声にならない言葉
第11話 声にならない言葉
「……あー」
もちろん、声は出ない。
身体の一部を膨らませ、そこへ意識を集中させてみたものの、返ってきたのは柔らかい身体が変形する感覚だけだった。
「……やっぱり無理か」
俺は膨らませた部分を元に戻した。
変異によって《構造形成》を手に入れてから、身体の自由度は格段に上がった。
短い脚を作ることも、触手を伸ばすこともできる。
硬い突起を形成すれば、小さな獲物に対する武器にもなる。
だが、声となると話は別らしい。
「そもそも、声ってどうやって出してたんだっけ?」
人間だった頃は、そんなことを考えたこともなかった。
喉にある声帯が振動して、口や舌で音を変える。
知識としては、何となく覚えている。
問題は、それを再現する方法だ。
今の俺には肺がない。
声帯もない。
当然、舌や唇も存在しない。
「……無理難題すぎないか?」
もっとも、元の身体に戻る方法が分からない以上、いつまでも喋れないままでいるわけにもいかない。
この世界に人間がいるなら、いつか出会うことになるだろう。
そのとき、言葉が通じなければ困る。
いや、それ以前に。
こんな半透明の塊が突然近づいてきたら、普通は逃げるか攻撃するかのどちらかだ。
「……どう見ても魔物だよな、俺」
自分の姿を直接確認したことはないが、少なくとも人間には見えないはずだ。
手足のない、柔らかい生き物。
しかも、捕まえた相手を身体の中へ取り込んで食べる。
……冷静に考えると、相当怖い。
「せめて、敵じゃないって伝えられればなぁ」
俺は再び身体の一部を膨らませた。
今度は、その中に小さな空洞を作るように意識する。
《構造形成》を使い、薄い膜で囲まれた空間を作る。
……ぐにゅっ。
「……お?」
何となく、それらしいものができた。
もちろん、内部がどうなっているかは分からない。
だが、周囲の身体とは違う感触がある。
中身の詰まった柔らかい塊ではなく、薄い膜に囲まれた空間。
俺はそこへ意識を集中させた。
「……これを震わせれば」
声帯のように振動させれば、音が出るかもしれない。
そう考えて、薄い膜を細かく動かそうとする。
……ぷるっ。
「……ん?」
身体の一部が震えた。
もう1度。
……ぷるぷるっ。
「おお!」
できた!
少なくとも、膜を震わせることには成功した。
ただし。
「……音、出てるのか?」
それが問題だった。
俺には耳がない。
音が出たとしても、自分で聞くことができないのだ。
《微振動感知》なら岩を伝わる振動は分かるが、空気中の音を人間の耳のように聞き取れるわけではない。
「……確認する方法がないじゃん」
俺は思わず身体を縮めた。
喋る以前の問題だった。
自分の声を確認できないのに、どうやって発音を練習するんだ?
「……いや、待てよ」
俺は少し考えた。
音は振動だ。
だったら、音そのものが聞こえなくても、振動を確かめることはできるんじゃないか?
例えば、硬いものを岩へぶつければ、《微振動感知》でその衝撃を感じられる。
それと同じように、自分が作った膜の振動を岩へ伝えればいい。
「……試してみるか」
俺は膜を形成した部分を岩へ押しつけた。
そして、もう1度震わせる。
……ぷるぷるっ。
微かな振動が、岩を伝わって戻ってきた。
「……おお!」
どうやら、ちゃんと震えているらしい。
ただ、肝心の音が出ているかどうかは分からない。
それに、何度も振動させているうちに、膜の形が崩れてしまった。
「……難しいな」
俺は構造を解除し、身体を休めた。
どうやら、声を出すためには、もう少し工夫が必要らしい。
⸻
しばらく練習を続けて分かったことがある。
今の俺には、細かい振動を長時間維持することが難しい。
短い時間なら膜を震わせられるが、すぐに形が崩れてしまうのだ。
しかも、意識を集中させている間は、他の構造をうまく動かせなくなる。
「……これじゃ、喋りながら歩くとか絶対無理だな」
人間だった頃は、歩きながら喋るなんて当たり前だった。
だが、今の俺にとっては、それだけでも高度な技術らしい。
「……ま、焦っても仕方ないか」
俺は練習を切り上げ、岩の隙間から外へ出た。
身体の奥に、空腹感が広がっている。
《構造形成》を使い続けたせいで、また栄養を消費してしまったようだ。
「……食事にするか」
俺は《微振動感知》を広げ、近くの小さな生物を探した。
水たまりの周辺なら餌は豊富だ。
だが、あの場所には岩の奥に潜む厄介な生物がいる。
しかも、俺が魔力を動かしたとき、明らかに反応していた。
今のところ追いかけてくる様子はないが、わざわざ近づく必要もないだろう。
「……今日は別の場所だな」
俺は以前見つけた、風の通る岩の隙間へ向かった。
洞窟の奥から流れてくる、微かな空気の動き。
それを感じるたび、外へ続いているのではないかという期待が湧いてくる。
もっとも、道が繋がっている保証はない。
途中で行き止まりになっているかもしれないし、危険な生物が潜んでいる可能性だってある。
「……慎重に、慎重に」
俺は身体を細く伸ばし、岩の隙間へ滑り込んだ。
しばらく進むと、周囲の感触が変わってきた。
岩が乾いている。
水たまりの周辺とは違い、湿気が少ない。
そのせいか、身体の表面が少し動かしにくく感じられた。
「……やっぱり、水分は必要なのか?」
今まで、身体が乾燥することをそれほど気にしていなかった。
だが、こうして乾いた場所へ来ると、違いが分かる。
身体を伸ばす際の抵抗が、わずかに大きい。
《粘着性》も、湿った岩の上とは感覚が違っていた。
「……長居しない方がいいかもな」
俺は通路の奥へ意識を向けた。
そのときだった。
……カチッ。
小さな振動が届いた。
「……ん?」
俺は動きを止めた。
……カチ、カチッ。
まただ。
何かが岩を叩いている。
しかし、今まで感じてきた虫の動きとは少し違う。
一定の間隔で、短い振動を繰り返しているのだ。
「……何だ?」
俺は慎重に近づいた。
……カチッ。
……カチカチッ。
振動は、少し離れた岩の上から伝わってくる。
どうやら、小さな生物がいるらしい。
だが、そいつはほとんど移動していなかった。
同じ場所で、何度も振動を起こしている。
「……岩でも削ってるのか?」
俺は身体を薄く広げ、振動の発生源へ近づいた。
すると。
……カチカチッ!
急に振動が速くなった。
同時に、別の方向から小さな反応が返ってくる。
……カチッ。
「……ん?」
俺は動きを止めた。
今度の振動は、少し離れた場所からだった。
最初の生物とは別の方向だ。
……カチカチッ。
……カチッ。
交互に振動が続く。
「……まさか、会話してる?」
俺は思わず興味を引かれた。
もちろん、本当に会話しているとは限らない。
単に互いの位置を確認しているだけかもしれないし、縄張りを主張している可能性もある。
だが、少なくとも何らかの合図を送り合っているようには感じられた。
「……いいな、それ」
俺は自分の身体を意識した。
さっきまで、声を出そうとして苦労していた。
ところが、目の前の小さな生物たちは、すでに振動を使って意思を伝え合っているらしい。
「……もしかして、参考になるんじゃないか?」
俺は慎重に距離を詰めた。
すると、最初の生物が少し移動した。
……カリ、カリ。
その動きは軽い。
大きさも、それほどではなさそうだ。
ただし、移動を止めるたびに、硬いものを打ち合わせるような振動が起きている。
……カチッ。
「……なるほど」
何かの器官を使って、意図的に振動を生み出しているのだろう。
それが音なのか、岩を伝える信号なのかまでは分からない。
だが、俺には十分だった。
「……ちょっと、調べさせてもらうか」
俺は身体の一部を細長く伸ばした。
もちろん、いきなり捕食するつもりはない。
まずは相手の反応を見る。
触手の先端を岩へ押しつけ、小さな振動を起こした。
……コツ。
すると。
……カチッ!
すぐに反応が返ってきた。
「……おお!」
俺は少し興奮した。
もしかして、こいつらは振動に反応しているのか?
だったら、俺にも合図を送れるかもしれない。
俺はもう1度、岩を叩いた。
……コツ、コツ。
すると、少し遅れて。
……カチカチッ。
「……すげえ!」
返事が来た!
……いや、偶然かもしれない。
俺の起こした振動を警戒しているだけという可能性もある。
だが、それでもいい。
少なくとも、こちらの振動に対して何らかの反応がある。
「……こういう方法もあるんだな」
今までは、人間と同じように声を出すことばかり考えていた。
だが、考えてみれば、意思を伝える手段は声だけじゃない。
振動でもいい。
動きでもいい。
相手が理解できるなら、何だって構わないのだ。
俺はもう1度、触手で岩を叩こうとした。
その瞬間だった。
……カリッ!
「……っ!?」
触手の先端に、鋭い痛みが走った。
何かが噛みついたのだ。
「痛っ!」
俺は反射的に触手を引っ込めた。
すると、相手は素早く後退した。
……カチカチカチッ!
激しい振動が続く。
「……おいおい」
どうやら、友好的な相手ではなかったらしい。
俺は傷ついた触手を縮め、相手の動きを探った。
すると、少し離れた場所から、もう1匹の振動も近づいてきた。
「……あ、まずい」
2匹いる。
しかも、どちらもこちらへ向かっている。
以前、甲殻を持つ虫の群れに囲まれたときのことを思い出した。
あのときは本当に危なかった。
今回も、油断すれば同じ目に遭うかもしれない。
「……とりあえず、離れるか」
俺は岩の隙間へ身体を戻そうとした。
だが、そこで気づいた。
相手のうち1匹が、俺の触手を追いかけてきている。
……カリカリッ!
速い。
予想以上に速い。
「……しつこいな!」
俺は身体を薄く広げ、岩肌へ密着した。
相手が近づいてくる。
あと少し。
もう少し。
そして。
……カリッ!
硬い脚が身体の端に触れた瞬間、俺は《粘着性》を発動した。
「……捕まえた!」
相手が激しく暴れる。
だが、今度は俺も慣れている。
触手を伸ばし、硬い部分を押さえる。
続いて、身体の一部を《硬質外皮》で覆い、噛みつきを防ぐ。
……カチカチカチッ!
相手はなおも振動を起こし続けた。
「……うるさいやつだな」
もっとも、俺には音として聞こえていないわけだが。
俺は慎重に、相手の身体を探った。
硬い部分。
柔らかい部分。
複数の脚。
そして。
「……ん?」
身体の側面に、細かな突起のようなものがあった。
それが別の硬い部分と擦れ合い、振動を起こしている。
……カチッ。
「……これか!」
なるほど。
どうやら、こいつは身体の一部を擦り合わせて振動を作っているらしい。
地球のコオロギやキリギリスに似た仕組みだろうか。
それなら、俺にも再現できるかもしれない。
「……悪いけど、参考にさせてもらうぞ」
俺は相手の柔らかい部分へ細い触手を差し込んだ。
《微弱毒分泌》を発動。
……じわっ。
相手の動きが少しずつ鈍くなる。
そして、そのまま捕食を始めた。
……カチッ。
……カチ。
……。
振動が止まった。
「……ふぅ」
俺は身体を縮め、周囲を探った。
もう1匹は、少し離れた場所で動きを止めていた。
どうやら、こちらへ近づいてくる様子はない。
「……助かった」
俺はひとまず安心し、捕食した栄養を身体へ取り込んだ。
すると。
《性質吸収》
新たな性質を獲得しました。
《摩擦発音》
「……おお!」
思わず身体を震わせた。
やっぱり!
あの突起は、音を出すための器官だったらしい。
俺は追加の情報を確かめた。
《摩擦発音》
硬質部位を擦り合わせることで振動を発生させます。
発生する音の高さや強さは、構造と動作によって変化します。
「……なるほど!」
これなら、今の俺にも使えそうだ。
しかも、《構造形成》との相性がいい。
身体の一部へ硬い突起を作り、それを擦り合わせればいいのだから。
「……よし、試してみよう」
俺は身体の端から短い突起を2本伸ばした。
続いて、《硬質外皮》を使って硬くする。
そして、先端を互いに押しつけた。
……コツ。
「……お?」
今度は擦り合わせる。
……ギリッ。
微かな振動が伝わってきた。
「……できた!」
俺はもう1度、突起を動かした。
……カチッ。
今度は、はっきりとした振動が岩へ伝わった。
「……おおお!」
成功だ!
しかも、さっきの膜を震わせる方法よりずっと簡単だ。
もちろん、人間の声とはまったく違う。
だが、これは確かな発音手段だ。
「……すげえな、原初種」
捕食した生物の性質を取り込む。
そして、それを自分の身体で再現する。
何度経験しても、この能力には驚かされる。
俺は調子に乗って、突起を何度も擦り合わせた。
……カチッ。
……カチカチッ。
……カチッ。
振動の間隔を変える。
強さを変える。
突起の形を少し変えてみる。
すると、伝わってくる振動も微妙に変わっていった。
「……これ、練習すれば結構いけるんじゃないか?」
俺は嬉しくなった。
今まで、俺の意思は頭の中でしか存在していなかった。
何を考えても、何を叫んでも、外には伝わらない。
だが、今は違う。
自分の意思で、外へ振動を生み出せる。
たったそれだけのことが、こんなにも嬉しいとは思わなかった。
「……よし」
俺は少し考えた。
せっかくだから、何か意味のある合図を作ってみよう。
例えば、短い振動を1回なら肯定。
2回なら否定。
3回なら注意。
……いや、相手が理解してくれなければ意味がないか。
それでも、いつか役に立つかもしれない。
俺は岩へ突起を押しつけ、短い振動を2回起こした。
……カチ、カチ。
すると。
……カチッ。
少し離れた場所から、振動が返ってきた。
「……ん?」
俺は動きを止めた。
さっきのもう1匹だ。
……カチカチッ。
どうやら、俺が起こした振動に反応しているらしい。
「……おお?」
これは、もしかして。
俺は試しに、同じ間隔で振動を返してみた。
……カチカチッ。
すると、相手も反応した。
……カチッ。
「……すげえ!」
本当に合図を送り合えている!
もちろん、何を意味しているのかは分からない。
もしかすると、相手は警戒しているのかもしれないし、仲間を呼んでいるつもりなのかもしれない。
……いや。
仲間を呼んでいるとしたら、かなりまずいな。
「……そろそろやめとくか」
俺は慌てて振動を止めた。
相手の動きを探る。
幸い、こちらへ近づいてくる様子はない。
俺はそのまま岩の隙間へ身体を戻した。
そして、安全な場所まで移動してから、もう1度だけ《摩擦発音》を試してみた。
……カチッ。
小さな振動が伝わる。
「……うん」
やっぱり、できる。
この身体で、音を作れるようになった。
人間の言葉には程遠い。
それでも、確かな前進だ。
「……そのうち、喋れるようになるかな」
俺は身体の一部を膨らませた。
さっきまで練習していた、薄い膜の構造をもう1度作る。
そして、そのすぐ近くに硬い突起を形成した。
……カチッ。
突起を擦り合わせる。
すると、硬い部分から生まれた振動が、薄い膜へ伝わった。
……ぷるっ。
「……ん?」
俺は動きを止めた。
今、膜が震えた。
自分で直接動かしたわけじゃない。
硬い突起から生まれた振動が、膜へ伝わったのだ。
「……あれ?」
もう1度。
……カチッ。
……ぷるぷるっ。
今度も、膜が震えた。
「……おお?」
俺は少し考えた。
硬い部分で振動を作る。
その振動を、柔らかい膜へ伝える。
だったら、膜の形や厚さを変えることで、振動の性質も変えられるんじゃないだろうか。
「……これ、声帯みたいに使えたりする?」
もちろん、まだ音が出ているかどうかも分からない。
それに、人間の声を作るには、もっと複雑な仕組みが必要だろう。
だが、少なくとも進む方向は見えてきた。
俺は膜の厚さを少し変えてみた。
……カチッ。
……ぷるるっ。
さっきとは違う振動が返ってきた。
「……おお!」
面白い。
本当に面白い。
同じ振動でも、膜の形を変えるだけで感触が変わる。
俺は何度か試した。
膜を厚くする。
薄くする。
少し大きくする。
小さくする。
そのたびに、返ってくる振動が変化していった。
ただし、調子に乗りすぎたらしい。
ぐらっ。
「……あ」
身体の感覚が鈍くなった。
《構造形成》の維持が難しくなり、薄い膜が崩れてしまう。
「……またか」
どうやら、かなり栄養を消費してしまったらしい。
俺は身体を小さくまとめ、練習を中断した。
「……やっぱり、燃費は課題だな」
できることが増えれば増えるほど、使うための負担も大きくなる。
今の身体では、すべてを同時に使いこなすのは難しい。
だが、それでも構わなかった。
「……少しずつだな」
俺は身体を岩へ密着させた。
《摩擦発音》。
新しく手に入れた性質。
それは戦闘に直接役立つものではないかもしれない。
だが、俺にとっては大きな意味があった。
この世界へ来てから、初めて自分の意思で外へ音を生み出せるようになったのだから。
俺は身体の先端に小さな突起を作った。
そして、最後に1度だけ擦り合わせた。
……カチッ。
「……いつか、ちゃんと喋ってやるからな」
もちろん、その言葉はまだ頭の中でしか響かない。
それでも、今は十分だった。
いつか自分の声で誰かと話せるようになる。
そのための最初の手段を、ようやく手に入れたのだ。
俺は満足しながら、周囲の振動へ意識を向けた。
すると、洞窟の奥から微かな空気の流れが伝わってきた。
昨日も感じた、あの風だ。
「……そういえば」
あの先は、まだ調べていない。
今日の探索では、新しい生物を見つけたことで途中までしか進めなかった。
だが、風が流れているということは、どこかへ繋がっている可能性がある。
「……次は、あっちだな」
俺はそう決めて、身体を休めた。
いつか外へ出る。
この世界がどんな場所なのか、自分の身体で確かめる。
そして、できることなら。
もう1度、誰かと話してみたい。
そんなことを考えながら、俺はゆっくりと意識を落ち着かせた。
……そのときだった。
《微振動感知》が、遠くから伝わってくる奇妙な反応を捉えた。
……カツン。
……カツン。
規則正しい振動。
だが、さっきの虫たちとは違う。
もっと重く、間隔も長い。
「……ん?」
俺は意識を集中させた。
振動は、風が流れてくる方向から伝わっている。
しかも、少しずつ近づいてきていた。
……カツン。
……カツン。
「……何だ?」
最初は大型の虫かと思った。
だが、それにしては振動の間隔が一定すぎる。
まるで、硬い何かを使って岩を叩きながら進んでいるようだった。
「……また変な生物か?」
俺は身体を縮め、岩の奥へ隠れた。
まだ相手の正体は分からない。
それでも、これまで出会ってきた生物とは、どこか違う動きだった。
……カツン。
……カツン。
そして、さらに近くなったところで。
今度は別の振動が混じった。
短く、不規則で。
硬いものが擦れ合う音とも違う。
空気を細かく震わせるような、奇妙な感覚。
「……?」
俺はしばらく、その振動を探った。
だが、何を意味しているのか分からない。
ただ、何かが繰り返し振動を起こしていることだけは確かだった。
「……何なんだ、あれ」
俺は岩の隙間に身を潜めたまま、動きを止めた。
風の向こうから近づいてくる、正体不明の何か。
それが、この洞窟で初めて遭遇する種類の生物かもしれないとは、まだ考えてもいなかった。




