第3部 第32話 ほどけない結び目
「……おかしいな」
ガランが、切れた縄の端を指でつまんだ。
「20年も前のものにしちゃ、ここの傷が新しすぎる」
……ん?
俺は机の上へ身体を伸ばした。
昨日、東の断崖で見つけた古い補助索。その端には、黒い繊維が何本も飛び出している。
表面の樹脂はひび割れ、金属の輪には錆が浮いていた。
だが、ガランが示した切り口だけは違う。
……あ。
確かに。
中の繊維が、妙に明るい。
「長い間、風雨にさらされてたなら、切り口も傷んでるはずだ」
ガランは、もう1本の縄を並べた。
風喰いの身体から落ちてきたものだ。
「こっちも同じ。表面は古いが、裂けたところは新しい」
……なるほど。
俺は2本の縄を見比べた。
形も、編み方も、金属の刻印も似ている。
でも、それだけでは同じ縄だったと断定できない。
それに、気になることがある。
……20年。
もし風喰いが、その間ずっと縄を絡ませたままだったなら。
あんなに長い間、まともに飛べずにいたことになる。
……本当に、そうなのか?
「ノア」
隣からルナが顔を覗かせた。
「随分と難しい顔をしておるな」
……顔、ないんだけど。
俺が触手を揺らすと、ルナは平然と言った。
「考え込むと、貴様は身体が平たくなる」
……そうなの?
初耳なんですけど。
試しに自分の身体を見る。
……あ。
確かに、いつもより広がってる。
いつの間に。
「ふふっ。図星であろう」
……くそ。
何だか悔しい。
そんな俺たちを見て、ガランが笑った。
「仲がいいのは結構だが、そろそろ出るぞ」
……お。
そうだった。
今日は、東の断崖の反対側を調べる予定だ。
◇
昨日見つけた古い滑走索。
崖の両側に石塔があり、昔はその間で荷物を運んでいたらしい。
だが、20年ほど前に設備が壊れ、今では使われていない。
問題は、切れたはずの補助索が、まだ崖の下へ伸びていたことだ。
その揺れが塔の合図器へ伝わり、不規則な金属音を鳴らしていた。
……あれ、気になるんだよな。
縄の先がどこにあるのか。
どうして今になって、新しい傷がついているのか。
それを確かめるため、俺たちは峡谷の南側を大きく回り込む道を選んだ。
同行するのは、俺とルナ、ガラン、それからオルド。
ただし、今回は風の状態が悪ければ途中で引き返す。
昨日の観測で、風喰いは東の谷へ移動したことが分かっている。
今朝の見張りからも、村へ戻ってきたという報告はない。
……まあ。
どこにいても、油断できる相手じゃないけどな。
「この先だ」
オルドが杖で前方を示した。
低い岩山の間に、細い道が続いている。
俺は足元の砂利を確かめ、脚を6本に増やした。
《構造形成》。
……よし。
今日は、ちゃんと歩いて行こう。
飛ぶ練習じゃないんだからな。
「ノア」
ルナが隣へ並ぶ。
「今のところ、風は穏やかだな」
……ああ。
俺も、そう思う。
身体の端を短く伸ばせば、風向きはある程度分かる。
ただし、それは実際に触れた風だけだ。
谷の向こうで何が起きているかまでは分からない。
……そう考えると。
フウバネって、本当にすごいんだな。
あいつらは、この複雑な風の中を当たり前のように飛んでいる。
俺は少しだけ空を見上げた。
数匹のフウバネが、遠くの岩場を旋回していた。
……いいなあ。
「……ノア」
……はい。
「今、飛びたそうにしたであろう?」
……。
何で毎回分かるんだよ。
◇
反対側の石塔へ着いたのは、昼前だった。
こちらは昨日の塔より傷みが激しい。
入口の扉は半分外れ、床には砂が積もっている。
ただ、石造りの壁はまだ残っていた。
「まず、足元を確かめろ」
ガランの指示で、俺は入口近くの石へ触手を当てた。
《微振動感知》。
……うん。
大きく動く場所はなさそうだ。
ただし、奥の床板は少し怪しい。
俺はそこを指した。
「……そこ、よわい」
「分かった。踏まないようにする」
ガランはすぐに道具袋から白い粉を取り出し、危ない場所へ印をつけた。
……お。
こういうの、いいな。
俺が調べて、人間が分かる形で残す。
そうすれば、次に来る人も危ない場所を避けられる。
……うん。
地味だけど、大切だ。
塔の奥には、古い巻き上げ機があった。
昨日見たものと同じ型らしい。
ただし、こちらは歯車が大きく欠け、鎖も途中で切れている。
「……こっちも、そのままじゃ使えねえな」
ガランが呟く。
……だよな。
俺は納得した。
そもそも、20年も放置された設備だ。
簡単に使えると思う方が危ない。
俺たちは、巻き上げ機の周囲を調べ始めた。
◇
「……あったぞ」
オルドの声がした。
……ん?
俺は顔を向けた。
老人が、壁際の古い木箱を開けている。
中には湿気で傷んだ布や、錆びた金具が詰め込まれていた。
その下から、厚い帳面が出てくる。
……お。
記録か?
「昔の作業日誌だ」
オルドは慎重に頁を開いた。
文字の大半は薄れている。
だが、いくつかは読めるらしい。
「……ここだな」
ガランも近づいた。
俺とルナは、2人の間から帳面を覗き込んだ。
……うーん。
相変わらず、文字は分からない。
数字は少し読めるんだけど。
……勉強しないとなあ。
そんなことを考えていると、オルドが読み始めた。
「補助索の巻き取りに異常。西側の金具が外れ、荷台が大きく揺れた……」
……お。
事故の記録か。
「負傷者1人。命に別状なし。荷台は回収不能」
ガランが眉を寄せる。
「……それで設備が止まったのか?」
「まだ続きがある」
オルドが頁をめくった。
「翌日、残った索を回収しようとしたが、強い風のため作業を中止……」
……なるほど。
俺は少し考えた。
つまり。
補助索の一部は、事故のあとも回収されなかったのか。
「その3日後に、風喰いの目撃記録がある」
……っ。
俺は顔を上げた。
ガランも、少し表情を変えた。
「……やっぱり、関係してるのか?」
オルドは、すぐには頷かなかった。
「分からん。日付が近いだけだ」
……うん。
そうだな。
俺も、同じことを考えた。
風喰いが現れたのは、設備が壊れたあと。
だが、その事故が原因だったと決まったわけじゃない。
それに。
今の風喰いが、20年前に現れたものと同じ個体かどうかも分からない。
……まだ、決めつけられないな。
オルドは帳面を閉じた。
「ただ、少なくとも設備が壊れた理由は分かった」
ガランが頷く。
「ああ。それに、残った索が危険だということもな」
……危険?
俺は首を傾げた。
ガランは崖の方を指した。
「昨日見ただろ。古い縄が、今も崖の下へ伸びてる。風に持ち上げられれば、また何かへ絡まるかもしれねえ」
……あ。
なるほど。
俺は少し考えた。
古い補助索。
そして、風喰いへ絡まった縄。
もし同じことが起きたのなら。
残った縄を放置しておくのは、危険かもしれない。
……うん。
確かに、そうだな。
俺は短く頷いた。
「……とろう」
ガランが俺を見る。
「残った縄をか?」
俺は頷いた。
「……あぶない」
ガランは少し笑った。
「俺もそう思う。ただし、慎重にな」
……ああ。
そこは、もちろん。
◇
塔の裏側へ回ると、崖へ伸びる古い補助索が見つかった。
太い金属の輪。
黒い縄。
その先は、岩壁の下へ続いている。
……これか。
俺は触手を伸ばし、慎重に触れた。
《微振動感知》。
……。
動いている。
昨日と同じだ。
引っ張られる。
緩む。
また引っ張られる。
だが、今回はもう少し近くで確かめられる。
……ん?
俺は少し驚いた。
振動が、一定じゃない。
風が強くなると、縄が引っ張られる。
弱くなると、少し緩む。
……ああ。
なるほど。
何かが生き物みたいに動いてるわけじゃないのか。
単純に、風で揺れてるんだ。
ただし。
その先が、どこへ繋がっているかは別の問題だ。
「ノア。見えるか?」
ガランが尋ねた。
俺は身体の端へ視覚器官を移した。
《構造形成》。
崖の下を覗く。
……お。
見えた。
黒い縄が、岩壁に沿って斜めに伸びている。
そして、少し下で折れ曲がっていた。
……ん?
何かに引っかかってる?
俺はさらに目を凝らした。
岩の出っ張り。
そこへ古い金属の輪が引っかかっている。
……あ。
ここで止まってるのか。
俺は顔を上げた。
「……いわ、ひっかかる」
ガランが頷いた。
「なるほど。あそこへ引っかかってるから、風で揺れても落ちねえんだな」
……そういうことだと思う。
ただし。
岩へ引っかかっているだけなら、何かの拍子で外れるかもしれない。
そうなれば、長い縄が一気に風へ持っていかれる。
……危ないな。
俺は少し考えた。
「……とれる?」
ガランはしばらく崖を眺めた。
「……やってみる価値はある。ただし、直接降りるのはやめよう」
……ああ。
それがいい。
俺は素直に頷いた。
◇
作業は、思っていたより時間がかかった。
ガランが持ってきた新しい縄を、石塔の頑丈な部分へ固定する。
ただし、古い金具は使わない。
別の場所へ新しい留め具を打ち込み、そこへ縄を通す。
俺はその間、石の状態を確かめた。
《微振動感知》。
……うん。
ここなら、まだしっかりしている。
ガランが頷いた。
「よし。次は、古い縄の端を確保する」
……了解。
俺は身体から細い触手を伸ばした。
《構造形成》。
ただし、今回は崖から身体を乗り出さない。
新しい縄の先へ小さな鉤をつけ、それを古い補助索へ引っかける。
……よし。
少しずつ下ろす。
風が吹く。
鉤が揺れる。
……くっ。
なかなか難しいな。
俺は焦らず、縄の動きを見た。
……今だ。
鉤が、古い補助索の輪へ引っかかった。
――カチッ。
……お!
入った!
俺はすぐに触手を上げた。
「……できた!」
ガランが顔を上げた。
「よし! そのまま引くぞ!」
……ああ。
俺は頷いた。
だが、ガランはすぐに続けた。
「ただし、力任せには引くな。向こうが岩へ食い込んでたら、無理に引いた瞬間に切れる」
……うん。
そうだな。
俺は身体を低くした。
《粘着性》。
地面へ固定する。
ガランとオルドが、新しい縄を少しずつ引き始めた。
――ギギ……。
……ん?
古い補助索が、わずかに動いた。
だが、すぐに止まる。
……重いな。
俺はもう1度、崖の下を見た。
金属の輪が、岩の出っ張りへ引っかかっている。
……ああ。
これ、単純に引っ張っても外れないな。
俺は少し考えた。
だったら。
……角度を変えればいい。
俺は新しい縄の位置を指した。
「……みぎ」
ガランが顔を向ける。
「右へ?」
俺は頷いた。
「……すこし」
ガランはすぐに理解したらしい。
「……なるほど。横へ引くのか」
……そう。
俺は触手を持ち上げた。
新しい縄を、少し右へ。
角度を変える。
……よし。
今度は、どうだ?
ガランがゆっくり引いた。
――ギギ……。
金属の輪が、少し動く。
……お。
いける!
俺は身体を持ち上げた。
だが、そのとき。
――ビュウッ!
……っ!
突然、強い風が吹いた。
古い補助索が、大きく揺れる。
――ガンッ!
金属の輪が、岩へぶつかった。
……まずい!
俺は反射的に触手を伸ばしかけた。
だが、すぐに止めた。
……違う。
ここで直接掴んだら、俺まで引っ張られる。
ガランも、すぐに叫んだ。
「縄を緩めろ!」
……っ!
俺はすぐに頷いた。
新しい縄を少し戻す。
古い補助索が、ゆっくり元の位置へ落ち着く。
……ふう。
危なかった。
俺は少し身体を低くした。
ガランも、大きく息を吐いている。
「……急ぐ必要はねえ。風が落ち着くまで待とう」
……ああ。
賛成。
俺は素直に頷いた。
◇
作業を再開できたのは、少ししてからだった。
今度は、ガランが新しい縄の角度を慎重に調整する。
俺は古い補助索の振動を確かめ、風が弱くなる瞬間を待った。
……。
……今だ。
俺は触手を持ち上げた。
「……いま!」
ガランが縄を引く。
――ギギッ!
金属の輪が、岩の出っ張りから少し浮いた。
……お!
もう少し!
俺は思わず身体を持ち上げた。
だが、すぐに抑えた。
焦るな。
焦るな。
……あと少し。
ガランが、もう1度ゆっくり引く。
――ガチンッ!
……っ!
外れた!
金属の輪が、岩から離れた。
古い補助索が、ゆっくり上へ引き上げられる。
……よし!
俺は触手を振った。
「……できた!」
ルナが隣で笑った。
「うむ。見事だ!」
……おお。
ありがとう!
ただし、まだ終わりじゃない。
俺たちは新しい縄を少しずつ巻き取り、古い補助索を安全な場所へ引き上げていった。
……長いな。
思っていたより、ずっと。
何本もの黒い縄が、次々と岩棚へ現れる。
表面は傷んでいるが、途中にはまだ金属の輪が残っていた。
……なるほど。
昔は、これだけ大きな設備を使っていたのか。
俺は少し感心した。
やがて、最後の輪が姿を現した。
――ごとん。
……お。
終わりだ。
俺は、ようやく身体を伸ばした。
……ふう。
疲れた。
でも、これで古い補助索が風へ持ち上げられる心配は減ったはずだ。
ガランも満足そうに頷いた。
「……よし。これで一仕事終わりだな」
……ああ。
俺は小さく身体を揺らした。
◇
「……待て」
突然、オルドが声を上げた。
……ん?
俺は顔を向けた。
老人は、引き上げた補助索の最後の部分を見ている。
そこには、大きな金属の留め具がついていた。
ただし、片方の爪が折れている。
……あ。
俺は少し驚いた。
これ。
昨日、ガランが見せてくれた緊急切り離し具に似ている。
オルドも、同じことに気づいたらしい。
「……ガラン。これを見ろ」
ガランが近づく。
そして、表情を変えた。
「……古い型だな」
……やっぱり。
俺は顔を上げた。
ガランは留め具を持ち上げた。
「片方の爪が折れてる。それに、もう片方もかなり傷んでる」
……なるほど。
俺は、昨日回収した黒い縄を思い出した。
あっちにも、似たような金属の輪がついていた。
……もしかして。
同じ仕組みなのか?
ガランは、しばらく留め具を確かめていた。
それから、ゆっくり言った。
「……これ、外し方が分かったぞ」
……え?
俺は顔を上げた。
「この型は、爪を横へ押すと輪が開く。無理に縄を切らなくても、金具ごと外せる仕組みだ」
……おお。
それは、助かる。
俺は少し嬉しくなった。
だが、ガランは続けた。
「ただし、風喰いへ絡まってるものが同じ型なら、の話だ」
……うん。
そこは、まだ分からない。
俺も、素直に頷いた。
ガランは留め具を机代わりの石へ置き、仕組みを説明してくれた。
爪を押す。
輪を少し回す。
そして、引き抜く。
……なるほど。
思っていたより、単純だ。
ただし、錆びていれば動かないかもしれない。
膜へ食い込んでいれば、無理に引くと傷を広げてしまう。
……そこが難しいな。
俺は、慎重に留め具を観察した。
すると、ルナが静かに言った。
「……ノア」
……ん?
俺は顔を向けた。
「これなら、貴様の細い触手が役立つのではないか?」
……あ。
確かに。
俺は小さく頷いた。
狭い場所へ入り込む。
細い部品を動かす。
それなら、俺は結構得意だ。
ただし。
……届けば、だけど。
俺は東の空へ目を向けた。
風喰いの姿は、まだ見えない。
◇
帰り道。
俺たちは、静かな岩場で少し休憩した。
ガランは回収した補助索の一部を荷物へまとめ、オルドは作業日誌を丁寧に包んでいる。
俺とルナは、風の弱い石陰へ座っていた。
「……ノア」
……ん?
俺は顔を向けた。
ルナは、引き上げた古い縄を見ている。
「今日の作業は、なかなか面白かったな」
……ああ。
俺も、そう思う。
ただし、危なかったけど。
俺が身体を揺らすと、ルナは小さく笑った。
「ふん。だが、貴様は飛び出さなかった」
……まあな。
俺は頷いた。
風が強くなったとき、直接縄を掴もうとした。
でも、途中でやめた。
代わりに、ガランたちと一緒に角度を変えて、少しずつ引き上げた。
……うん。
ああいう方が、確実なんだよな。
俺は少し考えた。
レムナでも、カナートでも。
大きなものを相手にするとき、俺1人で全部を解決するのは難しい。
でも、みんなで力を合わせれば、できることが増える。
……いいな。
こういうの。
すると、ルナが少しだけ真剣な顔になった。
「……あの風喰いも、助けられるとよいな」
……ああ。
俺は頷いた。
ただし、まだ問題は残っている。
近づく方法。
風の強さ。
そして、相手が俺たちを受け入れてくれるかどうか。
……うーん。
簡単じゃないな。
でも。
今日、少しだけ分かったことがある。
あの縄は、ただの古い道具じゃない。
ちゃんと仕組みがある。
外すための方法も、考えられている。
……だったら。
もしかすると。
同じ仕組みを使って、風喰いの身体へ絡んだものも外せるかもしれない。
俺は少しだけ身体を持ち上げた。
すると、ルナが静かに笑った。
「……何か、思いついたか?」
……いや。
まだ、そこまでじゃない。
俺は小さく触手を振った。
でも。
……少しだけ。
道が見えてきた気がする。
◇
カナートへ戻ったのは、日が傾き始めた頃だった。
工房では、ガランがすぐに回収した留め具を調べ始めた。
俺も、その隣で古い金属の爪を観察する。
……なるほど。
ここを押す。
それから、少し回す。
……よし。
俺は細い触手を作った。
《構造形成》。
先端を硬くする。
《硬質外皮》。
……これなら。
俺でも、動かせるかな。
ガランが頷いた。
「試してみろ」
……おう。
俺は慎重に触手を差し込んだ。
爪を押す。
……硬い。
少し、力を加える。
――カチッ。
……っ!
動いた!
俺は思わず身体を持ち上げた。
「……できた!」
ガランが笑った。
「よし。そのまま回してみろ」
……了解。
俺は触手を少し動かした。
金属の輪が、ゆっくり開く。
――カチンッ。
……おお。
外れた!
俺は、少し嬉しくなった。
これなら、手順は覚えられそうだ。
ただし。
古い金具を外せたからといって、風喰いのものも同じように外せるとは限らない。
……そこは、忘れないようにしよう。
俺が考えていると、ガランが静かに言った。
「……ノア」
……ん?
俺は顔を上げた。
彼は、机の上の黒い縄を見つめている。
「もし、風喰いへ絡んでるものが同じ型なら……」
……ああ。
俺は頷いた。
「……外せるかもしれねえ」
……そうだな。
俺も、そう思う。
ただし。
どうやって、あそこまで近づくか。
それだけは、まだ解決していない。
俺は工房の窓へ目を向けた。
空は、夕日に染まっている。
風車が、ゆっくり回り始めていた。
……さて。
次は、どうするか。
そんなことを考えていると。
――カン……。
遠くから、鐘の音が聞こえた。
……ん?
俺は顔を上げた。
見張り台の方角だ。
続いて。
――カン……カン……。
……っ。
俺は、少し身体を低くした。
この鳴り方。
何かの知らせだ。
ガランも、すぐに窓へ向かった。
「……見張り台か」
……ああ。
俺は頷いた。
彼は空を見上げた。
そして、表情を変えた。
「……戻ってきたな」
……え?
俺は、すぐに窓へ目を向けた。
東の空。
雲の下。
巨大な灰色の影が、ゆっくり動いている。
……風喰い。
しかも。
昨日より、さらに低い。
……おいおい。
本当に、あいつ。
大丈夫なのか?
俺は、少し不安になった。
だが、次の瞬間。
――ォォォン。
低い音が、空へ響いた。
それは、今まで聞いたものより短かった。
まるで、息を詰まらせたような音。
……っ。
俺は思わず身体を持ち上げた。
ガランも、険しい表情をしている。
「……時間がねえかもしれんな」
……ああ。
俺も、そう思う。
風喰いは、少しずつ高度を落としている。
あのままでは、どこかへぶつかるかもしれない。
……どうする。
俺は、机の上の留め具を見た。
外し方は、分かった。
あとは、近づく方法だ。
……うん。
次は、それを考えなきゃいけない。
俺は、ゆっくり触手を持ち上げた。
「……ガラン」
彼が振り返る。
「何だ?」
俺は、窓の向こうを指した。
「……たすける」
ガランは、しばらく俺を見つめていた。
そして、静かに頷いた。
「……ああ。方法を考えよう」
俺は、小さく身体を揺らした。
隣では、ルナも空を見ている。
白銀の尻尾が、静かに揺れていた。
……さて。
あの巨大な魔物を助けるために。
俺たちには、あと何が必要なんだろう。
俺は、もう1度風喰いを見た。
その灰色の身体は、夕日の下でゆっくり傾いていた。
そして。
――ォォォン。
低い音が、もう1度響いた。
今度は、さっきより少し長く。
まるで、何かを訴えるように。
……待ってろ。
俺は、心の中で呟いた。
必ず助けられるとは、まだ言えない。
でも。
少なくとも、諦めるつもりはなかった。




