岩の奥にあるもの
第10話 岩の奥にあるもの
「……よし。今度は倒れないぞ」
身体の下に作った2本の短い突起を、岩へ押しつける。
続いて、前方へ伸ばした触手を固定し、身体をゆっくりと引き寄せた。
ぐいっ。
……成功。
「おお、いい感じじゃないか」
昨日は脚を作って歩こうとしたが、正直なところ、うまくいかなかった。
3本の脚を同時に動かそうとすると、どれかが曲がって身体が潰れてしまうのだ。
だったら、無理に歩く必要はない。
そう考えて試したのが、今の方法だった。
身体の下に短い支えを作る。
前方へ伸ばした触手で岩を掴む。
そして、身体を引き寄せる。
見た目は相当おかしなことになっているだろうが、今までのように全身を引きずるよりも、ずっと安定していた。
「……まあ、芋虫みたいな動きだけどな」
いや、芋虫に失礼か。
あいつらは、もっと上手に移動している。
俺は何度か動きを繰り返した。
最初は時間がかかっていたが、少しずつ動作が繋がるようになってくる。
しかも、慣れてしまえば意外と疲れない。
必要な部分だけを変形させればいいので、身体全体を複雑な形に保つよりも負担が少ないらしい。
「……いいねぇ」
これなら、洞窟の探索も少しは楽になりそうだ。
俺は身体を小さくまとめ、周囲の振動を確かめた。
……静かだ。
少なくとも、近くに大型生物の反応はない。
昨日感じた、長い身体と大量の脚を持つらしい生物も、今は遠くにいるようだった。
「……あいつには、まだ会いたくないな」
あれほど大きな振動を起こす相手だ。
今の俺が多少成長したところで、勝てるとは思えない。
それに、身体の中心には《中枢核》という明確な弱点まである。
無理に戦う理由はなかった。
「……さて、今日はどっちに行くか」
昨日見つけた、風の通る細い道。
あれを調べるのもいい。
だが、気になることがもう1つあった。
水たまりの底から伝わってくる、あの規則正しい振動だ。
……とくん。
今も、遠くから微かに伝わってくる。
「……あっちも気になるんだよな」
あの場所には、岩の奥から触手のようなものを伸ばし、獲物を捕まえる生物がいる。
しかも、水の流れまで変えているらしい。
俺も危うく捕まりかけた。
正直、あまり近づきたくはない。
それでも、あの生物には何か秘密があるような気がしていた。
「……まあ、調べるだけなら」
もちろん、危険だと思ったらすぐに逃げる。
俺はそう決めて、水たまりのある方向へ進み始めた。
⸻
水たまりへ戻ってきた俺は、以前とは少し違う場所から周囲を探っていた。
底にいる生物へ近づくつもりはない。
狙いは、水たまりの端にある細い亀裂だ。
以前、ここから微かな水の流れが伝わってきたことがある。
どうやら、水たまりの水は完全に溜まっているわけではなく、岩の隙間を通って少しずつ移動しているらしい。
「……この先、どうなってるんだろうな」
俺は触手を伸ばした。
先端を細くし、亀裂の内部へ差し込む。
すると、ひんやりとした水の感触が伝わってきた。
……狭い。
だが、今の俺なら入れそうだ。
身体を薄く広げ、慎重に進んでいく。
岩の隙間は途中で何度か曲がっていたが、完全な行き止まりにはなっていなかった。
むしろ、奥へ進むほど水の流れがはっきりしてくる。
「……お?」
《微振動感知》に、小さな反応があった。
……とくん。
いつもの振動とは違う。
もっと弱く、間隔も短い。
……とく、とく。
「……何だ?」
俺は動きを止めた。
大きな振動は水たまりの底から伝わってくる。
だが、今感じているものは、この亀裂のさらに奥だ。
つまり、別の何かがいる。
「……まさか、同じような生物か?」
そう考えると、少し怖くなった。
もし水たまりの底にいる化け物と同じ種類だったら、今度こそ捕まるかもしれない。
だが、振動はかなり小さい。
少なくとも、こちらの方がずっと小さな生物らしい。
「……ちょっとだけ、調べてみるか」
俺は身体の一部を岩へ固定した。
中枢核を含む本体は、安全そうな場所へ残しておく。
そこから細長い触手を伸ばし、振動の発生源へ近づけた。
……とく、とく。
近い。
さらに伸ばす。
すると。
……ぴとっ。
柔らかいものに触れた。
「……お?」
岩ではない。
甲殻を持つ虫とも違う。
何か薄い膜のようなものが、岩の表面へ張りついている。
俺は慎重に触手を動かした。
表面は柔らかい。
だが、奥には少し硬い部分がある。
そして、その中心から規則正しい振動が伝わってきた。
「……生き物だな」
どうやら、何かが岩に張りついて生活しているらしい。
ただ、普通の生物とは少し様子が違っていた。
俺が触れても、ほとんど反応しないのだ。
「……寝てるのか?」
試しに、触手の先端を少し動かしてみた。
……とく。
相手の振動が、一瞬だけ速くなる。
その直後だった。
ぐんっ!
「うおっ!?」
突然、触手が引っ張られた。
水が動いたわけじゃない。
岩に張りついている相手が、大きく動いたわけでもない。
それなのに、俺の触手だけが相手の中心へ引き寄せられている。
「……何だこれ!?」
慌てて引き戻す。
だが、思った以上に強い力が働いていた。
触手の先端が、じわじわと相手へ近づいていく。
「……くそっ!」
俺は《粘着性》を強め、本体を岩へ固定した。
そして、触手を思い切り引っ張る。
ぐぐっ……。
……ぽんっ!
「うわっ!」
急に抵抗がなくなり、触手が勢いよく戻ってきた。
俺は反動で身体を大きく揺らしたが、何とか岩から剥がれずに済んだ。
「……危なっ!」
何だ、今の。
吸い込まれた?
いや、違う。
水の流れとは関係なく、触手そのものが引っ張られていた。
そんなことができる生物なんて、地球にいたっけ?
「……いや、ここ異世界だったな」
今さら驚くことでもないのかもしれない。
だが、理解できない力は怖い。
俺は慎重に距離を取り、相手の振動を確かめた。
……とく、とく。
相変わらず、その場から動く様子はない。
「……動けないのか?」
水たまりの底にいる生物も、同じように移動していなかった。
もしかすると、こいつらは岩に身体を固定して、近づいてきた獲物を捕まえる種類なのかもしれない。
だとしたら、さっきの力は捕食のためのものだろう。
「……面白いな」
怖い。
だが、それと同じくらい興味が湧いてくる。
身体を動かさずに、離れた獲物を引き寄せる。
もし、そんな性質を手に入れられたら?
「……かなり便利じゃないか?」
俺は考えた。
相手は小さい。
少なくとも、今まで出会った大型生物とは比較にならない。
しかも、岩に固定されているようで、こちらを追いかけてくる様子もない。
……これなら。
「……いけるかもしれないな」
もちろん、油断は禁物だ。
俺はまず、相手の反応をもう少し確かめることにした。
⸻
最初に試したのは、小石だった。
亀裂の中に転がっていた小さな石を、《粘着性》で触手の先端へくっつける。
そのまま、相手へ近づけた。
……とく。
振動が速くなる。
だが、何も起きない。
「……ん?」
もう少し近づける。
……とく、とく。
やはり、反応はない。
「……石には興味がないのか?」
俺は小石を岩の上へ置いた。
続いて、触手の先端だけを伸ばしてみる。
すると。
ぐんっ!
「……おおっ!?」
また引っ張られた!
慌てて触手を戻す。
今度は、さっきより早く離れることができた。
「……なるほど」
どうやら、こいつは生き物に反応しているらしい。
少なくとも、小石と俺の身体では反応が違う。
ただし、何を基準に見分けているのかは分からない。
振動か。
温度か。
それとも、まったく別の何かか。
「……だったら」
俺は今度、触手の先端を《硬質外皮》で覆ってみた。
表面を硬くし、できるだけ動かさないように近づける。
……とく。
相手が反応した。
だが、今度は引き寄せられる力が弱い。
「……お?」
さらに少し近づける。
……とく、とく。
ぐっ。
わずかに引っ張られたが、先ほどほどではなかった。
「……硬い部分には効きにくい?」
断定はできない。
だが、少なくとも何らかの違いはあるらしい。
俺は触手を引き戻した。
そして、次の方法を考える。
正面から近づけば引き寄せられる。
だったら、横から回り込めばどうだろう。
幸い、俺の身体は柔らかい。
狭い岩の隙間でも、形を変えながら進める。
それに、今は《構造形成》がある。
「……試してみるか」
俺は本体を岩に固定したまま、別の方向へ細い触手を伸ばした。
相手の周囲を探り、張りついている部分を確かめる。
……あった。
薄い膜のようなものが、岩へ広く密着している。
その端は、中心よりもずっと柔らかい。
「……ここなら」
俺は触手を細くし、膜と岩の間へ差し込んだ。
すると、わずかな隙間ができた。
「……よし」
続けて《硬質外皮》を発動する。
触手の先端を硬くし、薄い膜を少しずつ持ち上げた。
……ぐぐっ。
相手が反応する。
……とく、とく、とく!
振動が急に速くなった。
同時に、触手へ引っ張る力が働く。
「……くっ!」
だが、今度は準備している。
俺は本体を岩へ固定し、別の触手を伸ばした。
先端を広げ、《粘着性》を強める。
そして、持ち上げた膜の裏側へ触れた。
「……捕まえた!」
相手が激しく震える。
さっきまで岩に張りついていた身体が、少しずつ剥がれ始めた。
俺はその隙間へ《微弱毒分泌》を送り込んだ。
……じわっ。
すると、振動が一瞬だけ乱れた。
……とく、とく……とく。
「……効いてる?」
俺は慎重に力を加えた。
薄い膜を剥がし、身体を包み込む。
相手は必死に抵抗した。
何度も引っ張る力が働き、そのたびに俺の触手が相手へ吸い寄せられる。
だが、今回は逃がさない。
俺は身体の一部を硬くして岩へ固定し、残りの部分で相手を包み込んだ。
そして、柔らかい部分から捕食を始める。
「……よし、いける!」
栄養が流れ込んでくる。
最初はほんのわずかだったが、捕食が進むにつれて、その量は増えていった。
……とく、とく。
相手の振動が弱くなる。
そして。
……。
完全に止まった。
「……ふぅ」
俺はしばらく動かず、相手の様子を確かめた。
もう反応はない。
どうやら、捕食に成功したらしい。
「……よし!」
なかなか手強かった。
だが、今回の戦いは今までとは少し違う。
相手の性質を観察し、攻撃方法を考え、それを実行できた。
しかも、《構造形成》のおかげで、身体全体を危険に晒さずに済んだ。
「……やっぱり便利だな、この身体」
俺は満足しながら、残った部分を取り込もうとした。
そのときだった。
……ぞくっ。
「……ん?」
身体の奥へ、奇妙な感覚が流れ込んできた。
今までとは違う。
栄養ではない。
毒でもない。
冷たいような、温かいような。
何とも説明しにくい感覚だった。
「……何だ、これ?」
俺は思わず捕食を止めた。
だが、その感覚は消えない。
むしろ、身体の中心へ向かって少しずつ集まっていく。
そして。
《性質吸収》
《特殊器官を検出しました》
「……お?」
いつもの表示だ。
だが、今回は少し様子が違う。
新しい性質を獲得したという表示ではない。
特殊器官?
俺は続きを待った。
《魔力器官を確認》
《原初種の構造適応により再現可能》
《魔力器官(未成熟)を形成します》
「…………」
……魔力?
魔力って、あの魔力?
魔法を使うときに必要になる、あれ?
「……まじか!」
思わず身体を震わせた。
そうだ。
ここは異世界だ。
魔物らしき生物がいて、ゲームのような表示が現れる。
だったら、魔法があってもおかしくない。
いや、むしろ今まで考えなかった方が不思議なくらいだ。
「……ついに魔法か!」
期待が一気に膨らんだ。
火の玉。
氷の槍。
雷。
空を飛ぶ魔法なんてものもあるかもしれない。
もちろん、今の俺には手も口もない。
だが、魔法なら身体の形なんて関係ないんじゃないだろうか。
……たぶん。
そんなことを考えているうちに、身体の中心で小さな変化が始まった。
中枢核の近く。
そこに、今までとは違う小さな構造が形成されていく。
硬くもない。
柔らかくもない。
ただ、周囲とは明らかに異なる感覚を持った部分だった。
「……これが、魔力器官?」
俺は慎重に意識を向けた。
すると。
《魔力器官(未成熟)の形成が完了しました》
《MPの使用が可能になりました》
「……おおお!」
MP!
本当にあるのか!
ゲームのような仕組みだとは思っていたが、ここまで来るとさすがに驚く。
俺は興奮しながら、自分の状態を確かめようとした。
すると、頭の中に情報が浮かび上がった。
《種族:原初種》
《変異段階:第1段階》
《変異方向:万能適応型》
《魔力器官:未成熟》
《MP:使用可能》
「……おお」
ちゃんと表示されている。
ただし、期待していたような数値までは出てこなかった。
今の俺にどれくらい魔力があるのか。
何ができるのか。
それは分からない。
「……まあ、とりあえず試してみるか」
俺は魔力器官へ意識を集中させた。
すると、身体の奥にある奇妙な感覚が、少しだけ強くなる。
「……これか?」
試しに、身体の先端へ向かって動かそうとする。
……じわっ。
何かが流れた。
ほんのわずかだが、確かに身体の内部を移動している。
「……おお!」
俺は期待しながら、さらに意識を集中させた。
そして、身体の先端から魔力を放出するようにイメージする。
……。
…………。
「……あれ?」
何も起きない。
もう1度。
今度は、火の玉を作るつもりで。
……。
「…………」
駄目だ。
まったく反応しない。
「……いや、そんな簡単にはいかないか」
よく考えれば、魔力器官ができただけだ。
魔法の使い方なんて、誰にも教わっていない。
そもそも、魔力を動かせることと魔法を使えることが同じなのかどうかも分からない。
「……うーん」
俺は魔力器官へ、もう1度意識を向けた。
今度は無理に放出しようとせず、身体の中をゆっくりと移動させることだけを考える。
すると、わずかではあるが、魔力らしきものが流れ始めた。
「……お?」
さっきより、少しだけ動かしやすい。
俺はそのまま、触手の先端へ魔力を集めてみた。
……じわり。
何かが集まる。
だが、それ以上は何も起きなかった。
「……まあ、最初はこんなもんか」
そう思った瞬間。
ぐらっ。
「……ん?」
身体の感覚が急に鈍くなった。
触手の先端が岩から滑り、身体の一部が崩れる。
「……うわっ!?」
慌てて《粘着性》を強めた。
何とか落下を防いだものの、身体の奥から強い疲労感が湧き上がってくる。
「……え、何?」
さっきまで、こんなに疲れていなかったはずだ。
捕食した栄養だって、十分に残っている。
それなのに。
「……まさか、MP切れ?」
俺は魔力器官へ意識を向けた。
すると、さっきまで感じていた奇妙な流れが、ほとんど分からなくなっていた。
「……使いすぎたのか」
どうやら、未成熟という説明は伊達ではないらしい。
少し魔力を動かしただけで、こんな状態になるとは。
「……先は長そうだなぁ」
俺は身体を小さくまとめた。
それでも、気分は悪くなかった。
初めて魔力というものを手に入れたのだ。
今は使い方が分からなくても、練習すれば何かできるようになるかもしれない。
それに、今後もっと多くの生物を捕食していけば、魔力器官そのものが成長する可能性だってある。
「……楽しみが増えたな」
俺は身体を休めながら、周囲の振動を確かめた。
……とくん。
水たまりの底から、いつもの振動が伝わってくる。
「……あ」
そういえば。
さっき捕食した生物も、あの生物と似たような振動を出していた。
しかも、同じように獲物を引き寄せる力を使っていた。
……ということは。
「……あいつも魔力を使ってるのか?」
可能性はある。
むしろ、かなり高いんじゃないだろうか。
魔力器官を持つ生物が、岩の奥から獲物を引き寄せる。
そう考えれば、あの奇妙な力にも説明がつく。
もちろん、確証はない。
だが、もし本当にそうなら。
「あいつを捕食できたら、もっとすごいものが手に入るかもな……」
そんな考えが浮かんだ。
……いや。
待て待て。
俺は慌てて自分を戒めた。
あいつは、さっきの小さな生物とは比較にならない。
水たまり全体を動かし、獲物を引きずり込むほどの力を持っている。
今の俺が挑めば、間違いなく食われる側だ。
「……まだ早いな」
俺は水たまりの底から意識を離した。
まずは魔力器官を使いこなせるようになること。
そして、もっと身体を成長させること。
焦っても仕方ない。
そう考えながら、狭い亀裂を引き返し始めた。
……そのときだった。
……とくん。
いつもの振動。
だが。
……とく、とく。
「……ん?」
俺は動きを止めた。
今まで一定だった振動の間隔が、ほんの少しだけ変わっている。
しかも、さっき俺が魔力を動かしていたときからだ。
「……まさか」
俺は試しに、身体の奥に残ったわずかな魔力へ意識を向けた。
そして、それをほんの少しだけ動かしてみる。
……じわっ。
身体の中を、微かな感覚が流れる。
すると。
……とくん!
水たまりの底から、強い振動が返ってきた。
「…………」
俺は動きを止めた。
偶然か?
いや、今のは……。
もう1度試そうとして、やめた。
もし相手が魔力に反応しているのだとしたら、これ以上刺激するのは危険だ。
「……気づかれた?」
嫌な予感がした。
今まで、あの生物は岩の奥からほとんど動かなかった。
だからこそ、一定の距離を保てば安全だと思っていた。
だが、もし魔力を感じ取れるなら?
俺がここにいることを、相手は分かっているのかもしれない。
……とくん。
再び振動が届く。
俺は身体を縮めた。
そして、できるだけ音を立てないように亀裂の奥へ移動した。
今は逃げよう。
せっかく新しい器官を手に入れたのだ。
ここで失うわけにはいかない。
俺は狭い通路を抜け、安全な岩の陰へ滑り込んだ。
そこでようやく動きを止める。
「……ふぅ」
どうやら、追いかけてくる様子はない。
少なくとも今のところは。
俺は身体を小さく丸め、魔力器官へ意識を向けた。
まだ未熟な、小さな器官。
できることは、ほとんどない。
それでも、確かに新しい可能性が生まれていた。
「……魔法かぁ」
元の世界では、物語の中にしか存在しなかったもの。
それが、この身体の中にある。
まだ信じられない気分だった。
俺はしばらく、その感覚を確かめていた。
そして、ふと思う。
この世界には、魔力を扱える生物がいる。
だったら、魔法を使える人間だっているのかもしれない。
もし出会えたら、教えてもらえるだろうか。
……いや。
その前に、もっと大きな問題がある。
「……俺、喋れないんだよな」
今の俺には口がない。
声を出すための器官もない。
人間に出会えたとしても、意思疎通できるかどうか分からないのだ。
しかも、こんな姿で近づいたら、魔物として攻撃される可能性だってある。
「……そっちも考えないとなぁ」
身体を変化させる。
相手の性質を取り込む。
魔力を扱う。
それだけでは足りない。
この世界で生きていくためには、他の誰かと意思を伝え合う方法も必要になるだろう。
俺は身体の一部を細く伸ばした。
そして、先端を小さく膨らませてみる。
……ぐにゅっ。
「……口って、作れるのかな?」
もちろん、単純に穴を開ければいいというものではない。
音を出すには、空気を動かしたり、何かを振動させたりする仕組みが必要なはずだ。
それでも。
今の俺なら、試すことくらいはできるかもしれない。
「……よし」
俺は触手の先端を、もう少しだけ変形させた。
中に小さな空間を作り、その周囲を薄くする。
そして、そこへ意識を集中させた。
……。
……。
「…………」
何も起きない。
まあ、当然か。
「……簡単じゃないな」
俺は苦笑するような気分で身体を揺らした。
魔力を手に入れたと思ったら、今度は声の出し方を考えている。
本当に、やることが尽きない。
けれど。
「……悪くないかもな」
何もできなかった頃に比べれば、ずっといい。
少なくとも今は、挑戦できることがある。
失敗しても、また試せばいい。
生き残ってさえいれば、少しずつ前へ進める。
俺は身体を岩へ密着させ、静かに休むことにした。
その中心には、中枢核。
そして、その近くには新しく形成された魔力器官がある。
まだ小さく、未熟な器官。
だが、そこには確かに、今までとは違う力が宿っていた。
「……次は、声だな」
俺はそう決めて、意識を落ち着かせた。
いつか誰かに出会ったとき。
せめて、自分が敵ではないと伝えられるように。
そして何より。
もう1度、自分の声で話してみたかった。




