↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゲームだと思ったら原初の生命に転生しました。  作者: くんくん
第2部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

110/130

第3部 第24話 落ち方を選べ

「飛びたい?」


男は俺を見下ろすと、まるで妙な冗談を聞いたように笑った。


「翼もないのにか?」


……いや。


翼なら、作れるんだけど。


俺は身体の両側を薄く伸ばした。


《構造形成》。


広がった膜が、朝の風を受けて揺れる。


男の笑顔が消えた。


「……おい。まさか、それで飛ぶつもりか?」


俺が頷くと、男は額を押さえた。


「オルド爺さん。あんた、何を連れてきたんだ?」


「面白い旅人だろう?」


「面白いで済むか!」


……。


どうやら俺は、到着早々に厄介者扱いされているらしい。


◇


風渡りの丘を越えた先にある村、カナート。


ここでは、朝から風車が回っていた。


石造りの低い家々には風を逃がすための丸い屋根があり、通りには布の旗ではなく、金属製の小さな風見が取りつけられている。


風向きが変わるたび、町のあちこちから軽い金属音が聞こえた。


……レムナとは全然違うな。


あっちは水車と船の町だった。


こっちは、どこへ目を向けても風を使ったものがある。


大きな風車が穀物を挽き、小さな風車が井戸から水を汲み上げる。洗濯物は低い石壁の内側に張られた縄へ固定され、荷車には風除けの板までついていた。


ここまで徹底していると、何だか感心してしまう。


「ノア。あれは何だ?」


ルナが指した先では、大きな木枠に布を張ったものが並んでいた。


昨日、丘の上から見た風帆だ。


近くで見ると、想像以上に大きい。


横幅は大人が数人並べるほどあり、中央には人が身体を固定するための革帯が取りつけられている。


……うわ。


これ、本当に飛ぶのか。


木と布と縄。


見慣れた材料ばかりなのに、組み合わせると人間が空を渡れる。


異世界に来てから魔法には随分驚かされたけど、こういう技術も負けてないな。


「興味があるなら、工房へ行ってみるか?」


案内してくれていたオルドが言った。


……ぜひ!


俺が勢いよく頷くと、老人は愉快そうに笑った。


「ただし、勝手に空へ飛び出すんじゃないぞ」


……。


昨日の話、まだ覚えてるんですね。


隣でルナが笑いをこらえていた。


◇


風帆の工房は、村の南端にあった。


屋根の下では何人もの職人が布を縫い、木の骨組みを磨いている。


その中央で、1人の男が風帆の翼を調べていた。


短く刈った髪。


日に焼けた顔。


左の眉の上には、古い傷がある。


「ガラン!」


オルドが声をかける。


男は振り返り、俺たちを見た。


「……何だ、その組み合わせは」


……まあ。


普通の旅人には見えないよな。


「丘を越えてきた旅人だ。こっちがルナ、そっちがノア」


「ふん。よろしく頼む」


ルナが堂々と挨拶する。


俺も触手を上げた。


「……よろしく」


ガランは少し目を見開いた。


「喋るのか、お前ら」


「我らは普通に会話できるぞ。ノアはまだ少し苦手だがな」


……そう。


俺は短い言葉しか出せないんです。


ガランは納得したように頷いた。


「俺はガラン。ここの風帆を整備してる。飛ぶ方も教えてるが……」


彼は俺を見た。


「お前さんは何をしたい?」


……飛びたい。


そう答えかけて、少し考えた。


飛ぶと言っても、何をすればいいんだろう。


俺には鳥の翼も、風帆の骨組みもない。


身体を広げることはできるけど、昨日はそれで風に持ち上げられただけだった。


……だったら。


まずは、その違いを知りたい。


俺は工房に並ぶ風帆を指した。


「……おしえて」


ガランが首を傾げる。


「何を?」


「……とびかた」


しばらく沈黙があった。


そして。


「はははっ!」


ガランが大きな声で笑った。


「いいねえ! 飛びたいって奴は山ほどいるが、魔物に教えてくれと頼まれたのは初めてだ!」


……お。


意外と反応がいいな。


俺は少し安心した。


だが、男は笑うのをやめると、真剣な顔になった。


「ただし、先に言っておく。飛ぶのは簡単じゃない」


……ああ。


それは分かってる。


「翼を広げただけじゃ飛べない。風を受ければ浮くことはあるが、浮くのと飛ぶのは別だ」


……。


俺は思わず頷いた。


昨日、身をもって知ったことだ。


ガランは工房の奥から、小さな木製の模型を持ってきた。


風帆を縮めたような形だ。


「まず、これを見ろ」


彼は模型を少し傾け、風の吹く窓際へかざした。


すると、模型がふわりと持ち上がろうとした。


……お。


浮いた。


ガランは角度を変える。


今度は模型が傾き、横へ流れた。


さらに傾けると、急に力を失って落ちる。


……あれ?


さっきまで浮いてたのに。


「風を受ける角度が大事なんだ」


ガランは模型を元へ戻した。


「上へ持ち上げる力を作る。ただし、大きく受ければいいってものじゃない。角度を間違えると、急に支えを失う」


……なるほど。


俺は模型をじっと見つめた。


羽ばたくわけじゃない。


何かの魔法で浮いているわけでもない。


翼の形と角度で、風の力を使っているんだ。


……面白いな。


俺は身体の横へ、細い膜を伸ばした。


今度は闇雲に広げず、模型の形を観察する。


……ここが、少し丸い。


後ろは、薄い。


なるほど。


俺は試しに膜の形を変えた。


ルナが隣から覗き込む。


「……ノア」


……ん?


「今度は、飛ぶ前にちゃんと教わるのだぞ」


……分かってるって。


俺は触手を振った。


ガランは笑いながらも、俺の身体を興味深そうに見ていた。


「……おい。ちょっと待て」


……ん?


「その翼、形を自由に変えられるのか?」


……ああ。


俺は頷いた。


ガランは模型と俺を見比べる。


「……そりゃ、とんでもないな」


……え?


俺は少し驚いた。


そんなにすごいことなのか?


ガランは、風帆の骨組みを指した。


「こっちは木を削って、布を張って、縄で角度を変える。少し形を直すにも手間がかかる」


……ああ。


確かに。


「だが、お前はその場で形を変えられるのか」


……まあな。


俺は少し得意になった。


ただし。


「……まだ、へた」


ガランが笑った。


「そこは、これから覚えればいい」


……お。


そうだな。


俺は小さく身体を揺らした。


◇


「では、さっそく飛ばしてみるか!」


ガランが言った。


……えっ。


もう!?


俺は少し驚いた。


ルナも耳を立てる。


「待て。いきなり空へ出すつもりか?」


「まさか」


ガランは笑った。


「まずは地面の上で、落ちる練習だ」


……落ちる?


俺は首を傾げた。


飛ぶ練習じゃないのか?


ガランは工房の裏へ案内してくれた。


そこには、緩やかな斜面があった。


斜面の先には広い草地。


さらにその奥には、太い縄で囲まれた柔らかな網が張ってある。


……おお。


練習場か。


ガランは足元の木杭を指した。


「ここから少しだけ身体を浮かせる。高くても地面から1、2歩分だ。向きを変えられなかったら、すぐ降りろ」


……なるほど。


確かに、それなら大怪我する危険は少ない。


しかも、命綱まで用意してくれた。


俺は身体の中央へ輪を作り、縄を通した。


レムナで何度も使った方法だ。


ガランが少し驚いた。


「……随分、慣れてるな」


「水の中で何度も使ったのだ」


ルナが答える。


「ふうん。水中探索もできるのか」


……まあ。


それなりに。


俺は少し笑った。


ガランは命綱を確かめると、俺に向き直った。


「さて。翼を作ってみろ」


……よし。


俺は身体の両側を広げた。


ただし、昨日のような大きな膜ではない。


身体の中央を厚く残し、そこから左右へ翼を伸ばす。


前側は少し硬く。


後ろ側は薄く、柔らかく。


《構造形成》。


必要な場所へ《硬質外皮》を集中させる。


……よし。


こんな感じかな。


ガランはしゃがみ込み、俺の身体をじっと観察した。


「……形は悪くない。ただ、翼の付け根が柔らかすぎる」


……付け根?


俺は顔を向けた。


「風を受けると、ここから曲がるぞ。そうなると、翼の角度が安定しない」


……ああ。


なるほど。


俺は翼の付け根を少し厚くした。


その分、先端を短くする。


……どうだ?


ガランは頷いた。


「少しはよくなったな」


……よし。


俺は少し嬉しくなった。


すると、ルナが横から言った。


「……ノア」


……ん?


「随分と奇妙な姿だな」


……え。


俺は自分の身体を見た。


中央は丸く、左右へ薄い翼。


下には短い脚が4本。


……。


…………。


確かに。


何というか。


翼の生えた饅頭みたいだな。


俺が少し落ち込んでいると、ガランが笑った。


「見た目は気にするな。飛べる形なら、それでいい」


……おお。


いいこと言うな。


俺は少し元気になった。


◇


最初の挑戦は、見事に失敗した。


斜面へ立ち、翼を広げる。


風が吹く。


……お。


持ち上がる感じがする。


俺は少し身体を前へ傾けた。


――ふわっ。


……っ!


浮いた!


ほんの少しだけど、足が地面から離れた!


……おお!


すごい!


俺は嬉しくなって翼を広げた。


だが。


――ぐにゃっ。


……え?


翼の片側が、急に曲がった。


身体が横へ傾く。


……あっ。


まずい!


俺は慌てて翼を戻そうとした。


だが、間に合わない。


――ぽすっ。


柔らかな草の上へ、横向きに落ちた。


……。


…………。


……うん。


失敗だな。


「だから言ったろう」


ガランが近づいてくる。


「翼の付け根が安定してない」


……ああ。


本当に。


俺は身体を起こした。


幸い、怪我はない。


落ちた高さも大したことなかった。


だが。


……何でだ?


ちゃんと硬くしたつもりだったんだけどな。


俺は翼の形を確かめた。


あ。


分かった。


左右の厚さが、少し違う。


片方だけ、根元が細かった。


……なるほど。


これじゃ、風を受けたときの曲がり方が違うわけだ。


俺は身体を作り直した。


今度は、左右をできるだけ同じ形にする。


……よし。


もう1度。


◇


2回目。


――ふわっ。


……お。


浮いた!


今度は、さっきより安定している。


……よし。


そのまま。


風に乗って、少し前へ。


だが。


――くるっ。


……ん?


身体が、ゆっくり回った。


……あれ?


何で?


俺は慌てて翼を動かした。


だが、回転が止まらない。


――ぽすっ。


また落ちた。


……。


…………。


……何でだよ!


今度は左右、揃えたのに!


俺は少し悔しくなった。


すると、ガランが笑った。


「翼だけじゃ、方向を保ちにくいんだ」


……え?


俺は顔を上げた。


彼は模型を取り出した。


その後ろには、小さな板がついている。


「尾翼だ。こいつで姿勢を保ちやすくする」


……尾翼。


俺は模型を見た。


確かに、後ろへ小さな板が伸びている。


……ああ。


これか。


ガランは続けた。


「もっとも、尾翼をつければ何でも解決するわけじゃない。身体の重さがどこに集まっているかも大事だ」


……重さ?


俺は少し考えた。


今の俺は、身体の中央がかなり厚い。


翼を作るために、ほかの部分を薄くしている。


……なるほど。


重さの位置も、関係するのか。


俺は少し驚いた。


今まで《構造形成》を使うときは、必要な場所へ身体を伸ばすことばかり考えていた。


でも、飛ぶとなると違う。


全体の形。


重さ。


風の当たり方。


……全部、考えないといけない。


……面倒だな。


でも。


面白い。


俺は身体の後ろへ、小さな尾翼を作った。


中央から細く伸ばし、先端を左右へ広げる。


……よし。


こんな感じか。


ガランは少し目を細めた。


「……今度は、よさそうだな」


……お。


本当?


俺は少し嬉しくなった。


すると、ルナが隣から言った。


「……ノア」


……ん?


「その姿、ますます奇妙になったぞ」


……。


…………。


もう言わないでくれ!


俺は触手を小さく振った。


ルナは楽しそうに笑っていた。


◇


3回目の挑戦。


俺は斜面の上へ立った。


翼を広げる。


尾翼を整える。


身体の中央を、少しだけ前へ。


……よし。


準備できた。


ガランが命綱を確かめる。


「いいか。浮いたら、慌てて翼を広げるな。まず、姿勢を保て」


……了解。


俺は頷いた。


風が吹く。


最初は弱く。


そして、少しずつ強くなる。


……今だ。


俺は脚を短くし、身体を前へ傾けた。


――ふわっ。


……っ!


浮いた。


今度は、落ちない。


……お。


おお。


いける!


俺は身体を少しだけ動かした。


左右の翼が、風を受ける。


後ろの尾翼が、姿勢を保つ。


……よし。


そのまま。


ゆっくり、前へ。


……っ。


動いた!


本当に、前へ進んだ!


俺は少し興奮した。


だが、すぐに自分を落ち着かせた。


……待て。


ここで調子に乗ったら、また落ちる。


俺は翼の角度を保った。


身体を大きく動かさない。


風の力を、少しずつ受ける。


……よし。


そのまま。


もう少し。


――ふわっ。


身体が、緩やかに前へ滑った。


……おお。


すごい!


俺、飛んでる!


ほんの少しだけど。


地面から離れて。


自分の意思で、進んでいる!


……っ。


嬉しい。


めちゃくちゃ嬉しい!


俺は、思わず身体を持ち上げた。


……あ。


しまった。


――ぐらっ。


姿勢が崩れる。


……まずい!


俺はすぐに尾翼を動かした。


だが、戻しきれない。


身体が斜めに傾く。


……くそっ!


ここで落ちるのか!?


いや。


待て。


落ちるなら。


……ちゃんと、落ちればいい!


俺は翼を少し畳んだ。


風を受ける面積を減らす。


さらに、身体の下側へ柔らかな膜を広げる。


《緩衝膜》。


……よし。


地面が近づく。


――ぽふっ。


……っ!


着地!


俺は短い脚を広げた。


《粘着性》。


地面へ固定する。


……。


…………。


……おお。


降りられた。


ちゃんと。


自分で、着地できた!


俺は思わず身体を大きく揺らした。


「……とべた!」


その声に、ガランが笑った。


「ああ。少しだけな!」


……少しでも、十分だ!


俺は嬉しくなって触手を高く上げた。


すると、ルナが駆け寄ってきた。


「……ノア!」


……お!


俺は顔を向けた。


ルナは、少しだけ目を輝かせていた。


「今のは、見事だったぞ!」


……本当?


俺は身体を持ち上げた。


ルナは頷いた。


「うむ。昨日のように飛ばされるのではなく、ちゃんと自分で進んでおった」


……ああ。


そうなんだよ。


そこが違うんだ。


俺は少し嬉しくなった。


だが、ルナは続けた。


「もっとも、最後は随分と慌てておったがな」


……。


……そこは、見逃してくれないんですね。


俺が触手を引っ込めると、ルナは楽しそうに笑った。


◇


「さて」


ガランが腕を組んだ。


「ここからが本番だな」


……え?


俺は顔を上げた。


「今ので分かっただろう。浮くことと、飛ぶことは違う」


……ああ。


俺は頷いた。


「飛んでいる間は、ずっと自分の姿勢を調整しなきゃならん。風は、同じようには吹いてくれないからな」


……そうだな。


俺は自分の翼を見た。


今は、もう小さく畳んでいる。


たった数歩分の距離を飛んだだけで、随分と神経を使った。


しかも、最後は姿勢を崩してしまった。


……うーん。


まだまだだな。


ガランは続けた。


「だが、お前には面白い可能性がある」


……ん?


俺は顔を上げた。


「普通の風帆は、飛んでいる途中で翼の形を大きく変えることができない。だから、縄や身体の重心で調整する」


……ああ。


そうか。


「だが、お前は翼そのものを変えられる。上手く使えれば、普通の風帆とは違う飛び方ができるかもしれん」


……おお。


それは、面白そうだ。


俺は少し興奮した。


だが。


ガランは、すぐに真剣な顔になった。


「ただし、今のお前じゃ谷を越えるのは無理だ」


……。


……はい。


分かってます。


俺は素直に身体を低くした。


ガランは笑った。


「いい返事だ。まずは、自分で安全に降りられるようになれ」


……なるほど。


俺は少し考えた。


飛ぶ練習。


なのに、最初に教えられたのは、落ち方だった。


でも。


今なら、少し分かる。


飛ぶことを覚えれば覚えるほど、失敗したときの危険も大きくなる。


だからこそ。


ちゃんと降りる方法を知らなきゃいけない。


……うん。


大切なことだな。


俺は静かに頷いた。


◇


夕方。


練習を終えた俺たちは、カナートの広場へ戻っていた。


風車は相変わらず回り続けている。


その下では、村の人たちが荷物を運び、子どもたちが小さな風車のおもちゃで遊んでいた。


俺は石段の上で、身体を少し丸めた。


……疲れた。


本当に。


たった数歩分、空を滑っただけなのに。


水中を泳いだときとは、また違う疲れ方だ。


翼を保つために身体の形を細かく調整し続ける。


そのうえ、左右の力の差も気にしなきゃいけない。


……うーん。


これは、かなり練習が必要だな。


すると、ルナが隣へ座った。


「……ノア」


……ん?


俺は顔を向けた。


ルナは、広場の向こうへ目を向けていた。


「今日は、楽しそうだったな」


……ああ。


俺は頷いた。


「……たのしい」


ルナは小さく笑う。


「そうか」


……うん。


俺は少しだけ身体を持ち上げた。


洞窟で目を覚ました頃。


俺は、まともに歩くことさえできなかった。


自分の身体が何なのかも分からず、ただ目の前のものを食べて、生き延びることしか考えられなかった。


それが今では。


歩ける。


泳げる。


水の中を速く動ける。


そして。


ほんの少しだけど、空を滑ることもできた。


……すごいな。


俺。


本当に、いろんなことができるようになった。


もちろん、まだまだ足りない。


もっと強くなりたい。


もっと自由に動きたい。


……でも。


こうして振り返ると。


確かに、少しずつ進んでいるんだな。


俺は自分の身体を見た。


《構造形成》。


《弾性組織》。


《硬質外皮》。


《緩衝膜》。


今まで覚えた性質を、少しずつ組み合わせる。


それだけで、こんなにいろんなことができる。


……うん。


やっぱり、面白い。


すると、ルナが静かに言った。


「……ノア」


……ん?


「いつか、本当に空を飛べるようになると思うか?」


……。


俺は、少し考えた。


今日、ほんの少しだけ飛べた。


でも、自由に飛べたわけじゃない。


風が弱ければ、浮けない。


強すぎれば、姿勢を崩す。


高い場所から飛ぶには、まだ危険が多すぎる。


……だけど。


俺は、ゆっくり頷いた。


「……なる」


ルナが、少し驚いたように俺を見た。


「……ほう?」


俺はもう1度、短く言った。


「……いつか」


ルナは、しばらく黙っていた。


それから、静かに笑った。


「……うむ。楽しみにしておるぞ」


……おう。


俺は少し嬉しくなった。


すると、ルナが続けた。


「ただし」


……ん?


「我を乗せる約束は、忘れておらぬだろうな?」


……あ。


そうだった。


俺は思わず身体を揺らした。


「……わすれない」


ルナは満足そうに頷いた。


「よし」


……ただし。


そのためには、もっと大きな翼が必要だろうな。


それに、俺1人で飛ぶのと、ルナを乗せるのとでは話が違う。


重さも増えるし、姿勢も変わる。


……うーん。


まだ先の話だな。


俺が少し考え込むと、ルナが楽しそうに笑った。


「ふん。今から悩んでおるのか?」


……まあな。


ルナは、空へ目を向けた。


「急ぐことはあるまい。我らは、まだ旅の途中なのだからな」


……ああ。


そうだな。


俺は静かに頷いた。


村の上では、何匹ものフウバネが風に乗っていた。


薄い翼を広げ、ほとんど羽ばたくことなく、自由に空を滑っていく。


……いつか。


俺も、あんなふうに飛んでみたい。


ルナと一緒に。


まだ見たことのない景色を、空から眺めてみたい。


俺は、ゆっくり身体を持ち上げた。


そして、夕日に染まる空を見つめた。


◇


その夜。


俺たちはカナートの宿で、風帆の話をしていた。


……いや。


正確には、ルナがずっと話していた。


「まず、我が前に乗るべきだな」


……え?


俺は顔を上げた。


「貴様の身体では、風を受けるときに邪魔になるかもしれぬ。ならば、我が上に乗ればよい」


……うーん。


それ、どうなんだ?


俺は少し考えた。


身体の上にルナが乗ったら、重さが上へ偏る。


それに、風を受けたときに姿勢が崩れやすくなるかもしれない。


……いや。


そもそも、まだ俺1人でもまともに飛べないんだけど。


「あるいは、背中へ乗ってもよいな」


……。


……ルナ。


ちょっと楽しみすぎじゃないか?


俺が身体を揺らすと、ルナは不思議そうに首を傾げた。


「何だ?」


……いや。


何でもない。


俺は少し笑った。


まあ、いいか。


ルナが楽しみにしてくれるなら。


俺も、もっと頑張ろう。


俺は身体の端を少し伸ばした。


薄い膜。


小さな尾翼。


そして、左右へ広がる翼。


……よし。


明日は、もう少しだけ上手く飛べるかな。


そう考えた瞬間。


ルナが、じっと俺を見た。


「……ノア」


……はい。


「今日は、もう練習しないのであろう?」


……。


…………。


……しません。


俺は素直に翼を引っ込めた。


ルナは満足そうに頷いた。


「うむ。それでよい」


……本当に。


俺の相棒、最近は随分と厳しいな。


俺は少し笑いながら、身体を丸めた。


窓の外では、風車が静かに回っている。


そして、遠くの丘からは、風笛石の音が聞こえていた。


――ヒュウウ……。


……明日も、いい風が吹くといいな。


俺は、そんなことを考えながら。


ゆっくりと、意識を落としていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。