第62話:隣の青年の日常と、二十歳の距離感
二月十二日——バレンタインを目前に控え、街が甘い余韻と浮き立つ熱気に包まれる寒空の午後。
「はぁ……今日の講義も疲れたなぁ……」
彩咲家の隣に住む二十歳の男子大学生——三日月は、大学のキャンパスから駅へと続く寒風吹きすさぶ歩道を、大きめのダウンジャケットに顔を埋めながら歩いていた。
三日月は都内の大学に通う文学部の二年生だ。
一人暮らしの毎日は自由気ままな反面、自炊は適当、掃除も行き届かず、どうしても質素で無機質になりがちだった。
そんな彼の日常に柔らかな彩りを与えてくれているのが、お隣の「彩咲家」と、そこでお世話係を務める男子高校生・浅比誠の存在だった。
(浅比くん、今日も元気に妹さんたちのご飯作ってるのかな……。本当に感心するよなぁ、同性の僕から見てもめちゃくちゃ頼もしいし、格好いい)
三日月は、誠との出会いを思い出して口元をほころばせた。
未成年の誠から「お料理でどうしても料理酒とみりんが必要なんですけれど、年齢確認で買えなくて……っ!」と申し訳なさそうにお願いされた日のこと。
快く買い出しを引き受けたお礼にと、誠が差し出してくれた出来立ての煮物や汁物の味は、一人暮らしの三日月の胃袋と心に深く染みわたったものだった。
さらに、年下の誠から時折打明けられる「彩咲月菜さんとの関係」や「恋の悩み」。
まっすぐに月菜を想い、彼女のために奮闘する誠の姿に、三日月は「男として応援したい」と心から思い、親身になって相談に乗ってきたのだ。
(まあ……人の恋の応援ばかりして、自分のことはさっぱりだけどね……)
三日月は苦笑いを浮かべ、ふと頭に浮かんだ「ある人物」の顔に、一人で顔を熱くさせた。
彩咲家の長女——彩咲陽葵さん。
自分と同じ二十歳。ふんわりとした柔らかい雰囲気を纏い、どこか浮世離れした美しさと包容力を持つ彼女。
節分の日に、手作りの恵方巻と豚汁を大皿に載せて「三日月くん、こんばんは〜」とおっとり微笑みかけてくれた時の眩しさを、三日月は今でもはっきりと覚えていた。
(陽葵さん……同い年なのに、なんであんなに大人っぽくて可愛いんだろう……。僕なんてスウェット姿でバタバタしちゃって……ホント情けないな)
大学の同級生の女子とはどこか違う、陽葵さん独特の温かい空気。
「今度お礼にお団子買ってきますね」と口走ってしまった自分のアプローチを思い出しては、三日月は歩道で一人、頭を抱えて悶絶した。
◇
「あ、三日月さん! お帰りなさい!」
彩咲家の門の前に差し掛かると、ちょうど大きな買い出し袋を抱えた誠が、爽やかな笑顔で声をかけてきた。
「あ、浅比くん! ただいま。相変わらずすごい買い出しの量だね」
「はい! バレンタイン直前なので、妹たちがチョコ作りの材料をたくさん買い込んで……あ、三日月さん、重い買い物袋持つのお手伝いしますよ!」
「いやいや! 浅比くんこそ両手塞がってるじゃないか。僕が持つよ」
三日月は慌てて誠の持つ大きな袋の一つを引き取った。
男同士、寒空の下で顔を見合わせ、ふっと笑い合う。
「いつも本当にありがとうございます、三日月さん。この前も料理酒のお使い、助かりました。月菜との相談も、三日月さんが背中を押してくれたおかげで……すごく前に進めたんです」
「はは、僕は大したことしてないよ。浅比くんが誠実だから、月菜ちゃんも心を開いてくれたんだ。……男同士、困った時はお互い様だからね」
三日月がポンと誠の肩を叩くと、誠は嬉しそうに目を細めた。
「三日月さんは本当に僕の頼れるお兄さんです! ……あ、そうだ! 三日月さん、大学からのお帰りですか? 陽葵さん、ちょうど今リビングでお茶を淹れてるところですよ!」
「えっ!? ひ、陽葵さんが!?」
名前を聞いた瞬間、三日月はピクッと背筋を伸ばし、分かりやすく挙動不審になった。
「は、浅比くん、僕……今の格好、変じゃないかな!? 髪の毛跳ねてない!?」
「あはは! 全然大丈夫ですよ! むしろすごく似合ってます! 一緒に玄関まで行きましょう!」
◇
「あら〜、三日月くん? お帰りなさい〜」
彩咲家の玄関を開けると、割烹着姿の陽葵さんが、ふんわりとした笑顔で出迎えてくれた。
暖色系のライトに照らされた陽葵さんの姿に、三日月は一瞬息をのんだ。
「あ、はい! ただいま戻りました……! 陽葵さん、こんばんは!」
「ふふ、寒かったでしょう〜? 誠くんのお買い物手伝ってくれたのね〜、ありがとう。……あ、そうだわ、三日月くん」
陽葵さんは小箱を取り出すと、三日月の方へトコトコと歩み寄り、両手でそっと差し出した。
「これ……少し早いけれど、私から三日月くんへ。いつも誠くんや妹たちのお世話になってるお礼と……『同い年のお友達』としてのバレンタインのプレゼントよ〜」
「え……っ!? ひ、陽葵さんから……バレンタイン……!?」
三日月は目を見開き、固まった。
受け取った小さな小箱からは、ほのかに甘い高級チョコレートの香りが漂っていた。
「わ、私に……いいんですか……っ!?」
「ええ、もちろんよ〜。三日月くん、いつも一人暮らしで頑張っているでしょう〜? 身体に気をつけてね。……あ、お返しのお団子も、楽しみに待ってるわね〜?」
悪戯っぽくクスッと微笑む陽葵さん。
その破壊力に、三日月は顔を林檎のように真っ赤にし、小箱を宝物のように両手で抱きしめた。
「は、はいっ!! 絶対に一番美味しいお団子、買ってきますっ!! ありがとうございます……っ!!」
深々とお辞儀をして、大興奮のまま自分の家へと走って戻っていく三日月。
その背中を、誠と陽葵さんは温かい笑顔で見送った。
「ふふ、三日月くんたら相変わらず可愛らしいわね〜」
「はい。三日月さん、本当に良い人ですから……陽葵さんからのチョコ、飛び上がるほど嬉しかったと思いますよ」
同い年の二人の中に漂う、ほんのり甘く微笑ましい気配。
誠は(三日月さん、バレンタイン大成功ですね!)と心の中でエールを送りながら、自分と月菜に訪れる本番の十四日へと思いを馳せるのだった。
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【本日のお世話係メモ:家庭で役立つ豆知識 62】
『バレンタインのチョコを長持ち&最高のおいしさでキープする「保存&温度」ハック』
バレンタインで貰ったチョコレートや手作りチョコ。冷蔵庫に入れっぱなしにしていませんか?
実はチョコレートは非常にデリケートで、冷やしすぎると風味が落ちてしまいます。美味しく保存するためのコツをご紹介します!
① 直射日光・高温多湿を避け「15度〜18度(冷暗所)」で保存する!
★冷蔵庫に入れると冷えすぎてカカオバターが固まり、口溶けが悪くなります。冬場なら暖房の効いていない涼しいお部屋や玄関先がベストな保存場所です!
② やむを得ず冷蔵庫に入れる場合は「野菜室+ラップ密閉」!
★チョコレートは周囲の匂いを吸収しやすい性質があります。タッパーやジッパー付き保存袋に入れ、温度が上がりすぎない野菜室で保存するのがコツです!
③ 食べる時は「食べる30分前に常温に戻す」!
★冷えた状態から常温に戻すことで、カカオの芳醇な香りと滑らかな口溶けが本来のクオリティで復活します!
正しく保存して、大切な人からのチョコレートを一番美味しい状態で楽しんでくださいね!




