第3部 第42話 石を食べる理由
――ガキンッ!
鉄の箱が、内側から跳ね上がった。
「うわっ!?」
俺は反射的に身体を縮めた。
箱の隙間から突き出したのは、3本の鋭い爪。
昨日、管理所の床を突き破った魔物と同じものだ。
……おい。
その箱、鉄製だぞ?
爪がもう1度動く。
――ギギギッ!
金属が嫌な音を立てた。
少し離れた場所で、ラドが叫ぶ。
「全員、縄から手を離せ!」
張っていた縄が緩み、箱が地面へ落ちた。
――ガシャン!
灰色の脚が、箱を抱え込むように動く。
そして、細長い頭が岩の隙間から現れた。
……なるほど。
こいつら。
灯石のためなら、鉄の箱まで壊すのか。
俺は、少しだけ身体を低くした。
実験は成功。
ただし、予定どおりとは、とても言えなかった。
◇
話は、2時間ほど前に遡る。
石灯宿の管理所が使えなくなったため、俺たちは近くの倉庫で相談をしていた。
机の上には古い坑道の図面。
その隣には、小さな青白い石が置かれている。
灯石だ。
「昨日、あの魔物はこれを食べていた」
ラドが石を指した。
「昔の採掘記録にも、灯石の鉱脈が削られていたという話がある。おそらく、あいつらの餌なんだろう」
……そうだな。
それは、俺も見た。
管理所の床から出てきた灰色の魔物は、落ちていた灯石を砕いて食べていた。
問題は、そのあとだ。
魔物たちは古い排水路を通り、診療所の地下にまで現れた。
その周辺には、昔の灯石貯蔵庫が残っているらしい。
餌を探して移動している可能性は高い。
ただし。
「灯石が好きだからといって、遠くの石まで見つけられるとは限らぬぞ」
ルナが言った。
……お。
そこ、大事だな。
俺は頷いた。
たとえば俺だって、食べ物を取り込める。
でも、壁の向こうに食べ物があるかどうかなんて、普通は分からない。
……いや。
そもそも、俺には鼻がないんだけどさ。
「そういうことだ」
ラドが頷いた。
「だから、いきなり大量の灯石を移すのはやめる。まず少量で確かめたい」
イルマが腕を組む。
「試す場所は?」
「北の旧採石場だ」
ラドは図面の端を指した。
集落から離れた、現在は使われていない岩場。
周囲に建物はなく、地下には古い採掘穴がいくつか残っている。
「ただし、人は穴へ入らない。地上から様子を見るだけだ」
……賛成。
今回は、未知の魔物を相手にする実験だ。
うまく誘導できるか分からない以上、逃げ道を確保しておいた方がいい。
「で、何を運ぶ?」
イルマが尋ねた。
ラドは床に置いた袋を持ち上げた。
中には、形の悪い灯石の欠片が入っている。
「使い道の少ない屑石だ。まともな灯石を餌にしたら、集落の明かりがなくなっちまう」
……おお。
それは困る。
この集落、夜になると灯石がない場所は結構暗いからな。
ルナが袋を覗き込んだ。
「これで十分なのか?」
「分からん。だから試す」
ラドは、そう言って袋を閉じた。
……うん。
分からないことを、分からないままにしておく。
最近、それが大事だと思うようになった。
◇
旧採石場は、石灯宿の北側にあった。
背の低い岩山に囲まれた、広い窪地だ。
昔の採掘跡らしい階段状の壁が残り、地面には切り出された石の破片が散らばっている。
カナートの石棚を思い出した。
ただし、こちらはずっと小さい。
……とはいえ。
だから安全、とは限らないんだけどな。
「ここから先は、ベクを連れていかないよ」
イルマが言った。
荷獣のベクは、採石場の入口に繋がれている。
……正解だと思う。
あいつ、まだ俺のことを少し警戒してるくらいだし。
地面から魔物が出てきたら、きっと大騒ぎになる。
「今、失礼なことを考えたね?」
イルマが笑った。
……え。
何で分かったんだ?
「ベクを見て、妙な動きをしてたからさ」
……あ。
触手、揺れてたか。
俺は慌てて身体を整えた。
そんな俺を見て、ルナが楽しそうに鼻を鳴らす。
「貴様は考えていることが分かりやすい」
……そんなに?
何だか最近、隠し事ができない気がする。
◇
実験に使うのは、2つの鉄箱だった。
どちらも同じ形で、蓋には小さな穴が開いている。
片方には灯石の欠片。
もう片方には普通の石を入れた。
……なるほど。
比較するわけか。
俺は少し感心した。
ラドは、さらに箱へ縄を結びつけた。
「何かが近づいたら、遠くから引き上げる。危険なら箱は捨てて退く」
……うん。
いいと思う。
ただし。
俺は箱を見た。
鉄の厚みは、それほどない。
昨日見た魔物の爪なら、壊されるかもしれない。
……大丈夫かな。
「頑丈な箱じゃないぞ」
ラドが言った。
「これは餌を入れる容器だ。魔物を閉じ込める檻じゃない」
……あ。
そうか。
俺は頷いた。
捕まえることが目的じゃないんだ。
灯石に反応するかどうか。
それを調べたいだけ。
「ノアには、振動を見ていてほしい」
ラドが言った。
……おう。
それなら任せてくれ。
俺は地面へ触手を当てた。
《微振動感知》。
……。
今のところ、特に変わった動きはない。
少し離れた場所で、イルマが歩いている振動だけが伝わってきた。
……よし。
準備できた。
◇
最初の15分間、何も起きなかった。
箱を置いて。
離れて。
待つ。
……。
……。
……。
暇だな。
いや、危険がないのはいいことなんだけど。
あまりにも何も起きないと、少し不安になる。
俺が身体を丸め直していると、ルナが隣で欠伸をした。
「……本当に来るのか?」
……さあ。
俺にも分からない。
ラドは岩壁へ背を預け、古い図面を見ていた。
「この下には、昔の試掘穴がある。今は塞がってるが、どこかで古い排水路と繋がっているかもしれん」
……なるほど。
そういう場所を選んだのか。
ただし、繋がっているかどうかは不明だ。
だから何も来なくても、灯石に反応しないとは言い切れない。
……まあ。
焦らず待とう。
俺はもう1度地面へ触手を当てた。
……。
……ん?
ほんの少し。
何かが伝わってきた。
――コツ。
……。
――コツ、コツ。
……あ。
来た。
俺は身体を起こした。
「……おと!」
ラドがすぐに顔を上げる。
「どこだ?」
俺は地面を確かめた。
……。
右側。
いや、少し前か?
石の中を伝わる振動だから、方向ははっきりしない。
俺は少し場所を変えた。
すると、音が強くなった。
……こっちだ。
俺は、灯石の入った箱を指した。
「……ここ、ちかい」
ラドが頷いた。
「全員、少し下がれ」
……了解。
俺たちは岩棚の上へ移動した。
そこからなら、箱の様子がよく見える。
しかも、もし地面が崩れても、すぐには巻き込まれない位置だ。
……よし。
俺は慎重に観察を続けた。
◇
――コツ。
――コツ、コツ。
振動が、少しずつ強くなる。
……。
次の瞬間。
――ガリッ!
灯石を入れた箱の下で、石が割れた。
……っ!
俺は思わず身体を持ち上げた。
地面から、灰色の爪が現れる。
1本。
続いて、もう1本。
……いた!
昨日の魔物だ!
灰色の脚が、石の隙間を広げていく。
――ガリガリッ!
やがて、背中の甲殻が見えた。
石板を何枚も重ねたような身体。
先端が3つに分かれた爪。
そして、目の見当たらない頭。
……やっぱり。
岩穿ち、ってやつなのかな。
俺は慎重に見つめた。
魔物は地面から半分ほど身体を出すと、鉄箱へ近づいた。
鼻先の短い触角が、箱へ触れる。
……お。
何か確かめてる。
次の瞬間。
――ガキンッ!
箱が、跳ね上がった。
……っ!?
魔物の爪が、蓋の隙間へ食い込んでいた。
「全員、縄から手を離せ!」
ラドが叫ぶ。
俺たちは即座に下がった。
鉄箱が、地面へ落ちる。
――ガシャン!
魔物は気にする様子もなく、爪で箱を抱え込んだ。
そして。
――ギギギッ!
蓋が、少しずつ曲がり始めた。
……おいおい。
本当に壊すのか。
この箱、鉄なんだけど。
俺は少し驚いた。
ルナも、珍しく目を丸くしている。
「……なかなかの力だな」
……ああ。
俺も、そう思う。
ただし、あいつは俺たちを見ていない。
いや。
目がないから、見ているかどうかも分からない。
それでも、動きは明らかだった。
狙っているのは、箱の中身。
……灯石か。
――ガキンッ!
ついに蓋が外れた。
青白い石が、地面へ転がる。
魔物はすぐにそれを爪で押さえた。
――ガリッ。
……食べた。
やっぱり。
俺は、少しだけ身体を低くした。
◇
「……灯石へ来たな」
ラドが呟いた。
……ああ。
俺も頷いた。
ただし、これだけでは分からないことがある。
最初から灯石へ向かってきたのか。
それとも、偶然この場所に出てきて、灯石を見つけたのか。
……そこが大事だな。
俺が考えていると、ラドも同じことを言った。
「これだけじゃ、遠くの灯石が分かるとは限らん」
……うん。
そうなんだよ。
俺は頷いた。
すると、ルナが普通の石を入れた箱を見た。
「こちらには近づかぬな」
……あ。
確かに。
魔物は、普通の石を入れた箱には興味を示していない。
灯石の方だけを壊し、砕いて食べている。
……なるほど。
少なくとも、近くにある灯石を区別することはできるらしい。
だが。
その直後。
――コツ。
……っ。
俺は顔を上げた。
別の振動だ。
最初の魔物とは、少し違う。
もっと軽く。
もっと速い。
――コツ、コツ。
……ん?
俺は地面へ触手を当て直した。
……。
……あれ?
もう1つ、何かいる。
しかも。
今度は、魔物の真下から。
……おいおい。
2匹目か?
俺は、思わず身体を持ち上げた。
ラドも気づいたらしい。
「……ノア?」
「……もう、ひとつ」
彼の表情が変わった。
「……別の個体か」
俺は頷いた。
ただし、まだ姿は見えない。
……どうする。
このまま待ってもいいのか?
俺が迷っていると、灰色の魔物が突然動きを止めた。
口元に灯石をくわえたまま、身体を低くする。
……ん?
何だ?
そして。
――カリッ。
地面の隙間から、小さな灰色の脚が現れた。
……あ。
小さい。
最初の魔物より、ずっと。
続いて、小さな頭が顔を出した。
石板のような甲殻。
短い触角。
3本の爪。
……同じ種類だ。
だが、身体の大きさは半分もない。
最初の魔物は、小さな個体へ向き直った。
そのまま、口元にくわえていた灯石を下ろす。
小さな個体が近づく。
――カリカリッ。
……え。
食べた。
最初の魔物が砕いた石を、小さい方が食べ始めた。
……なるほど。
俺は少し驚いた。
もしかして。
親子なのか?
いや、決めつけるのは早い。
大きさが違うだけかもしれないし、同じ場所で餌を食べているだけかもしれない。
……でも。
少なくとも、互いを攻撃する様子はない。
むしろ、大きい方が小さい方へ餌を譲ったように見えた。
ルナも静かに言った。
「……あの小さいものを、守っておるのか?」
……かもしれない。
俺は頷いた。
何だか。
少し、見方が変わるな。
昨日までは、石を壊す危険な魔物としか思っていなかった。
もちろん、今でも危険だ。
鉄の箱を壊せる爪があるし、建物の床を崩している。
でも。
あいつらにも、あいつらの暮らしがあるのかもしれない。
……まあ。
だからといって、集落の下を自由に掘らせるわけにはいかないけどな。
◇
「……見てくれ」
イルマが、突然声をかけた。
……ん?
俺は顔を向けた。
イルマは、灯石を入れていた箱の周囲を指している。
そこには、魔物が掘り出した石の欠片が散らばっていた。
ただし。
その中に、青白く光るものが混じっている。
……あ。
灯石だ。
でも、俺たちが入れたものじゃない。
地面の中から出てきたらしい。
……え?
俺は少し驚いた。
「この場所、もともと灯石があるのかい?」
イルマが尋ねる。
ラドは岩場を見た。
「……昔は、ここでも少し採れたらしい」
……そうなのか。
俺は、地面へ触手を当てた。
ただし、魔物がいる場所へは近づかない。
少し離れた、岩棚の上からだ。
《微振動感知》。
……。
細かな振動が伝わる。
魔物が石を砕いている音。
それとは別に、少し奥からも振動がする。
……ん?
俺は場所を変えてみた。
右側。
左側。
そして、岩棚の端。
……あれ?
振動が、奥へ続いている。
ただし、地中の音だから距離は分からない。
俺はラドを見た。
「……した、まだ」
彼が顔を上げる。
「下に、ほかの奴がいるのか?」
……多分。
俺は頷いた。
すると、ラドが古い図面を広げた。
「……灯石の鉱脈かもしれんな」
……鉱脈?
俺は地図を覗いた。
旧採石場。
昔の試掘穴。
そして、集落へ向かって伸びる細い線。
……あ。
これ。
「この線は、昔見つかった灯石の層だ」
ラドが言った。
「途中で鉱脈が細くなって、採掘する価値がなくなったらしい」
……なるほど。
俺は、少し考えた。
つまり。
ここにも灯石がある。
そして、集落の下にも、同じ鉱脈が伸びている可能性がある。
……じゃあ。
魔物たちは、地面の中の灯石を食べながら移動しているのか?
俺は、ゆっくり身体を低くした。
だとしたら。
地上へ餌を置くだけでは、全部を誘導できないかもしれない。
……なるほど。
これは、思ったより難しいぞ。
◇
しばらくして、灰色の魔物たちは地面へ戻っていった。
大きい個体が先に穴へ入り、小さい個体があとを追う。
最後に、短い触角が一瞬だけ見えた。
そして、石の奥へ消えた。
……行ったな。
俺は少しだけ身体を伸ばした。
ラドも、ようやく息を吐いている。
「……今日は、これ以上試さない方がいいな」
……ああ。
俺も賛成だ。
少なくとも、灯石を食べることは確認できた。
小さな個体もいる。
そして、地面の下には灯石の鉱脈が続いているらしい。
……情報としては、十分だと思う。
だが、ラドは地図を見つめたまま、動かなかった。
「……おかしいな」
……ん?
俺は顔を上げた。
「何が?」
イルマが尋ねる。
ラドは古い坑道の線を指した。
「50年前の記録では、この鉱脈は途中で採掘を止めてる。理由は、岩が脆くなったからだ」
……そうなのか。
「だが、鉱脈そのものがなくなったわけじゃない」
……うん。
それなら、今も灯石が残っている可能性はあるな。
ラドは、さらに別の線を指した。
「問題は、こっちだ」
……ん?
俺は目を凝らした。
古い排水路。
旧第4連絡坑。
そして、その手前にある小さな印。
……何だろう。
ラドは、その印を指で叩いた。
「ここには、昔の水門があった」
……水門?
俺は少し驚いた。
「採掘場の地下水を、古い坑道へ流すためのものだ」
……なるほど。
俺は少し考えた。
じゃあ、あの魔物たちがいる場所にも、水が流れていたのか?
ラドは頷いた。
「そういうことになるな」
……ふむ。
俺は、少し気になった。
最近、集落の井戸の水位が下がっている。
そして、魔物たちは古い排水路を通って集落の方へ来ている。
……もしかして。
水の流れが変わったから、あいつらが移動できるようになった?
ただし、今はまだ推測だ。
水が苦手だと分かったわけでもない。
……でも。
確かめる価値は、ありそうだな。
「水門は、今どうなってるんだ?」
イルマが尋ねた。
ラドは少し考えた。
「……確か、古い設備の点検をしたとき、閉じたはずだ」
……え?
俺は顔を上げた。
「いつ?」
イルマが尋ねる。
ラドは、しばらく黙っていた。
それから、表情を変えた。
「……12日前だ」
……。
俺は身体を止めた。
12日前。
それって。
最初に、山の中から音が聞こえ始めた日じゃなかったか?
ラドも、同じことに気づいたらしい。
「……まさか」
彼は、もう1度図面を見た。
「古い排水路へ水を流さないようにしたのが、原因なのか?」
……分からない。
俺は首を振った。
でも。
可能性はある。
今まで水が流れていた場所が、急に乾いた。
その結果、魔物たちが通れるようになった。
……そう考えると。
少し、辻褄が合う。
ただし、まだ確かめていない。
水を流せば戻るとも限らない。
……そこは、慎重に考えないとな。
◇
「……水門を開け直すか?」
イルマが尋ねた。
ラドは、すぐに首を振った。
「駄目だ。今の状態で開けたら、どこへ水が流れるか分からん」
……あ。
そうか。
俺は少し考えた。
古い排水路は、あちこち傷んでいる。
しかも、魔物たちが石を削ってしまった。
そこへ大量の水を流したら。
……今度は、地盤が崩れるかもしれない。
ラドは続けた。
「まず、水門の状態を確かめる。それから、どの道へ水が流れるか調べる」
……うん。
俺も、その方がいいと思う。
「ただし、急ぐ必要はある」
ラドは集落の方を見た。
「昨日の診療所みたいなことが、また起きるかもしれん」
……ああ。
俺は頷いた。
魔物たちが集落の下へ来ているのは確かだ。
今はまだ、人間を直接襲っていない。
でも、建物を壊している。
……危険なのは、変わらない。
俺は、地図を見つめた。
灯石の鉱脈。
古い排水路。
そして、水門。
……なるほど。
少しずつ、見えてきた気がする。
この魔物たちを、力ずくで倒す必要があるのか。
それとも。
元々あいつらが暮らしていた場所へ、戻ってもらえるのか。
……まだ、分からない。
でも。
少なくとも、試せることはある。
俺は触手を持ち上げた。
「……みず、しらべる」
ラドが頷いた。
「ああ。明日は水門を調べよう」
ルナも、静かに笑った。
「ふむ。今度は水か」
……そうだな。
俺は頷いた。
考えてみれば、洞窟で暮らしていた頃から、水には随分助けられてきた。
川を渡ったり。
流れを感じたり。
水の中で、いろいろなものを知った。
……でも。
今度は、地下の水か。
俺は少しだけ身体を揺らした。
すると、ルナが隣へ来た。
「……ノア」
……ん?
「水門を調べるのはよいが、また勝手に穴へ入るでないぞ」
……。
……はい。
分かってます。
俺は素直に頷いた。
だが、ルナはじっと俺を見ている。
「本当であろうな?」
……本当だって!
俺が触手を振ると、ルナは満足そうに笑った。
◇
帰り道。
旧採石場から見える石灯宿は、夕日に照らされていた。
低い石造りの建物。
青白く光る石灯。
その奥にある、大きな北の岩山。
……不思議だな。
この集落の人たちは、長い間、灯石を掘って暮らしてきた。
その一方で。
山の中には、灯石を食べて生きる魔物がいた。
同じ石を必要としている。
でも、互いのことは、ほとんど知らなかった。
……そう考えると。
ちょっと、面白いな。
ただし。
面白いだけじゃ済まない。
魔物たちが掘り進めば、集落が危ない。
人間が灯石を掘り続ければ、魔物たちの餌が減るかもしれない。
……どうすればいいんだろう。
俺は、少し考えた。
すると、ルナが隣で言った。
「……ノア」
……ん?
「今日は、よく見ておったな」
……え?
俺は顔を向けた。
ルナは、小さく笑っている。
「魔物が現れても、すぐには飛び出さなかった」
……ああ。
俺は頷いた。
今回は、観察するのが目的だったからな。
「ふん。少しは成長したようだ」
……お。
褒められた。
俺は、少し嬉しくなった。
だが、次の瞬間。
「ただし、鉄箱が壊れたときは、思い切り跳ねておったぞ」
……。
……見てたのかよ!
ルナは声を立てて笑った。
……まったく。
本当に、油断ならない相棒だ。
俺は触手を振りながら、石灯宿へ続く道を歩いた。
その足元で。
――コツ。
……っ。
俺は、思わず身体を止めた。
石の奥から、振動が伝わってくる。
続いて。
――コツ、コツ。
……ああ。
まだ、いる。
しかも、今度は少し遠い。
……戻っていくのか?
それとも、別の個体なのか。
今は、まだ分からない。
俺はゆっくり触手を引っ込めた。
だが、1つだけ気になることが残っていた。
12日前に閉じられた水門。
そして、同じ頃から現れ始めた魔物たち。
……もし、本当に関係しているなら。
俺たちがまず直すべきものは。
魔物たちの行動ではなく、人間が変えてしまった水の流れなのかもしれない。
俺は北の岩山を見上げた。
その奥には、まだ見たことのない地下の世界が広がっている。
そして、そこには。
石を食べる魔物たちが、今も静かに暮らしているのだった。




