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ゲームだと思ったら原初の生命に転生しました。  作者: くんくん
第2部

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第3部 第21話 居場所は、もうある

休みの日に、一番難しいことは何だろう。


何もしないこと。


昨日までの俺なら、そう答えていたと思う。


だが、今は違う。


「……ノア」


……はい。


「その触手は何だ?」


……触手ですけど。


「何のために伸ばした?」


……。


俺は、自分の身体から伸びた細い触手を見た。


先端は硬く、途中には柔らかな関節。


昨日、水路で使った構造を少し改良しようとしていたところだ。


……いや。


別に、激しい運動はしてないんだけど。


「今日は休むと約束したであろう?」


……しましたね。


俺はゆっくり触手を引っ込めた。


すると、寝台の上にいたルナが満足そうに頷いた。


「うむ。それでよい」


……何だろう。


最近、ルナの方が俺の扱いに慣れてきた気がする。


しかも、結構厳しい。


俺は身体を丸め、窓の外へ目を向けた。


レムナの朝。


昨日の増水が嘘のように、空は晴れている。


ただし、町の様子はいつもと少し違っていた。


運河沿いには土のついた木材が積まれ、橋の下では作業員たちが流木を回収している。


東の調整池には、今も水が残っているはずだ。


大きな被害は防げた。


でも、全部が元どおりになったわけじゃない。


……復旧、大変そうだな。


俺が窓の外を眺めていると、ルナが寝台から飛び降りた。


「よし。出かけるぞ」


……え?


俺は振り返った。


「休むのであろう?」


……そうだけど。


「ならば、仕事以外のことをすればよい」


……なるほど。


その理屈、結構好きだな。


俺は荷物を引き寄せた。


今日は、ゆっくり町を歩くことにしよう。


◇


中央運河へ向かう途中、俺たちは妙なものを見つけた。


橋のたもと。


何人もの子どもたちが、地面へ大きな絵を描いている。


……お?


何だろう。


俺は近づいてみた。


描かれていたのは、大きな川。


その横には、倉庫らしい建物。


さらに、巨大な魚が1匹。


……あ。


昨日の出来事を描いてるのか。


俺が眺めていると、子どもたちの中からフィンが飛び出してきた。


「ノア! ルナ!」


……おお。


久しぶり。


いや、そこまで久しぶりでもないか。


フィンは嬉しそうに俺たちを手招きした。


「ちょうどよかった! これ見てよ!」


……ん?


俺は絵を見た。


大きな川。


大きな魚。


その手前には、何本もの腕を広げた黒っぽい塊。


……。


……あれ?


俺は少し首を傾げた。


「これ、ノアなんだ!」


……え。


俺?


俺はもう1度、絵を見た。


やたら太い身体。


そこから伸びる8本の腕。


さらに、頭らしき部分には大きな牙まで描かれている。


……おいおい。


俺、こんな姿だったっけ?


「昨日、町を水から守ったんだろ!」


フィンが目を輝かせている。


「みんな、すごかったって言ってたよ!」


……いや。


確かに、ちょっとは頑張ったけど。


俺は絵を指した。


「……きば、ない」


フィンが首を傾げる。


「牙?」


俺は頷いた。


「……ない」


「でも、あった方が強そうじゃん!」


……。


そういう問題か?


俺が身体を揺らしていると、ルナが横から絵を覗き込んだ。


「……ふむ」


……ん?


「なかなか立派ではないか」


……ええっ!?


お前まで!?


ルナは得意そうに続けた。


「我の相棒なら、それくらいの迫力があってもよい」


……いやいや。


迫力はともかく、これじゃ悪い魔物みたいだろ!


俺は抗議するように触手を振った。


だが、フィンはすでに別の絵を描き始めていた。


今度は、小さな白銀の生き物。


大きな耳。


長い尻尾。


その周りに、何本もの線が伸びている。


……あ。


ルナか。


「こっちはルナ! すっごい衝撃で流木を吹っ飛ばしたんだって!」


……おお。


結構、格好いいな。


俺はルナを見た。


ルナも、満足そうに絵を眺めている。


「うむ。悪くない」


……。


……何で俺だけ牙が生えてるんだよ。


フィンが笑う。


「ノアは、もっと大きく描いてもいい?」


……もういいよ。


好きにしてくれ。


俺は諦めて身体を低くした。


子どもたちの笑い声が、橋の下まで響いた。


◇


「昨日は、本当に大変だったみたいですね」


昼前。


俺たちは冒険者ギルドの受付にいた。


シエナから、調査の報酬を受け取ってほしいと連絡があったためだ。


休みの日ではあるが、報酬を受け取るくらいなら問題ないだろう。


……多分。


俺がルナを見ると、彼女は小さく頷いた。


「うむ。今日は仕事を受けるわけではないからな」


……よかった。


許可が出た。


俺は少し笑った。


シエナは机の上へ、2つの小さな袋を置いた。


「こちらが、今回の調査に対する報酬です。ノアさんとルナさん、それぞれの分になります」


……お。


俺たちは袋を受け取った。


ルナは自分の袋を、早速荷物へ入れている。


……あれ?


中身、確認しなくていいのか?


「シエナが間違えるとは思わぬのでな」


……なるほど。


信頼してるんだな。


俺も袋を確かめ、荷物へ収めた。


シエナは続けた。


「それから、町の水利管理局からも謝礼が出ることになりました」


……え?


俺は顔を上げた。


「今回の増水では、旧水路の調査結果が被害を抑える助けになったそうです。正式な報告書がまとまったら、追加の報酬もお渡しできると思います」


……おお。


それは、ありがたいな。


俺は身体を上下させた。


「……ありがと」


「こちらこそ、本当に助かりました」


シエナは微笑んだ。


そして、少しだけ表情を変えた。


「……実は、もう1つお話があるんです」


……ん?


俺は顔を上げた。


シエナは新しい書類を取り出した。


「水利管理局から、お二方を今後も継続して雇いたいという申し出がありまして」


……え?


俺は動きを止めた。


雇う?


俺たちを?


「今回の調査で、ノアさんの能力が水路管理にとても役立つことが分かりました。ルナさんの《衝撃》も、狭い場所での作業に応用できるそうです」


……ああ。


なるほど。


確かに、そういう仕事には向いているかもしれない。


シエナは続けた。


「もちろん、冒険者として正式に登録する話とは別です。協力者札を持つお二方に、町の水路監視を継続してお願いしたいというものですね」


……なるほど。


俺は書類を見た。


内容は読めない。


だが、シエナが説明してくれた条件は、かなり良さそうだった。


定期的な報酬。


町に滞在するための宿の手配。


必要な道具は管理局が用意してくれる。


危険な場所へ入る場合は、別途報酬も出るらしい。


……へえ。


結構、ちゃんとしてるな。


「すぐに返事をいただかなくても構いません」


シエナが言った。


「お二方がこの町に残りたいかどうか、ゆっくり考えてください」


……。


俺は、しばらく書類を見つめていた。


町に残る。


仕事をする。


毎日、決まった場所へ行く。


そして、帰ってくる。


……それって。


俺が元の世界でやっていたことに、少し似ているな。


◇


ギルドを出たあと、俺たちは運河沿いの広場へ向かった。


石の階段に腰を下ろす人たち。


荷船を眺める子ども。


屋台から漂ってくる、焼き菓子の香り。


いつもと変わらないレムナの昼下がりだ。


俺は、石段の上で身体を丸めた。


ルナは隣へ座り、しばらく川を眺めている。


……さて。


どうしたものかな。


正直、悪い話じゃない。


むしろ、かなりいい。


ここなら、俺たちを魔物だからといって追い払う人も少ない。


ギルドも協力的だし、ネリやジェド、ドーラたちもいる。


仕事もある。


稼いだお金で、宿に泊まれる。


……うん。


十分すぎるくらい、いい環境だ。


しかも、俺はまだ味覚を獲得していない。


身体の形も、人間のように自由に動かせるわけじゃない。


これから先の旅で、何が起きるかも分からない。


……それなら。


ここへ残る方が、安全なのかもしれない。


俺は、少し考え込んだ。


前世の俺は、29歳のフリーターだった。


特別な資格もなく、いくつもの仕事を経験してきた。


生活に困るほどじゃなかった。


でも、これから先どうなるのかと考えると、少し不安になることはあった。


だから。


もし、あの頃の俺が、こんな条件の仕事を紹介されたなら。


……喜んで飛びついていたかもしれないな。


俺は少し笑った。


だが。


今の俺は、どうなんだろう。


◇


「……ノア」


ルナが静かに呼んだ。


……ん?


俺は顔を向けた。


「迷っておるのか?」


……ああ。


俺は頷いた。


ルナは少し考えたあと、運河へ目を向けた。


「我は、この町が嫌いではないぞ」


……お。


俺は少し驚いた。


「食べ物も美味い。人々も親切だ。それに、あの地下水域はなかなか面白かった」


……ああ。


そうだな。


俺も、この町は好きだ。


ルナは続ける。


「ここへ残るというのも、悪い選択ではないと思う」


……。


俺は少し黙った。


そっか。


ルナも、そう思うのか。


俺は触手を伸ばした。


「……ルナ」


「何だ?」


俺は少し考えた。


そして、短く尋ねた。


「……ここ、すむ?」


ルナは、しばらく俺を見つめていた。


やがて、静かに首を傾げる。


「……貴様は?」


……え?


俺は動きを止めた。


ルナは続けた。


「我の考えを聞くのはよい。だが、貴様自身はどうしたいのだ?」


……。


……俺か。


俺は運河へ目を向けた。


この町で暮らす。


それも、悪くない。


でも。


……まだ。


俺は自分の身体を見た。


原初種。


最初は、ただの小さな不定形の生き物だった。


洞窟で目を覚まし、何が起きたのかも分からなかった。


食べることしかできなかった。


動くことさえ難しかった。


それでも。


少しずつ、できることが増えてきた。


ルナと出会い。


洞窟を抜け。


町へ入り。


川を渡り。


そして、レムナへやってきた。


……そのたびに。


俺は、知らないものを見てきた。


知らない生き物。


知らない景色。


知らない人たち。


……正直。


まだまだ、足りない。


俺は、もっと見たい。


もっと知りたい。


もっと、この世界を歩いてみたい。


……うん。


答えは、もう出てるな。


俺は身体を持ち上げた。


「……たび」


ルナの耳が動いた。


「……旅か?」


俺は頷いた。


「……まだ、いく」


ルナは、しばらく何も言わなかった。


そして。


「……ふふっ」


小さく笑った。


……ん?


俺は顔を上げた。


「やはりな」


……え?


ルナは得意そうに胸を張った。


「貴様なら、そう言うと思っておった」


……あ。


分かってたのか?


「当然であろう」


ルナは川の向こうへ目を向けた。


「我も、まだ知らぬ場所を見たい」


……お。


俺は少し驚いた。


「この町はよいところだ。だが、この町だけが世界のすべてではあるまい」


……ああ。


そのとおりだ。


ルナは続ける。


「山も、森も、まだ知らぬ土地もある。どんな魔物がいるのか、どんな景色が広がっているのか、我も興味がある」


……うん。


俺もだ。


俺は身体を小さく揺らした。


すると、ルナは俺を見た。


「それに」


……ん?


「貴様が旅を続けるなら、我にも都合がよい」


……都合?


俺は首を傾げた。


ルナは少しだけ笑った。


「貴様が強くなるところを、まだ見ていたいのでな」


……。


……ああ。


そう来たか。


俺は少し嬉しくなった。


だが、ルナは続けた。


「もちろん、我も強くなるぞ。いつまでも貴様にばかり活躍されては困るからな」


……はは。


そうだな。


俺は触手を伸ばした。


「……いっしょ」


ルナも前脚を持ち上げる。


「うむ」


軽く触れ合う。


「我も、自分の意思で行くのだ」


……。


俺は、一瞬動きを止めた。


そして、ゆっくり頷いた。


……そうだな。


俺が連れていくんじゃない。


ルナがついてくるんでもない。


2人とも、まだ旅をしたい。


だから、行く。


……それでいいんだ。


◇


午後。


俺たちは、もう1度ギルドへ戻った。


シエナは、受付で書類を整理しているところだった。


「あら。もう決まりましたか?」


……ああ。


俺は頷いた。


「……たび、いく」


シエナは、一瞬だけ目を丸くした。


それから、静かに微笑んだ。


「……そうですか」


俺は少しだけ身体を低くした。


せっかく、いい仕事を紹介してくれたのに。


断るのは、少し申し訳ないな。


すると、シエナが首を振った。


「気にしないでください。お二方が旅を続けたいなら、それが一番です」


……お。


ありがたい。


ルナも頷いた。


「うむ。また、この町へ来ることもあるだろう」


「ええ。いつでも歓迎します」


シエナは書類をしまい、代わりに別の紙を取り出した。


「でしたら、こちらをお渡ししましょう」


……ん?


俺は紙を見た。


そこには、大きな地図が描かれていた。


レムナの町。


大河。


そして、南へ続く街道。


「旅人向けの周辺地図です。最近、水路の調査で随分とお世話になりましたから」


……おお。


地図!


俺は少し嬉しくなった。


今まで、知らない場所へ行くときは、人に聞きながら進むことが多かった。


でも、地図があれば、もっと自由に道を選べる。


……あ。


ただし、文字が読めないんだった。


俺は少しだけ身体を縮めた。


シエナはすぐに気づいたらしい。


「……地名が分からないですか?」


……うん。


俺は頷いた。


シエナは少し考えた。


そして、地図の中央を指した。


「ここがレムナです」


……ああ。


今いる町だな。


続いて、南へ伸びる街道。


「この道を進むと、川沿いの平地を抜けて、南の丘陵地帯へ入ります」


……丘陵地帯。


俺は地図を見た。


緩やかな線が何本も描かれている。


その先には、少し大きな山の印。


……へえ。


面白そうだな。


シエナは、さらに先を指した。


「こちらは風渡りの丘と呼ばれる場所です。高い場所にあるため、レムナとは随分景色が違うそうですよ」


……風渡りの丘。


俺は少し顔を上げた。


水の町から、風の丘へ。


……いいな。


響きが。


ルナも興味を持ったらしい。


「ほう。風が強い場所なのか?」


「ええ。荷車が横へ流されるほど強く吹く日もあるそうです。ただ、空気が澄んでいて、晴れた日には遠くまで見渡せるとか」


……へえ。


それは、見てみたいな。


「ただし、増水の影響で南の街道も一部通行が制限されています。再開の知らせを確認してから出発してくださいね」


……ああ。


そうか。


昨日の増水は、町だけの問題じゃないんだもんな。


俺は頷いた。


「……わかった」


シエナは地図を畳み、俺へ渡してくれた。


……よし。


これで、次の行き先が見えてきた。


◇


宿へ戻る途中。


俺たちは、以前立ち寄ったドーラの工房の前を通った。


……ん?


俺は足を止めた。


店先に、小さな木箱が置かれている。


その中には、金属製の輪や留め具がいくつも並んでいた。


……あ。


そういえば。


前にここで、身体に合わせて使える荷物用の留め具を作ってもらったんだったな。


俺は少し懐かしくなった。


すると、工房の奥から声がした。


「おや、ノアじゃないか!」


ドーラだ。


俺は触手を持ち上げた。


「……こんにちは」


「今日は仕事じゃないのかい?」


……ああ。


休みです。


俺は小さく頷いた。


ドーラは俺とルナを見比べた。


「そういや、町の水路監視を頼まれたって聞いたよ。どうするんだい?」


……お。


もう知ってるのか。


俺は地図を持ち上げた。


「……たび」


ドーラは一瞬、驚いたようだった。


それから、豪快に笑った。


「はははっ! やっぱりそうか!」


……え?


俺は顔を上げた。


「いやね。あんたたち、どう見ても1つの町にじっとしてるタイプじゃないと思ってさ」


……そうですか。


俺は少し笑った。


ドーラは工房の中へ戻り、小さな革袋を持ってきた。


「だったら、これを持っていきな」


……ん?


俺は袋を受け取った。


中には、丈夫そうな留め具がいくつか入っている。


以前のものより、少し小さい。


だが、金属の表面は滑らかに磨かれていた。


「水に濡れても錆びにくいようにしてある。身体の形を変えても、荷物がずれにくいよう工夫したんだ」


……おお。


これは、ありがたいな。


俺は早速、荷物へ取りつけてみた。


触手を伸ばす。


縮める。


身体を少し細くする。


……よし。


前より、ずっと安定してる。


「……すごい」


俺が言うと、ドーラは得意そうに笑った。


「だろう?」


……ああ。


本当に。


俺は少し嬉しくなった。


すると、ルナが横から言った。


「我の分はないのか?」


……おい。


俺は思わず振り返った。


ドーラが笑う。


「もちろん、あるよ」


……え。


あるの?


ドーラは別の小さな袋を取り出した。


中には、ルナ用の軽い金具と丈夫な紐が入っていた。


「こっちは、あんたの身体に合わせて作ってある。走っても荷物が揺れにくいはずだよ」


ルナの目が輝いた。


「……おお!」


……よかったな。


ルナは嬉しそうに荷物を確かめていた。


その様子を見て、俺も少し笑った。


……こういう人たちと出会えたのも。


レムナへ来たからなんだよな。


俺はもう1度、ドーラへ目を向けた。


「……ありがと」


ドーラは片手を振った。


「いいってことさ。またこの町へ来たら、工房へ顔を出しな!」


……ああ。


もちろん。


俺は頷いた。


◇


夜。


宿の部屋へ戻った俺は、机の上へ地図を広げていた。


レムナ。


大河。


南の街道。


そして、風渡りの丘。


……いいな。


俺は地図を眺めた。


どこまで行けるんだろう。


この世界は、どれくらい広いんだろう。


まだ知らない国や町が、どれだけあるんだろう。


……考えるだけで、楽しくなってくるな。


すると、ルナが隣へやってきた。


「……ノア」


……ん?


「文字は読めるようになったのか?」


……。


…………。


そうだった。


俺は地図を見た。


書かれている文字は、まだほとんど読めない。


町の名前も、シエナから説明してもらった場所なら分かる程度だ。


……うーん。


これは、ちょっと困るな。


ルナが笑った。


「ならば、これから覚えればよい」


……あ。


そうだな。


俺は顔を上げた。


別に、急に全部を読めるようになる必要はない。


少しずつ覚えればいいんだ。


今まで、声を出せるようになったときも。


身体を動かせるようになったときも。


全部、そうしてきた。


……よし。


俺は触手を細くした。


先端へ、少しだけ硬い部分を作る。


そして、机の上に置いた紙へ線を引いた。


シエナに教えてもらった、レムナの文字。


……こんな形だったかな。


最初は、かなり歪んだ。


2回目も、あまり上手くいかない。


だが、3回目で少し似てきた。


……お。


いけるじゃないか。


俺は少し嬉しくなった。


すると、ルナが隣から覗き込んだ。


「……ふむ」


……どう?


「……我が祭りで描いた絵よりは、上手いな」


……。


比較対象、それでいいのか?


俺は思わず身体を揺らした。


ルナも楽しそうに笑った。


俺はもう1度、紙へ線を引いた。


今度は、少しゆっくり。


……よし。


まだ下手だけど。


確かに、さっきよりは上手くなった。


俺はその文字を、しばらく眺めていた。


レムナ。


俺たちが、しばらく暮らした町。


ここで出会った人たち。


覚えたこと。


できるようになったこと。


……いろいろあったな。


俺は地図へ目を向けた。


南へ続く街道。


その先にある、まだ知らない場所。


……よし。


次は、あそこだ。


俺は触手を伸ばし、風渡りの丘がある辺りを指した。


「……ルナ」


「何だ?」


俺は短く言った。


「……つぎ、ここ」


ルナは地図を覗き込んだ。


それから、少しだけ笑う。


「……うむ。悪くない」


……だろ?


俺は嬉しくなった。


すると、ルナが続けた。


「だが、街道が開くまでは待つのだぞ」


……ああ。


分かってる。


無理に増水した道へ入るつもりはない。


それまでは、ちゃんと身体を休めよう。


旅の準備も必要だ。


足りない道具もあるし、地図の読み方だって覚えたい。


……忙しいな。


休むつもりだったのに。


俺は少し笑った。


すると、ルナが寝台へ跳び乗った。


「……ノア」


……ん?


「そろそろ寝るぞ」


……ああ。


そうだな。


俺は地図を丁寧に畳み、荷物へしまった。


そして、部屋の灯りを落とす。


窓の外には、レムナの夜景が広がっていた。


川の流れ。


橋の灯り。


遠くの港から聞こえる、人々の声。


……いい町だったな。


いや。


まだ、ここにいるんだけどさ。


俺は少し笑った。


そして、静かに考えた。


この町には、俺たちの居場所がある。


仕事もある。


知り合いもできた。


帰ってくる場所として、覚えておきたい。


……でも。


だからといって、ここに留まる必要はない。


居場所ができたからこそ。


安心して、次へ進めることもある。


俺は身体を丸めた。


隣では、ルナが静かに目を閉じている。


……さて。


次は、どんな場所へ行こうか。


俺は頭の中で、風渡りの丘を思い浮かべた。


高い丘。


強い風。


遠くまで続く景色。


……楽しみだな。


そんなことを考えながら。


俺は、ゆっくり意識を落としていった。

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