第3部 第28話 7本目の音
「風笛石を鳴らすのは、やめておこう」
ガランの言葉に、俺は思わず顔を上げた。
……え?
昨日、オルドが言っていたはずだ。
風喰いが現れた20年前、風笛石はいつもと違う低い音を響かせていた。
そして今、あの巨大な魔物は村の上空へ近づきつつある。
だったら、音に何か意味があるのか確かめたい。
……そう思ったんだけど。
「理由は簡単だ」
ガランが地図を指した。
「石があるのは、村の北側だ。風喰いは南から来ている。もし音に引き寄せられたら、どうなる?」
……あ。
俺は動きを止めた。
地図を見れば、一目瞭然だった。
南の峡谷。
カナートの村。
そして、北の丘に並ぶ7本の風笛石。
……なるほど。
もし風喰いが音のする場所へ近づく生き物なら。
村の真上を通ることになる。
それは、まずい。
「……ごめん」
俺が短く言うと、ガランは首を振った。
「調べるのが悪いんじゃねえ。調べ方を間違えると危ないって話だ」
……うん。
それは、そうだな。
横にいたオルドが、ゆっくり立ち上がった。
「ただ、石そのものは見ておきたい」
ガランが老人を見る。
「爺さん?」
「あの7本が、今どんな音を出しているか。そこは確かめる価値がある」
……お。
俺は顔を上げた。
「こちらから鳴らす必要はない。風に任せて、様子を観察するだけだ」
……なるほど。
音を出すんじゃなくて、音を聞く。
それなら、危険を増やさずに調べられるかもしれない。
ガランも少し考え、頷いた。
「……分かった。ただし、変な兆候があればすぐ戻るぞ」
「うむ」
ルナが尻尾を持ち上げた。
「我も異存はない」
……よし。
俺は身体を低くした。
今度こそ。
無茶なことは、しないつもりだ。
◇
風笛石があるのは、カナートの北側の尾根だった。
レムナからこの村へ来る途中、俺たちが通った場所だ。
石柱は全部で7本。
それぞれ高さも穴の向きも違い、風が吹くと笛のような音を出す。
……ああ。
何だか、随分前に見た気がするな。
実際には、まだ数日しか経ってないんだけど。
俺たちが坂道を登る間も、村では避難の準備が続いていた。
風帆はすべて地上へ降ろされ、太い縄で固定されている。
風車も羽根を止められ、低い石造りの建物には人々が集まっていた。
……みんな、忙しそうだな。
俺も手伝いたいところだが、役割は分担している。
今は、風笛石を調べる。
それが俺たちの仕事だ。
「ノア」
ルナが隣で声をかけた。
……ん?
「貴様、荷物は大丈夫か?」
……ああ。
俺は身体を少し揺らした。
ドーラが作ってくれた留め具は、今日もきちんと働いている。
身体を低くしても、脚を増やしても、荷物はほとんどずれない。
……いい道具だよな、これ。
俺は少し得意になって見せた。
すると、ルナは小さく頷いた。
「うむ。ならばよい」
……何だろう。
最近は、俺よりルナの方が装備の確認に厳しい気がする。
まあ、俺が何度か無茶をしたせいか。
……否定できないな。
俺は黙って坂道を登った。
◇
石柱の前へ到着したとき、最初に聞こえたのは高い音だった。
――ヒュウウ……。
……あ。
いつもの音だ。
細く、長く続く笛の響き。
オルドは杖につけた布を確かめた。
「西風だな」
……なるほど。
俺も身体の端から短い触手を伸ばした。
風が当たる。
やや右から左へ。
……うん。
確かに、西からだ。
すると、別の石柱が鳴り始めた。
――ホォォ……。
低い音。
俺はそちらへ顔を向けた。
石柱の穴は、さっきのものより少し大きい。
風が通ると、音の高さも変わるらしい。
……面白いな。
改めて見ると、よくできている。
オルドは順番に石柱を確かめていた。
1本目。
2本目。
3本目。
そして、少し離れた場所にある7本目。
その前で、老人の足が止まった。
……ん?
俺は近づいた。
「……どうした?」
オルドは、石柱を見上げている。
「……これだ」
……え?
俺は首を傾げた。
「20年前の記録にあった音は、たぶんこの石だ」
……この石?
俺は見上げた。
ほかの石柱より、少し太い。
高さはそれほど変わらないが、中央の穴が大きく、内部が深そうだった。
表面には古い傷もある。
ただし、見たところ特別な魔法の道具には見えない。
……何が違うんだろう。
俺が考えていると、オルドが言った。
「この7本目は、普段ほとんど鳴らない」
……え?
俺は顔を上げた。
「穴の向きがほかと違うんだ。強い南風が吹くときくらいしか、音を出さない」
……なるほど。
俺は石柱の穴を見た。
確かに、南側へ大きく開いている。
今は西風だから、鳴らないわけか。
オルドは続けた。
「だが、20年前の記録には、北風の日にも鳴ったと書かれている」
……北風?
俺は少し考えた。
南へ向いた穴なのに、北風で鳴る。
……何だろう。
風が回り込んだのか?
それとも、何か別の原因があったのか。
俺は石柱の根元へ触手を伸ばした。
《微振動感知》。
……。
……ん?
俺は動きを止めた。
何か、感じる。
すごく弱い。
でも、確かに。
石の奥から、細かな振動が伝わってくる。
……あれ?
まだ、音は鳴ってないぞ。
俺は触手を動かした。
石柱の右側。
左側。
そして、穴の下。
……お。
ここが一番強い。
俺はオルドへ顔を向けた。
「……ここ」
「何だ?」
俺は穴の下を指した。
「……ゆれる」
オルドが眉を上げた。
「石が?」
俺は頷いた。
……ああ。
微かだけど。
確かに、振動している。
「風で揺れてるんじゃないのか?」
ガランが尋ねた。
……うーん。
それは、どうだろう。
俺は自分の触手を少し伸ばした。
風が当たる。
……今は、それほど強くない。
しかも、ほかの石柱には同じような振動がない。
……何か違う気がする。
そのときだった。
――ォォォン。
……っ!
俺は顔を上げた。
南の空から、低い音が響いてきた。
風喰いだ。
俺はすぐに7本目の石柱へ意識を戻した。
すると。
――……ン。
……え?
石の内部が、遅れて震えた。
ほんの少し。
だが、今までより明らかに強い。
……まさか。
俺は思わず身体を持ち上げた。
「……いま!」
オルドが顔を向ける。
「何だ?」
「……おと!」
俺は石柱を指した。
ガランも近づいてきた。
「音?」
俺は頷いた。
「……あっち、あと!」
自分でも、少し分かりにくいと思った。
だが、ルナがすぐに気づいてくれた。
「……風喰いが鳴いたあと、石が震えたのか?」
……それ!
俺は勢いよく頷いた。
オルドの表情が変わった。
「……なるほど」
老人は石柱へ手を当てた。
だが、しばらくして首を振った。
「俺には分からんな」
……まあ。
普通は、これくらい弱い振動なら分からないよな。
俺はもう1度触手を固定した。
そして、待った。
◇
次の音が響いたのは、少ししてからだった。
――ォォォン。
……っ。
来た!
俺は触手へ意識を集中した。
ほんの少し遅れて。
――……ン。
石柱が震える。
……やっぱり!
間違いない!
俺は身体を持ち上げた。
「……おなじ!」
オルドが、ゆっくり頷いた。
「……風喰いの音へ反応しているのか」
……多分。
俺はもう1度、石柱を見た。
この石は、風が吹かなくても震える。
それも、風喰いが低い音を出した直後に。
……なるほど。
同じ高さの音に、反応しているのかもしれない。
俺は少し興奮した。
すると、ガランが腕を組んだ。
「……つまり、この石は風だけじゃなく、あの魔物の声でも鳴るってことか?」
……ああ。
そう考えると、辻褄が合う。
オルドは石柱を見上げた。
「20年前の記録にあった、風が違うのに石が鳴ったという話……」
……そう。
もしかしたら。
そのときも、風喰いが近くにいたんじゃないか?
俺は小さく頷いた。
だが、オルドは慎重だった。
「まだ断言はできん。あの低い音を出す別のものがあるかもしれんし、石の内部で何が起きているかも分からん」
……うん。
そうだな。
俺も、そこまでは分からない。
ただ。
この石が、風喰いの音に反応している可能性は高い。
……面白いな。
俺は石柱へ目を向けた。
風の道しるべ。
ただ、それだけだと思っていた。
でも。
もしかすると、もっと別の使い方があるのかもしれない。
◇
「……ノア」
ルナが隣へ来た。
……ん?
俺は顔を向けた。
ルナは石柱を見上げている。
「その音を、貴様も出せるか?」
……え?
俺は少し驚いた。
俺が?
……ああ。
《共鳴膜》か。
俺は自分の身体を見た。
レムナの地下水域で、水中へ振動を伝える練習をした。
あのときは、巨大な魔物の低い振動を真似してみたんだったな。
……でも。
今回の相手は、もっと大きい。
それに、距離も遠い。
俺の小さな身体から出る音なんて、届くのか?
……うーん。
俺は少し考えた。
だが、ガランが先に口を開いた。
「試すなら、ここではやめておけ」
……あ。
そうだった。
音に反応して、風喰いが近づくかもしれない。
しかも、今いるのは村の北側。
……危ない。
俺は素直に頷いた。
「……わかった」
ルナも、すぐに頷いた。
「うむ。ならば、今は観察に専念しよう」
……そうだな。
俺は触手を石柱へ戻した。
ただし、音は出さない。
今は、受け取るだけだ。
◇
風喰いは、ゆっくりと北へ移動していた。
その巨体は、時折左右へ傾いている。
右側の大きな穴が開き、周囲の雲を吸い込む。
そして、真下へ強い風を吹き出す。
……なるほど。
やっぱり、左側の動きがおかしいな。
俺は目を凝らした。
ただし、ここからでは遠すぎる。
細かな様子までは分からない。
すると、ガランが望遠筒を取り出した。
「……見てみろ」
……お。
俺は顔を上げた。
望遠筒。
昨日、オルドが持ってきたものと似ている。
ガランは俺を見て、少し困った顔をした。
「……お前、どうやって覗く?」
……え。
俺は一瞬、固まった。
そういえば。
今の俺には、人間のような顔がない。
視覚器官は作れるが、目の位置も形も自由に変わる。
……なるほど。
普通の望遠筒って、俺にとっては少し使いにくいのか。
俺は身体を持ち上げた。
《構造形成》。
視覚器官を細い触手の先へ移す。
……よし。
この形なら、筒へ合わせられる。
俺が覗き込むと、ガランが笑った。
「……便利だな、お前」
……まあ。
こういうときはね。
俺は望遠筒の向きを調整した。
南の空。
雲の下。
巨大な灰色の魔物。
……お。
見えた。
さっきより、ずっと大きい。
身体の側面には、何本もの深い溝が並んでいる。
その内側が、開いたり閉じたりしている。
……なるほど。
あれが、空気を取り込む場所か。
俺は右側を見た。
穴が大きく開く。
周囲の雲が、そこへ引き寄せられる。
そして、下側から空気が噴き出す。
……うん。
やっぱり、そうだ。
次に、左側へ視線を移す。
……ん?
俺は動きを止めた。
左側の穴。
そのうち、前の方にある2つだけ、何かがおかしい。
……何だ、あれ。
薄い膜のようなものが、穴の内側へ垂れ下がっている。
周囲の部分は動いているのに、その膜だけが引っかかったままになっていた。
……あ。
もしかして。
破れてる?
俺は目を凝らした。
膜の端は、きれいな形ではない。
不規則に裂け、風を受けるたびに揺れている。
……なるほど。
これ。
怪我してるのかもしれないな。
俺は望遠筒から視覚器官を離した。
「……ひだり!」
ガランが顔を向ける。
「左?」
俺は頷いた。
「……まく、やぶれ」
ガランの表情が変わった。
「……膜が破れてるのか?」
……そう見える。
俺はもう1度頷いた。
彼は望遠筒を受け取り、しばらく空を覗いた。
やがて、低く息を吐く。
「……本当だな」
……ああ。
俺は空を見上げた。
あれが原因で、左側の空気をうまく取り込めないのかもしれない。
すると、左右の力が偏る。
身体が傾く。
それを直そうとして、右側ばかり強く動かす。
……なるほど。
だから、あんなに不安定なのか?
だが、まだ分からないこともある。
膜が破れたのは、どうしてなのか。
自然に傷んだのか。
何かとぶつかったのか。
それとも、別の理由なのか。
……そこまでは、見えないな。
オルドも望遠筒を覗いた。
そして、静かに言った。
「……本当に、苦労して飛んでおるのかもしれんな」
……ああ。
俺も、そう思う。
◇
「……だが、問題がある」
ガランが言った。
……ん?
俺は顔を上げた。
「怪我をしてると分かっても、どうやって助ける?」
……。
俺は黙った。
確かに。
あの巨体へ近づくだけでも危険だ。
しかも、空の上。
俺は、まだ数歩しか飛べない。
ルナだって、あそこまで跳べるわけじゃない。
……うーん。
難しいな。
オルドは少し考えてから、静かに言った。
「……助けることばかり考えなくてもよい」
……え?
俺は顔を上げた。
老人は、谷の方角を指した。
「まずは、村の上を通らずに済むよう、進む方向を変えられればいい」
……あ。
そうか。
俺は少し考えた。
風喰いの怪我そのものを直せなくても。
とりあえず、村から離れた場所へ向かってもらう。
それなら、村の危険は減る。
そして、風喰い自身も、建物へぶつからずに済むかもしれない。
……うん。
確かに、そっちが先だな。
ルナが首を傾げた。
「だが、どうやって進む方向を変える?」
……。
俺は、もう1度7本目の石柱を見た。
風喰いの低い音。
それに反応して震える石。
……これを、使えないだろうか。
もちろん、音を出せば風喰いが近づくとは限らない。
むしろ、無視されるかもしれない。
だが。
もし、何か反応があるなら。
……試してみる価値は、ある。
ただし、場所が問題だ。
俺は地図を思い出した。
カナートの南側。
風喰いが来る方向。
その東側には、村から離れた岩棚がある。
……あそこなら。
村を通らずに、音のする方向へ向かわせられるかもしれない。
俺は触手を持ち上げた。
「……ひがし!」
オルドが顔を上げる。
「東?」
俺は頷いた。
地面へ簡単な地図を描く。
村。
南の峡谷。
風喰いの進路。
そして、東側の岩棚。
……ここ。
俺は岩棚の位置を指した。
「……おと、こっち」
ガランが目を細めた。
「……東で音を出すのか?」
俺は頷いた。
「……むら、さける」
……そう。
それなら、村の上を通らずに済むかもしれない。
ガランは、しばらく地図を見つめていた。
そして、ゆっくり頷いた。
「……なるほどな」
……お。
俺は少し嬉しくなった。
ただし、ガランは続けた。
「でも、風笛石は動かせねえぞ」
……あ。
そうだった。
俺は一瞬、固まった。
7本目の石柱は、地面へしっかり埋め込まれている。
これを東の岩棚まで運ぶなんて、簡単にはできないだろう。
……うーん。
どうする。
すると、オルドが小さく笑った。
「……石を動かす必要はないかもしれん」
……え?
俺は顔を上げた。
老人は杖で地面を軽く叩いた。
「同じような音を出せる道具なら、作れるかもしれないぞ」
……あ。
なるほど。
俺は少し驚いた。
風笛石そのものじゃなくても。
同じ音を出せればいい。
……そうか!
ガランも、何か思いついたらしい。
「……風胴か」
……風胴?
俺は首を傾げた。
ガランが説明する。
「風帆の訓練で使う、中が空洞になった筒だ。風を通すと低い音が出る」
……へえ。
そんな道具があるのか。
「大きさや穴の形を変えれば、音の高さも調整できる。あの石と同じ音を作れるかもしれん」
……おお。
それは、いいな。
俺は少し興奮した。
だが、オルドは慎重だった。
「音を出せたとしても、風喰いが反応するかどうかは分からん」
……うん。
そこは、もちろん。
俺は頷いた。
「まずは、村から離れた場所で、小さく試す。反応があれば、少しずつ調整する」
……ああ。
その方がいい。
俺は小さく身体を揺らした。
すると、ルナが隣から言った。
「……ふむ」
……ん?
俺は顔を向けた。
ルナは得意そうに胸を張っている。
「ならば、我にも役目があるな」
……え?
俺は首を傾げた。
「音を出すには、何かを震わせればよいのであろう?」
……あ。
俺は少し驚いた。
そうか。
ルナの《衝撃》。
あれなら、狙った場所へ短い力を加えられる。
うまく使えば、風胴を震わせることもできるかもしれない。
……なるほど。
いいじゃないか。
俺は触手を持ち上げた。
「……ルナ、たのむ」
ルナは嬉しそうに笑った。
「うむ!」
……よし。
俺は少しだけ、身体を持ち上げた。
道が見えてきたな。
ただし。
これは、まだ考えただけだ。
うまくいくかどうかは、分からない。
……それでも。
何もできないと思っていた相手に対して。
少なくとも、1つ方法が浮かんだ。
それだけでも、大きな進歩だ。
◇
村へ戻る前。
俺は、もう1度7本目の石柱へ触手を当てた。
……ん?
俺は少し驚いた。
石が、さっきより強く震えている。
……何だ?
俺は空へ目を向けた。
風喰いの巨体は、まだ南側にいる。
だが、その動きが少し変わっていた。
右側の穴が開く。
周囲の空気を吸い込む。
そして、低い音が響いた。
――ォォォン。
……っ。
石柱が震える。
――……ン。
……ああ。
やっぱり、反応してる。
俺は少し興奮した。
だが、次の瞬間。
風喰いが、ゆっくり頭を動かした。
……ん?
俺は目を凝らした。
巨体の前側。
金色の瞳。
それが、こちらを向いている。
……え?
俺は動きを止めた。
まさか。
石の音が、聞こえたのか?
俺は息を潜めるつもりで、身体を低くした。
しばらくして。
――ォォォン。
また、低い音が響いた。
石柱が震える。
……ン。
そして。
――ォォン、ォォン。
今度は、2回。
短い音だった。
……っ。
俺は思わず顔を上げた。
風喰いが、こちらへ顔を向けたまま音を出している。
……これ。
何だ?
偶然なのか。
それとも。
音に反応してるのか?
俺は、しばらく動けなかった。
すると、ルナが静かに言った。
「……ノア」
……ん?
俺は顔を向けた。
ルナも、空を見つめている。
「今のは、返事のようにも聞こえたな」
……ああ。
俺も、そう思った。
ただし、本当にそうかは分からない。
相手が何を考えているのかも。
あの音に、どんな意味があるのかも。
……でも。
少なくとも。
風喰いは、こちらを見た。
そして、短い音を返した。
……それは、確かだ。
俺は石柱から触手を離した。
今は、こちらから音を出さない。
村の近くへ、これ以上呼び寄せるわけにはいかないからな。
オルドも頷いた。
「……行こう。ここでできることは、もう十分だ」
……ああ。
俺は身体を低くした。
ガランが荷物を持ち上げる。
「工房へ戻ったら、風胴を調べる。使えそうなものがあれば持っていくぞ」
……よし。
俺は頷いた。
ルナも、隣へ並んだ。
俺たちは、風笛石のある丘をあとにした。
その背後では。
7本目の石柱が、もう1度だけ低く震えた。
――……ン。
そして、遠くの空から。
まるで、その音を追いかけるように。
――ォォォン。
巨大な魔物の声が響いた。
俺は、思わず振り返った。
風喰いは、まだこちらを見ていた。
……ああ。
そうか。
もしかしたら。
あいつは、ただ飛べなくなっているだけじゃないのかもしれない。
何かを探しているのか。
誰かに呼びかけているのか。
……まだ、分からない。
でも。
あの音には、何か意味がある。
そんな気がした。
俺は、ゆっくり身体を持ち上げた。
……よし。
次は、東の岩棚だ。
あの音を、村から離れた場所で試してみよう。
もし、風喰いが反応するなら。
……あいつの進む道を、少しだけ変えられるかもしれない。
ただし。
俺たちが音を出すことで、何が起きるのか。
それだけは、最後まで慎重に考える必要がありそうだった。




