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ゲームだと思ったら原初の生命に転生しました。  作者: くんくん
第2部

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第3部 第15話 追いかける側

水草が、一斉に倒れた。


……ん?


水の中に風はない。


なのに、岩の隙間から伸びていた水草が、何かに押し潰されたように同じ方向へなびいている。


俺は動きを止めた。


《水流感知》。


……来る。


水の動きが、急に変わった。


細い流れの奥から、大きなものが近づいている。


それも、かなり速い。


俺は水中の岩へ触手を固定した。


次の瞬間。


――ザシュッ!


黒い影が、目の前を横切った。


俺の身体の端が、浅く切り裂かれる。


……っ!?


何だ、今の!


影は水中で大きく弧を描くと、再びこちらへ向き直った。


細長い身体。


鋭く尖った頭。


そして、背中から尾まで並ぶ、薄い刃のような鰭。


……おいおい。


あれ、魚なのか?


どう見ても、水の中を泳ぐ刃物なんだけど。


しかも、そいつは俺を見つけると、大きな口を開いた。


……あ。


まずい。


完全に、獲物だと思われてる。


◇


話は少し前に遡る。


「今日は水門の奥を調べるわ」


地下回廊で、ネリが新しい図面を広げた。


レムナの地下水域。


巨大な魔物の鰭に絡まっていた鉄輪を外してから、周辺の水流は随分落ち着いていた。


もちろん、すべての問題が解決したわけではない。


古い水門は応急修理のままだし、さらに奥の水路がどこへ続いているかも分かっていない。


そこで、今日の目的は地下水域の南側を調べることになった。


「昨日、ジェドに水位を測ってもらったんだけど、南側から入ってくる水があるみたいなの」


「地下の湧き水か?」


ルナが尋ねる。


「その可能性もあるわ。ただ、量が多すぎるのよ。大河から繋がっている別の水路かもしれない」


……なるほど。


俺は図面を覗き込んだ。


地下水域の中央には、巨大な水門。


北側には町へ続く排水路。


そして、南側はまだ何も描かれていない。


……ここを調べるわけか。


「今回は人が通れる回廊を使って南側へ進むわ。水中の細かい部分だけ、ノアに確認してもらいたいの」


俺は頷いた。


「……わかった」


「ただし、深い場所には行かないこと。水門が安定していても、ほかの場所まで安全とは限らないから」


……了解。


最近、こういう注意を受ける回数が増えた気がする。


まあ、心当たりはあるけど。


「ノア」


ルナが俺を見た。


「今日は妙なものを見つけても、すぐ食いつくでないぞ」


……。


お前にだけは言われたくない!


俺が触手を振ると、ジェドが笑い出した。


「はははっ! 確かに、食いしん坊同士で似た者同士だな!」


「我は食べ物を選んでおる!」


……そこは否定するんだ。


ネリが呆れたように図面を畳んだ。


「はいはい。仲がいいのは分かったから、そろそろ行くわよ」


……あ。


すみません。


俺たちは彼女の後を追い、地下回廊の奥へ向かった。


◇


水域の南側は、これまで見てきた場所とは随分違っていた。


北側には古い石造りの水門や通路が残っていたが、こちらは自然の岩壁が多い。


天井からは細長い岩が垂れ下がり、水面の近くには白い鉱物が付着している。


青灯クラゲの数も少なかった。


代わりに、水中には色鮮やかな水草が広がっている。


……おお。


こっちは、また違う景色だな。


俺は石柵の向こうを覗き込んだ。


深い青緑色の水。


その底では、小さな魚たちが群れを作っていた。


細い身体を持つもの。


丸い鰭を広げて泳ぐもの。


岩へ張りついているものまでいる。


……すごい。


こんな狭い地下水域に、これだけの生き物がいるのか。


「ノア、見よ」


ルナが水面を指した。


そこには、見覚えのある黒緑色の影があった。


……あ。


あいつらか。


先日、俺たちが助けた巨大な魔物。


その近くを、小さな同じ姿の生き物が3匹泳いでいる。


……元気そうだな。


俺は少し嬉しくなった。


大きな魔物の左鰭も、以前より自然に動いている。


傷そのものはまだ残っているようだが、身体を石壁へ擦りつけることはなくなっていた。


「ふむ」


ルナが目を細めた。


「随分と落ち着いたものだな」


……ああ。


助けてよかったな。


俺たちが見ていると、小さな魔物の1匹が親の背中へ近づいた。


大きな魔物は身体を少し傾け、背鰭の陰へ小さな影を入れてやる。


……お。


何だか、ほのぼのするな。


「……あれ、乗っておるのか?」


ルナが少し身を乗り出した。


……いや。


泳いでるだけじゃないか?


俺は目を凝らした。


確かに、小さな魔物が親の背中に沿うように進んでいる。


……ああ。


流れを避けてるのかもしれないな。


大きな身体の陰なら、水の抵抗も少なそうだし。


ルナはしばらく眺めていたが、やがてぽつりと言った。


「……我も、あのように乗ってみたいものだ」


……え。


あの巨大な魔物に?


俺は思わずルナを見た。


「何だ?」


……いや。


さすがに、それはやめておこうな。


俺が触手を左右へ振ると、ルナは不満そうに鼻を鳴らした。


「冗談だ。貴様は心配性だな」


……本当かなあ。


俺は少し疑わしかった。


◇


しばらく進むと、回廊が途切れた。


その先には、小さな石の足場が残っている。


足場の下は、かなり深そうだった。


「ここから先は、水中でしか調べられないわね」


ネリが言った。


俺は水面へ目を向けた。


……なるほど。


向こう側には、岩壁の隙間がある。


その奥から水が流れ込んでいるらしい。


《水流感知》があれば、流れの方向は確かめられそうだ。


「……みる」


俺が言うと、ネリは頷いた。


「お願い。今回は向こうの岩場までね。命綱はいつもどおり使うわ」


ジェドが縄を準備する。


俺は身体の中央へ固定用の輪を作った。


……よし。


もう、随分慣れたな。


ただし、今日は少し違う。


水中移動用の空洞は、小さく2つ作っておく。


大きな噴出口を1つ作るより、左右の力を細かく調整しやすいかもしれないと思ったからだ。


……さて。


どうなるかな。


俺が形を整えていると、ルナが近づいてきた。


「……ノア」


……ん?


「向こう側で何かあったら、すぐ戻るのだぞ」


……分かってる。


俺は頷いた。


すると、ルナは少しだけ目を細めた。


「貴様は、面白そうなものを見つけると、周りが見えなくなることがあるのでな」


……うぐっ。


否定できない。


俺は触手を伸ばし、ルナの前脚へ軽く触れた。


「……だいじょうぶ」


ルナは一瞬黙ったあと、小さく頷いた。


「……うむ。信じておる」


……お。


その言い方、何だか嬉しいな。


俺は身体を持ち上げた。


それから、静かに水へ入った。


◇


南側の水域は、思っていたより流れが複雑だった。


岩の隙間から冷たい水が入り込み、底の方では別の流れとぶつかっている。


水草が、ゆっくり揺れていた。


……なるほど。


俺は《水流感知》で周囲を確かめた。


右から、細い流れ。


下からは、少し強い流れ。


そして、奥の岩場からは、さらに冷たい水が入ってくる。


……こっちだな。


俺は左右の小さな噴出口から、交互に水を押し出した。


――シュッ。


身体が前へ進む。


右側を強くすれば、左へ曲がる。


反対側を強くすれば、右へ。


……お。


いい感じ。


以前より、ずっと細かく動ける。


俺は少し嬉しくなった。


だが、今日は練習に来たわけじゃない。


俺は速度を落とし、岩壁へ近づいた。


……お。


見えた。


大きな亀裂だ。


幅はそれほど広くないが、奥まで続いている。


そこから、絶えず水が流れ込んでいた。


……なるほど。


地下水域を満たしている水の一部は、ここから来ているのか。


俺は亀裂の周囲を調べた。


岩の表面には、細かな擦り傷。


水底には、小さな石が積もっている。


そして。


……ん?


黒いものが、奥へ続いている。


俺は目を凝らした。


……鱗?


いや。


魚の鱗というより、薄い刃みたいな形だ。


俺は少し近づこうとした。


その瞬間。


水草が、一斉に倒れた。


……え?


《水流感知》。


強い流れ。


奥から、何かが来る。


……っ!


俺は反射的に身体を低くした。


だが、間に合わなかった。


――ザシュッ!


黒い影が、身体の端を切り裂いていく。


……痛っ!


俺は慌てて岩へ触手を固定した。


目の前で、大きな魚が向きを変える。


細長い身体。


鋭い頭。


そして、刃物のような背鰭。


……何だよ、こいつ!


魚は大きな口を開き、こちらを睨んでいる。


……あ。


これ。


完全に、俺を食う気だな。


◇


最初の突進は、何とか避けられた。


《水流感知》で相手の動きを読み、横へ噴射する。


――シュバッ!


魚が、すぐ横を通り過ぎる。


……危なっ!


だが、相手はすぐに向きを変えた。


……速い。


しかも、狭い場所での動きに慣れている。


俺が噴射の準備をしている間に、もう次の攻撃へ入ってくる。


……くそっ。


まともに追いかけっこをしたら、こっちが不利だ。


俺は身体の一部を硬くした。


《硬質外皮》。


魚が突っ込んでくる。


――ガキッ!


背鰭が硬い部分へぶつかった。


……っ!


重い!


しかも、刃のような部分が表面へ食い込んでくる。


俺は慌てて《緩衝膜》を重ねた。


衝撃が少し和らぐ。


だが、それでも完全には防げなかった。


硬い外皮の端が削れ、身体の一部が水中へ散った。


……っ。


くそ。


やっぱり、ただ硬くするだけじゃ駄目か。


俺は岩壁へ身体を寄せた。


魚は少し離れた場所で、また向きを変えている。


……さて。


どうする。


逃げるだけなら、できるかもしれない。


だが、命綱は向こうの回廊へ繋がっている。


この魚が追ってきたら、足場の近くにいるルナたちまで危険にさらすことになる。


……それは嫌だな。


俺は魚を見つめた。


相手は、かなり速い。


正面からの力も強い。


それに、背鰭が厄介だ。


……でも。


1つ、分かったことがある。


こいつは、動き出す前に身体を大きく曲げる。


そして、一気に尾を振って加速する。


……つまり。


最初の動きは、結構分かりやすい。


だったら。


俺は岩壁へ触手を固定した。


《粘着性》。


そして、身体を細くした。


……よし。


今度は、こっちから逃げ回らない。


魚が向きを変える。


細長い身体が、大きく曲がった。


……来る。


俺は《水流感知》へ意識を集中した。


水が動く。


尾が振られる。


大きな流れが、こちらへ迫る。


……今!


俺は身体の中央を縮めた。


《弾性組織》。


――シュバッ!


横へ噴射。


だが、今回は逃げるためじゃない。


魚の進路から、ほんの少しだけ外れる。


そして。


《構造形成》。


身体の横から、太い触手を1本伸ばした。


先端には《硬質外皮》。


根元には、力をためた《弾性組織》。


……いけ!


――ドンッ!!


硬い触手が、魚の側面へ叩き込まれた。


魚の身体が大きく横へ流れる。


……おお!


当たった!


しかも、結構効いてる!


だが、魚はすぐに暴れ始めた。


背鰭が大きく振られる。


……っ!


俺は反射的に触手を引いた。


――ザシュッ!


硬い先端の一部が、切り飛ばされる。


……うわっ!


危ない!


だが、今の攻撃で相手の動きが少し鈍った。


……なるほど。


やっぱり、こいつにも効く場所がある。


俺は水中で姿勢を立て直した。


魚は、今度はこちらを警戒するように距離を取っている。


……よし。


もう1度。


いや。


待てよ。


俺は少し考えた。


さっきの攻撃は当たった。


でも、そのあと相手に反撃されてしまった。


原因は、触手を伸ばしたままにしていたことだ。


……だったら。


当てた瞬間に、引き戻せばいい。


しかも、ただ戻すんじゃない。


身体の形ごと、次の動きへ繋げる。


……ああ。


それだ。


俺は岩壁へ固定した触手を、少し短くした。


その分、前方へ伸ばす部分を太くする。


……よし。


準備完了。


魚が、再び身体を曲げた。


……来い。


今度は、ちゃんと見てるぞ。


魚が尾を振る。


――ゴォッ!


水が押し出される。


俺は横へ噴射した。


――シュッ!


同時に、太い触手を突き出す。


《弾性組織》。


力を放つ。


――ドンッ!


魚の胴体へ命中。


……今!


俺は触手をすぐに柔らかくした。


そのまま、身体へ引き戻す。


さらに、岩壁へ固定していた部分を縮める。


――シュルッ!


俺の身体が、岩の陰へ一気に戻った。


直後。


――ザシュッ!


魚の背鰭が、さっきまで俺のいた場所を通り過ぎる。


……っ!


避けた!


しかも、今度はほとんど傷ついていない。


……よし。


これは、いける。


俺は少し興奮した。


硬くする。


突く。


柔らかくする。


戻す。


そして、別の形へ。


全部を、1つの動きとして繋げる。


……これだ!


俺は初めて、自分の戦い方が形になってきたように感じた。


◇


魚は、まだ諦めていなかった。


細長い身体を水中でひねり、再び突っ込んでくる。


ただし、今度は少し違う。


正面からではなく、岩壁に沿って回り込もうとしていた。


……あ。


こいつ、考えて動いてるな。


俺は少し感心した。


相手も、ただ突進しているだけじゃない。


こちらの動きを見て、狙い方を変えている。


……いいね。


だったら。


こっちも、もう1つ変えてみよう。


俺は身体の後ろへ、小さな噴出口を2つ作った。


左右で角度を変える。


……よし。


魚が岩壁の陰から現れた。


その瞬間、俺は右側の噴出口を縮めた。


――シュッ!


身体が左へ滑る。


魚が向きを変える。


……そう来るか。


俺はすぐに左側の噴出口へ水を送った。


――シュバッ!


今度は右へ。


魚の突進が、俺のすぐ横を通り過ぎた。


……よし!


しかも。


今度は、相手の側面へ回り込めた。


俺は細い触手を2本伸ばした。


《粘着性》。


魚の背鰭の根元ではなく、比較的滑らかな腹側へ巻きつける。


――ぴたっ!


……捕まえた!


魚が激しく暴れた。


……っ!


重い!


だが、今度は俺1人の力で押さえつけようとはしない。


俺は反対側の触手を、岩壁へ固定した。


《粘着性》。


さらに、身体の中央を低くする。


魚が暴れる力を、岩へ逃がす。


……よし。


これなら。


……いける!


俺は身体の前方へ、もう1本太い触手を作った。


先端を硬くする。


ただし、今度は槍のように尖らせない。


幅広い、鈍い先端だ。


……これを。


魚の頭の横へ。


相手が身体をひねった瞬間に合わせて、力を放つ。


《弾性組織》。


――ゴンッ!!


鈍い衝撃が、水中へ広がった。


魚の動きが、一瞬止まる。


……今だ!


俺は触手をさらに巻きつけた。


魚が最後に大きく身体を振ったが、岩壁へ固定した部分が力を受け止める。


――ぐっ。


……重い!


でも。


……離さない!


俺は身体の接触部分を広げた。


《粘着性》。


さらに、刃のような背鰭へ直接触れない位置を選び、拘束する。


魚の抵抗が、少しずつ弱くなっていく。


……よし。


捕まえた。


本当に。


俺はしばらく、動けなかった。


疲れた。


身体のあちこちが痛む。


だが、それ以上に。


……勝った。


今の俺が。


自分で考えて。


自分の力で。


あの速い魚を、捕まえた。


……おお。


ちょっと、感動してきたぞ。


◇


しばらくして、俺は捕らえた魚を見つめた。


鋭い背鰭。


細長い身体。


そして、深い水域でも素早く動ける、強い筋肉。


……こいつ。


結構、いい性質を持ってそうだな。


俺は少し考えた。


さっき、こいつは俺を食おうとした。


そして、俺は何とか勝った。


この世界では、そういうこともある。


洞窟で生きていた頃から、捕食は俺にとって生きるための手段だった。


……よし。


俺は《捕食》を実行した。


魚の身体が、ゆっくり俺の中へ取り込まれていく。


硬い鱗。


強い筋肉。


水の中で動くための構造。


それらを取り込みながら、俺は自分の身体へ意識を向けた。


……さて。


何か、得られるかな。


しばらくして。


視界の中に、文字が浮かんだ。


【捕食完了】


対象:深刃魚


……深刃魚。


なるほど。


確かに、名前のとおりだな。


俺は続く表示を待った。


【性質吸収】


《水圧耐性》を獲得しました。


……っ!


来た!


新しい性質だ!


しかも、水圧耐性!?


俺は思わず身体を持ち上げた。


……おお。


これは、かなりいいんじゃないか?


水の深い場所へ行くほど、身体には大きな圧力がかかる。


今までは、その圧力へどう対応すればいいのか、あまり分かっていなかった。


でも、この性質があれば。


……もっと深い場所へ潜れるかもしれない。


俺は早速、身体の一部へ意識を集中した。


《水圧耐性》。


すると、水中で押し潰されるような感覚が、少し和らいだ。


……お。


なるほど。


周囲の圧力が消えたわけじゃない。


身体が、水圧を受けても形を保ちやすくなったんだ。


俺は短い触手を深い方へ伸ばしてみた。


……うん。


今までより、安定している。


もちろん、どこまでも潜れるようになったわけじゃない。


急に強い圧力を受ければ危険だろうし、力そのものが増えたわけでもない。


……でも。


これは、大きいぞ。


俺は嬉しくなって、身体を小さく揺らした。


そのとき。


――ぐいっ。


命綱が引かれた。


……あ。


3回。


帰還の合図だ。


俺はすぐに動きを止めた。


……しまった。


また夢中になってたな。


いや。


今回は戦ってたんだから、仕方ない部分もあるけど。


俺は急いで身体を整えた。


命綱を確かめる。


……よし。


切れてない。


俺は水の流れを読みながら、石の回廊へ向かって泳ぎ始めた。


◇


「ノア!」


水面から出た瞬間、ルナが駆け寄ってきた。


「何をしておった!」


……あ。


怒ってる。


俺は思わず身体を縮めた。


「途中で縄が大きく動いたぞ! 何かあったのであろう!」


……ああ。


そうなんだよ。


俺は身体の切れた部分を見せた。


「……さかな」


ルナの耳が立つ。


「魚?」


俺は頷いた。


「……おそわれた」


「……何だと?」


ルナの声が低くなった。


俺は慌てて触手を振った。


「……かった」


ルナが動きを止める。


「……勝ったのか?」


俺は頷いた。


「……うん」


少しの間、静かになった。


それから。


「……ふん」


ルナが小さく鼻を鳴らした。


「そうか。ならば、よくやった」


……お。


褒められた。


俺は少し嬉しくなった。


だが、次の瞬間。


「それはそれとして、帰還の合図が来るまで戦っておったのなら、もっと早く危険を知らせるべきだったな」


……。


……はい。


ごもっともです。


俺は素直に身体を低くした。


ジェドが横から笑った。


「はははっ! まあ、無事で何よりだ!」


……本当に。


俺も、そう思う。


ネリは、俺の身体を見て少し眉を寄せた。


「怪我してるわね。調査はここまでにしましょう」


……あ。


そうか。


俺は少し残念に思った。


でも、これ以上動くと、また無理をすることになる。


それに、亀裂の位置も分かった。


水の流れも確かめられたし、新しい性質まで得られた。


……十分だな。


俺は頷いた。


「……かえる」


ネリが微笑んだ。


「ええ。帰りましょう」


◇


地上へ戻る頃には、夕方になっていた。


レムナの運河には荷船が行き交い、橋の上では子どもたちが遊んでいる。


俺は石畳をゆっくり進みながら、今日の戦いを思い返していた。


深刃魚。


速かった。


強かった。


しかも、ただ突進してくるだけじゃなく、俺の動きに合わせて狙い方を変えてきた。


……でも。


俺は勝てた。


今までの俺なら、どうだっただろう。


洞窟にいた頃なら、逃げるしかなかったかもしれない。


《水流感知》を覚えたばかりの頃なら、相手の動きを読むだけで精いっぱいだっただろう。


だが、今は違う。


水を噴き出して移動できる。


途中で方向を変えられる。


《硬質外皮》で攻撃を受け、《緩衝膜》で衝撃を和らげることもできる。


そして。


相手の力を、地形へ逃がすことも覚えた。


……うん。


確実に、強くなってる。


俺は少しだけ身体を持ち上げた。


すると、ルナが隣から声をかけた。


「……ノア」


……ん?


「随分と嬉しそうだな」


……あ。


分かる?


俺は触手を小さく揺らした。


「……つよく、なった」


ルナは少し驚いたように俺を見た。


それから、静かに笑う。


「……うむ。そうだな」


……お。


素直に認めてくれた。


俺は少し嬉しくなった。


ルナは続ける。


「以前の貴様なら、水中でそこまで戦えなかったであろう」


……ああ。


そうだな。


「だが、まだ我には及ばぬぞ」


……。


……はいはい。


そこは譲らないんですね。


俺は触手を揺らした。


ルナは楽しそうに笑った。


「ふふっ。悔しければ、もっと強くなるがよい」


……言ったな。


俺は少しだけ、身体を高く持ち上げた。


「……なる」


ルナが目を細める。


「ほう?」


俺はもう1度、短く言った。


「……もっと」


ルナはしばらく俺を見つめていた。


それから、満足そうに頷く。


「……うむ。楽しみにしておるぞ」


……おう。


任せてくれ。


俺は自分の身体を見た。


新しく得た《水圧耐性》。


そして、今日覚えた戦い方。


……まだまだ、伸ばせる。


俺は小さく身体を揺らした。


すると、ルナが少し声を落とした。


「……ただし」


……ん?


「貴様が戻るまで、我は少し気が気ではなかった」


……え?


俺は顔を上げた。


ルナは前を向いたまま歩いている。


「縄が大きく動いたとき、何が起きているか分からなかったのでな」


……ああ。


そうか。


俺は少し考えた。


水中では、俺の方が自由に動けるようになってきた。


でも、ルナはまだ、深い水の中へ長く潜ることができない。


だから、俺が向こう側へ行ってしまうと、何が起きているか分からないんだ。


……そりゃ。


心配にもなるよな。


俺はルナの隣へ近づいた。


そして、触手を伸ばす。


「……ごめん」


ルナが顔を向けた。


「……何がだ?」


俺は少し考えた。


上手く説明するのは、まだ難しい。


でも、言いたいことは決まっている。


俺は短く答えた。


「……しんぱい」


ルナは一瞬、目を丸くした。


それから、小さく笑った。


「……ふん。分かっておるならよい」


……うん。


次は、ちゃんと合図を送るよ。


俺がそう伝えようとすると、ルナは先に言った。


「もっとも」


……ん?


「貴様が強くなったことは、我も嬉しいぞ」


……。


俺は少し驚いた。


ルナは、いつものように胸を張っている。


「我の相棒なのだ。弱いままでは困るからな」


……ああ。


そういうことか。


俺は少し笑った。


「……ルナ、も」


「む?」


「……つよい」


ルナが満足そうに頷く。


「当然であろう」


……はいはい。


知ってますよ。


俺は触手を小さく揺らした。


そのまま、2人で並んで歩く。


荷物の鈴が、小さく鳴った。


――ちりん。


ルナの鈴も、少し遅れて音を返す。


……うん。


やっぱり、こういう時間が好きだな。


今日も戦った。


新しい性質も手に入れた。


そして、少しだけ強くなった。


でも、最後にこうしてルナと歩いていると、それだけで何だか安心する。


……よし。


明日は、少し身体を休めよう。


それから。


もっと深い場所へ行けるようになった今なら、あの地下水域の奥も、もう少し調べられるかもしれない。


岩の亀裂の向こう。


冷たい水が流れ込んでくる場所。


そこには、まだ俺たちが知らない世界が広がっている。


……楽しみだな。


俺は少しだけ、歩く速度を上げた。


すると、ルナが隣へ並んできた。


「……ノア」


……ん?


「今日は、何か美味いものでも食べようではないか」


……お。


いいね。


俺も、身体を回復させたいところだ。


「……さかな?」


俺が尋ねると、ルナは少し考えた。


そして、にやりと笑った。


「今日は肉がよい」


……あ。


珍しいな。


俺は少し笑った。


「……りょうかい」


ルナが嬉しそうに尻尾を振る。


……さて。


何を食べようかな。


俺はレムナの賑やかな通りへ目を向けた。


戦いのことは、今日はもうおしまいだ。


せっかく勝ったんだから。


今夜くらいは、少し贅沢をしてもいいだろう。

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