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ゲームだと思ったら原初の生命に転生しました。  作者: くんくん
第2部

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魔物にもできる仕事

第2部 第8話 魔物にもできる仕事


「ノア、朝から何をしておる?」


ルナの声に、俺は作業を中断した。


小屋の床には、昨日まで文字の練習に使っていた粘土板がある。


ただし、今は文字を書いているわけではない。


俺は触手の先端を細く伸ばし、板の上に小さな溝をいくつも作っていた。


「……ふむ」


ルナが近づいてくる。


「何だ、これは。虫か?」


……おお。


分かる?


俺は嬉しくなって触手を持ち上げた。


「……やはり虫か。しかし、何とも妙な形をしておるな」


……それは仕方ない。


俺、虫の姿を見たことないんだから。


描いたのは、洞窟で捕まえた甲殻虫のつもりだった。


硬い殻。


細い脚。


細長い身体。


実際に触れた感触を頼りに描いてみたのだが、どうやら想像とは違う生き物になっているらしい。


「……まあ、言われれば虫に見えなくもない」


ルナが気を遣ったように言った。


……無理しなくていいから。


俺は粘土板を均した。


最近、文字だけでなく絵も練習するようになった。


もっとも、絵と呼べるほどのものは描けていない。


だが、文字を知らないものでも、形を描けば何かを伝えられるかもしれない。


そう考えたのだ。


「……ふふっ。貴様は本当に、何かしておらねば気が済まぬのだな」


ルナが笑う。


俺は触手を左右へ振った。


いやいや。


休むときは休んでますよ。


実際、昨日も十分に睡眠を取った。


おかげで、中枢核の周囲に感じていた鈍い疲労も、随分と軽くなっている。


もっとも、失った身体の量はまだ完全には戻っていない。


食事を増やして、少しずつ補う必要がありそうだった。


……コン、コン。


そのとき、小屋の扉が叩かれた。


「おーい、ノア! 起きてるか?」


セインの声だ。


俺は触手を持ち上げた。


「うむ。入るがよい」


ルナが答える。


扉が開き、セインが入ってきた。


その後ろには、もう1人。


少し重い足取りの男がいる。


「今日は客を連れてきた」


セインが言った。


「昨日、村長と話してた件なんだけどな」


……昨日?


俺は少し考えた。


村長。


村への滞在許可。


それから、食料についての相談。


……あ。


もしかして。


「畑の虫について、少し相談したいそうだ」


……おお!


俺は思わず身体を伸ばした。


ついに来たか!


⸻


「俺はガレス。村の外れで畑をやってる」


聞き覚えのある声だった。


以前、小屋を訪ねてきた村人だ。


魔物が近くにいると聞き、鶏や畑への被害を心配していた男だったはずだ。


「……ああ、あのときの」


俺は触手を持ち上げた。


すると、ガレスが少し驚いたように声を上げる。


「おっ。もしかして覚えてるのか?」


肯定する。


「……へえ。本当に賢いんだな」


前に会ったときより、少しだけ声が柔らかい。


「実はな、畑で困ったことが起きてるんだ」


……困ったこと?


俺は身体を小さくまとめ、話を聞く姿勢を取った。


「育ててる野菜が、何本も急に枯れちまってな」


ガレスが説明を始める。


「水も足りてるし、病気らしい跡もない。なのに、昨日まで元気だったやつが、朝になると倒れてるんだ」


……へえ。


「根を掘ってみたら、どうも虫に食われたような跡がある」


……虫!


俺の身体が反応した。


「……ノア」


ルナが呆れたように言った。


「食べ物の話になると、途端に元気になるな」


……そりゃそうだろ。


今の俺にとって、食料はかなり重要なんだから。


「村長から聞いたんだ。ノアは虫を食べるんだって?」


俺は肯定した。


「それで、頼めるなら畑の虫を捕まえてもらえないかと思ってな」


……おお!


願ってもない話だ。


俺が虫を食べる。


村の畑も助かる。


まさに一石二鳥じゃないか。


俺は大きく触手を動かした。


「……やる気満々だな」


セインが苦笑した。


「ただし、勝手に動き回るのはなしだぞ。村長には俺が付き添う条件で許可をもらってる」


……了解。


「畑は村の外側にある。小屋から直接行けるから、村の中へ入る必要もない」


なるほど。


それなら、約束を破ることにもならない。


俺はルナの方へ触手を向けた。


すると、彼女は少し考え込んだ。


「……貴様、1人で行くつもりか?」


俺は肯定した。


「我も行きたいところだが、この脚ではな」


……無理しなくていい。


俺はルナの右後ろ脚へ触手を向け、ゆっくり左右へ振った。


「……分かっておる。マルタにも安静にしろと言われているからな」


少し不満そうな声だった。


「ただし、無茶はするなよ。貴様も完全に回復したわけではないのだから」


……もちろん。


俺は触手を持ち上げた。


そのまま、小屋の入口へ向かう。


すると。


「……ノア」


ルナが呼び止めた。


……ん?


「虫がたくさんいたからといって、夢中になって帰り道を忘れるなよ」


…………。


……そんなこと、あるわけないだろ。


俺が触手を左右へ振ると、セインが吹き出した。


「ははっ! こいつ、絶対やりそうだな!」


……失礼な。


俺は少しだけ身体を膨らませた。


⸻


畑は、小屋からそれほど離れていなかった。


ただし、俺にとっては初めての場所だ。


地面へ身体を密着させ、慎重に進む。


草の生えた土。


細かな石。


ところどころに残る車輪の跡。


その先で、足元の感触が変わった。


……ふかっ。


「……お?」


柔らかい。


しかも、土が規則正しく盛り上がっている。


「ここが畑だ」


ガレスが言った。


「奥の方には入らないでくれよ。野菜を踏まれると困るからな」


……分かってます。


俺は触手を小さく動かした。


「まずは、この一角を見てほしい」


ガレスが歩き始める。


俺はセインの足音を頼りに後を追った。


ほどなくして、土を掘り返したような場所へ到着した。


「ここだ。枯れた株を抜いた跡なんだが……」


俺は触手を伸ばした。


土の中へ、細い先端を差し込む。


……ずぷっ。


湿っている。


その奥には、植物の根らしき細いものがいくつも伸びていた。


だが、一部の根は途中で途切れている。


しかも、切れた部分の周囲が妙に柔らかい。


「……何だ、これ?」


俺は感触を確かめた。


普通に食いちぎられた根とは、少し違う。


表面が溶けたように崩れているのだ。


「……ノア、何か分かるか?」


セインが尋ねてくる。


俺は土の中へ触手を伸ばしたまま、少し考えた。


ただ虫に食われただけなら、もっとはっきりした噛み跡が残る気がする。


もちろん、虫の種類によるのかもしれない。


だが。


……ぴくっ。


「……ん?」


土の奥で、何かが動いた。


俺は意識を集中させた。


《微振動感知》。


足元から伝わる小さな振動を拾う。


……こそ。


……こそこそ。


いる。


土の中に、何かがいる。


しかも、1匹じゃない。


「……おお」


俺は身体を少し広げた。


だが、周囲には野菜の根がある。


無理に身体を伸ばしてしまえば、俺まで根を傷つけるかもしれない。


……慎重にいこう。


俺は細い触手を2本作った。


片方を土の中へ入れ、もう片方は地表へ残す。


土の中の触手で振動を確かめながら、獲物の逃げ道を探った。


……ささっ。


動いた。


俺は触手の先端を広げる。


そして。


《粘着性》。


……ぺたり。


「……よし!」


捕まえた。


俺はゆっくりと触手を引き抜いた。


すると、ガレスが声を上げた。


「おおっ! 何か捕まえてるぞ!」


「……虫か?」


セインが近づいてくる。


「いや、待て。何だ、こいつ?」


……ん?


俺は獲物を包み込んだまま、動きを止めた。


どうやら、普通の虫ではないらしい。


「……溶根虫じゃねえか!」


ガレスが驚いたように叫んだ。


……ようこんちゅう?


初めて聞く名前だ。


「厄介なのがいたもんだな」


セインの声も少し険しくなった。


「知ってるのか?」


「根を溶かして食う虫だ。酸性の液を吐くらしい。畑に入ると面倒なんだよ」


……酸性の液?


その瞬間。


……じゅっ。


「……っ!?」


触手の先端に、鋭い刺激が走った。


何かが身体の表面を傷つけている。


……うわっ!


俺は反射的に《硬質外皮》を発動させた。


虫を包んでいる部分だけを硬くする。


すると、刺激が少し弱まった。


「……危なっ!」


俺は触手を縮めた。


どうやら、この虫は捕まえられると酸性の液を分泌するらしい。


しかも、俺の身体にも効いてしまうようだ。


「ノア、大丈夫か?」


セインが尋ねる。


俺は一瞬迷った。


だが、まだ動ける。


傷ついたのも、触手のごく一部だ。


俺はゆっくり肯定した。


「……あまり無理するなよ」


……了解。


ただ。


「……これ、食べられるのか?」


俺は包み込んだ虫へ意識を向けた。


普通なら、捕食した生物は分解して栄養にできる。


だが、酸性の液を持つ虫となると、少し事情が違いそうだ。


俺は身体の一部を切り離すように使い、虫の周囲に薄い袋を形成した。


刺激の強い液が、ほかの部分へ広がらないようにする。


《構造形成》で維持した、小さな隔離室のようなものだ。


その中で、少しずつ虫を分解する。


……じわっ。


「……お?」


栄養が吸収され始めた。


問題ない。


少なくとも、食べられないわけではなさそうだ。


ただし、酸性の液が触れると痛む。


俺は《硬質外皮》を局所的に維持しながら、慎重に分解を続けた。


すると。


不意に、身体の奥で奇妙な感覚が生まれた。


……ん?


何かが、変わっていく。


虫の身体を構成していた性質の一部が、俺の中へ取り込まれていく感覚。


以前にも経験したことがある。


捕食によって、新しい性質を獲得するときの感覚だ。


そして。


《性質吸収》


――溶根虫の性質を解析しました。


――獲得可能な性質を確認。


《弱酸耐性》を獲得しました。


「…………」


……おお!?


久しぶりだ!


新しい性質!


俺は思わず身体を震わせた。


「……おい、ノア?」


セインが驚いたように声をかけてくる。


「どうした? 何かあったのか?」


……いや。


あった。


めちゃくちゃあった。


でも、どう説明すればいいんだ?


俺はとりあえず、触手を持ち上げた。


「……大丈夫なんだな?」


肯定する。


「ならいいけどよ……」


セインは少し困ったように笑った。


俺はその間に、新しく獲得した性質へ意識を向けた。


《弱酸耐性》。


名前からすると、酸への耐性らしい。


試しに、まだ残っている酸性の液を、ごく少量だけ身体の表面へ触れさせてみる。


……じわ。


「……お?」


先ほどより刺激が弱い。


完全に無効化できているわけではないが、表面が傷つくまでの時間が延びている。


……なるほど。


これは使えそうだ。


ただし、強い酸にまで耐えられるとは限らない。


あくまで、この虫が持つ程度の酸に対応しやすくなったということだろう。


「……よし」


俺は身体の状態を確かめた。


触手の一部には、まだ損傷が残っている。


だが、動作そのものには問題ない。


栄養も少し補給できた。


……いいじゃないか。


今日の仕事、思っていた以上に収穫がありそうだぞ。


⸻


「……それで、何匹いたんだ?」


ガレスが尋ねてきた。


俺は土の中へ再び触手を伸ばした。


振動を確かめる。


……こそ。


……こそこそ。


まだいる。


しかも、複数。


俺は触手を3本持ち上げた。


「……3匹?」


セインが聞き返す。


俺は少し考えてから、触手を左右へ振った。


正確な数は分からない。


だが、少なくとも3匹以上はいる。


「……もっといるってことか?」


肯定する。


「こりゃ厄介だな」


ガレスが唸った。


「このままだと、ほかの株までやられちまう」


……なるほど。


俺は土の下へ意識を向けた。


虫たちは、根の周囲を移動している。


しかも、どうやら同じ方向へ集まる習性があるらしい。


1匹が移動すると、少し遅れて別の虫も動き始める。


「……ん?」


俺はその動きを追った。


虫たちは、地表近くの太い根へ向かっている。


根の周囲には、柔らかく崩れた土があった。


……そうか。


こいつら、根を食べながら移動してるのか。


だったら。


「……まとめて捕まえられないかな」


俺は触手を細く伸ばし、虫たちの進路へ回り込ませた。


ただし、根を傷つけないように。


土の隙間へ入り込み、通り道だけを塞ぐ。


《構造形成》。


細い触手の先端を、網のような形へ変える。


そして、その表面へ《粘着性》を付与した。


……ぺたり。


虫が1匹、引っかかった。


続いて、もう1匹。


「……よし!」


だが。


……じゅっ。


「……っ!」


捕まえた虫たちが、次々と酸性の液を分泌し始めた。


……まずい。


《弱酸耐性》を獲得したとはいえ、複数の虫から一度に液を浴びれば負担は大きい。


俺は慌てて触手の網を縮めた。


さらに、《硬質外皮》を部分的に発動。


虫と接触する部分だけを守る。


「……ぐっ」


負担が増す。


網を維持する。


虫を逃がさない。


酸を防ぐ。


そして、根を傷つけない。


……思ったより難しいぞ、これ!


「ノア!」


セインの声が届いた。


「おい、大丈夫か!?」


……ちょっと厳しいかも。


俺は触手を震わせた。


すると、セインがすぐに動いた。


「ガレス! この辺り、少し掘ってもいいか?」


「……ああ! もう枯れかけてる株だ。構わねえ!」


……え?


俺は動きを止めた。


次の瞬間。


……ざくっ!


地面へ硬いものが突き立てられた。


……ざくっ!


続いて、土が持ち上げられる振動。


セインが何かで地面を掘り始めたらしい。


「ノア! 虫を逃がすなよ!」


……おお!


なるほど!


俺は触手の網を維持した。


すると、周囲の土が少しずつ取り除かれていく。


虫たちの動きが乱れた。


地面の圧力が変わり、逃げ道が増えたからだ。


だが、網に引っかかった虫は逃げられない。


「……おらっ!」


セインが最後の土を掘り上げた。


そして。


「……うわっ!」


驚いた声が響いた。


「何だ、この数!」


……え?


俺は少し戸惑った。


「ガレス! ここ、巣になってるぞ!」


「何だと!?」


ガレスが慌てて近づいてくる。


「……こりゃひでえ」


……そんなに?


俺には見えない。


だが、振動の数は確かに増えていた。


細かな動きが、あちこちで重なっている。


どうやら、土の奥にまだ大量の虫が潜んでいたらしい。


「……こいつら、根の下に集まってたのか」


セインが呟いた。


俺は周囲の振動を探った。


確かに、虫たちは同じ場所へ集まっていた。


土の奥に、小さな空洞がある。


そこへ、何匹もの虫が出入りしているらしい。


……なるほど。


これが巣か。


「……ノア」


セインが俺へ声をかけてきた。


「悪いが、もう少し手伝ってくれるか?」


……もちろん。


俺は触手を持ち上げた。


ただし。


今度は、さっきと同じ失敗をしない。


一度に大量の虫を捕まえようとすれば、身体へ負担がかかる。


しかも、酸性の液を大量に浴びる危険がある。


だったら。


「……少しずつだな」


俺は網を解除し、細い触手を1本だけ伸ばした。


虫の通り道へ入り込ませる。


《粘着性》。


……ぺたり。


1匹捕まえる。


すぐに引き抜く。


そして、酸性の液が広がる前に、隔離した部分で包み込む。


分解する。


……じわっ。


続いて、次の1匹。


同じことを繰り返す。


時間はかかる。


だが、負担は小さい。


「……おお」


セインが感心したように声を上げた。


「今度は1匹ずつ捕まえてるのか」


……そういうこと。


俺は作業を続けた。


その間、セインは周囲の土を少しずつ掘り、虫の通り道を露出させてくれる。


ガレスは、近くの野菜を傷つけないように土を支え、枯れた株を取り除いていた。


……なるほど。


これなら、俺1人でやるよりずっと効率がいい。


俺には土の中の虫が分かる。


セインは道具で土を掘れる。


ガレスは野菜や畑の状態を知っている。


それぞれ、できることが違う。


「……面白いな」


俺は思わず身体を揺らした。


洞窟では、何もかも自分でやるしかなかった。


だが、ここでは違う。


相手に伝えれば、手伝ってもらえる。


そして、自分にも相手を助けられることがある。


……これが、仕事ってやつか。


人間だった頃は、仕事なんて面倒なものだと思うこともあった。


だが、今は少し違う。


誰かと協力して、問題を解決する。


その結果が、自分の食事にもなる。


……悪くないな。


もっとも。


仕事の内容が、虫を捕まえて食べることになるとは思わなかったけど。


⸻


作業を始めてから、しばらく経った頃。


「……ふぅ」


俺は身体を小さくまとめた。


土の中で動いていた虫の気配は、かなり減っている。


少なくとも、最初に見つけた巣の周囲には、ほとんど反応がなくなった。


「……どうだ、ノア?」


セインが尋ねてきた。


俺は触手を持ち上げた。


そして、ゆっくり上下へ動かす。


「……終わったか?」


少し迷ってから、もう1度肯定する。


少なくとも、この場所の作業は終わりだ。


もちろん、畑全体から虫がいなくなったとは限らない。


そこまでは確認できていない。


「……助かった」


ガレスが深く息を吐いた。


「これで、ほかの株への被害が止まってくれりゃいいんだが」


……そうだな。


俺は触手を小さく揺らした。


「正直、最初は半信半疑だったんだ」


ガレスが続けた。


「魔物に畑仕事を頼むなんて、聞いたこともなかったからな」


……まあ、そうでしょうね。


「でも、実際に見てみるもんだ」


ガレスは少し笑った。


「俺たちじゃ、根を傷つけずに土の中の虫を捕まえるなんて難しいからな」


……それは、そうかもしれない。


俺の身体なら、狭い隙間へ入り込める。


しかも、振動で虫の位置が分かる。


この2つを組み合わせれば、土を大きく掘り返さずに獲物を捕まえられる。


ただし、根を傷つけないためには、まだ練習が必要だ。


今日も何度か、触手の先端が根に当たってしまった。


……反省だな。


「……ノア」


セインが声をかけてきた。


「疲れてないか?」


俺は少し考えた。


正直、疲れている。


虫を食べて栄養は補給できた。


だが、細かい構造を維持し続けたせいで、意識の奥に重さが残っている。


それに、酸性の液を浴びた部分には、まだ損傷がある。


俺は素直に肯定した。


「……だよな」


セインが苦笑する。


「今日はここまでにしよう。無理して倒れられても困るしな」


……助かります。


俺は身体を小さくまとめた。


すると、ガレスが言った。


「なあ、ノア」


……ん?


俺は触手を持ち上げた。


「もしよかったら、また手伝ってくれないか?」


……お?


「もちろん、毎日来いってわけじゃない。困ったときだけでいいんだ」


俺は少し考えた。


虫を捕まえれば食事になる。


畑も助かる。


しかも、村の人たちとの関係も少しずつ良くなるかもしれない。


……いいじゃないか。


俺は大きく肯定した。


「……本当か!」


ガレスの声が明るくなった。


「ありがとな!」


……どういたしまして。


俺は触手を小さく揺らした。


すると、セインが少し笑った。


「まさか、魔物に畑仕事を頼む日が来るとはな」


「……俺だって驚いてるよ」


ガレスが答える。


「でも、助かったのは本当だからな」


その言葉に、俺は少しだけ嬉しくなった。


……役に立てたんだな。


誰かに頼まれて。


自分にできることをして。


ちゃんと、ありがとうと言ってもらえた。


人間だった頃には、そんなことを特別だと思ったことはなかった。


だが、今は違う。


この世界では、俺は魔物だ。


それでも。


魔物だからといって、誰かの役に立てないわけじゃない。


……それが分かっただけで、今日の仕事には十分意味があった。


⸻


小屋へ戻ると、ルナがすぐに声をかけてきた。


「……おお、帰ったか」


俺は触手を持ち上げた。


「どうだった?」


……聞いてくれよ!


俺は身体を大きく揺らした。


すると、ルナが少し驚いた。


「……何だ、随分と機嫌がよいな」


「そりゃそうだろ」


セインが笑いながら答えた。


「ノア、畑の虫をかなり捕まえてくれたんだ」


「……ほう?」


「しかも、根を傷つけないように土の中へ入り込んでな。器用なもんだったぞ」


……ふふん。


もっと褒めてもいいですよ。


「……ノア」


ルナが静かに言った。


……はい。


「また得意げになっておるな?」


……何で分かるんだよ!


セインが笑い始めた。


「ははっ! 分かるのか?」


「当然だ。こやつは褒められるとすぐ身体が揺れる」


……やめてくれ。


俺の分かりやすい反応を解説しないでくれ。


「……ふふっ」


ルナも楽しそうに笑っている。


だが、その直後。


「……それで、怪我はしておらぬか?」


……あ。


俺は動きを止めた。


「……ノア?」


ルナの声が少し低くなる。


……しまった。


何か、嫌な予感がする。


俺はゆっくり触手を持ち上げた。


そして、少しだけ肯定した。


「…………」


沈黙。


「……ノア」


……はい。


「どこを怪我した?」


……ええと。


触手の先端です。


俺は傷ついた部分を差し出した。


ルナがしばらく黙る。


それから。


「……まったく!」


少し強い声が響いた。


「無茶をするなと言っただろう!」


……いや、そこまで無茶はしてないんだけど。


「では、なぜ怪我をしておる!」


……それは、虫が酸を吐いてきまして。


俺が必死に触手を動かすと、セインが事情を説明してくれた。


「いや、そこは俺も悪かった。溶根虫があれほど厄介だとは思ってなくてな」


「……溶根虫?」


ルナが反応する。


「酸を吐く虫か」


「そうだ。ノアが捕まえたときに少しやられたらしい」


「…………」


また沈黙。


そして。


「……ノア」


……はい。


「次からは、先に何がいるのか確かめてから手を出せ」


……ごもっともです。


俺は素直に触手を下ろした。


すると、ルナが小さく息を吐いた。


「……まあ、無事に戻ってきたならよい」


その声は、さっきよりも随分と柔らかかった。


「だが、今夜はしっかり休め。よいな?」


……了解。


俺は肯定した。


「……ふふっ」


ルナが小さく笑う。


「本当に、目を離すと何をするか分からぬやつだ」


……いや。


そこまでじゃないと思うんだけど。


俺は少しだけ身体を揺らした。


すると、ルナが言った。


「ところで、ノア」


……ん?


「今日は、何か新しいものでも覚えたか?」


「…………」


俺は動きを止めた。


……おお。


そうだった!


すっかり忘れてた!


新しい性質を獲得したんだった!


《弱酸耐性》。


俺は身体の奥へ意識を向けた。


試しに、触手の表面へその性質を集中させる。


……じわ。


薄い変化が広がる。


硬くなるわけではない。


見た目が変わるわけでもない。


だが、身体の表面が以前より少しだけ安定しているような感覚があった。


「……ん?」


ルナが不思議そうに声を上げる。


「何をしておる?」


……新しい能力です!


そう言いたかった。


だが、今の俺には説明する手段がない。


「……うーん」


俺は少し考えた。


そして、粘土板へ触手を伸ばした。


最初に描いたのは、虫。


さっきまで畑で捕まえていた、細長い虫のつもりだ。


続いて、その横へ小さな丸を描く。


さらに、虫から自分へ向かって線を引いた。


「……?」


ルナが首を傾げたらしい。


「虫を食べた、ということか?」


……そう。


俺は肯定した。


それから、今度は自分の身体を軽く叩く。


そして、触手の先端を持ち上げた。


「……何か変わったのか?」


……おお!


俺は大きく肯定した。


すると、ルナが少しだけ黙った。


「……まさか」


その声に、驚きが混じった。


「貴様、虫を食べて、新しい性質を得たのか?」


……正解!


俺は勢いよく触手を動かした。


「……なんと」


ルナが小さく息を呑む。


「それは……」


しばらく、言葉が途切れた。


そして。


「……本当に、何者なのだ。貴様は」


……ですよね。


俺も知りたいです。


俺は身体を小さくまとめた。


すると、ルナが少しだけ笑った。


「……だが、まあ」


柔らかな尻尾が、俺の身体へ触れた。


「貴様が少しずつ強くなっているのなら、それは喜ばしいことだ」


……うん。


俺も、そう思う。


「ただし、強くなったからといって無茶をするなよ」


……はい。


そこは気をつけます。


俺は触手を持ち上げた。


すると、ルナが満足そうに息を吐いた。


「……うむ。それでよい」


⸻


その日の夜。


俺は小屋の床へ身体を広げ、静かに自分の状態を確かめていた。


《弱酸耐性》。


今日、新しく獲得した性質だ。


酸性の液による損傷を、ある程度抑えられる。


ただし、完全に防げるわけではない。


しかも、強い酸に対してどれほど効果があるのかは分からない。


……まあ、便利なことは確かだ。


俺は触手を少し伸ばした。


《硬質外皮》。


《粘着性》。


《微弱毒分泌》。


そして、《弱酸耐性》。


少しずつ、使える性質が増えてきた。


だが、今日の仕事で分かったこともある。


能力が増えたからといって、何でも簡単にできるわけじゃない。


複数の構造を維持すれば疲れる。


身体の量が足りなければ、思うように動けない。


そして、知らない相手へ無闇に近づけば、思わぬ反撃を受けることもある。


……まだまだだな。


俺は身体を小さくまとめた。


すると、隣からルナの声が届いた。


「……ノア」


……ん?


俺は触手を持ち上げた。


「今日、楽しかったか?」


……え?


少しだけ意外な質問だった。


俺は考えた。


初めての畑仕事。


酸を吐く虫。


新しい性質。


そして、村の人たちとの協力。


危ないこともあった。


疲れもした。


だが。


「……うん」


俺は大きく肯定した。


楽しかった。


間違いなく。


「……そうか」


ルナが小さく笑った。


「ならば、よかったな」


俺は触手を伸ばし、彼女の前脚へ軽く触れた。


すると、ルナが続けた。


「我も、早く脚を治さねばな」


……そうだな。


「貴様ばかり面白そうなことをしていては、つまらぬからな」


……ああ。


そういうことか。


俺は思わず身体を揺らした。


「……何だ。笑っておるのか?」


……いやいや。


別に。


「……ふん」


ルナが少しだけ不満そうに鼻を鳴らす。


だが、すぐに小さな笑い声へ変わった。


「……まあ、よい。脚が治ったら、我も付き合ってやろう」


……楽しみにしてるよ。


俺は触手を小さく揺らした。


そのとき、小屋の外から風が吹き込んできた。


草木が揺れる振動。


遠くを歩く人間の足音。


そして、さらに遠くから聞こえる荷車の音。


俺はそれらを感じながら、静かに考えた。


この世界に来てから、俺はずっと生き残ることだけを考えてきた。


だが、今は少し違う。


食べることが、誰かの役に立つ。


能力を使うことが、仕事になる。


そして、仲間と一緒に、その日の出来事を笑い合える。


……なるほどな。


こういう暮らしも、悪くない。


俺は身体を小さくまとめ、ルナの隣へ落ち着いた。


今日は少し疲れた。


だが、心地よい疲れだった。


明日は、また何か新しいことが起こるかもしれない。


それを楽しみにしながら、俺はゆっくりと意識を休ませた。

【ノアのステータス・第2部第8話終了時点】


名前:ノア

種族:原初種

レベル:未確認

変異段階:第1段階

変異形態:万能適応型


HP:未確認

MP:未確認

魔力器官:未成熟


■ 種族固有能力

《捕食》

《性質吸収》


■ 変異能力

《構造形成》


■ 獲得した性質

《微振動感知》

《粘着性》

《硬質外皮》

《微弱毒分泌》

《摩擦発音》

《弱酸耐性》【NEW】


■ 身体特性

・不定形の流動体

・中枢核形成済み

・身体の一部を硬質化可能

・獲得した性質を組み合わせた構造形成が可能


■ 現在の状態

視覚:未獲得

聴覚:振動感知による簡易的な音の認識

発声:母音に近い音を発声可能

魔法:未習得

身体:回復途中・触手の一部に軽い損傷


■ 新たに獲得した性質


《弱酸耐性》


溶根虫を捕食したことで獲得。


弱い酸性の液による身体への損傷を軽減できる。ただし、完全な無効化ではなく、強力な酸への耐性も未確認。


――――――――――


【作者あとがき】


第2部第8話までお読みいただき、ありがとうございます!


今回は、ノアが初めて村の仕事を手伝い、新しい性質《弱酸耐性》を獲得しました。


戦闘だけでなく、原初種ならではの身体や能力が、少しずつ暮らしの中でも役立ち始めています。


まだまだ未知の部分が多いノアですが、今後も捕食と変異によって成長していきます。


引き続き、ノアとルナの旅を楽しんでいただければ嬉しいです!

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