


もっとも、俺自身がその生物になってしまったわけだが。


「さて、次はどうするか……」


もちろん声は出ない。頭の中で独り言を呟きながら、俺は岩壁をゆっくりと進んでいた。


捕食によって獲得した《微振動感知》のおかげで、周囲の動きはある程度分かるようになっている。


岩を伝わる細かな振動。


壁の隙間を這う小さな生物。


遠くで何かが動く、かすかな気配。


目が見えない不便さは相変わらずだが、最初に目覚めたときと比べれば、世界がずいぶん広がった気がする。


ただし、問題もあった。


「腹、減った……のか?」


胃なんてあるのかどうかも分からない。


それでも、身体の奥から何かを求める感覚が湧き上がってくる。


今までに捕食した虫は、どちらも小さかった。


身体を維持するには、もっと食べる必要があるのかもしれない。


そう考えていたときだった。


……ドン。


岩壁を伝わって、重い振動が届いた。


俺は動きを止めた。


……ドン。ドン。


一定の間隔で繰り返される振動。


これまで感じてきた虫の動きとは、明らかに違う。


重い。


そして、大きい。


「……何だ?」


振動は徐々に近づいてきた。


地面を踏みしめるたびに、周囲の岩がわずかに震える。


俺は反射的に壁へ身体を押しつけた。


今の俺には目がない。


だから、何が近づいているのか分からない。


だが、ひとつだけ確信できる。


あれは、今まで捕食してきた虫とは比較にならないほど大きい。


「いやいや……ちょっと待てよ」


ゲームなら、大きな敵が現れたところで逃げればいい。


最悪、倒されてもやり直せる。


だが、ここではどうだ?


俺は自分の身体を意識した。


半透明で、柔らかく、手足もない。


虫を捕食して多少の性質は得たものの、まともに戦う手段なんて持っていない。


どう考えても、戦闘向きの身体じゃなかった。


……ドン。


振動が止まった。


「……?」


何かが、すぐ近くにいる。


そう感じた瞬間だった。


ガリッ!


岩を削るような激しい振動と同時に、身体の側面へ強烈な衝撃が走った。


「――っ!?」


痛い。


何だ、これ。


痛いなんてもんじゃない!


身体の一部を無理やり引き裂かれるような感覚。


俺は岩壁から弾き飛ばされ、地面へ叩きつけられた。


衝撃で身体が大きく潰れる。


「ぐっ……!」


声にならない悲鳴を上げながら、必死に身体をまとめようとする。


だが、うまくいかない。


さっきまで自由に動かせていた身体の一部が、思うようについてこなかった。


何かが欠けている。


そう理解した途端、背筋が凍るような恐怖が湧き上がった。


背筋なんてないけど。


いや、今はそんなことを考えている場合じゃない!


……ドン。


また振動が近づいてくる。


そして今度は、地面を擦るような細かい震えが伝わってきた。


何かが俺を探している。


いや、違う。


「……食おうとしてる?」


その考えが浮かんだ瞬間、全身が強張った。


今まで俺は、虫を捕食してきた。


相手の身体を取り込み、その性質を奪ってきた。


けれど、考えてもいなかった。


この世界には、当然ながら俺より強い生物だっている。


そして、そいつらにとって俺は――。


ただの餌だ。


「冗談じゃない……!」


逃げる。


とにかく逃げるしかない。


俺は身体を前方へ伸ばした。


しかし、いつものような勢いが出ない。


傷ついた部分がうまく動かず、身体全体が重く感じる。


……ドン!


すぐ後ろで大きな振動が起きた。


次の瞬間、硬い何かが身体に触れた。


鋭い。


表面を押し破ろうとする感触。


「まずい!」


反射的に身体を横へ流す。


直後、俺がいた場所へ重いものが叩きつけられた。


岩が砕け、その細かな破片が身体に当たる。


あと少し遅れていたら、まともに潰されていたかもしれない。


「何だよ、こいつ……!」


姿は分からない。


だが、振動から考えるに、少なくとも俺より何倍も大きい。


しかも、動きが速い。


正面から戦えば、まず勝てない。


俺は壁に身体を伸ばし、粘着性を利用して張りついた。


そのまま上へ。


上へ。


少しでも距離を稼ぐ。


ところが――。


ガリガリガリッ!


背後から岩を削るような振動が迫ってきた。


「嘘だろ!?」


相手も壁を登れるのか?


いや、正確には違うのかもしれない。


だが、少なくとも俺のいる高さまで届く何かを持っている。


次の瞬間、身体の端を硬いものに引っかけられた。


ぐいっと引っ張られる。


「う、うおおおっ!?」


咄嗟に粘着性を強める。


壁に張りつく力と、引き剥がそうとする力がぶつかり合った。


耐えろ。


耐えてくれ!


だが、そんな願いも虚しく――。


ぶちっ。


身体の一部が引きちぎられた。


「――――っ!!」


今度こそ、思考が真っ白になった。


痛みが全身に広がる。


自分の一部だったものが、完全に失われた。


その感覚だけは、嫌になるほどはっきりしていた。


俺は壁から滑り落ちた。


着地なんて呼べるものじゃない。


ただ柔らかい塊が地面に落ち、潰れただけだ。


それでも、身体は動いた。


まだ、生きている。


「……逃げろ」


それしか考えられなかった。


勝てるかどうかなんて問題じゃない。


相手の正体を確かめる余裕もない。


とにかく、ここから離れなければ。


俺は残った身体を必死に伸ばした。


這う。


縮める。


また伸ばす。


繰り返すたびに、傷ついた部分が痛んだ。


そして、そのとき。


身体の先端が、岩と岩の間に触れた。


「……隙間?」


狭い。


だが、奥へ続いている。


最初に壁を登る練習をしていたとき、何度か似たような隙間に入りかけたことがあった。


そのときは行き止まりが怖くて避けていたが、今は違う。


「ここなら……!」


俺は迷わず身体を押し込んだ。


ぐにゃりと全身が変形する。


今の俺には骨がない。


それが、初めて心からありがたいと思えた。


身体を薄く伸ばし、わずかな空間へ潜り込む。


……ドン!


背後で強烈な振動が起きた。


硬い何かが岩にぶつかる。


続いて、ガリガリと削るような震え。


相手はまだ諦めていない。


俺を追ってきている。


「頼む……入ってくるなよ……!」


隙間の奥へ、さらに身体を伸ばす。


岩肌が傷口に触れるたび、鋭い痛みが走った。


それでも止まれなかった。


やがて、身体の大部分が岩の奥へ入り込んだ。


……ドン。


……ガリッ。


外では、まだ何かが動いている。


岩を叩き、削り、俺を引きずり出そうとしているようだった。


そのたびに、俺はさらに奥へ身体を押し込んだ。


どれくらい経っただろう。


振動が少しずつ遠ざかっていく。


……ドン。


……ドン。


そして、ついに感じられなくなった。


「…………」


俺は動けなかった。


いや、正確には動きたくなかった。


またあいつが戻ってくるかもしれない。


外へ出た瞬間、今度こそ食われるかもしれない。


そんな考えばかりが頭を巡る。


「……生きてる、よな?」


恐る恐る、自分の身体を確かめた。


小さく伸ばす。


縮める。


まだ動く。


だが、明らかに身体が小さくなっていた。


引きちぎられた部分は戻っていない。


自然に治るのかどうかも分からない。


それに、何より。


「……怖かった」


ようやく、そう思えた。


転生してから、ずっと不思議なことばかりだった。


ゲームのような表示。


捕食によって得られる能力。


自由に形を変えられる身体。


どこかで、俺は楽しんでいたのかもしれない。


新しい世界で、新しい生物になって。


これから何ができるようになるんだろう、と。


だが、今は違う。


この身体は傷つく。


痛みもある。


そして、簡単に死ぬかもしれない。


「……ゲームじゃ、ないんだよな」


分かっていたつもりだった。


だけど、実際に死にかけて、ようやく実感した。


俺がいるのは、命を奪い合う世界だ。


小さな虫を捕食して喜んでいた俺も、もっと大きな生物から見れば、ただの餌でしかない。


「……このままじゃ駄目だ」


今の俺は弱い。


逃げることしかできない。


せっかく捕食によって性質を得られる身体なのに、それを使いこなすことさえできていない。


もっと知らなければ。


自分の身体のことも、この洞窟のことも。


そして、もっと強くならなければ。


「生き残ってやる……」


誰に聞かせるでもなく、心の中で呟いた。


もう元の世界には戻れないのかもしれない。


人間の身体だって失ってしまった。


それでも。


こんな何も分からない場所で、訳も分からず食われて終わるなんて、絶対に嫌だった。


俺は狭い岩の隙間で、傷ついた身体を静かに丸めた。


まずは回復すること。


そして次に動けるようになったら、もっと慎重に周囲を探る。


弱い獲物を見つけ、少しずつ性質を増やしていく。


焦る必要はない。


今の俺には、強くなるための手段があるのだから。


そう考えながら、俺は身体の動きを止めた。


……そのときだった。


傷ついた部分に、奇妙な感覚が生まれた。


痛みとは違う。


失った部分を埋めようとするように、残った身体の内部がゆっくりと動いている。


「……ん?」


意識を集中させると、その動きはさらに明確になった。


まだ、何が起きているのかは分からない。


けれど。


どうやら、この身体には――。


俺自身も知らない仕組みが、まだ隠されているらしい。

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