名前をくれた君
第14話 名前をくれた君
ズズズ……。
重い振動が、洞窟の奥から伝わってくる。
間違いない。
あの巨大な百足が近づいている。
しかも、俺が以前感じたときよりも、振動がずっとはっきりしていた。
「……まずいな」
俺は身体を大きく広げ、目の前にいる負傷した生物へ触手を伸ばした。
相手は俺の動きを探るように、じっとしている。
「……本当に、我を運ぶつもりなのか?」
俺は触手を上下に動かした。
「言っておくが、我は見た目ほど軽くないぞ」
……いや、その見た目が分からないんだけど。
俺は少し困った。
相手の大きさは、地面へ伝わる振動から何となく分かる。
だが、正確な体格も体重も知らない。
そもそも、俺には目がないのだ。
「……仕方ない。試してみるか」
俺は身体の一部を伸ばし、相手の腹の下へ差し込もうとした。
すると。
「ひゃっ!?」
突然、妙に高い声が響いた。
「な、何をする! そこは駄目だ!」
「……っ!?」
俺は慌てて触手を引っ込めた。
な、何だ?
どこに触ったんだ、俺!?
「いきなり腹の下へ潜り込むな! 驚くだろうが!」
……ああ、腹か。
いや、持ち上げようと思っただけなんだけど。
「まったく……少しは加減というものを覚えろ」
相手は不満そうに鼻を鳴らした。
その反応に、俺は少しだけ安心した。
さっきまで死にかけていたとは思えないほど、元気な文句だ。
もっとも、怪我が治ったわけではない。
地面を伝わる振動からは、相変わらず後ろ脚をうまく動かせていないことが分かる。
「……なあ、ひとつ聞くぞ」
相手が声を潜めた。
「貴様、我の身体を支えられるか?」
俺は少し考えた。
全部を持ち上げるのは無理だろう。
だが、怪我をした部分だけならどうだ?
俺は身体の下側から短い支えを形成し、地面へ押しつけた。
続いて、別の触手を伸ばして岩へ固定する。
その状態で、身体の一部を少しだけ持ち上げてみた。
……ぐぐっ。
よし。
これなら、多少の重さは支えられそうだ。
俺は触手を上下に動かした。
「……できるのだな?」
もう1度、上下へ。
「ならば、我の右後ろ脚を浮かせてくれ。前脚と左の後ろ脚は、まだ動かせる」
なるほど。
全部運ぶ必要はないわけか。
相手が自分で歩き、俺が怪我をした側を支える。
それなら、今の俺でも何とかなるかもしれない。
「ただし、傷には触れるな。……噛まれた場所が、まだ酷く痛む」
……噛まれた?
俺は動きを止めた。
相手は一瞬だけ黙り、低い声で続けた。
「あの大百足だ。奴に右脚を噛まれた」
やっぱり、あいつか。
「逃げ切ったと思ったのだがな。毒まで受けていたらしい。ここまで来るのが精一杯だった」
相手は悔しそうに息を吐いた。
「……我としたことが、情けない」
いやいや。
巨大な百足に襲われて、ここまで逃げてきただけでも十分すごいと思うぞ。
俺なんて、最初に大きな生物と遭遇したときは、まともに戦うことすらできなかったんだから。
「奴はしつこい。獲物と決めた相手を、そう簡単には諦めぬ」
……それ、今聞きたくなかった情報だな。
ズズズ……。
まるで話を聞いていたかのように、重い振動が伝わってきた。
俺は慌てて身体を伸ばした。
「……分かっている。急ごう」
相手も状況を理解しているらしい。
俺は傷の位置を教えてもらいながら、慎重に身体を差し込んだ。
今度は腹の真下ではなく、右後ろ脚の付け根に近い部分を支える。
柔らかい身体を薄く広げ、体重を分散させる。
さらに、地面に接する部分だけを《硬質外皮》で補強した。
「……む?」
相手が小さく声を漏らした。
「貴様、身体を硬くできるのか?」
俺は触手を上下に動かした。
「ほう……妙な力を持っているな」
……まあ、俺自身もそう思う。
「では、少し立ち上がるぞ。支えていてくれ」
俺は身体を固定した。
次の瞬間、ずしりと重みが加わる。
「……っ!?」
重っ!
いや、予想はしていたけど!
身体の下に作った支えが、ぐにゃりと曲がりかけた。
俺は慌てて補強する。
《硬質外皮》を強め、別の触手を岩へ固定した。
……ぐぐっ。
何とか持ちこたえた。
「……おお」
相手が驚いたような声を出す。
「立てる……!」
地面を踏みしめる振動が3か所から伝わってきた。
どうやら、うまく立ち上がれたらしい。
「……よし。このまま進めそうだ」
俺は少しだけ安心した。
だが、次の問題がすぐに現れた。
「……では、行くぞ」
相手が前脚を動かした。
俺も身体を伸ばす。
……が。
「……うおっ!?」
支えていた部分がずれた。
相手の身体が傾き、俺まで引っ張られる。
「わっ!? ちょ、ちょっと待て!」
相手が慌てて踏ん張った。
俺も触手を岩へ固定し、何とか転倒を防ぐ。
……危なかった。
「……貴様、歩くのが下手だな」
……いや!
こっちは今まで脚すらなかったんだから!
俺は心の中で抗議した。
もちろん、伝わらない。
「……まったく。仕方のないやつだ」
相手は小さく息を吐いた。
「我が合図する。貴様はそれに合わせて動け」
なるほど。
確かに、その方がよさそうだ。
俺は触手を上下に動かした。
「では、まず前へ」
相手がゆっくりと動く。
俺はその動きに合わせ、身体を伸ばした。
「……止まれ」
止まる。
「次だ」
また進む。
今度は、さっきよりうまくいった。
「……おお!」
思わず身体を揺らした。
「こら、喜ぶのは後にしろ! 支えが揺れる!」
……はい。
すみません。
それから何度か繰り返すうちに、ようやく動きが噛み合ってきた。
相手が3本の脚で進み、俺が負傷した側を支える。
速くはない。
だが、確実に前へ進んでいる。
「……ふふっ」
不意に、相手が小さく笑った。
「まさか、粘液の魔物に支えられて歩く日が来るとはな」
……俺だって、誰かの脚代わりになる日が来るとは思わなかったよ。
もっとも、今の身体なら、案外こういう使い方も悪くない。
問題は、長く続けられないことだ。
体重を支えるために《硬質外皮》を維持しているせいで、身体の奥に少しずつ疲労が溜まってきている。
「……早く安全な場所へ行きたいな」
俺は周囲の振動を探った。
大百足は、まだこちらへ向かっている。
ただ、幸いにも距離はある。
今のうちに、少しでも離れておきたい。
⸻
「……そういえば」
しばらく進んだところで、相手が口を開いた。
「貴様、名前は何という?」
……名前?
俺は思わず動きを止めた。
「……どうした?」
名前か。
そういえば、この身体になってから、誰にも名乗っていなかった。
いや、それ以前に。
「……あれ?」
俺は自分の記憶を探った。
元の世界。
パソコンの画面。
ゲームだと思って押した、最後のYES。
そして、気づけばこの洞窟にいたこと。
そこまでは、はっきり覚えている。
人間だった頃の生活も、断片的には思い出せる。
だが。
「……俺の名前、何だっけ?」
思い出せない。
顔も、名前も。
自分がどんな声で話していたのかさえ、曖昧になっている。
「……おい?」
相手が不思議そうに声をかけてきた。
「名前だ。呼び名くらいあるだろう?」
俺は触手を左右へ振った。
「……ないのか?」
今度は上下へ。
「……本当に?」
もう1度、上下へ。
相手はしばらく沈黙した。
「……妙なやつだな。言葉は理解するのに、自分の名前は分からぬのか」
……自分でも変だと思う。
「では、我が名をつけてやろうか?」
「……え?」
俺は思わず身体を揺らした。
名前を?
俺に?
「何だ、その反応は。嫌なら別に構わぬぞ」
慌てて触手を左右へ振る。
違う違う!
嫌じゃない!
むしろ、ありがたい!
俺は続けて触手を上下へ動かした。
「……どっちなのだ!」
……あ。
ややこしくなってしまった。
俺は1度身体を落ち着かせ、改めてゆっくりと上下へ動かした。
すると、相手が小さく笑った。
「……ふふっ。分かった。つけてほしいのだな?」
上下へ。
「ならば……そうだな」
相手はしばらく考え込んでいた。
その間も、俺たちは少しずつ通路を進んでいる。
やがて。
「……ノア、というのはどうだ?」
……ノア?
俺は思わず触手を止めた。
「ノアの実という果実があってな。我の好物なのだ」
……食べ物かよ!
「甘くて、瑞々しくてな。小さいくせに、食べ始めると止まらなくなる」
いや、説明しなくていいから!
俺は少し複雑な気分になった。
せっかく名前をつけてもらえると思ったら、まさか好物の果物からとは。
しかも、理由が食いしん坊っぽい。
「……何だ。不満か?」
相手が少しだけ声を尖らせた。
俺は慌てて触手を左右へ振った。
「……そうか」
ほっとしたような声。
それから、少しだけ得意げに続けた。
「ノア。短くて呼びやすいし、悪くない名だろう?」
……まあ。
確かに、悪くない。
ノア。
頭の中で、何度か繰り返してみる。
不思議な響きだった。
今までの俺には、名前がなかった。
元の世界で何と呼ばれていたのかも、思い出せない。
だが、今は違う。
この世界で初めて出会った、言葉を話す相手が名前をくれた。
「……ノア、か」
俺はその名前を、もう1度心の中で呟いた。
……うん。
気に入った。
俺は触手を大きく上下へ動かした。
「……ふふっ。気に入ったようだな」
相手が満足そうに笑った。
「ならば、今日から貴様はノアだ」
その言葉に、俺は小さく身体を震わせた。
……ありがとう。
声に出して伝えられないのが、少しだけ悔しかった。
「……さて」
相手は少し間を置いてから続けた。
「我も名乗っておこう」
そういえば、まだ名前を聞いていなかった。
「我の名は、ルナリス」
……ルナリス。
「長いから、ルナでよい」
ルナ。
覚えやすい名前だ。
俺は触手を上下へ動かした。
「……うむ」
どこか満足げな返事が返ってくる。
「よろしくな、ノア」
……こちらこそ。
俺はもう1度、ゆっくりと触手を動かした。
この世界へ来てから、初めてできた知り合い。
その名前は、ルナ。
そして、俺はノア。
たったそれだけのことなのに、何だか嬉しかった。
⸻
「……ところで、ノア」
少し進んだところで、ルナが声をかけてきた。
「貴様、目は見えているのか?」
……おっと。
なかなか鋭い質問だな。
俺は触手を左右へ振った。
「……見えていない?」
上下へ。
「……では、どうやって進んでいるのだ?」
説明したい。
ものすごく説明したい。
だが、今の俺には言葉で説明する手段がない。
俺は触手の先端を地面へ押しつけた。
そして、小さく叩く。
……コツ。
「……振動?」
おお!
分かってくれた!
俺は勢いよく触手を上下へ動かした。
「……なるほど。岩を伝わる振動で周囲を把握しているのか」
そのとおり!
「それで、我が動くたびに支えを調整できるわけだな」
……すごいな、ルナ。
説明していないのに、そこまで理解してくれるとは。
「ふむ……」
ルナは少し考え込んだ。
「ならば、ひとつ頼めるか?」
俺は触手を持ち上げた。
「この先の道を調べてほしい。奴が通れないほど狭い場所があれば、そこへ逃げ込める」
なるほど。
確かに、それが一番安全そうだ。
俺は《微振動感知》を広げた。
周囲の岩。
細かな亀裂。
少し先に続く通路。
だが、困ったことに。
「……ないな」
俺が入り込める隙間はいくつもある。
しかし、ルナが通れそうな大きさの通路は、どれもかなり広かった。
少なくとも、巨大な百足を完全に防げるとは思えない。
俺は触手を左右へ振った。
「……見つからぬか」
ルナが残念そうに呟いた。
「仕方ない。では、できるだけ入り組んだ場所を探そう」
……入り組んだ場所?
「大百足は身体が長い。狭く曲がりくねった道では、方向を変えるのに時間がかかる」
なるほど。
そういうことか。
「それに、奴の脚は硬い。岩の上では速いが、崩れやすい地面では動きが鈍る」
……へえ。
俺は感心した。
ルナは、あの大百足のことをよく知っているらしい。
「……何だ、その妙な動きは」
俺が感心して触手を揺らしていると、ルナが呆れたように言った。
「当然だろう。奴に追われながら、何も考えず逃げていたわけではない」
……すみません。
でも、頼もしいな。
俺は周囲の振動を探り直した。
今度は、ただ広い通路を探すのではない。
曲がり角。
岩の凹凸。
地面の崩れやすそうな場所。
そうした条件を意識する。
すると、少し先の通路に気になる場所があった。
「……ん?」
俺は身体の一部を伸ばし、岩へ触れた。
硬い。
だが、少し離れた部分では感触が違う。
小石が多く、岩の表面が不安定なのだ。
俺は慎重に触手を押しつけた。
……ぱらっ。
細かな石が崩れ落ちる。
「……お?」
もう1度。
……ぱらぱらっ。
崩れる。
しかも、意外と簡単に。
「……ここ、使えるかも」
俺は触手を伸ばし、ルナの注意を引いた。
「……どうした?」
俺は崩れやすい岩の方向へ触手を向けた。
続いて、その岩を軽く叩く。
……コツ。
……ぱらっ。
「……?」
ルナがしばらく黙った。
それから。
「……ああ、なるほど」
どうやら、伝わったらしい。
「崩れやすい岩場があるのだな?」
俺は触手を上下へ動かした。
「……よく見つけた」
その声には、少しだけ驚きが混じっていた。
「そこへ向かおう。うまくいけば、奴の足止めに使えるかもしれん」
……よし。
俺は身体を伸ばし、ルナを支え直した。
今度は最初より、ずっと安定している。
互いの動きにも、少しずつ慣れてきた。
「……行くぞ、ノア」
俺は触手を上下へ動かした。
そして、ゆっくりと前へ進む。
……ズズズ。
遠くから、大百足の振動が伝わってくる。
確実に近づいている。
だが、まだ追いつかれてはいない。
「……間に合ってくれよ」
俺はそう願いながら、ルナの身体を支え続けた。
⸻
崩れやすい岩場へ辿り着いた頃には、俺の身体にもかなりの負担が溜まっていた。
中枢核の周囲が、じんわりと重い。
《硬質外皮》を維持する力も、少しずつ弱くなっている。
「……ノア、大丈夫か?」
ルナが心配そうに声をかけてきた。
俺は触手を上下へ動かした。
「……無理をするな。貴様まで動けなくなっては困る」
……分かってる。
でも、ここで休むわけにもいかないだろ。
俺は身体の一部を伸ばし、周囲の岩を探った。
崩れやすい場所は、思っていたよりも広い。
しかも、その先には細く曲がった通路が続いている。
「……よし」
これなら、逃げ道として使えるかもしれない。
俺はルナへ触手を向けた。
すると、ルナが小さく頷いたような振動を返した。
「……分かった。先へ進むぞ」
だが、その瞬間だった。
ズズズズッ!
突然、強い振動が伝わってきた。
「……っ!?」
俺は身体を強張らせた。
近い。
さっきまでとは、明らかに違う。
何かが岩壁を這い、こちらへ向かって移動している。
しかも、速い。
「……ノア?」
ルナの声が低くなった。
俺は慌てて触手を伸ばし、地面を叩いた。
……カツン! カツン!
「……来たのか!」
俺は触手を上下へ動かした。
すると、ルナが短く息を呑んだ。
「……くっ、予想より早い!」
ズズズズ……。
無数の硬い脚が、岩を叩く振動。
長い身体が地面を擦る感覚。
そして、今まで感じたことのないほど大きな、重い動き。
「……まずい」
俺は必死に周囲を探った。
逃げ道はある。
だが、ルナを支えながら進める速度では、追いつかれるかもしれない。
どうする?
何か方法はないのか?
俺は身体の奥へ意識を集中させた。
《構造形成》。
《硬質外皮》。
《粘着性》。
今の俺にできることを、必死に考える。
正面から戦うのは無理だ。
大百足の方が、圧倒的に大きい。
力も、速さも、比べものにならない。
だったら。
「……戦わなければいい」
俺は崩れやすい岩へ触手を伸ばした。
試しに少し強く押す。
……ぱらぱらっ。
小石が落ちてくる。
「……これだ」
俺はルナへ向けて、触手を大きく動かした。
「……どうした、ノア?」
崩れやすい岩を叩く。
続いて、通路の奥を指す。
そして、もう1度岩を叩いた。
ルナは少し考え込んだ。
やがて。
「……まさか」
その声に、驚きが混じった。
「岩を崩して、奴を止めるつもりか?」
俺は触手を上下へ動かした。
「……なるほど」
ルナは少しだけ笑った。
「貴様、なかなか大胆なことを考えるな」
……いや、正直に言えば、これしか思いつかなかったんだけど。
「だが、悪くない」
ルナの声に力が戻った。
「奴の身体は硬い。少々の落石では倒せぬだろうが、足止めにはなる」
……そうだ。
倒す必要なんてない。
逃げ切れば、それでいい。
「ただし、闇雲に崩すな。こちらの退路まで塞がれては意味がないぞ」
……おっと。
確かに。
俺は慌てて、岩の状態をもう1度探った。
崩れやすい場所。
硬い岩が残っている場所。
その先へ続く細い通路。
今の感知能力だけで、崩れ方を正確に予測することはできない。
だが、少なくとも危険そうな場所は避けられる。
「……よし」
俺はルナの身体を支え直した。
まずは、崩れやすい岩場の向こうへ移動する。
そして、大百足が近づいてきたところで岩を崩す。
簡単な作戦だ。
ただし、ひとつ大きな問題がある。
……俺に、あれだけの岩を崩せるのか?
「……ノア」
ルナが静かに声をかけてきた。
「貴様、何を考えている?」
俺は触手を止めた。
「……不安なのか?」
……そりゃ、不安だよ。
今まで小さな虫ばかり相手にしてきた俺が、巨大な百足から逃げようとしているんだから。
しかも、怪我をしたルナを連れて。
「……ふふっ」
ルナが小さく笑った。
「案ずるな。我も、ただ守られているつもりはない」
……え?
俺は思わず身体を動かした。
「脚は動かぬが、魔力まで失ったわけではない」
……魔力?
「今の我では大きな術は使えぬ。だが、貴様が岩を崩すというなら、多少は手を貸せる」
……おお!
俺は一気に希望が湧いてきた。
そうか。
ルナは魔法を使えるのか!
「……何だ、その反応は」
俺が嬉しさのあまり身体を揺らすと、ルナが不思議そうに言った。
「まさか、魔術を見るのは初めてか?」
……初めてどころか、魔力を手に入れたばかりです。
俺は触手を上下へ動かした。
すると、ルナは少しだけ驚いたようだった。
「……そうか。ならば、よく見ておけ」
……いや、見えないんだけど。
まあ、今は突っ込まないでおこう。
「貴様が岩の弱い部分を探れ。我がそこへ力を加える」
……なるほど。
俺が感知して、ルナが魔術を使う。
これなら、俺1人では無理だったこともできるかもしれない。
俺は触手を持ち上げ、ルナへ向けた。
そして、ゆっくりと上下に動かす。
「……よし」
ルナも応えるように、短く息を吐いた。
「では、やるぞ。ノア」
ズズズズズッ!
大百足の振動が、さらに近づいてくる。
無数の脚。
巨大な身体。
そして、俺たちとは比較にならない力。
まともに戦えば、勝ち目はない。
だが。
「……今度は、逃げるだけじゃない」
俺は身体を細く伸ばし、崩れやすい岩へ向けた。
その隣では、ルナが静かに魔力を練り始めているらしい。
俺の未熟な魔力器官にも、周囲の空気が変わるような奇妙な感覚が伝わってきた。
「……行くぞ!」
ルナの声が響く。
俺は触手を岩の亀裂へ差し込んだ。
もう、ただ食われるのを待つつもりはない。
強い相手に勝てなくても、できることはある。
そして、今の俺は独りじゃない。
「……頼むぞ、ルナ!」
もちろん、その言葉はまだ頭の中でしか響かない。
それでも。
俺は初めてできた仲間と一緒に、生き残るための戦いを始めようとしていた。




