第3部 第30話 空に足場はない
「結論から言うぞ。今のお前には無理だ」
……。
いや、まあ。
分かってはいたけどさ。
ガランは机の上へ大きな図面を広げた。
描かれているのは、風渡りの丘の東にある岩棚と、その上空を飛ぶ巨大な魔物。
風喰いだ。
そして、その横には小さな丸が1つ。
……あ。
これ、俺か。
ずいぶん小さく描かれたな。
「まず、あいつが飛んでる高さまで上がれねえ」
ガランは図面を指で叩いた。
「お前が昨日までに飛べた距離は?」
俺は触手を伸ばし、机の端から端までを指した。
……大体、これくらい。
「数歩だな」
……はい。
「じゃあ、あの魔物までの距離は?」
ガランが図面の上方を指した。
俺はそこを見上げた。
……。
…………。
比べるのも馬鹿らしいな。
「分かったか?」
「……うん」
俺は素直に頷いた。
隣でルナが、なぜか満足そうに胸を張った。
「ふん。貴様もようやく、自分の限界を理解したようだな」
……いや、前から知ってるって。
ただ、何とかならないかなと思っただけで。
「その考えが危ないのだ」
……。
返す言葉がありません。
ガランは、そんな俺たちを見て笑った。
「まあ、飛べないと分かってるなら話は早い」
……ん?
俺は顔を上げた。
ガランは別の図面を取り出した。
「だったら、自分で飛ばなきゃいい」
◇
工房の中央には、壊れた風帆が置かれていた。
数日前、ヴァンが乗っていたものだ。
救い網へ落ちた際に木枠の一部が折れ、布も裂けている。
今は職人たちが分解して、使える部品を選り分けていた。
……ああ。
あのときのか。
俺は、少し離れた場所から眺めた。
空から落ちてきた風帆を受け止めるため、網を張った。
そのとき俺は、引っ張られた縄の力を和らげようとして、触手の先を千切ってしまったんだったな。
……思い出すと、まだちょっと痛い気がする。
実際には、身体はもう回復している。
「ノア。これを見ろ」
ガランが木枠を持ち上げた。
その先端には、滑車が取りつけられている。
……滑車?
俺は首を傾げた。
「風帆が墜落したとき、操縦者を引き上げるための救助具だ」
……お。
そんなものまであるのか。
ガランは、太い縄を滑車へ通した。
「こいつを2本使って、風を受ける小さな翼を吊るす」
……翼?
「そうだ。翼を風に乗せ、縄で動きを制限する。簡単に言えば、巨大な凧だな」
……あ。
なるほど。
俺は少し嬉しくなった。
昨日、自分の身体が凧みたいになって飛ばされたことを思い出す。
ただし、今回は最初から凧として作るわけだ。
……それなら、少しは安全なのか?
「安全かどうかは、作り方次第だ」
ガランが続ける。
「風が強ければ持ち上がる。だが、縄をしっかり管理しなきゃ、どこへ飛ぶか分からねえ」
……うん。
そこは分かる。
俺は図面を見た。
小さな翼。
その下に吊るされた、細い籠のようなもの。
そこから、2本の太い縄が地面へ伸びている。
……ん?
俺は籠を指した。
「……ここ?」
ガランが頷く。
「お前を乗せる場所だ」
……。
…………。
俺を?
「風帆を操縦するんじゃなく、地上から吊り上げる。お前は籠の中で姿勢を保つだけだ」
……なるほど。
それなら、今の俺にもできるかもしれない。
ガランは続けた。
「ただし、これでも風喰いの高さまで届くとは限らねえ。それに、あいつの起こす風に巻き込まれれば、縄ごと引きちぎられるかもしれん」
……ああ。
そうだよな。
俺は少し考えた。
地上から吊り上げてもらえば、自分で飛ぶ必要はない。
でも、風喰いへ近づくには、危険な風の中へ入らなきゃいけない。
……まだ、問題は山ほどあるな。
「だから、まずは低い場所で試す」
ガランが言った。
「いきなり空へ出すつもりはねえぞ」
……はい。
それがいいと思います。
俺は大きく頷いた。
◇
昼前。
工房の裏にある練習場では、職人たちが新しい道具を組み立てていた。
大きな布の翼。
細長い木枠。
その下には、小さな吊り台。
そして、地面へ固定された2台の巻き上げ機。
……おお。
本当に、作っちゃったよ。
俺は少し感心した。
ガランは職人たちへ指示を出しながら、何度も縄を確かめている。
「こっちは巻き取り用だ。反対側は、横へ流されないための制御索にする」
……なるほど。
2本とも、別の役目があるんだな。
「どちらか1本だけに頼るな。片方が切れたら、もう片方で落下の勢いを抑えられるようにする」
……うん。
よく考えられてる。
さらに、吊り台の下には大きな救い網が張られていた。
昨日、俺が練習した場所だ。
高さも、まだ地面から数歩程度。
……よし。
ここなら、多少失敗しても大丈夫そうだ。
「ノア」
ルナが隣へ来た。
……ん?
「本当に、あれへ乗るのか?」
……ああ。
俺は頷いた。
ただし、まだ最初の試験だ。
風喰いに近づくわけじゃない。
それに、嫌な予感がしたらすぐに降ろしてもらうつもりだ。
……うん。
今回は、ちゃんと慎重にやろう。
ルナは吊り台を眺めた。
「……ふむ」
……何?
「少々、小さくないか?」
……え?
俺は吊り台を見た。
確かに、小さい。
でも、今の俺なら十分乗れる。
身体を縮めれば、もっと余裕もできる。
「我の場所がないではないか」
……。
…………。
いや。
今回は、俺だけだから!
俺が触手を振ると、ルナは不満そうに尻尾を揺らした。
「貴様だけ空へ行くのは、少々面白くないな」
……気持ちは分かるけど。
まずは1人で試させてくれ。
2人分の重さでいきなり上がるなんて、さすがに危なすぎる。
「……わかった」
ルナは渋々頷いた。
ただし、すぐに付け加える。
「その代わり、地上から我が見張ってやろう」
……お。
それは助かる。
俺は触手を伸ばした。
「……たのむ」
ルナは得意そうに胸を張った。
「うむ!」
◇
最初の試験は、俺を乗せずに行われた。
吊り台には、俺と同じくらいの重さに調整した砂袋が載せられている。
ガランが縄を確認した。
「……よし。上げるぞ!」
職人たちが、巻き上げ機を動かす。
布の翼が風を受けた。
――ばさっ。
……お。
持ち上がった。
木枠がゆっくり浮き、吊り台が地面から離れる。
……へえ。
本当に飛んでる。
俺は少し嬉しくなった。
だが。
――ぐらっ。
……ん?
翼が急に横へ傾いた。
吊り台が大きく揺れる。
……あ。
まずい!
職人たちが慌てて縄を引いた。
だが、片側だけ強く引かれたせいで、翼がさらに傾く。
――ばさばさっ!
……っ!
俺は思わず身体を持ち上げた。
そのとき。
「横の縄を緩めろ!」
ガランが叫んだ。
職人が制御索を少し緩める。
すると、翼の向きが変わり、ゆっくり高度を下げ始めた。
――どさっ。
吊り台が、救い網へ落ちる。
……。
…………。
……失敗か。
俺は少し身体を低くした。
ガランは翼を調べていた。
「……尾が短いな」
……尾?
俺は顔を上げた。
「風向きが変わったときに、姿勢が崩れやすい」
……ああ。
なるほど。
俺は昨日の飛行練習を思い出した。
最初は、翼だけ作って飛ぼうとした。
だが、すぐに身体が回転してしまった。
そこで、小さな尾翼を追加したんだったな。
……あ。
同じことか。
俺は翼の後ろを指した。
「……ながく」
ガランがこちらを見る。
「尾を長くするのか?」
……そう。
俺は頷いた。
「……うしろ」
ガランは、しばらく翼を見つめていた。
それから、小さく笑った。
「……なるほど。お前も少しは分かってきたな」
……お。
褒められた。
俺は少し嬉しくなった。
だが、その横でルナが言った。
「ふん。昨日、何度も地面へ落ちた甲斐があったな」
……。
…………。
今、それ言わなくてもよくない?
俺が身体を揺らすと、ルナは楽しそうに笑った。
◇
尾を長くして、もう1度。
今度は、少し安定した。
ただし、完全ではない。
風が強くなると、翼が横へ流される。
弱くなると、高度が落ちる。
……うーん。
難しいな。
俺は試験の様子を眺めながら考えた。
風は、ずっと同じようには吹かない。
水の中でもそうだった。
狭い場所では流れが速くなる。
岩に当たると、向きが変わる。
……なら。
風の変化に合わせて、翼の形を調整できれば。
俺は自分の身体へ目を向けた。
《構造形成》。
形は変えられる。
ただし、今の俺が作れる翼では、あの大きな凧ほどの力は出せない。
……だったら。
凧そのものを変える必要はない。
俺が、吊り台の中で重さの位置を変えればいいんじゃないか?
俺は少し考えた。
風帆の練習でも、身体の重心が大切だと教わった。
前へ移す。
後ろへ移す。
左右へ少しずつ動かす。
……そうか。
吊り台の中で、それをやればいい。
俺はガランを呼んだ。
「……ガラン!」
彼が振り返る。
「何だ?」
俺は吊り台を指した。
「……なか、うごく」
ガランが首を傾げる。
「中で動く?」
俺は頷いた。
そして、自分の身体を少しだけ横へ伸ばした。
「……おもさ」
ガランは、しばらく俺を見つめていた。
それから、はっとしたように顔を上げる。
「……重心を変えるのか!」
……そう!
俺は嬉しくなって頷いた。
ガランは吊り台を見た。
「……なるほどな。お前なら、座ったまま身体の形を変えられる」
……ああ。
普通の人間が大きく身体を動かせば、吊り台が揺れる。
でも、俺ならゆっくり重さを移せる。
……これ。
少しは役に立つかもしれない。
ガランは腕を組んだ。
「……面白い。だが、無理に動けば逆効果だぞ」
……うん。
分かってる。
俺は素直に頷いた。
「なら、次はお前を乗せてみるか」
……っ。
来た。
俺は少し身体を持ち上げた。
……よし。
本番だな。
◇
吊り台へ乗ると、思っていたより狭かった。
木の枠。
革の帯。
そして、四方へ伸びる太い縄。
……おお。
なかなか本格的だ。
俺は身体を少し縮め、中央へ収まった。
《構造形成》。
そのまま、革帯へ触手を通す。
……よし。
これなら、急に落ちることはなさそうだ。
ガランが縄を確認する。
「怖くなったら、すぐ合図しろ」
……了解。
俺は触手を上げた。
合図は、長く3回。
命綱を引く。
レムナの水中調査でも使っていた方法だ。
……こういうのは、慣れてるな。
俺が少し笑うと、ガランは頷いた。
「よし。上げるぞ」
職人たちが、巻き上げ機を動かした。
――ギギギッ。
縄が張る。
翼が風を受ける。
……お。
持ち上がる。
身体が、ゆっくり浮いた。
……っ。
おお。
本当に上がった!
地面が、少しずつ離れていく。
1歩分。
2歩分。
そして、3歩分ほど。
……すごい。
自分で飛んでいるわけじゃない。
でも、空の中にいる。
しかも、今のところは安定している。
俺は、思わず周囲を見渡した。
工房の屋根。
練習場。
遠くの風車。
……おお。
見え方が、少し違うな。
だが、そのとき。
――ぐらっ。
……っ。
来た!
翼が、横へ傾いた。
俺は反射的に身体を動かしかけた。
だが、すぐに止めた。
……落ち着け。
慌てて動けば、余計に揺れる。
俺は吊り台の傾きを確かめた。
右が下がっている。
……なら。
俺は身体の一部を、ゆっくり左へ移した。
《構造形成》。
ただし、急には動かさない。
少しずつ。
……どうだ?
吊り台の傾きが、ほんの少し戻る。
……お。
効いてる!
俺は嬉しくなった。
だが、同時に気づいた。
……これ。
すごく、細かい。
ほんの少し動かすだけで、傾きが変わる。
やりすぎれば、逆方向へ揺れてしまう。
……難しい。
俺は意識を集中した。
右へ。
少し戻す。
また左へ。
……よし。
今度は、安定してきた。
「……ノア!」
下からルナの声がした。
……ん?
俺は顔を向けた。
ルナが見上げている。
「……いいぞ!」
……お。
俺は少し嬉しくなった。
だが、すぐに前へ意識を戻した。
ここで調子に乗ると、また落ちる。
……うん。
今日は、ちゃんとやろう。
◇
しばらくして。
ガランが声を上げた。
「……よし。降ろすぞ!」
……了解。
俺は触手を上げた。
職人たちが、ゆっくり縄を巻き取る。
翼が風を受ける角度を変え、少しずつ高度が下がっていく。
……お。
いい感じ。
だが、そのとき。
――びゅうっ!
突然、横から風が吹いた。
……っ!
吊り台が、大きく揺れる。
……まずい!
俺はすぐに身体の重さを左へ移した。
だが、今度は間に合わない。
――ぐらっ!
……っ。
吊り台が、さらに傾く。
俺は反射的に革帯へ触手を巻きつけた。
《粘着性》。
……くそっ!
このままじゃ、横倒しになる!
その瞬間。
「ノア!」
ルナが叫んだ。
……っ!
俺は下を見た。
ルナが、巻き上げ機の横にいる。
彼女はガランへ何か叫び、前脚を構えた。
「《衝撃》!」
――ドンッ!
短い衝撃が、巻き上げ機の制動板へ当たった。
――ガチンッ!
……っ。
縄の流れが、一瞬止まった。
その隙に、ガランがもう片方の制御索を緩める。
翼が風の向きへ回り、横から受けていた力が弱まった。
……あ!
戻った!
俺は急いで身体の位置を中央へ戻した。
《構造形成》。
吊り台が、ゆっくり水平になる。
……よし!
俺は思わず身体を持ち上げた。
だが、すぐに抑えた。
……まだ。
まだ、地面に降りるまでは。
俺は姿勢を保った。
職人たちが縄を巻き取る。
高度が下がる。
……もう少し。
――ぽすっ。
……っ。
着地!
俺は、ゆっくり身体を伸ばした。
……ふう。
疲れた。
本当に。
でも。
……できた。
少なくとも。
数歩分の高さまで、安定して上がれた。
そして、ちゃんと降りられた。
俺は少し嬉しくなった。
「……できた!」
ガランが笑った。
「ああ。まずは成功だな!」
ルナも、すぐに駆け寄ってきた。
「うむ! 今回はなかなか見事だったぞ!」
……おお。
ありがとう!
俺は触手を高く上げた。
ただし。
……本当に、数歩分だけどな。
それでも、今の俺には大きな一歩だった。
◇
「さて」
ガランが、もう1度図面を広げた。
「これで、吊り上げる方法は使えると分かった」
……ああ。
俺は頷いた。
だが、ガランは続けた。
「ただし、問題は残ってる」
……ん?
俺は顔を上げた。
「風喰いの近くへ行くには、もっと高く上がる必要がある。しかも、あいつの周囲では風が急に変わる」
……そうだな。
俺は、さっきの吊り台を思い出した。
ほんの数歩分の高さでも、風が変わると大きく揺れた。
だったら、あの巨大な魔物の近くでは。
……想像したくないな。
「だから、これでいきなり救助へ向かうのは無理だ」
ガランが言った。
……。
……ああ。
俺は素直に頷いた。
「でも、地上から吊り上げられることは分かった。あとは、距離をどう縮めるかだ」
……距離。
俺は図面を見た。
風喰い。
東の岩棚。
そして、吊り上げ用の翼。
……なるほど。
高さが足りないなら。
……高い場所から始めればいいんじゃないか?
俺は少し考えた。
昨日、風喰いを東へ誘導したとき。
あいつは、かなり低い位置まで降りてきた。
それでも、俺たちのいた岩棚よりは高かったが。
……でも。
あのときより、もう少し高い場所があれば。
俺は地図へ目を向けた。
東の谷。
その周囲には、いくつもの高い崖がある。
……あ。
俺は少し気づいた。
地図の東側。
岩棚のさらに奥。
そこに、細い道が描かれている。
その先には、高い岩山。
……ここ。
俺は触手を伸ばした。
「……ここ!」
ガランが顔を上げる。
「ん?」
俺は地図の端を指した。
「……たかい!」
彼は少し考えた。
そして、目を細める。
「……東の断崖か」
……断崖?
俺は首を傾げた。
ガランは頷いた。
「谷の東側にある、高い岩山だ。昔は見張り場として使われていたらしい」
……おお。
それだ。
俺は少し嬉しくなった。
だが、ガランはすぐに続けた。
「ただし、そこへ行く道はかなり険しい。それに、風が強い日は近づけない」
……ああ。
そうか。
簡単には行けないんだな。
俺は少し考えた。
でも。
少なくとも。
高い場所がある。
そこから吊り上げれば、風喰いへ近づく距離を短くできるかもしれない。
……うん。
調べる価値はありそうだ。
オルドが、しばらく地図を見つめていた。
「……昔の見張り場か」
……ん?
俺は顔を上げた。
老人は少し考えてから言った。
「確か、そこには古い滑走索が残っていたはずだ」
……滑走索?
俺は首を傾げた。
「崖の間へ縄を張り、荷物を運ぶための仕組みだ。今は使われていないがな」
……なるほど。
俺は少し驚いた。
崖の間へ縄を張る。
そこへ荷物を吊るして運ぶ。
……それ。
今の装置と、少し似てないか?
ガランも同じことを考えたらしい。
「……使える状態なら、面白いな」
……お。
俺は少し嬉しくなった。
「ただし、まず現物を見てからだ。古い設備を信用しすぎると、昨日みたいなことになる」
……ああ。
そうだな。
俺は素直に頷いた。
レムナの水門でも、古い留め具が突然壊れた。
今回も、同じことを繰り返すわけにはいかない。
……まずは調査だな。
◇
その日の夕方。
俺たちは、工房の外で東の空を眺めていた。
風喰いは、まだ見えない。
東の谷へ移動してから、村の近くへ戻ってきたという報告もなかった。
……ひとまず、安心かな。
俺は少しだけ身体を伸ばした。
今日の練習は、思っていた以上に疲れた。
空へ上がることそのものよりも、ずっと姿勢を保っている方が大変だった。
……うーん。
水の中とは、また違うな。
俺が考えていると、ルナが隣へ来た。
「……ノア」
……ん?
俺は顔を向けた。
ルナは、工房の方を見ている。
「今日は、貴様がちゃんと降りてきたので安心したぞ」
……ああ。
俺も、そう思う。
俺は小さく笑った。
すると、ルナは少しだけ得意そうに続けた。
「我の《衝撃》が、役に立ったであろう?」
……おう。
めちゃくちゃ。
あれがなかったら、縄が止まらず、もっと大きく揺れていたかもしれない。
俺は触手を伸ばした。
「……ルナ、ありがと」
ルナは少しだけ目を細めた。
「ふん。当然だ」
……はは。
そうだな。
俺は少し笑った。
だが。
今日は、もう1つ分かったことがある。
俺1人では、まだ空へ上がれない。
少なくとも、あの高さまでは。
でも。
道具がある。
ガランたちの技術がある。
ルナの《衝撃》もある。
そして、俺には形を変える力がある。
……うん。
1つずつ組み合わせれば。
できなかったことが、少しずつできるようになる。
俺は、ゆっくり身体を持ち上げた。
すると、ルナが言った。
「……ノア」
……ん?
「次は、東の断崖か?」
……ああ。
俺は頷いた。
「……しらべる」
ルナは静かに笑った。
「うむ。ならば、我も行こう」
……おう。
頼んだ。
俺たちは東の空へ目を向けた。
そこには、夕日に染まる高い崖が見えていた。
その向こうには、まだ知らない道がある。
そして、どこかの空では。
巨大な風喰いが、今も飛び続けている。
……さて。
空へ届く方法は、まだ見つからない。
でも。
少なくとも、何もできないわけじゃなくなった。
俺は、自分の触手を見た。
短い脚。
柔らかな膜。
そして、今日、少しだけ空へ上がった身体。
……次は、もっと高い場所から。
俺は静かに頷いた。
ただし。
今度こそ、ちゃんと帰ってこられる方法を考えてからだ。




